幼馴染@オムニバス

いろはの

マイペース系幼馴染 1

「おーい、起きろー」

「……ぁ?」

「おーきーろー。朝だぞー」


声がする。

良く知っている声だ。


「……むー……起きない」


起きた方が良いのだろうか。

いや、この声の主が相手ならわざわざそうする必要も無いだろう。

目をつむったまま、鈍い頭でそう結論づける。


するとゴソゴソと、何やら俺のベッドに這い登るような気配がある。これはいけない。

すぐさま身を起こして気配の方を見ると、案の定だ。

幼稚園に入るより前から知っている、幼馴染の顔がそこにあった。



「……ゴールデンウィーク初日に何の用だ」

今日は月曜日。で、あると同時に5月2日。

祝日で、3連休の初日だ。


枕元の時計に目をやると、時刻は6時48分。休日には目覚ましを切って二度寝三度寝して午前を潰すのが日課の俺からすれば、ありえないくらい早起きだ。

いや、こいつの事だ。学校と勘違いして起こしに来たのかもしれない。


……いや、それは無いな。学校のある日にこいつが俺より早く起きた試しがない。

俺が朝ご飯を食べて、制服に着替えて、迎えに行ってそこでようやく起きるといった具合なのだから。


だとすると……。


「祝日にやる事は決まっている。一緒に遊ぼう」


こういう事だろうな。

そういえば、こいつ私服だし。


「……それにしたって早すぎやしないか。クソ眠い」


「ここに、「平坂ストアロード春の福引き祭り」で当てた3等の平坂遊園のペアチケットがある。残念ながら高校生活が始まって一ヶ月、2人きりで遊園地に出掛けられる程の友人は学校に1人を除いてまだ居ない。そしてこのチケットの有効期限は明後日まで……。というわけでその1人にお誘いに来たのだー」



普段はそこまで喋る奴じゃないが、自分の意見を主張する時は論理的でスジの通った事を言うから、めんどくさい。


「だったらよ、明日か明後日でも良いんじゃないか?」

「遊園地に行った翌日に学校行きたい?」


クソ、穴だと思って突いた箇所に地雷が仕掛けてあったぞ。


「……わかった、行くのは良いとしても2時間程二度寝させてくれないか。それでも十分開園に間に合うだろう」


平坂遊園の開園は10時、現在時刻は6時55分。

9時に起きて準備して、9時30分自転車に乗って家を出ても開園には十分に間に合う程度には家から近い。ならば、この休日にこんなに早く起きる意味があるだろうか、いや無い。


「ダメ」

しかし、彼女は俺の睡眠欲を認めてはくれないらしい。人間の根源的な欲求で、食事にも匹敵する重要事項だというのに。


「何故だ」

で、あるからして俺はその重要事項を拒否された理由を問う。こんな朝早くに叩き起こしたからには俺の睡眠を妨げるに足る理由があるのだろうな?




「……一緒に、居たいから」







「…………」

「学校始まって、4月は忙しくてあまり話せなかったし、遊べなかったから。今日くらいは……ねっ?」


「……20分待ってろ」


かくして俺は、高校生になっても相も変わらず幼馴染に振り回される運命なのだと、嘆く羽目になったのだ。



***



その後、7時半より前に家を出て本来自転車で行くべき距離を徒歩で、しかも途中で猫の集まる公園に寄り道までして、それでも平坂遊園に到着したのは9時47分、開園まで13分も前の事だった。


この平坂遊園は、わざわざ開園前に行列が出来るような場所ではなく、そのペアチケットが商店街の福引きで商店街の買い物券1万円分と掃除機の間に配置されるくらいの物だ。


周りを見渡しても、興奮した様子の小学生の兄弟を連れている家族連れだとか、恐らく知り合ったばかりなのだろうな、という様子の中学一年生くらいの男子6人組だとか、手を繋いでベンチに座ってイチャイチャしてるカップルだとか、そんなもんである。


地元民としては、ゴールデンウィーク初日にわざわざ来るというのはあまり無いだろう。



『一緒に、居たいから』


三時間程前に言われた言葉を思い出す。

こいつは、俺の事が好きなのだろうか?

たまに、思わせぶりな発言をする。

でも、そういった発言は本当に稀で、普段はとてもそんな素振りは見せない。


いつもいつも突然で、無茶な事を言っては俺を振り回す。

嫌いな奴からは無言で離れるこいつだから、これだけ積極的に振り回すのはむしろ好きなのだという事なのだろう。

しかし、その好意は恋愛なのか、親愛なのか、はたまた惰性によるものなのか。


確かめる勇気もないまま、俺は今日も初恋の相手に手を引かれてここにいる。心の中では踊り出しそうな程嬉しいくせに、仕方なく来てやったという態度を取って。



「開いたよ」



その声にふと我に返ってみれば、なるほど確かに開園の時間のようだ。


「行くか」

「うん」



手を繋いでみようか。

ふと、そう思った。

しかし、あいつに向けて差し出そうとした手は、いつの間にか俺のポケットに吸い込まれ、出ようとはしなかった。


俺の意気地無しめ。



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