第10章 初めての....

「そんな事あったんだ〜、雄介は優しいな〜。流石私の将来の旦那!」


「誰が誰の旦那ですか!そんな事は絶対にあり得ないです!阻止します!!」


「まぁまぁ、落ち着いてよ。そっか、そんな事があったんだ……」


加山は話を聞き終えると、何か考え込む様に窓の外を見つめていた。


「どうかしました?」


凛は加山の様子に気がつき、不思議そうに声をかける。今の話のどこかに何か加山にとって思うところがあったのだろうか?凛はそんな事を考えていた。


「なんでもないよ〜」


笑みを浮かべながら凛に返答する加山。



「お〜い雄介、早く朝飯〜」


「やかましい!早く食いたいなら手伝え!!」


雄介はキッチンで朝飯を作っていた。慎はソファーに座りながらテレビを見ていた。


「にしても、あの二人遅いな。声でもかけて来た方が良いんじゃないか?」


「心配すんなって、俺なんかいつも休みの日はお昼近くまで寝てるから」


「それはお前がグウタラなだけだ」


時計は朝の9時を少し過ぎたくらいだった。雄介はフライパンの上のベーコンと卵を見ながら、どうしたものかと考える。

考えていると上の方からドタバタと騒がしい音が聞こえてきた。


「起きてはいるみたいだな……」


「大丈夫かな、凛ちゃん……」


「大丈夫だろ」


慎はまるで興味が無いかの様に、スマホの画面から目を離す事なく、雄介と会話をしていた。


「さっきからお前は何してんだよ?」


雄介は気になり、雄介に尋ねた。


「ん?あーあれだ、ちょっと調べ物?」


「さっきから随分熱心だな。一体何を調べてるんだ?」


「デートスポット」


「お前……熱でも有るのか?」


雄介は驚きのあまり、持っていたフライ返しを落としてしまった。雄介が驚いたのも無理は無い、慎はそれなりに良い顔立ちと人当たりの良さがあって、女子からは結構モテる。

しかし、慎はすべての告白を断っていた。本人曰く「めんどくさいし、ゲームやる時間がなくなるから」と言って、全くと言って良いほど、女子に対して興味を抱いていなかったからだ。


