第16章 新たなる朝9

「さて、今度は一体どんな人が来るのか……」


 雄介は覚悟を決め、病室に人が入って来るのを待った。

 しかし、中々病室に入ってこない。


「一体何をやってんだ?」


 聞こえてくるのは、ひそひそと何かを話し合っている声だけ。

 その頃、病院の廊下では、慎と優子、さして凛、沙月、渡辺。そして石崎が中に入った時のリアクションについて話し合っていた。


「なぁ、こういう時ってどういうテンションで行くべきなんだ?」


「きっと雄介さんの事だから責任を感じて……」


「まぁ、そうだろうな……」


 病室が目の前になった瞬間、急に雄介とどう接したら良いか分からなくなってしまった一同。

 年長者である石崎は、近くのベンチに座り、その様子を眺め、ヤレヤレと言った表情を浮かべている。


「とりあえず、ここは恋人である私と雄介の感動的再開から入った方が、すんなり行くと思うわ!」


「「誰が恋人だって!」」


 優子の言葉に激しく反応したのは、渡辺と凛だった。

 言われた優子は、不満そうな表情で頬を膨らませて黙る。


「ここは、俺から行くべきじゃね? 一番付き合いも長い訳だし」


「待ってくれ、付き合いの長さが関係あるのか?」


「いや、まぁ仲は一番良いわけだしさ…」


 慎の提案も渡辺によって却下され、その場に居るメンバー全員、ワーワーと病室の前で騒ぎ続ける。

 雄介の病室の階は雄介以外に入院患者は居ないが、流石にうるさい。

 見かねた石崎は立ち上がり、話し合うメンバーを放っておいて、一人病室に入っていく。


「うーす、今村~」


「はい」


「おぉ、元気そうだな」


 石崎は中に入り、雄介の顔を確認し、ほっとした表情を浮かべる。

 雄介は、石崎と自分の関係がわからず困惑する。

 今の雄介からしたら、石崎はどっかのおっさんと言う認識だ。

 雄介は今まで通り、自分との関係を石崎に尋ねる。


「すいません、お聞きかと思いますが……」


「おいおい、なんだその話し方? 冗談が言えるようになったなら、大丈夫だな……」


「自分、記憶が無いんです。だから、貴方と自分の関係がわからないんです」


「は?」


 石崎は、雄介の衝撃の言葉に、思わず目を見開く。

 実は石崎は奥澤から、雄介が記憶喪失であるという話を聞いていなかった。

 それと言うのも、石崎が病院に来たら必ず奥澤の元に初めに来るように言われていた事を忘れ、真っすぐ病室に来てしまった事が原因だった。


「き、記憶喪失?? ほ、本当か?」


「はい、全く覚えていなくて……先生から話を聞かなかったんですか?」


「あ……」


 雄介の言葉で石崎は、奥澤の元に向かうのを思い出した。


「すまん、ちょっと待っててくれ」


「え? あ…はい」


 石崎は雄介にそう告げると、急いで病室を飛び出し、まだ外で言い争っている教え子たちの間に割って入った。


「ちょっとお前ら聞け、緊急事態だ」


「どうしたんですか? 先生もしかして葉山先生から呼び出しですか?」


「それは緊急事態ですね。さぁ、早く行ってください」


「なんで葉山先生が出てくるのかはこの際良いが、それよりも緊急事態だ。とりあえず一旦行くところがある」


「「「「行くとこ?」」」」


 石崎は教え子を連れて、奥澤の元に向かった。

 そこで、見舞いに来た雄介の友人とクラスメイトは雄介の現状を初めて知った。


「き、記憶喪失……」


「ま、マジかよ…」


「本当……なんですか?」


 その場の全員が、奥澤の話を信じる事が出来なかった。

 記憶喪失なんて、物語の中での話だとしか思っていない者がほとんどで皆実感が持てなかった。

 お見舞いに来たメンバー全員が、またしても悩み始める。

 しかし、さっきとは訳が違う。雄介が何も覚えていないのであれば、一体どう接して良いのか、皆わからなくなってしまったのだ。


「……どうするよ」


 先生の元から、病院の談話室に移動した面々は、ショックで何も話せずにいたが、そんな沈黙を慎が破った。


「どうするって……」


「俺はあいつに会いに行くぞ、色々言いたい事もあるしな……」


「でも、今村君は記憶が無いのよ」


 沙月のその言葉に、周囲の空気が重くなる。

 特に傷ついているのは優子だ。

 ようやく会えたと思ったのに、当の本人は記憶喪失。上げて下げられたような気分で、優子は口を開かない。


「関係ねーよ」


「え…?」


「俺が雄介と親友だった事は、変わる事が無い過去だ。記憶が無いなら、また親友になるだけの話だ。本人に変わりはないんだからな……」


 慎はそう言って、雄介の病室に向かった。

 残された皆は、慎の言葉を聞き、自分なりに考えをまとめ始める。

 そんな中、慎は雄介の病室のドアをノックする。


「雄介、居るか?」


「どうぞ」


 慎はドアを開けて、病室の中に入る。

 ベッドに座るいつもの雄介に、まずは一安心し、ベッド近くの椅子に座って話を始める。


「記憶が…無いんだよな?」


「はい、だから君が誰なのかもわからないですし、自分とどんな関係だったのかもわからないんです……」


「そうか……」


「あの……そういう訳で、名前を聞いても良いですか?」


 雄介のいつもと違う口ぶりに、慎は違和感と共に、本当に記憶が無いんだと納得する。

 そして、静かに雄介の問いに答える。


「俺は山本慎。お前の親友だよ……」


「あ、そうだったん…ですか…」


「良いよ、敬語はやめてくれ」


 慎はそう言うと、笑みを浮かべて雄介の顔と体を見た。

 包帯は取れ始めているが、所々にまだ包帯が巻かれた雄介の体。

 慎はふと、あの事件の日の雄介を思い出した。


「俺とお前は……いつも一緒でよ…良く二人でゲーセンとかバッセンとか行ったんだ…」


「そ、そうなんだ……」


 慎は雄介に自分との昔の話を聞かせ始める。

 雄介は少しは昔の自分を知れるかと思い、慎の話に聞き入る。


「夏休みは二人で良くゲームしてたな……ゲーセンでは格ゲーで対戦して、バッセンではホームラン賞狙って……」


「仲……良かったんだ……」


「あぁ……お前が居なくなって、一人でゲーセン行ったり、バッセン行ったりしたけど……どれもつまんなかったよ……」


 雄介は寂しそうな表情で視線を床に落とし、顔を伏せる。


「だからよぉ……いい加減帰って来いよ……」


 慎は顔を伏せ、雄介には見えないように涙を流した。

 何も覚えていない親友に、涙を見せたくなかった。

 もうあの頃には戻れないのかと、慎はそう思うと悲しくて仕方が無かった。

 談話室の皆にはあんな事を言ったが、慎もショックなのは一緒だった。

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