交差する思いとひとつの嘘

 職員会議は荒れに荒れたらしい。どうやら七不思議を明かした三島が責任を問われたらしく、生徒への八つ当たりも見られる始末。それでもクラスの壁新聞のテーマが変えられずに済んだのは柔軟な考えの先生が多かったからだ。

これからテーマを変えるのは大変だし、ましてそれがこんなわけのわからないトラブルが原因で生徒に変更を強いるのはいただけない。この1件が過去にあるとするなら学校の歴史として今通う生徒達が知るのはいいことだ。そういう見解だった。

 ぽつり、ぽつりと続く怪異に一時は学校のモチベーションも下がっていたが、基本生徒は負けず嫌いだ。納得できないことに従ったり、ただストレスを溜めたりしたままであるはずもなく、最早学年・クラスの垣根を越えて一丸となって七不思議を解き明かそうと動き出した。そんな活気が戻りだした校内でひとり物憂げな人物がいる。水無月だ。


 あの日、図書室に駆けこんだ日には結局答えは得られなかった。職員会議が始まるとはぐらかされ、以来問い質す機会もなく。今更、と思う。もしかしたら違うかもしれない。だけど、もしかしたら……。


「水無月先生! ペン落としましたよ!」

「え、あ。すいません、三島先生。……結構前から呼ばれてました?」

「5回目の正直ですね。どうしたんですか、最近ぼんやりして。」

「いえ、なんでもないんです。」

「あ! もしかして七不思議ですか? 本当、ここまでくるとウザいっつーか……いい加減にしろって感じですよね。卒業生だなんていうんじゃなかったっすよ。」

「私の方には来ていませんよ。」

「それは水無月先生がおとなしいからですよ。詰め寄って泣かせたら大変と思っているんです。オレは見た目頑丈ですから。さっきもすごかったですよ。なんで七不思議は消えていたんですかって。怖がりが多かったからだって言っても納得しやしねぇ……。」

「!」

「水無月先生? どうかされ……」

「本当に、覚えていないんですか?」

「え?」

「どうして七不思議が封印されたか。」

「は? 先生は知ってるんですか?」

「っ……のせいなのに。……私達のせいで起きたことなのに! 貴方は何も覚えていないっていうんですか!!」

「水無月先生!?」


 突然激昂した水無月に走り去られ、あっけにとられた顔で取り残された三島。その様子を2階の渡り廊下から1人、廊下の影に1人。……2人が見ていた。

 1人は疲れたような苦笑。1人は冷たく凍った眼をしていた。見ていた2人はお互いの事に気付かない。



 図書室は賑わっていた。過去の学校の資料……主に文集目的の生徒が押し寄せている。過去にも七不思議を調べた先輩がいるんじゃないか。何か事件があったなら記された資料があるんじゃないか。学校祭まで2週間となった生徒達も必死で、文月も資料の発掘に明け暮れている。

 図書準備室に長年放置されていた資料を自分が赴任してから整理してはいたが、放置期間が長く積もりに積もった状態を1人で簡単にどうにかなるものでもない。そのせいでで準備室から該当する資料を抜いては運ぶという非効率な形を余儀なくされる。時折くしゃみが出るのは埃も溜まっているせいだ。汚い上にバランスの悪い資料の積み具合に生徒を手伝わせることもできない。そこに人影が差した。


「? 北野先生? どうしたんです?」

「手伝います。……上、届きませんよね。」


 断ろうとすると先手を打って封じるひと言。事実、上段は届かないでいた。大きな脚立を入れるのは床面積が足りないせいで。北野の物静かな強引さを理解しつつもあった文月はため息をついて軽く頭を下げた。黙々と作業をどれくらいつづけた時だろうか、北野がふと下の段を漁る文月に視線を落とした。


「……今度は消えないでほしいです。」


 微かな声音で囁いた。声は聴こえなかったろうがその気配に顔を上げた文月に静かに首を振る。怪訝そうな顔にうっすら微笑った。


「紅茶、飲みませんか?」

「休憩希望ですか? ……淹れてくださるなら。」

「よろこんで。」


 北野は珍しくはっきりした笑顔で頷いた。そんな珍しい顔を目の当たりにして文月の顔が赤くなる。狼狽えて、誤魔化すように背を向ける。程なく生徒達に熱を心配されたことを良いことに閉館した図書室でそっぽを向いたまま美味しそうに紅茶を飲む文月と、その背を楽しそうに見ている北野がいた。



 その頃、図書室から多目的室に場所を移して一時借りしてきた資料を捲っていたグループのひとつが七不思議を見つけていた。


「ちょっと、これ……!」


 困惑した声に冊子を覗き込んだ面々は驚いて、困惑して、黙り込んだ。委員長が最初にメモしていた七不思議の紙を隣に置いた。指を差し、ひとつひとつ見比べていく。


「七不思議が、ひとつ違う……。」


『廊下に響く見知らぬ歌』という項目はなく、あったのは、

『神隠しの大鏡』


「え、どういうこと……水無月先生から聞いたんだよね。」

「そうだよ。」

「記憶違い?」


 身を寄せ合うように覗き込む冊子は十年以上前のものだ。水無月先生に確認しに行こうとメンバーを決める話し合いをし出した生徒の耳に救急車のサイレンの音が響いた。窓際に居た生徒が「学校に入ってきた!」と声をあげ、やじ馬が窓に集まる。

 生徒だろうか、先生だろうか。急病人だろうか。憶測を話す気楽な教室に慌ただしい足音が近付いて戸が開け放たれる。血相を変えた男子生徒が叫んだ。


「水無月先生が階段から落ちたらしい! 頭から血を流して倒れてたって!!」

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