「なんだよ、そんなに驚くか?」


「お前の口からデートスポットなんて単語が出て来るなんて思わなかったからな……。で、相手は誰なんだよ!」


「は?」


「は、じゃねーよ。誰をデートに誘うんだよ」


気の抜けた返事を返した慎に、雄介はからかう様に聞いた。


「誰をって。誘う相手なんていねーよ。お前だって知ってんだろ、俺が女子に興味ないの」


「でも、デートスポット調べてたんだろ?!そんなの本人が誰か誘ってデートに行くと思うだろ?」


「あぁ、これはとある友人の為に調べていたんだよ、ワトソン君」


「いきなりなんだ、ワトソン君って。なんだ、頼まれただけかよ」


雄介は真実を知ると、つまらなそうな顔で食事の準備に戻った。


「なんでも良いけど、あの二人呼んできてくれないか?」


「お前が行った方が喜ぶんじゃねーの?」


「俺は今手が離せないんだよ。朝飯作ってるんだからそれくらいしろ」


「へいへい」


気の抜けた返事をして慎はソファーから立ち上がり、二人を呼びに行った。


「おーい、飯だってよ」


慎は部屋のドアをノックし、部屋の外から声をかけた。しかし、返事は無かった。部屋の中からはドタドタと騒がしい音が聞こえて来るだけだった。


「おーい、何やってんだ、お前ら〜」


再度声をかけるが、やはり返事は無い。慎はため息を一つつき、ドアノブに手をかけた。


「開けますよー。開けるからなー」


慎はそう言うと部屋のドアをゆっくりと開けた。


「やめてくださいって!!」


「え〜、女同士なんだから良いじゃ無いの〜」


部屋の扉を開けると、そこにはがっちりと凛を拘束し胸を揉みしだく加山の姿があった。


「ちょ……本当に…辞めて……んっ!!」


「うーん。年下の癖に私より大きいわね。何食べたらこうなるのかしら……」


慎は無言で扉を閉め、雄介の居るリビングに戻って行った。

リビングに戻ると、すでに朝食が完成し、四人分が綺麗にテーブルに並んでいた。


「あれ?二人は?」


慎が戻って来た事に気づいた雄介は、トーストを焼きながら慎に聞いた。


「あぁ、なんかイチャイチャしてたから、邪魔になると思って帰ってきた」


「は?」


慎はそのまま朝食の並んだ、テーブルに座った。雄介は慎の返答に疑問を抱きながらも、「どうせすぐに来るだろう」と思い、自分もエプロンを外して席に座った。

雄介が座って少しした頃に加山と凛はリビングにやって来た。心なしか、凛の顔が疲れており、加山の方はツヤツヤしていた。


「やっと来たか、早く食べちゃってくれ」


「すいません雄介さん。朝ごはんお任せしちゃって……」


「大丈夫だよ。元からそうゆう約束だったし」


「そうそう、飯作ってもらわなきゃ泊めて無いって」


「慎、お前はもう少し感謝しろ」


少しの雑談の後、雄介と慎が並んで席に着き、その向かい側に凛と加山が並んで座り食事が始まった。


「そういえば、加山と凛ちゃんはなんでこんなに遅かったんだ?」


雄介が向かい側の二人に尋ねると、凛はなぜか顔を赤くしてしまった。


「うーん、凛ちゃんの話を聞いてたのと、発育の確認?」


言いながら加山は凛の胸をチラッと見た。


「何見てるんですか!」


凛は顔を赤くしながら自分の胸を両手で隠した。雄介は加山の話の意味がわかったのか、凛からかおをそらした。


「なんでも良いけどさ、今日はどうするよ?」


慎がサラダを食べながら雄介に問いかける。


「そうだな、折角の休みだしなぁ。どっか行こうぜ」


「え!それってデート!!」


「なんで男通しで出かけるのがデートになんだよ」


加山の言葉に雄介は呆れながら答えた。その様子を凛は少し羨ましそうに見ていた。


「誰が二人って言ったよ。ここにいる全員プラス一人だよ」


「はぁ!なんでだよ!」


「凛は今日は一日休みだし、加山も折角呼んだ訳だし、全員で行った方がおもしろ……楽しいだろ?」


「おい!今面白いって言いかけたよな!それにプラス一人って誰だよ!」


「それは会ってからのお楽しみだ」


そう言って慎はサラダを口に運んだ。雄介は慎の言葉に違和感を感じながら、雄介は話を続ける。


「そうは言っても、まだ加山も凛ちゃんもOKした訳じゃないし、みんなの都合も考えないと……」


「私は大丈夫ですよ。今日は暇なので……。邪魔じゃなかったら一緒に行きたいです!」


「私は隠れても付いて行くつもりだったわ!」


凛と加山が交互に言うと、慎は雄介の顔を見てニヤリと笑った。雄介はそんな慎の顔を見てため息をついた。


「みんなの都合も問題なさそうだぞ〜」


「わかったよ行けば良いんだろ……」


こうして、雄介たちは全員で出かけることになった。話し合いの末、近くのショッピングモールに行くことになった。雄介は加山がいるという事に少し不安を感じていたが、慎から朝言われた言葉を思い出す。


