第15章 文化際の開始7

 メイド喫茶の視線は一気にメイド姿の織姫に向けられる。

 織姫は視線に耐えられなかったのか、すぐに今日つから出て、ドアの陰に隠れてしまう。


「あぁ~、やっぱ恥ずかしいかな?」


 織姫を連れて来た女子生徒が、ドアの陰に隠れた織姫を心配そうに除く。

 雄介と倉前さんは、心配になり織姫の元に向かう。


「おい、大丈夫か織姫?」


「お嬢様、あまり無理はなさらずに……」


 二人で織姫の体を心配する。

 織姫は顔を青くしながら、ドアの陰に隠れていた。


「だ…大丈夫です……」


 織姫は、青い顔のまま教室に戻ろうとする。倉前はそんな織姫を支えながら一緒に教室に入る。

 そこに、江波が何やら笑みを浮かべながら近寄ってきた。


「フッフッフ……どうやら私の出番のようね!」


「どうしたんだ江波?」


「今村、織姫ちゃんの事は私に任せなさい!」


「何か策でもあんのか?」


「任せなさい! あんたは心配せずに、自分の仕事してなさい」


 そう言って、江波は織姫の元に向かい、接客を教え始める。

 雄介は心配しつつも、江波に織姫を任せ、バックヤードに戻って、自分の仕事をする。

 倉前は、継続して接客を行い、そのおかげもあって、外には客の列が出来つつあった。


「なかなか、忙しくなってきたな」


「そうだな、俺ももう外には出られねーよ」


 バックヤード担当の雄介は、接客に浸かれた慎と共に雑談をしながら、作業をしていた。


「お前は女性客の相手をしろよ」


「客のほとんどが男なんだよ、俺の出る時じゃないし、今は女子とあの二人が頑張ってるだろ?」


「まぁ、そうだが……織姫は大丈夫なのか?」


 雄介はコップに飲み物を注ぎつつ、慎に店の状況を確認する。

 慎はスマホを弄りながら、チラリと店の様子を見て、雄介に報告する。


「あー、大丈夫そうだぞ、注文取ってる」


「マジか! ちょっと見せろ!」


「勝手に見ればいいだろ…って! 俺に注文押し付けるな!」


 雄介は慎に注文票を押し付け、織姫の様子をバックヤードからうかがう。

 慎の言う通り、織姫はたどたどしい感じではあったが、しっかり男性相手に接客をしている。


「……あいつ、頑張ってるな」


 雄介はそんな織姫の様子をバックヤードから見守る。

 よく見ると、織姫には常に江波が一緒について接客をしている。

 雄介はそんな二人の姿を見て安心し、バックヤードの作業に戻った。


「おい! さっさと手伝え雄介! 俺はこういうの駄目なんだよ!」


「お前……パフェは順番に材料を盛り付けるだけなんだが……」


「ほっとけ!」


 織姫と倉前さんのおかげで、メイド喫茶は大盛況となり、初日分はすべて売り切れとなり、まだ15時だというのに、閉店となってしまった。

 学園祭は18時までなので、3時間も余ってしまい雄介たちは、今日の売り上げを計算していた。


「まさか完売するとはな……」


「マジで織姫ちゃん女神……」


「俺は倉前さんが良いな~、あの猫耳が……」


 クラスの男性陣は、クラスの女性陣と話をする倉前と織姫を遠目で見ながら、そんな話をする。

 そんな中、あとかたずけをした雄介は、織姫と倉前の元に向かう。


「倉前さん、織姫、今日はありがとう」


「いえいえ、お気になさらないでください。私もお嬢様も楽しかったですから」


 倉前は雄介に笑顔でそう告げる。

 一方の織姫は、疲れたような表情を雄介に向ける。

 慣れない事の連続で疲れてしまったのだろう、雄介はそう思いながら織姫に優しく声を掛ける。


「疲れたか?」


「……はい、でも…」


「ん?」


「楽しかったです」


 織姫はそれまでの疲れ切った表情を笑顔に変えて、雄介に言う。

 その様子を見ていたクラスの女子は、口々に雄介に言ってくる。


「今村~、この子可愛い~、このクラスに転入とか出来ないの~?」


「そうよー、私も織姫ちゃん気に入っちゃったわ~」


 雄介は、そんな事を俺に言うなよ…、と思いつつも、雄介自身もそうであれば、織姫にとっても良いのだろうと考えていた。

 クラスの男子はともかく、大半の女子に馴染んでいるし、織姫も打ち解けた様子でいた。


「今村様、少しよろしいですか?」


「はい?」


 雄介は倉前に言われるままに廊下に出て行く。織姫も一緒についてきて、人の通りの少ない階段の踊り場で三人で話をする。


「どうしたんですか?」


「まず、はじめに、今日は本当にありがとうございました」


 倉前は雄介に対して深々とお辞儀をして礼を言う。

 織姫もそれに続いて頭を下げ、その様子を見た雄介は、慌てて頭を上げるように言う。


「いえいえ、そんな大した事してないですから……」


「そんな事はありません。雄介は私の為に色々と手を尽くしてくれました。私は感謝してもしきれないです」


 織姫は雄介に対し、頬を赤く染めながら言う。

 雄介はそんな織姫の姿を見ながら、「成長したなぁ~」と親のような気分になりながら、しみじみ思う。


「一番は、お前が頑張ったからだよ。俺はただ手助けをしただけだ」


 雄介はそう言いながら、自分の事を考える。

 結局自分は何も変わらないのに、織姫はどんどん前に進んで行き、すごい奴だと思いながら、何も変わらない自分を恥じていた。


(何も変わらないのは俺だけか……)


「そこで、雄介様にお話ししておきたい事があります」


「なんでしょうか?」


 倉前と織姫は雄介に向かって真剣な表情を向ける。

 口を開いたのは織姫だった。


「私、学校に通ってみようと思います…」


 雄介は驚いたが、織姫の決意に雄介は素直に応援する事にした。


「がんばれよ。お前ならすぐ学校になれるよ」


「うん…」


 織姫は更に顔を赤く染めながら、雄介に応える。


「んで、学校はここに通うのか?」


「はい、そうしようと思っています」


「そうか、ならあいつら喜ぶな……」


「また迷惑を掛けるかもしれないけど、よろしくね」


 織姫はメイド服姿で雄介に笑顔でそういう。

 雄介はそんな織姫を見ながら思う、自分はきっと織姫と学校に通う事が出来ないだろう。そんな事を考えながら、織姫に何と言ったものかと考える。


「……あぁ、そう……だな」


 結局雄介は歯切れ悪く、織姫にそう言い。そのまま視線をそらした。

 その後、織姫と倉前は学校を後にしていった。

 雄介の中には、また嘘をついてしまった罪悪感が残っていた。

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