第16章 新たなる朝10

「あ、あの……大丈夫ですか?」


 雄介は急に泣き出した慎を心配し、声を掛ける。

 慎は涙を拭き、顔を上げて雄介の目を真っすぐに見つめる。


「悪い、急にすまなかったな……」


「いや、自分は大丈夫ですけど……」


 慎はいつもの調子を取り戻し、軽い感じで雄介に接し始める。

 そうした方が、雄介も接しやすいと思ったからだ。


「悪いんだが、俺は以前の雄介と同じ調子で話させてもらうぜ、慣れ慣れしいと思われるかもしんないけど、俺はこっちの方が良いんだ」


「それは良いけど、俺は本当に何も覚えてないから、君に以前のように接する事は出来ないよ?」


「いいさ……今は、生きてただけで……俺は十分だ」


 慎は雄介を見てそういう。

 一週間、雄介に関する情報が無く、もう会えないかと思っていたのが、今は目の前に居る。

 記憶は無いが、慎にはそれで十分だった。


「なぁ、何時退院なんだ?」


「えっと、確か後三日って先生は言ってたかな? そうしたら、とりあえず自分の家に帰る事になるんだけど、俺にとっては他人の家としか思えないよ」


「そうか、学校はどうするんだ?」


「あぁ、それは……」


 雄介と慎は病室で談笑を始める。

 慎は久しぶりに雄介と話すことが出来てうれしかった。

 話は弾み、慎は雄介に自分との関係や、どんな事をして毎日を過ごしていたのかを伝える。

 その頃、談話室に残ったメンバーも動きだしていた。


「ここまで来たんですし、こんなところで立ち止まるのはもったいないです! 私は行きます! 雄介さんに会いたいですもん!」


 凛が談話室の面々に向かって宣言し立ち上がる。

 それを聞いた沙月も立ち上がり、雄介の病室に向かう。


「まぁ、どんな状態なのか、見てみるだけでも来た意味はあるわ」


 次に慌てて立ち上がったのは、堀内と江波だった。


「俺も行くぜ! あいつの為に補習必死で終わらせたんだからな!」


「私も行くわ、今村に助けてもらったお礼言いたいし!」


 そう言ってゾロゾロと雄介の部屋を目指す面々。

 渡辺も立ち上がり、病室に向かおうとする中で、一人一歩も動こうとしないのが居た。

 優子だった。


「いかないの?」


 渡辺は優子に尋ねる。

 優子は悲しそうな表情で静かに言葉を発した。


「……会うのが怖くて」


「……」


 渡辺は優子の言葉に何も答えない。

 優子の側に行き、渡辺は座ったまま動こうとしない優子に一言だけ言う。


「そんなんで、雄介の事を好きだった気持ちは無くなるの?」


「……」


 渡辺は何も言わない優子を放って病室に向かう。

 石崎も後から先に行った面々を追いかける。

 優子は一人、談話室に残った。


「……私だって会いたいよ……でも……」


 優子は怖かった。

 自分を忘れてしまった雄介と会うのが。

 最近では結構仲良くなれたのに、今の雄介は何も覚えていない。

 そんな雄介と会うのが、優子は怖かった。


「……雄介」


 会いたいけど、会うのが怖い、そんな矛盾が優子悩ませる。

 一方雄介の元に向かった6名は病室の前につき、ノックをしてドアを開けようとしていた。


「し、失礼します……」


「お、やっと来たか…雄介、こいつらがお前の友人。まぁ、色々と個性的な奴らだがな……」


「「「お前に言われたくねぇよ!」」」


 慎の言葉に反論する一同。

 病室にやってきた一同は、雄介のベットを囲むようにして集まり始める。


「本当に覚えていないんですか?」


「ごめんなさい……まったく覚えていないんです」


 凛の質問に、雄介は気まずそうに答える。

 最初に行われたのは、この場にいる全員と雄介の関係の確認だった。

 それぞれ、雄介とどんな風に学校生活を送っていたのか、どんな関係なのかを話していく。


「皆さん、俺とは仲良くしてくれていたんですね」


「なんだか、今村からこういう事言われると気持ち悪いな……」


「いつもはもっと違う感じだから違和感ね……」


 いつもの雄介との違いに戸惑う堀内と江波。


「まぁ、あまり無理はするな、学校も安心して来い、バックアップはしっかりしてやるから」


 石崎は雄介を見ながら教師らしい言葉を掛ける。

 そんな石崎の姿に、堀内は思わず口を大きく開けて驚く。


「先生が先生してる……」


「ほぉ~、堀内…そんなに俺と補習がしたいか?」


「あ! しまった!」


「しまったじゃねーよ」


 石崎はそう言うと、堀内の頭を拳でぐりぐりして攻撃し始める。


「痛い! 痛いって先生~!!」


「少しは俺を教師として見やがれ。まったく……」


 楽しそうに悪い笑顔を浮かべる石崎。

 そんな堀内と石崎のコントのような会話に、病室は笑いで包まれる。

 雄介も思わず口元を緩めて、笑顔になる。


「早く学校来いよ……お前は覚えてないかもしれないけど、お前を心配してる奴って結構いるんだぜ?」


 そう言って慎は、クラス全員で書いた寄せ書きと千羽鶴を見せる。

 雄介はそれを見せられても何も実感がわかなかったが、記憶を失う前の自分が嫌われていなかった事に安心感を覚えた。


「うん……そうするよ」


 雄介はお見舞いを受け取りながら優しい表情でそういう。

 その後は、もう時間も遅いという事で、直ぐに皆は病室を後にした。

 順に一人づつ病室を出て行き、一人、また一人と帰っていった。

 最後まで残っていた慎が凛と共に帰っていったのが、ちょうど19時になる位の時間だった。


「……友達か……」


 一人になった病室で雄介は一言呟き、貰った寄せ書きを眺める。

 これを見た記憶を失っていない自分は、一体何を思うのだろうか? 雄介はそんな事を考えながら、色紙を見ていた。


「流石にもう来ないだろ…」


 雄介は流石にもうお見舞いは来ないだろうと思い、寝巻を着替え始めた。

 丁度着替えを終えた頃だろうか、病室をノックする音が聞こえ、雄介は声を上げて答えた。


(晩飯か? それにしては早いな……)


 最初、雄介は晩御飯をもってきてくれたナースさんかと思ったが、そうでは無かった。

 ゆっくりと病室のドアは開き、ノックをした本人が姿を現した。


「雄介……」


 ドアを開けて入ってきたのは、優子だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る