「仲良く……か……」


雄介は心の中で、これからの加山との付き合い方について考える。


ショッピングモールに行くことになり、加山は着替える為に一旦自宅に帰宅し、残った雄介と山本兄弟は出かける準備を済ませ、ショッピングモールに向かう最中だった。


「で、もう一人ってのは誰が来るんだよ?」


「着けばわかるよ。安心しろお前も良く知ってる人だから」


雄介は安心できなかった。慎の呼んだ人物に雄介自身、少し想像がついていたからだ。不安な気持ちのまま、重たい足取りで、雄介は山本兄弟と共にショッピングモールまでの道を歩いていた。


「大丈夫ですか?雄介さん……」


雄介の様子に凛が心配をして声を掛けてくる。雄介はそんな凛に、引きつった笑顔で答えた。


「大丈夫だよ……心配させちゃって悪いね……」


まだ何もしていないと言うのに、疲労感満載の雄介の様子に凛は少し心配になってしまった。


「なにかあったら、いつでも言ってくださいね!力になりますから!!」


「じゃあ今度からは、お風呂場に突撃して来ないで欲しいな……色々と取り返しのつかない事になりそうだから……」


「あ……は…はい……」


凛は昨日の風呂場での事を思い出し、顔を赤らめる。凛自身も少し大胆すぎただろうかと後々考えては後悔をしていた。


「でも、凛ちゃんだから少し良かったかな?」


「え!」


雄介の言葉に凛はドキッとしてしまった。


「凛ちゃんじゃなかったら、多分ショック死してたよ。凛ちゃんならまだ、慣れてるから、少し気分が悪くなるくらいで済んだけど」


「あ……はい……」


凛は期待した自分がバカだったと感じながら、俯き気味になってしまう。

話をしているうちに三人はショッピングモールについた。


ショッピングモールはかなりの賑わいを見せていた。


「流石休日、すごい人だな……」


「そうだな、家族連れとかも多いな」


「あの人はまだ来てないみたいですね」


待ち合わせの場所に来たが、加山はまだ来てはいなかった。


「待ち合わせの時間よりはまだ早いし、今どこにいるのか連絡取ってくれよ」


慎が雄介に向かって言うが、雄介はキョトンとした顔をしていた。


「言っておくけど、俺は加山の連絡先知らないからな」


「え、マジで……」


「なんでそんな驚くんだよ。俺の知ってる女子の連絡先なんて、凛ちゃんと里奈さんくらいだよ」


そう言った瞬間、若干凛は嬉しそうな顔をした。


「あんなに四六時中一緒だから、もう知ってるもんだと思ってた」


「付きまとわれてんだよ……」


「でも、連絡手段ないといざって時に大変だろう。加山が来たら聞いといた方がいいだろ?」


「まぁ…確かに一理有るな……」


慎の言うことは確かに正論だが、雄介は加山に連絡先を教える事に抵抗があった。


「それよりも、今日は何を見て回ります?」


雄介と慎の会話に、凛が入ってくる。


「うーん。正直俺は欲しいものとか無いんだよな……凛ちゃんは何か見たいものあるの?」


「私は秋物の服を見ておきたいなーって」


「そっか、じゃあ最初は洋服を見て回ろうか」


「はい。あの……出来れば雄介さんに選んで欲しいんですけど……」


凛が顔を赤らめながら雄介にお願いする。

きっと男性目線での評価が欲しいのだろうと雄介は思い、凛の頼みを受け入れる。


「良いけど、俺ファッションとか良く分からないよ?」


「大丈夫です!雄介さんの好みに合わせますから!!」


「いや、俺に合わせる必要は無いんじゃ……」


凛の発言に疑問を抱きながら、引き続き加山と慎が呼んだもう一人を待つ。


「にしても、遅くないか?」


既に約束の時間から15分ほど過ぎていた。慎は連絡を取ってみると言って、今は凛と雄介の二人きりだった。


「そうですね、もう15分も過ぎてるのに……」


「これは慎の言う通り、加山の連絡先聞いとくんだったなぁ……」


雄介はスマホを見ながらため息をついた。すると、慎が戻ってきた。


「連絡ついたぞ、今向かってるってよ」


「そうか、なら後は加山だけだな……」


「あぁ、それも大丈夫だ、加山と合流したらしいから」


「は?」


「だから、合流したから大丈夫だって」


訳の分からない様子の雄介に慎は再度説明をする。しかし、雄介が知りたいのはそんな事ではなかった。


「一体お前は誰を呼んだんだよ……」


「もう少しで来るからもう少し待ってろよ」


腑に落ちない気持ちのまま、雄介はおとなしく加山たちが来るのを待つ事にした。

慎が連絡をもらってから5分程経った頃。遠くから雄介にとっては最近見慣れた顔がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。隣にもう一人居るが、人が影になって見えない。


