姉系幼馴染2


「大学で、何かあっただろ」


いっつも人の心配ばかりして、自分の苦労を見せようとしない。

心配させたくないから、自分が大変なのを隠そうとする。


彼女のそんな姿を、何度か見てきた。その問題は大抵、勉強や受験の事だったりしたから年下の俺にはどうにも出来なかった。


でも今は違う。今彼女を苦しめているモノには終わりが無い。テストの日まで頑張って解放されるとか、そんなモノでは無いのだ。



「そんな、別に何も……無いよ」



言葉を詰まらせながら、平静を装い切れない様子で彼女は返事をする。


正直なところ、今回だって原因を聞いた所で俺に解決する事は出来ないだろう。


でも、悩みを聞いてやる事はできる。

大変だったね、と慰める事は出来る。

自分が側にいる間だけは安心して良いのだと伝える事は出来る。

何があっても自分は、自分だけは絶対に君の味方であると。絶対に自分だけはいつでも君を愛していると誓う事は出来る。


今まで彼女が、俺にそうしてきたように。


今なら出来る。

俺だって、それが言えるくらいには大人になったハズだ。


だから。



だから俺は__________。



「えっ!?ちょっ、ちょっと……?」



ただ彼女を抱き締める。



「いきなりあんな事言ってゴメン。話辛い事もあるよな」


「い、いやそうじゃなくて、あの……」


「でもさ、最近スゴく辛そうだったから」


「えっ?……そうかな」


「うん。表情も暗いし、ため息も多かった」


「…………やっぱダメだね、私。バレバレだったなんて」


「そんなことないよ」



それから彼女は、自分の状況を話してくれた。


サークルに入ったは良いモノの、雰囲気が合わない事。

そのせいで仲間外れにされがちな事。

何人かの先輩や同期の男が、強引に迫ってくる事。

何とか周りに合わせようとして、でも空回りして結局浮いてしまっている事。


高校までとは、まるで違う世界に飛び込んで、そこで自分の居場所を見つけられない孤独感。



「……そっか。大変なんだな」


「うん、大変だよ。勉強だって難しいんだから」


事情を聞いてもやっぱり無責任な慰めしか出来ない俺の腕の中で、それでも彼女は少し緊張がほぐれたようだった。


「……っていうかゴメン。いきなり抱き締めたりなんかして」


「ううん、良いの。嫌じゃないよ」


そう言うと彼女はさっき驚いた拍子に、胸の前で縮こまらせていたきりだった腕を俺の背に回してきた。


彼女の頭が俺の首と鎖骨に押し付けられて、俺の胸と腹の間くらいには、彼女の胸が押し付けられる。


柔らかくて、暖かくて、でも激しい情欲は沸いてこなくて、ただ安らかで。

腕の中に抱いた彼女が愛おしくて、気付けば頭を撫でていた。


「んっ……あはは、変なの。こういう事するのはいつも私なのにね」


「たまには良いんじゃないか。誰でも辛い時はあるんだからさ。…………だから、……また辛くなったらさ……その……また、こうするよ」


「あははは!もーっ、一丁前にカッコつけて〜!!可愛いんだから全く!」


そういって彼女は頭をグリグリと俺の体に押し付ける。少し痛い。


「でも」


ピタッと彼女は大人しくなり、俺の腕の中から顔を出して、見つめてくる。


「こんなに大きく、なったんだもんね」


そう言うと彼女は俺の背に回していた腕を解いて、今度は彼女が俺の頭を撫でてくる。


「……まぁ、な」



俺がそう返したきり、しばらくはお互いに無言で頭を撫であっていた。



彼女の柔らかい髪を指で梳く度に、熱っぽい吐息が漏れてドキドキする。が、止める事も出来ずにそのまま続けるしか無かった。



そこで不意に、彼女が顔を上げる。


「ね、ねぇ……もっと甘えても、良いんだよね?」


そう言う彼女の顔は赤かった。

まるで子供みたいだ、と思ったがすぐにそんな自分の感想を否定する。

ダメだダメだ!今彼女をそんな風に扱ったら、あくまで「長年の親友を元気付けている」という心持ちで無ければ、そうで無ければ______!



「…………キス、してほしいな」



こんな可愛い女の子にそんな事言われたら________!



「んっ」


キス、してしまった。

いや、してしまっている。という表現が的確だろうか。


長く、深く、堰が切れた様に愛を注ぎ合いお互いの唇を押し付け合う。


次第にそれは甘く、ゆったりとしたものに変わり、まるでマッサージをする様にお互いを刺激しあった。


この期に及んでまだ、舌を滑り込ませる勇気は無かったけれど幸福で頭がぼーっとして、息は長く深いものになって、目は彼女の瞳を覗き込むのに精一杯で、とてもとても幸せだった。


先に唇を離したのはどちらだっただろうか。

気がつくとお互いを見つめながら荒く呼吸をしていた。






「…………しちゃった、ね」

「……そーだな」

「…………」

「…………」



どうしよう、何を話せば良いのだろう。

彼女にかけるべき言葉が見つからない。


彼女の潤んだ瞳が、深く呼吸を繰り返している柔らかな唇が、密着した身体の柔らかさが、そして上気した彼女の体温が。


一層興奮を高めてくる。

理性の牙城を崩してくる。

もう一度キスをして、今度は「その先」へと踏み込んでしまいたくなる。


今なら________彼女なら________。


きっと、許してくれる。




「ねぇ」




彼女の声に、その邪な葛藤を遮られる。



「なんだ?」

「……今更、なんだけどさ」

「おう」


「あの、その…………恋人に、なってくれる?」


「…………もちろん。好きだ。俺からもお願いさせてくれ」



本当は、もっと早くに言うべきだったのだろう。

でも、怖かった。恥ずかしかった。

もしかしたら拒絶されるのでは無いかと。

もしかしたら「もー、何言ってるのよー」と笑われるかもしれないと思ったから。


でも、キスをした。

だから、やっと確信を持てた。

彼女は俺を異性として好きなんだと。

そして、俺はやっぱり彼女が好きなんだと。


それなら、もう迷う必要は無い。恥ずかしさは彼女への愛で上塗りしよう。


「あのさ」

「んー?なに?」



「ずっと大事にする。一生……愛し抜くから」


「え、ちょっと、そんないきなり……。もー、いつのまにそんな悪い子になっちゃったのよ……。そういう事、他の女の子に言っちゃダメだよ?」


そう言って彼女は一呼吸おいて



「よろしくお願いします」


笑顔でそう言うのだった。








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