そして、始まる

 1年A組を発端として、学校はすっかり七不思議ブームになった。毎日が肝試しのようで、学校祭の準備時期と重なり非日常感は勢いという名の熱気をもたらし、どんどん飲みこんでいった。単純に楽しむ者、怖がりながらもスリルを求める者、否定する者、傍観する者。1度勢い付いたその流れは止まることを知らず、そこにいる者達を翻弄する。

 ……涼音には災難であったといえる。壁新聞で七不思議の研究発表することになり、そのグループに入ることになったのだ。


 担任の三島の配慮のなさと単純さがこの時は大問題だった。色々調べるなら図書委員が適任だろうと言い、それを利用して前回の仕返しをしようと思い立った数人が彼女の参加を強く求めたのだ。そして、三島はそれを後押しした。先日のトラブルを数人から聞いていたのにも拘らず。

 結果、仕事の割り振り通りに動いたはずがサボったことになり、非協力的だと告げ口されることが頻発した。クラスメイトが庇っても、担任が誤解をしていると指摘してもどうにかなるのはその時だけ。涼音は資料を集めに行くという口実で図書室に避難するようになっている。授業以外では本の整理を手伝いながら話す時間がホッとできる時間。机上に作業ごとに書籍を分ける文月の傍ら、涼音は座って図書カードの書き込み作業をしながら現状を話していた。


 「馬鹿が多いみたいね。」

 「というか……」

 「騙されまくってる三島先生が問題。よね」

 「おだてられるの好きですから」

 「いっそさぼっちゃえば」

 「いやいやいや、先生がそれ言っちゃダメでしょ」

 「なんで?」

 「え、なんでって……」

 「自衛はしないと。そういう状態を作ってる奴らが悪い」

 「…………ホント、あんまり辛いとかはないんですよ。ただ、面倒というか、疲れるというか」

 「あー……七不思議ってホント面倒。秋月さん以外にも肝試しと称して美術室に閉じ込められてパニックになったとか、帰宅時間過ぎてから特別教室に入ろうとするとか……守衛さんも保健の先生も大忙しよ」


 ただ日常のスパイスとして楽しんでいるなら良かったのに。必ず悪ふざけをしたり、悪意をのせたりする人間がいる。涼音はだいぶ疲れが溜まっていたのだろう。深いため息の後、小さく呟いた。


 「学校祭なんて、なくなっちゃえばいいのに」


 不意にガタンッと音がして我に返って立ち上がる。文月がしゃがみ込んでいた。駆け寄って覗き込んだ顔色は悪く、うっすら汗が浮いていた。どうしよう と血の気を引かせ涼音が助けを求めるように彷徨わせた視線の先、戸が開いてちょうど覗き込んだのは隣のクラスの担任、北野(きたの) 志信(しのぶ)だった。


 「どうした?」

 「北野先生! 先生がっ」


 事態を即座に把握した北野は足早に文月の傍らに膝をつき、当人が「大丈夫。貧血だと思います」と言うのに一瞬眉を顰め、おぼつかない足取りの彼女を支えて事務スペースの椅子まで誘導し、おもむろに窓際にセッティングされている休憩のためのスペースへ足を向け、紅茶を見つけ出すと紙コップに淹れはじめた。


 「秋月さんも飲むといい。」

 「え!?」

 「紅茶は嫌い?」

 「いえ、好きです。そうではなくて……」

 「紅茶は気持ちを鎮める。貧血にしても温かいものを摂った方が良いのに違いはない。そして、こういう時は相伴に預かるものだ」

 「……はい。」


 無表情で、発言が少ないというのが特徴の細面の教師はちゃっかり自分の分も淹れ、さり気なく文月の隣に座り視線だけで飲むように促した。静かな部屋に紅茶をすする音だけが響く。どこにでも売っているティーパックなのにとても美味しい。

 美味く淹れるコツを知っているのだろうか。ふぅと息を吐いて顔の赤みを取り戻し始めた文月も気になったようで、少し迷う様子を見せながらも口を開いた。


 「あの、紅茶とっても美味しいです。お騒がせしてしまって申し訳ありませんでした。北野先生」

 「紅茶を淹れるのが趣味なんです。顔色が戻りましたね。良かった。……今日はもう帰られた方がいい」

 「終業まで、あと少しですから……っ……えと、あの、早退、します……?」


 無言の目力に負けたらしい。顔を引き攣らせ文月がそう言えば心なしか満足そうに頷く。残り30分の図書室の番を涼音が申し入れれば文月が返事をする前に北野が「えらい」と一言のたまい決定となった。

 文月が倒れ、北野の意外な特技を知るというなかなかできない体験を涼音がしたこの翌日、事件が起きた。午後の授業中だ。玄関の柱に設置されている時計は大きくアンティークのような作りで、15分ごとに1回ずつ音を鳴らし、時間ちょうどにはその時間の数、音を響かせる代物で登校してくる生徒が必ず目にし、15分おきの音に授業の残り時間をカウントする。


 ぼーん……ぼーん……ぼーん……


 音が3度鳴った時点で数人が顔を上げた。今は14:25。15分おきの音が鳴る時間でもないし、3回も鳴るはずがない。なのに、3回鳴っても音は止まらなかったのだ。


 ぼーん……ぼーん……ぼーん……


 まだ鳴りやまない。


 ぼーん……ぼーん……ぼーん……ぼーん……


 時計の音は響く。


 ぼーん……ぼーん……ぼーん……


 13回鳴って、ようやく止まった。校舎は奇妙に静まり返った。




 ――――《禍を報せる柱時計》



   七不思議が目覚めたよ。誰かがそう笑った気がした。



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