「来たみたいだな」


「一緒の奴は誰だ?」


段々と加山達が近づいて来る。人混みが開けたところから今まで見えなかった加山と一緒に来た人物の顔が見えてきた。

加山といっしょにやって来たのは沙月だった。学校とは違い、私服姿の沙月を見るのは雄介は初めてだった。


「おい!なんで沙月さんを呼んだんだよ!」


「ん、太刀川(タチカワ)の事か?まぁ、話の流れでな……」


「お前って、沙月さんとそんな仲良かったのか?」


「加山の事が心配なんだろ?」


雄介と慎がコソコソと話しをしていたところに、加山と沙月は合流した。


「お待たせ、ごめんね雄介。待たせちゃって」


「優子が何着ていくか悩むからでしょ」


「えー、だって雄介に私服姿見せるの初めてだし、気合を入れたかったんだもん」


「当の本人は全く興味無いみたいよ……」


沙月は雄介の方を見た。そこで初めて雄介は沙月と目があった。雄介は目があった、その瞬間沙月は若干目を細めた。雄介はその様子に少し身を引いた。

雄介は正直沙月が苦手だった。


「沙月さん、今日はよろしく……」


「なんで目を逸らすのかしら?今村くん?」


「いや、別に……」


雄介は沙月の事が苦手だった。正直何を考えて居るのか分からないし、まともに話すのも今回で3回目位だからだ。

雄介は無意識に沙月から半歩分後ろにさがった。


「優子の愛しい人は私のこと苦手みたいよ」


雄介の心を代弁するかのように沙月が加山に言う。雄介は考えを読まれた事に驚きドキッとする。


「それはそうだよ〜、沙月ちゃんがそんな仏頂面で話してたら、雄介だってどうしたら良いかわかんないよ」


「表情が硬いのよ、優子みたいに表情豊かじゃ無いの」


確かに沙月は表情を変えない、無表情のまま淡々に話しているだけだった。


「で、そっちの女の子は誰?」


「あぁ、俺の妹で凛って言うんだ」


「あ、どうもこんにちは」


凛が少し緊張した感じで、沙月に挨拶をする。沙月はやはり無表情で、凛に返答をした。


「よろしく、山本君にこんな可愛い妹がいたなんてね」


「いえいえ、そんな事ないですよ」


凛は笑みを浮かべながら沙月に返答する。


「そんな事ないわ、まぁお兄さんも顔立ちだけは良いからね」


「おい、太刀川。どう言う意味だ」


「あなたはお兄さんみたいに同性愛に目覚めちゃダメよ」


「太刀川、その噂は一体どこからでてるんだ……」


「あら?事実じゃない。良く今村君と一緒だし」


「それだけの理由で決めつけるな。こっちは良い迷惑だっての……」


「それでも、良く女の子を泣かせてるのは事実でしょ?」


「告白断ってるだけだよ」

沙月と慎が言い争っているのを雄介達はただ眺めていた。その様子が雄介は新鮮で面白かった。慎がここまで動揺をしている姿を見たのは初めてだったからだ。


「なんでも良いけどさっさと行こうぜ」


「ん?あぁ、もう良いのか?」


「何がだよ……雄介」


立場がいつもと逆転したようで、雄介はもう少し見ていたかった様な気もした。


「ねぇ、早く行こうよ〜」


雄介と慎はいつの間にか置いていかれてしまっていた。女性陣は足早々と雄介と慎の少し先を歩いていた。


「凛ちゃん思ったより仲良くやってるな」


「まぁ、元々人懐っこい性格だからな……」


「加山ともなんだかんだで上手くやってる様で良かったよ」


「まぁ、女なんて腹の中では何考えてんのかわかんないけどな」


「そうかもな、でも凛ちゃんはそうじゃないだろ?良い子じゃないか」


「そりゃあ、俺の妹だからな」


「お前に似なくて本当に良かったよ」


「だから、どう言う意味だよ……」


「まぁ、気にすんなって、さっさと行こうぜ」


雄介は慎を少しからかうと、満足げな顔で先に行った三人の後を追って歩き始めた。

最初は女性陣の希望で洋服を見る事になり、全員揃ってアパレル関係のフロアに向かった。休日と言う事もあり、店内は多くの人で賑わっていた。


「じゃあ、俺たちはメンズコーナーにいるから」


「うんわかった。後でね山本君!」


「おい!まて」


雄介がメンズコーナーに慎と向かおうとした時、雄介は加山から腕を掴まれ止められた。


「なんで、俺もレディース見る流れになってんだよ」


「だって雄介に選んでもらわないと意味ないじゃん。凛ちゃんもそうでしょ?」


「は…はい……」


凛も顔を赤くしながら頷く。

雄介は加山に掴まれていた腕を振りほどくとため息まじりに答えた。


「それなら、良いのがあったら呼んでくれ、女性ばっかのレディースコーナーなんて行ったらどうなるか……」


「えー、そんなの面倒だよ。ホラさっさと行くよ!」


「おい!引っ張るな!!」


「あ!私も行きます」


加山は雄介を引っ張ってレディースコーナーに行ってしまった。それを追いかけて凛も行ってしまい。今は沙月と慎の二人きりの二人きりだった。


「行っちまったな」


「そうね、あなたも一人は寂しいでしょ?折角だから男性目線の意見も欲しいから、私の服選ぶの手伝って」


「いや、俺は一人でも別に良いんだが……」


「良いからいくわよー」


「……はいはい 」


慎は沙月に引っ張られてレディースコーナーに足を進めた。無表情で腕を引っ張る沙月に慎はなんの抵抗もできなかった。


「雄介、これはどう?」


加山が試着室から雄介に問いかける。雄介は今、加山と凛の服選びに付き合っている。


「良いじゃない?似合う似合う」


「むー、なんか適当……」


加山の選んだ服は、これから秋と言うこともあり、シナモンとオフホワイトのボーダーカラーの少し暖かそうな、ニットのチェニックワンピースだった。


「いや、別に変じゃないし、良いと思ったのは事実だっての。ただ面倒臭いだけ……」


「なにそれ〜!彼女が可愛くなろうと頑張ってるのに〜」


「彼女じゃねぇだろ!」


「そうですよ!優子さん!!」


加山の言葉に、雄介と凛は思わず声を上げた。


「なんでも良いですけど、次は私の見てください!雄介さん」


凛は加山を置いて雄介を引っ張り別なところに行ってしまった。


「わかったから、引っ張んないでくれよ……」


「え、ちょっと待ってよ〜」


凛と雄介は別な売り場に来ていた。凛が悩みながら選んでいる姿を雄介はただジッとして見ていた。


「雄介さんこんなのどうでしょう?」


凛が雄介に見せて来たのは、薄い青色のVネックニットだった。自分の体に合わせるように雄介に見せる凛。雄介はその姿を見ると、普通に似合っていると率直に思った。


「良いんじゃないかな?」


「本当ですか!じゃあ買っちゃいます!」


「いや!もう少し他も見て見たら!?決断早すぎだよ」


「うーん、それもそうですね、じゃあスカートも見て来ます!」


「う…うん…。はぁ……」


凛がスカートを見に行ったところで、雄介はため息をついて、店の外に出た。やはり、レディースコーナーと言う事もあり少し気分が悪くなってしまったのだ。

雄介は近くのベンチに座り、スマホを取り出して時間を確認する。


「まだこんな時間か……。はぁ……二人とも元気だなぁ……」


ベンチに体を預けて体の力を全て抜く雄介。

そう言えば、沙月と慎はどこに行ったのだろう。雄介はレディースコーナーの中を見て見ると、沙月が慎に服を選んでもらっていた。


「あの二人って仲良かったっけ?」


それにしては、二人とも無表情で、あまり楽しそうではない。

慎が冗談で持って来た少し大胆な服を沙月は無表情で試着しようとする。そんな沙月を慎は焦って止めていた。


