活性化する七不思議と見知らぬ歌
奈々が感情を爆発させたのを機にまた少し空気は変わった。委員長が潔く反省し、事の次第を担任や学年主任の先生に報告。臨時の学活を開いて今回の件をしっかり自分達で収めようとしたのだ。やはり誰かを攻撃するのを見て見ぬふりしているのを後ろめたく感じていた生徒は多く、壁新聞担当という枠を超えて七不思議に取り組むこととなった。
困ったことに担任は大袈裟だとか、嫌がらせをしていた生徒達が涼音を探したり、迎えに行っていたとか自分の落ち度を認めたくない様子が見受けられ、それに便乗するようにしぶとく地味な嫌がらせを続行する動きもあったのだが、大半がそれを良しとしない流れになっていたから余計に手口は稚拙かつ陰湿なものになる。
黒板に「呪い」と書いてみたり、マグネットで毎日貼り変える時間割の順番を狂わせて移動教室を遅刻させ日直のせいにしてみたり……など。
そんなわけで委員長の雫が率いる学級委員は苛々していた。ターゲットは涼音と仲良くなった奈々寄りになっているので学校祭準備の時はさり気なく様子を窺っていたのだが、渡す道具をわざと落としてみたり、道を塞いでみたり、注意する涼音に対してもすれ違いざまにぶつかってみたり。しかもわざとらしくも謝るから始末に負えない。
「空気悪くするなら参加しないでくれない?」
「委員長が仲間外れっすか~?」
「俺ら、ちゃんと謝ってるし、わざとじゃないし。今更いい子ぶりっ子すんなよ、優等生。」
「白々しい、あんたら、」
「帰る時間ですよ。委員長。私は気にしちゃいませんから、構うだけ無駄です。」
「だけど!」
その時だった。下校を促す放送を流すスピーカーがザザッと耳障りな音を立てた。音声が乱れ、不明瞭な声がする。怪訝な顔でスピーカーを見上げる生徒達。だんだん聞き取れるようになるにつれて顔が強張る。
“…………ん、……おん……、不穏、暗い……苦しい、痛い、消えたい、消えろ消えろ消えろ……学校なんて、なくなればいい……!!”
呪詛のような恨みに満ちた声がどんどん熱を帯び、最後に叫んだ。次の瞬間、視界が暗くなった。どんよりとした曇り空で薄暗かったこと、電気の明るさに慣れた目には充分な暗闇だ。あちらこちらから悲鳴が聞こえ、学校中が混乱状態に陥ったことを知る。落ち着かせようと声を張り上げる教師の声、懐中電灯を手に生徒のいる場所に走る教師。
程なく電気はついたものの、泣き出した生徒やパニックで体調を崩した生徒への対応でなかなか落ち着かない。委員長である雫も保健室へ付き添うなど率先として動いている。とりあえず教室待機を言い渡された生徒は不安げに身を寄せ合っていた。そこへ悲鳴が聞こえて身を竦ませる。
「何、今の。」
「すごい悲鳴。え、委員長達、大丈夫かな。」
不安の色を濃くする教室の戸が開いた。戻ってきた雫の顔は蒼ざめていた。説明を求める視線と気遣わしげな空気に雫が自らを落ち着かせるように深呼吸をして口を開いた。
「……4:44だった。」
「え?」
「玄関前の柱時計が4:44で、止まってたの。」
《4:44 闇に落ちる学校》、禍を報せる柱時計が闇に落ちるとされる時間で止まっていたという事実に付き添っていた生徒は悲鳴を上げてそのまま気絶したという。無理やり笑みを浮かべた雫の一言が全員の胸に突き刺さった。
「さすがに、怖いよ。……私達、本気で手を出しちゃいけないものに、手を出しちゃったのかもしれない。」
それを裏付けるように怪異は連続して起きた。美術室の石膏像が入口を入ると目が合う位置に鎮座していたり、部活準備に行った生徒が、ボールが見当たらないと探していると頭上からバラバラとボールが降ってきたり。ついには嫌がらせを率先していたクラスメイト、桜井マサキが借りた本が変わった。
作業をサボって本を読もうと徐にめくった手が止まり、蒼ざめ、硬直し、それなのにページを進めるように手が動きだし、喘ぎ声に似た悲鳴が漏れ始める。
