第13章 文化祭と新たな火種 12

 文化際前日の夜。雄介は里奈と共に晩飯を食べていた。

 明日のことを話しながら、いつもと変わらない食事をしていた。


「ねぇ、ユウ君?」


「はい? どうかしましたか?」


 里奈が急に神妙な面持ちで雄介に話し始める。

 雄介は何事かと思い、食事の手を止めて、里奈の話を聞く。


「何かあった?」


「え……」


 里奈の突然の発言に、雄介は驚いた。まさか、里奈は気が付いているのか、そう思ってしまった雄介だったが、そうではないようだ。


「いきなりどうしたんですか? 何もないですよ」


 雄介は平静を装い、里奈に嘘をついた。

 あまり嘘をつきたく無い雄介だが、今回は仕方がないと自分に言い聞かせる。


「そう? なんだか疲れてるみたいだったから……」


 寂しそうな視線を雄介に向ける里奈。

 雄介はそんな里奈の視線が痛かった。心配しているのが、痛いほど伝わってくる。

 そんな里奈に、雄介は更に心配を掛けようとしている。それが雄介はどうしようもなくつらかった。


「大丈夫ですよ。きっと今日の準備で疲れが出ているだけです。ほら、早く食べて、今日は寝ましょう」


「そう? なら良いけど……」


 雄介は食事が終わるまで、里奈の目を真っすぐ見ることが出来なかった。

 文化祭が終わる頃、自分がどうなっているのか、雄介は考える。

 何事も無く、この日常が戻ってくるわけは絶対にない、だから、明日ぐらいは楽しみたい。

 それが、雄介の願いだった。




朝が来た、雄介はいつもより少し早く起床し、準備を始める。

朝食を作り、いつものように里奈を起こして、送り出す。


「よし」


 雄介は自分の登校の準備を始める。必要なものをカバンに詰め込むと、雄介はカバンのチャックを閉める。

 そして雄介は、制服のポケットに昨日クローゼットから取り出した四角いケースをしまい、不良が持っていたナイフを内ポケットにしまう。


「行こう」


 周囲に注意を向けながら、雄介は家を出て登校する。

 小畑の電話では、学校の周辺を警察が警戒してくれるらしいが、昨日の今日で本当に大丈夫だろうか? そう考えながら雄介は登校する。


「こんな状況なのに、学校は平和だな……」


 学校に到着し、校門前のゲートや、どこかのクラスが窓から下げている垂れ幕なんかを眺めて、雄介はそう思おう。

 みんな、楽しそうに準備をしていて、雄介はそんな生徒の顔を見て、思わず顔をしかめる。

 自分のせいで、おそらく明日の文化祭は中止。三年生にとっては最後の文化祭。雄介たちにとっては最初の文化祭。それぞれが、色々な思いを胸に文化祭の準備をしていたはずだった。


「せめて、皆が傷つかないように……」


 雄介は覚悟を決めて校内に足を進める。

 教室には既に何名もの生徒が来て、準備を始めていた。

 皆着替えを済ませて、接客する準備は万端だ。雄介はスーツを着て女子からキャーキャー言われている慎の元に向かった。


「おはよう」


「おう、お前も早く着替えてこいよ。あと30分でスタートだぞ?」


「あぁ、そうだな。……そう言えば優子は?」


 雄介は思わず慎にそんな事を尋ねていた。いつもなら絶対にそんな事を言わない雄介に、慎は目を見開いた後で、ニヤニヤしながらからかうように言ってきた。


「フーン。加山なんてどうでも良いんじゃなかったのか~?」


「その顔やめろ。ちょっと聞きたい事があるだけだ」


「ふ~ん。ちょっとねぇ~」


 慎はいつものように、雄介をからかい、雄介はそんな慎を軽くあしらう。

 慎とももう長い付き合いだ、雄介は慎との出会いや今まで何をしてきたかを自然と振り返っていた。


「なぁ、慎」


「ん? おい、どうした? 腹でも痛いのか?」


 雄介の突然の真剣な面持ちに、慎は少しペースを狂わされてしまった。


「いや、今日は頑張ろうぜ」


「?? お、おう……」


 雄介は慎にそういって、教室を出て更衣室に向かった。

 更衣室には誰も居なかった、雄介はそれを丁度いいと思った。持ってきたナイフとケースを誰にも見られることなく、衣装に隠せるからだ。

 雄介はナイフとケースを衣装の内ポケットにしまい、制服をカバンに入れて置き、更衣室を出て、教室に向かう。


「あら? 誰かと思ったら今村君」


「あ、沙月……さん」


「結局さん付けなのね」


「あ、ごめんごめん」


「まぁ、良いわ。教室行くんでしょ?」


 沙月はメイド服姿で、看板を持って歩いていた。看板はもちろん、メイド喫茶の宣伝用の看板だ。

 雄介と沙月は、並んで歩きながら、教室に向かった。

 途中、何人もの生徒に「メイドだ」「男の方はマスターっぽい」などと言われながら、二人は廊下を進んでいた。


「それにしても、優子が貴方に告白して、まだ3か月経ってないのね」


「あぁ、もう一年前くらいに感じるよ」


「そう、まぁ貴方が優子を振ったんだけどね」


「痛いとこつかないでくれよ……」


 そんな沙月の毒舌にダメージを受けながら、雄介は沙月にとある事を聞く。


「なんで、優子は俺なんかを好きになったんだろ?」


 沙月はちらっと、雄介を横目で見ると、すぐに視線を戻した。そしてため息を吐いて、雄介に言う。


「そういうのは本人に聞くべきだと思うわ。それに、今更昔の女に何を聞きたいのかしら?」


「そういう誤解を招く言い方やめてくれません! ただでさえ敵が多いんだから!」


 沙月の意味深な発言に、雄介は背筋がゾクリとするのを感じた。恐る恐る後ろを向くと、何人かの男子生徒が雄介を睨んでいる。

 そんな雰囲気を感じたのか、沙月は少し口元を緩めて「冗談よ」と一言いう。

 すると、男たちは各々自分のクラスに戻っていった。


「でも、なんでいきなりそんな事を?」


「いや……ちょっとね……」


 煮え切らない様子の雄介に、沙月は雄介の正面に立って、雄介に言う。


「どうせ、好きになったんでしょ?」


「………」


 雄介は何も応えない。自分でもわからないからだ。今まで女は近づけば気分を害してしまう存在であり、恋愛なんてしたことも無かった。だから雄介は何も答えられなかった。


「まぁ、良いわ。もしそうであってもそうでなくても、貴方が優子を泣かせる事があったら、私が貴方を泣かせるわ」


「それは嫌だな……」


「だったら、もっと自分に正直になりなさい。無くしてからじゃ遅いのよ」


 沙月の言葉は、雄介の胸に突き刺さった。

 そんな事は、雄介自身が良く知っている。

 だからこそ、雄介は優子に会って確かめたかった。

 最後になるかもしれないから……。

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