「なにやってんだろ……あいつら」


雄介はそんな慎達の事を見ながら、フッと鼻で笑うと、目線を服を選ぶ加山の方に向けた。

なんだか一周懸命に服を選んでいる。


「遠目に見てる分には、普通に可愛いんだよな……」


「本当ですよね……」


「あぁ、本当に……え?」


独り言を呟いたつもりだったのに、なぜか返事が返ってきた。雄介は声のした方向を見ると、凛が少し寂しそうな表情を浮かべながら立っていた。


「えっと……今の聞いてた?」


「はい、最初から最後まで全部聞いちゃいました」


凛は少し不貞腐れたような態度で凛は雄介に言うと、雄介の隣に座った。


「えっと……聞かなかった事には……」


「はい、別にいいですよ」


凛は先ほどの態度とは違い、笑顔で雄介の頼みを了承する。

聞き分けの良い子で良かったと、雄介は安心した。


「あ、でも口止め料はいただきますよ!」


「え……まじで…」


そう上手くはいかないものだと、雄介は苦い表情を浮かべる。


「はい!あ、でもお金とかじゃ無いので安心して下さい!」


「えっと……じゃあなんでございましょうか……」


「そうですね、うーん……じゃあ、二階に行きましょうか!」


「え!ちょっ!また引っ張んないでっ!!」


凛は何かを思いつくと、立ち上がり、雄介を引っ張って二階に向かって歩いていく。


「ここのクレープで手を打ってあげます!」


凛が連れて来たのは、クレープの専門店だった。店内はほとんどが女性客で埋め尽くされていたが、ちらほらと男性客の姿もあった。


「わかったよ……。じゃあとりあえず、置いて来た加山に連絡を……」


雄介は加山に連絡を取ろうと、スマホを開くが……


「そういえば、加山の連絡先知らないんだった……」


雄介は取り出したスマホをポケットにしまい、凛と一緒にクレープ店に入って行った。

こう言う時は面倒だな……

雄介はそう思いながら、後で加山と連絡先を交換しようと決めた。


「いらっしゃいませ〜」


店内に入ると店員さんが元気よく挨拶をして来る。凛と雄介は空いてる席を見つけ、席に向かい合って座った。


「ご注文お決まりでしたらお伺いします!」


少しして店員さんが注文を取りにやってきた。


「俺はアイスコーヒーで、凛ちゃんは?」


「う〜ん、悩みますね〜。じゃあ、このストロベリースペシャルって言うのを一つ」


「かしこまりました!少々お待ちくださいませ!」


店員さんは注文を聴き終えると席を離れて戻って行った。


「雄介さんはクレープ食べなくて良かったんですか?」


「いや、俺はあんまり甘いのは……」


「あ、そういえばそうでしたね!」


「まぁ、食べる時は有るけど、あんまりね」


他愛もない話をしていると、店員さんが商品を持って席にやって来た。


「お待たせいたしました!アイスコーヒーとストロベリースペシャルになりまーす!どうぞごゆっくりお召し上がりくださいませ!」


商品をテーブルに置き、店員さんは戻って行った。


「なかなか…大きいね……」


「そうですか?普通ですよ」


凛の頼んだクレープはクレープなのにも関わらず、お皿いっぱいに想像の3倍位の大きさの物が運ばれて来て、雄介は少し驚いてしまった。


「うん!美味しいです!」


凛はその大きなクレープをスプーンで口に運び、幸せそうな顔で頬張っていた。


「良く食べるなぁ……」


美味しそうにクレープを食べる凛を見ながら、雄介は自分が頼んだアイスコーヒーを飲む。


「雄介さんも食べます?」


凛はスプーンですくったクレープを雄介の口元に向けて来る。雄介は顔を少し後ろに引き、スプーンから顔を遠ざけた。


「いや、俺は良いよ。コーヒー有るし」


「そうですか?美味しいのに……」


凛は雄介に向けていたスプーンを自分の口元に運ぶ。


「そういえば、誰かに俺たちがここにいる事を連絡しておかないとな……」


「あ!そういえばそうですね」


雄介はポケットからスマホを取り出し、慎に連絡をしておこうとスマホを操作する。


「そういえば雄介さんって、加山さんの連絡先は知らないんですか?」


「うん、連絡を取る必要も今までなかったし、そもそもあいつと話すようになったのも最近だし……これで良しっと」


雄介は凛に事情を説明する傍らで、慎に凛と一緒にクレープ屋にいる事をメッセージアプリで伝える。


「慎に連絡したから、とりあえずは大丈夫だよ」


「そうですか、それにしても加山さんって綺麗ですよね〜」


「えっと……いきなりどうしたの?」


慎に連絡をした事を凛に報告すると、凛は雄介に怖い笑みを浮かべながら、加山の話をし始める。


「あれだけ女性が苦手な雄介さんでも、あんな事言う時は有るんですねー」


凛はジト目でじーっと雄介を見ている。雄介はそんな視線に耐えられずに、凛から目線を外らす。


「まぁ、あれだよ……あいつも顔だけ見たら可愛いなって意味だよ……」


「本当ですかね〜」


「えっと……なんでそんなに怒って……」


「怒ってないですよ」


凛は笑顔で答える。しかし、その笑顔が逆に怖かった。


「いや、なんかいつもと違って……」


「怒ってないです!」


「はい……」


凛の言葉にはどこか棘があり、雄介は反論できないまま、黙々とアイスコーヒーを飲んでいた。


「ふぅ〜。結構な量でした〜」


「あの量をこの短時間で……」


話をしていると間も凛は黙々とクレープを頬張り、皿いっぱいにあったクレープは跡形もなく無くなっていた。


「そろそろ戻ろう、加山や慎も待ってるだろうし」


「それもそうですね。お店も混んで来た見たいですし、そろそろでましょうか」


雄介と凛はお会計を済ませ、店を出た。意外とクレープの値段が高く、雄介涙目になりながら、残りすくない財布の中身を眺めていた。


「雄介さんご馳走様で〜す」


「あ、うん……」


値段を良く見ておけば良かったと、雄介は後悔しながら凛と共にレディースコーナーに戻って行った。


「あ!やっとみつけた!二人でどこ行ってたの?すごい探したんだよ!!」


レディースコーナーに戻ると、加山が眉間にシワを寄せて立っていた。


「悪い、ちょっとお茶してた」


「むー、私一人を放って置いて、二人でデートですか」


あからさまに機嫌の悪い加山。流石の雄介もこれは自分が悪いと思い、頭を下げて謝る。


「いや、悪かったよ。連絡しようともしたんだけど、加山の連絡先とか知らなかったし……」


自分で言っていても、言い訳にしか聞こえないのは雄介自身もわかっていた。今回は流石に加山も怒ったか、そう雄介は思っていた。


「まぁ、連絡先を教えてなかった私にも多少は責任あるけど……」


「まぁ、今からでも服は見てやるから、そんなあからさまに元気無くすなよ……加山らしくない」


加山は怒るどころか、あからさまに元気をなくしてしまった。雄介は、まさかそんなにショックを受けるとは思ってもいなかったので、一人でどうしたら良いかわからず、オドオドしてしまった。


「えっと……凛ちゃんどうしよ……」


「雄介さんがなんとかするべきですね、頑張ってください!」


「え、ちょっと!凛ちゃん!?」


凛は雄介にそう言うと、慎のところに行ってしまった。


「えっと……加山どうしたんだよ。いつものお前らしくもない……」


いつもならば、騒がしいくらいに色々言ってきたり、膨れたりするのに、今日に限っては普通に落ち込んでいる。いつもとは違う加山の態度に、雄介は調子を狂わされてしまった。