「う、うわ、あ、あぁぁ、うわああああ……!」
堪えきれなくなったように投げ捨てた本が床に落ちる。びっしりと文字が書き連ねられた日記帳。嫌がらせへの恨み辛み、死しても呪うと締められた誰かの言葉。目の前に曝された七不思議の現物。さすがに三島も血の気を引かせ、ひとまず過呼吸を起こしかけているマサキを保健室に連れて行く間、教室以外の場所で待機するように声をかける。パニックの元がある教室にいるのはまずいという判断だろう。それを受けた委員長の提案で多目的教室へ移動する途中、歌が聴こえた。綺麗な、綺麗な声。凍りつく生徒の中、聴くのが2回目の奈々と涼音が走り出した。制止の声に根拠のない「大丈夫!」を返して。
“時を越え 紡がれた 闇歌、口遊めば
心の闇の欠片が蹲る
溜まり 淀み 流れ出し やがて生まれた
語り継がれる 七つの柱
籠められた 叫び
壊れてしまえ
封じてしまえ
聞いてほしい
気付いてほしい
隠れたかった
来ないでほしい
心など消えてしまえ
いざ 旅立とう
誰もいない場所 自分すらいらないから
紡ぐ歌 七不思議
鏡の向こうに何がある
揺らげ揺らげ 現実よ
起きろ起きろ 薄闇の歌
望むなら 呼んでやろか
神隠しの鏡歌”
響く歌声を追って、2人は意を決して特別教室棟の廊下に踏み出した。するとそこには驚いた顔をした文月がいて、どうしたの? と首を傾げられれば緊張の糸が切れたようにへたり込み文月を慌てさせた。
「先生、紛らわし事しないでよ~」
「さすがに悪趣味だよ!」
「え? ええ? なんで?」
「七不思議のひとつじゃないですか! 廊下に響く見知らぬ歌。」
「……知らない。」
「先生~!」
文月は狼狽え、2人に何度も頭を下げて驚かせたクラスメイトにも謝罪を伝えてくれるように頼んだ。思わず責めてしまったものの本気で落ち込んだように見える文月の助けになるべく快く引き受けた。
「先生、ホント綺麗な声だね。」
「でも、ちょっと怖い歌詞……なんて歌?」
「ありがと、褒めても何も出ないけどね。これ?…………七不思議の歌。あ、牧田さん、足赤くなってる。」
示されて見ればへたり込んだ時に床に擦ってしまったらしい。クラスメイトへの誤解を解いたら保健室に寄ると明言して2人は足取り軽く駆けていった。
マサキは三島が連れて早退となり、臨時の職員会議を開くにあたって下校が早まることを告げられる。皆、帰り支度が早い。無理もない。これだけ連発されれば学校から早く離れたくもなる。2人も帰り支度を終え、保健室へ寄った。
「転んじゃいました。」
「あら、気を付けないと。そこ座って?」
「先生、今ね私達七不思議を体験したかと思ったんだよ。ホント、綺麗な声で」
「……え?」
怪訝そうに首を傾げた水無月が、印象に残ったから覚えちゃったと口遊んだ奈々の歌を聴いて凍りつく。その反応に驚いた2人の様子に慌てて「なんでもない」と首を振り、手当てを再開する。手当てと言っても薬を塗るだけだけど。
「体験したかと思ったって、誰が、歌っていたの?」
「図書の先生だよ。文月先生。」
「そう。そんな綺麗な声だったなら、聴いてみたいな。手当ては終了。2人とも気を付けて帰ってね。」
やや強張った顔で2人を見送った水無月は保健室を閉め、その足で図書室へと向かった。足はどんどん早まり、表情は余裕がないものへ。ドアを開けるのは体当たりに近く、その音に驚いて顔を上げた文月と目が合う。
「どうしたんですか、水無月先生。……水無月先生?」
「……カナタなの?」
「何を言ってるんです? 大丈夫……」
「だって! あの歌は、七不思議の歌は! 彼女しか知らないはずだもの! 最後に、聴いた歌だもの……!!」
目を潤ませて叫んで、座り込んでしまった水無月の肩に静かに手が置かれる。はっと顔を上げれば苦笑を浮かべた彼女がいた。
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