「あの……あれだ!連絡先交換しとけば、もうこんな事もないだろ!」


雄介はスマホを取り出し、加山に連絡先の交換を要求する。

すると加山は、雄介のスマホを素早い動きで奪い取り、何か操作をし始める。


「お…おい……加山?」


三十秒ほど操作すると、加山は一呼吸ついて雄介の方を向いた。


「はい!私のメールアドレスとSNSアプリのアカウントと電話番号と住所入れといたから!」


「え…っと、おい加山、さっきまでの元気の無さはどうした…」


「え〜なんの事〜?でもよかった!これで雄介にいつでも連絡できる!」


先ほどまでのテンションの低さが嘘のように、いつものように明るく振る舞い始める加山。

雄介は、ハメられた……。そう考えながら、連絡先を教えたのを後悔し始めた。


「おい!いつでもは辞めろよ、一応なんかあった時の連絡用に教えたんだからな!」


「うん!分かってるよ〜。大丈夫だって〜」


満面の笑みで雄介に向かって答える加山。雄介は大きくため息をつき、自分のスマホの画面の加山優子と表示された連絡先を見る。


「はぁ〜、まぁ良いか……」


「何が〜?」


「何でもない、さりげなく腕を組もうとするな」


「まぁまぁ、なんだかんだ言って、最近は私が触っても大丈夫じゃん?」


言われてみればそうだと考える雄介。最近は妙にアプローチが多く、身体に触れられる事が多かったが、いつもの発作や気分が悪くなったりなんかがない。


「それでも辞めろ、いつ気分が悪くなるかわからん……」


「大丈夫だよ。その時は、私が何とかしてあげるから!」


 言葉と一緒に笑顔を向けてくる加山。


「加山の世話にはなりたくねーな。その後が面倒そうだ」


「えぇ~、それってどういう意味よ~」


 頬を膨らまして異議を唱える加山を雄介は少し笑みを浮かべながら見ていた。

 表面上はあんな事を言いはしたが、ああ言ってくれる事が雄介はうれしかったからだ。


「ほら、さっさと試着室行くぞ。服見てほしいんだろ?」


「あぁ!そうだった!早くいかないと試着室埋まっちゃうかも!」


 急いで試着室へと向かう加山。雄介はその後をゆっくりと追いかけていった。

 雄介と加山が連絡先の交換をしている間、慎と沙月は服を選んでいた。


「どうかしら?」


「いいんじゃない?」


「疑問形で返すのはやめてくれないかしら」


「いや、俺服の事とかよくわからんし......」


「なら取り合えず似合ってるとかいえないの?」


「はいはい、似合ってる似合ってる」


「どこら辺が?」


「めんどくせぇ......」


 試着室の中から、感想を求める沙月だったが、慎はどうでもよさそうな感じで返答を返す。そんな慎に沙月は無表情で反論するが、慎は適当な返事を返すだけだった。


「なぁ、そろそろ自分の服見てきて良いか?」


「仕方ないわね。良いわよ」


 慎は沙月に背を向け、メンズ服売り場に向かう。しかし、沙月が後ろからついてきたのだ。


「おい」


「なにかしら?」


「なんでついてくるんだ?」


「あなたが自分の服を見たいと言ったんでしょ?」


「一緒に来いとは言ってないんだが」


「折角だから私が選んであげるわよ」


「別に頼んでないし、俺は自分で選ぶから、お前は自分の服でも見てろよ」


「遠慮しなくていいわ。行きましょう」


「おい!引っ張るな!」


 慎は沙月に腕を引っ張られながら、メンズ服売り場に向かった。

 あまり普段話をしない相手なので、無表情で絡んでくる沙月が、慎は少し苦手だった。


「これなんかどうかしら?」


「なんでスーツなんだよ。しかも白と赤のボーダーって....」


「笑えると思ったんだけど?」


「俺は紅白の司会者じゃねーんだよ!」


 なんでこんな服が置いてあるのか、慎は不思議に思いながら自分の服を選び始めた。


「なんで私を誘ってくれたの?」


 服を選んでいる慎に沙月が訪ねた。


「なんでって、面白そうだったからだよ」


「面白そう?」


 首を傾げて考え込む沙月に慎は話を続けた。


「俺は基本的に、雄介が困ってる姿を傍観して楽しむのが好きなんだよ。だから、加山の方に一人味方をつけたら面白くなると思ったんだが....」


「予想が外れて、私は山本君と一緒にいると」


「そうだよ、まぁでもあっちには凛も居るし、十分面白い事になってるだろうしな」


「いい性格ね」


「ありがとよ」


 沙月の皮肉に慎は笑顔で答える。


「にしても、意外だったな太刀川は加山にくっついて離れないかと思ったけど」


「心配はしてるは、でも今村君は信頼してるから」


「そうなのか?なんかあったのか?」


「優子を二回も助けてくれたから....」


 そう言った沙月の顔はいつもの無表情ではなく、少し笑顔を浮かべていた。


「その割には雄介に突っかかるじゃねーか」


「友人を振った相手にはそれぐらいが丁度いいのよ。どこがいいのか、私にはわからないわね...」


「それもそうか。太刀川と加山は仲良いからな」


「そうね、こんな不愛想な私でもあの子は仲良くしてくれたから...」


 何かを思い出すように、うつむき頬を緩める沙月。そんな姿を見た慎も思わず頬が緩んでしまう。


「何がおかしいの?」


「いや、太刀川って笑うんだなって」


「そりゃあ笑うわよ」


「なら、もっと笑えよ。そっちのほうが親しみやすい」


「やだ、山本君。私の事落そうとしてる?残念だけど、あなたには一切の興味もないわ。ごめんなさい」


「ちげぇよ、ただのアドバイスだよ」


 沙月はさっきまでの笑みから無表情に戻っており、慎はそんな沙月を見てもう一度笑った。


「何がそんなにおかしいのよ」


 心なしか若干むっとした表情を見せる沙月。そんな沙月の事を見て、さらに慎は笑ってしまった。


「太刀川って、案外面白いのな」


「どういう意味かしら?私からしたらただ笑われただけで、不愉快なんだけど」


「いや、別に馬鹿にした訳じゃねーよ。ただ、何を考えてるのか少しわかっただけだよ」


「あなたに分かられても嬉しくないわ」


「まぁ、そういうなって」


 慎と沙月の距離が、少し近くなった瞬間だった。





「あ~満足した!」


「それは.....よかった....な.....」


 雄介と加山は買い物を終えて、ベンチに座って休憩をしていた。あれから約二時間ほど、加山につき合わされた雄介は、精神的にも体力的にも限界だった。

 凛からの連絡で、凛と慎、そして沙月は他の場所で時間をつぶしているらしい。


「そろそろ慎に連絡して合流しないと、あいつらほったらかしだからな....」


「あ、そうだね!夢中になってたから時間忘れちゃったよ」


「二時間もつき合わせられたこっちの身にもなれよ」


 他愛もない話をしながらスマートフォンを操作し、慎に連絡を取り始める。耳にスマホを当てなんとなく周りを見ていた。


「!!!!」


 エレベータの方を見た瞬間だった。人込みに紛れていたが、雄介には一目でわかった。忘れたくても忘れられない顔がそこにあったからだ。


「あいつっ!!」


「雄介!どうしたの!!」


 雄介はすぐさまベンチから立ち上がり、加山の言葉も無視して、エレベーターのところまで走った。しかし、目的の人物は人込みに紛れながら、エレベーターに入っていく。


「あと少し!!」


 あと数メートル、もう少しで手が届くというところで、エレベーターの扉はしまった。


「クソッ!!!」


 扉の前で拳を握りしめながら、あの顔を思い出す。


(確かに、あいつだった。あの女だった。)


 雄介にとっては一生忘れられない人物の顔であり、憎むべき家族の敵の顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。


「雄介?どうしたの?」


 後から追いかけてきた加山が雄介に心配そうな顔で問いかける。


「いや....なんでもない....」


 雄介は俯きながら、加山の横を通りすぎていく。


「なんでもない事ないよ!どうしたの?すごい汗....」


 後ろから問いかけてくる加山の言葉に、雄介は背を向けたまま一言だけ言葉を発した。


「関係ないだろ」


 その一言が、加山にとっては大きな衝撃だった。少しは信頼してくれている、そう思っていたのに、雄介は加山になにも言ってはくれない。

 加山は我慢できずに行動に出てしまった。


「かや....」


パーン!


 加山が雄介の正面まで移動し、雄介の頬を思いっきり平手で打った。


「な....」


 雄介は驚き、打たれた頬を抑えながら加山をただただ見つめていた。加山は泣いていた。他の客は幸いそんなにいなかったが、数人がこちらを見ていた。


「なんで何も言ってくれないの?なんで自分一人で背負込むの?なんで信じてくれないの?!!」


 涙を流しながら雄介に訴える加山を雄介は戸惑いながら見つめていた。今まで加山に怒鳴られた事も頬をぶたれた事もなかったからだ。


「なんで加山が怒るんだよ....」


「怒るよ....関係ないなんて言うんだもん....」


「これは俺の問題なんだ。あんまり口を出してほしくない」


「その問題ってなに?」


「加山は知らなくていいことだ」


「なんで、教えてくれないの....」


 加山はさみしそうな声で俯きながら言う。雄介はそんな加山の事を見ながら、不思議に思っていた。


(なんでこんなに俺を気に掛けるんだ、こいつは....)


「加山、お前が心配してくれてるのはうれしい。でもこの話は軽々しく話したくないんだ」


 加山は黙って聞いていた。


「....いつか、話してくれる?」


 俯いたまま、加山は雄介に尋ねる。雄介は少し悩んだ後に、加山に言った。


「そのうちな....」


「....まだ、完全には信頼してくれないんだ」


「悪い....」


 二人は無言のまま、慎達と約束した合流場所に向かった。雄介はあの女の顔が頭から離れなかった。


(この街にいるのは本当だったのか....)


 雄介の心の中は、憎しみと復讐心でいっぱいだった。家族を殺した女、すべてを奪っていった相手を今すぐにでも八つ裂きにしてやりたい。そんな気持ちでいっぱいだった。


「雄介!」


「ん?あぁ、悪い。どうした?」


「合流場所、ここだよ」


「あぁ、そうか....」


 考え事に夢中で、雄介は周りが見えていなかった。加山も先ほどの事があったからか、元気がない。


「悪い、遅れた」


「山本君がいけないのよ。あんなに迷うから」


「俺じゃねーだろ。お前だろ太刀川」


「どっちも悩んでましたよ....」


 慎達が少し遅れてやってきた。沙月と慎は両手に買い物袋を下げてきたところを見ると、かなりの量の買い物をした様子だった。


「雄介、どうかしたか?」


 慎が雄介の様子に気が付き、声をかけた。


「あぁ、あの女が居たんだ....」


 雄介は眉間にシワを寄せながら慎に話した。慎は聞いた瞬間、驚き声を抑えて雄介に聞いた。


「あの女って、お前の家族を....」


「あぁ、殺した女だ」


「見間違いとかじゃないのか?」


「見間違える訳ねーよ。脳裏に焼き付いてずっと離れねーんだからな、あの女の顔が....」


 雄介の表情に、慎は事の重大さを感じ取っていた。いままでに見たことのない友人の顔に、慎は雄介の事が心配だった。


「お前、仇討ちなんか考えてないよな?」


 恐る恐る慎は雄介に聞いた。


「慎、これは俺の問題だ。もし心配してるんだったら悪いが、俺は....」


 慎にとって、一番聞きたくない答えが返ってきてしまった。家族を殺した相手の話は前から聞いていた。だからこそ、その相手が現れてしまったら雄介が雄介でなくなってしまうのではないかと、慎は前々から心配だった。


「加山も一緒だったんだろ?あいつには....」


「言ってない。あいつは本当に関係ないからな....」


 雄介は、沙月と凛と話している加山の方を見る。やはり元気がなく、そのことを沙月と凛が気に掛けていた。


「本当なら、お前も関係ないんだけどな....」


 寂しそうな顔をして雄介は慎の顔を見る。そんな雄介の顔を見るのは慎は二度目だった。そのたびに慎は雄介にこう言う。


「もう関係者だよ。事情を知っちまったんだから」


 そう言って慎は雄介の背中を強めにたたき、笑って見せる。


「いってぇよ」


「だったらその暗い顔やめろ。こっちまで気が滅入ってくる」


「あぁ、悪い....」


 慎はもう一発思いっきり雄介の背中を叩く。


「いっ!!」


「....復讐なんて考えんな。そんな事考えてるお前は、見ていても面白くねぇ」


「........」


 雄介は何も言葉を返さなかった。頭の中では雄介もそんなことはわかっていた。だけど、あの女の顔を見た瞬間、あの消えない地獄のような記憶がよみがえり、聞こえてくるのだ。父親の声が、母親の叫びが、姉の鳴き声が.....。


「さっさと帰りましょう。優子と加山君も気まずそうよ」


 凛が提案し、その場は解散することになった。帰り道、あの加山が最後まで笑顔にならなかった。凛が隣で語り掛けるが、返事は小さく反応も薄い。慎と凛も雄介たちの様子を察してあまり口を開かない。

 気まずい空気のまま各々が自宅に帰っていった。


「ただいま」


「おっかえり~!!ゆ~く~ん!!」


 自宅に着くなり里奈さんが勢いよく抱き着いてきた。雄介はとっさの事で反応できず、そのまま後ろに倒れてしまった。


「もう!お姉ちゃんをほおって女遊びなんかしてきて!!今日はお姉ちゃんと遊びなさい!!」


「別に女遊びなんかしてません。それと離れて下さい」


「む~、一日ほっといたクセに~」


 里奈は渋々雄介から離れ、リビングの方に歩いていった。雄介も立ち上がり、里奈についてリビングに入った。

 すると、里奈がソファーに座りながら雄介の方を向いていた。


「さぁ、ゆうくんおいで!」


 そういうと、里奈は自分の膝をポンポンと叩き、こっちに来いと手招きをしてくる。


「あの....なんでしょうか?」


「膝枕だよ!」


「結構です」


「あっさり断られた!いいじゃん!」


 雄介は「いつもの事か」そう思い、里奈をスルーし自分の部屋に向かおうとした。しかし、里奈はそうさせてくれなかった。


「どうしたの?ゆうくん....」


 里奈が雄介の背中に抱き着きながら、優しい声で聞いてくる。しかし、雄介はすぐには答えられなかった。今日あった事を話して変に心配をかけたくなかったからだ。


「....いえ、何もないですよ。いつも通りです」


「嘘だね....知ってた?優君って嘘つくとき必ず右手の親指を隠すんだよ」


「え!」


 雄介はとっさに自分の右手を確認する。しかし親指は隠れていなかった、雄介はそこで「しまった」そう思った。


「やっぱり嘘だ....」


「卑怯ですよ....」


「お互いさまだよ」


 里奈は見抜いていた、雄介の様子の変化に。


(我が姉ながら、すごい人だ....)


 雄介はそんな事を思いながら、同時にこの人には嘘をついても意味がない事を悟った。


「あの女に会いました.....」


「.......そっか」


 里奈は若干驚きはしたが、反応は薄かった。しかし、雄介を抱きしめる力は強くなった。


「ゆうくん....」


「はい....」


「絶対にダメだよ....」


「........」


 何がダメかとは言わなかったが、雄介にはわかっていた。しかし、雄介は素直に「はい」とは言えなかった。


「部屋に行きます。離れてもらえますか?」


「ダメ」


 里奈は静かに一言だけ言葉を発した。事が事だけに心配してくれているんだろうかと雄介は思い、すこしだけそのまま里奈に後ろから抱きしめられていた。


「里奈さん、そろそろ離してもらえませんか?晩飯の支度もできないんですが」


「........」


 里奈は無言で雄介を抱きしめたまま動こうとしない。次第に抱きしめる力も強くなっていき、背中に顔をうずめられているのがわかった。


「....ハァ....ハァ...」


「里奈さん?」


 背中越しに伝わってくる、里奈の吐息が段々荒くなって行くのを雄介は感じていた。雄介は不思議に思い、自分の背中の里奈を見てみた。


「ハァ....ハァ....ユウ君の匂い....ユウ君の背中....」


「はいはい、気持ち悪いのでやめましょうね」


「あ~ん、ユウ君の意地悪~」


 雄介は力づくで里奈を引きはがし、スタスタと二階の自室に向かっていった。真っ暗の部屋のベットに雄介は倒れ込み、目を瞑った。

 目を瞑ると今日見かけたあの女の顔を思い出す。帰宅する途中も家に帰ってきてからも、あの顔が脳裏から離れない。憎くて憎くて仕方がない。


「あの女.....」


 雄介は固く拳を握り、どこにぶつけたら良いのかわからない怒りを抑えていた。


「....姉さん」


 雄介は机方を見る。机の上には写真立てが二つ並んでおり、一つには雄介と今村家の人たちが、もう一つには幼い雄介と別な家族が一緒に写っている。


「俺は........」


 考え込むのに疲れた雄介はそのまま寝むりについてしまった。




 雄介が家に帰宅したころ、加山と沙月はまだ帰宅途中であった。

優子の様子を心配して、沙月は声を掛け続ける。しかし、返ってくる返答は生返事ばかりで、会話に集中出来ていなかった。


「優子、大丈夫?」


「....うん」


「なにかあったの?」


「....沙月ちゃんは、どれくらいの悩みだったら私に話せる?」


 加山は悲しそうな笑みを浮かべながら、沙月に問いかける。沙月は加山がなぜそんな質問をするのか気になりながら、加山の質問について考える。


「どれくらいねぇ....難しい質問ね....」


「そうだよね....」


「でも、私は優子の事、信頼しているわよ」


「ありがとう....」


 いつもはすごく明るい加山。しかし、今はすごく落ち込んでいた。沙月は、何とか元気付けられないかと、いろいろ考えるが中々いい案が思いつかない。


「やっぱり、今村君と何かあった?」


「....まぁね」


 加山は沙月の問いに短く答える。雄介の名前を出した瞬間、加山は名前に反応し若干顔を上げた。


「何があったの?」


 沙月は加山の手を握り、問いかける。加山は若干驚いたが、握ってきた沙月の顔を見て安心した。


「何があったのかも、教えてくれなかったよ....」


「そう....ご飯でも食べて行こうか」


 沙月はそういうと、ハンバーガーショップの看板を指さした。加山もうなずき、二人は店の中に入っていった。


「それで、何があったのか教えてくれる?」


 二人は席に着き向かい合って話をしていた。加山は相変わらず元気がなく、少しぼーっとしている時もあった。


「うん。あのね.....」


 加山は、雄介との買い物中の出来事を話した。沙月は静かに、注文したシェイクを飲みながら聞いていた。


「....なるほどね」


「なんか、少しは距離が縮まったかと思ったのに、結局そう思ってたのは私だけだったんだなって....」


「なんで、今村君は急に走り出したの?」


「聞いたけど、教えてくれないんだ....」


 加山は若干目線を下げながら、元気のない様子で話をする。話を聞いた沙月は顎に手を当てて考え込む。


「珍しいわね、今村君がそんなに慌てるなんて....」


「うん、ただ事じゃあ無い感じだった....」


「ふぅん....まぁ、誰だって知られたくないことってあるんじゃない?」


「うん....そうなんだろうけど....」


 加山は何か他に言いたそうな様子で、歯切れ悪く返答する。その様子に気が付いた沙月はもっていたシェイクを置いて、加山の方を見た。


「何か知ってるの?」


 真っすぐに加山を見つめて、沙月は問いかける。しかし、加山は困った様子で、一向に何も話そうとしない。


「どうしたの?」


「いや....心当たりはあるんだけど....話して良いことなのかなって.....」


 加山の中では、今日の雄介の行動の意味に対して、もしかしたらと言う予想があった。しかし、雄介自身のプライベートの事でもある話なので、加山はどうしたものか悩んでいた。


「そんなに深刻な事なの?」


「うん、学校で呼び出された時に聞いたんだけど、警察絡みだから....」


 沙月は警察絡みと聞いて少し驚いたが、加山を助けるために殴り込みに行くような奴だし、不思議ではないかなと内心納得した。


「それは簡単に話さないほうが良いわね」


「うん。理由も知ってる私に、関係ないなんて言うから。なおさらさ....」


「そうなってくると、話は変わってくるわね。話を聞いちゃった以上、優子も関係者でしょ?それとも本当に関係ないのか....」


「うん....」


「まぁ、そのうち教えてくれるんじゃない。それに、しつこいのは嫌われちゃうよ」


 沙月は加山に笑顔を向けて元気づけるように言う。

 そんな沙月を見た加山も自然と笑顔になる。


「そうだね。落ち込んでても仕方ないよね!」


「優子はいつも通りでいいよ。そのほうが私は良いと思うな」


「ありがとう!そうだよね!まだ嫌われたわけじゃないし!今から謝る!!」


「え?」


 そういうと、加山は自分のスマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。


「えっと、一応聞くけど誰に電話するの?」


「ん?雄介に決まってるじゃん!」


「....立ち直り早いなぁ」


 沙月はやれやれといった表情で加山を見ながら、残りのシェイクを飲む。


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