第9章 妹の過去

雄介や慎がまだ中学三年、凛が中学二年の頃まで話は遡る。

その日凛は、兄の慎から今日は友人を家に連れてくると聞いていた。


「お兄ちゃんが友達連れてくるなんて珍しいなぁ……」


凛は自宅のソファーでくつろぎながら、独り言をつぶやいていた。自宅に先に帰宅していた凛は、ラフな部屋着に着替えを済ませ、リビングでテレビを見ながらアイスを食べていた。


「ただいま〜、ほら入れよ」


「あぁ、お邪魔します……」


兄の慎の声の次に、聞きなれない男の声が玄関の方から聞こえてくる。帰ってきた、凛はそう思いながら、手に持っていたアイスのカップを机に置いてテーブルの上のスマホを手に取る。


「凛、ただいま」


「おかえり、お兄ちゃん」


リビングのドアが開き、学校の夏服姿の慎が入ってきた。その後ろには同じく夏服姿の見慣れない男が立っていた。


「こいつ、妹の凛。凛、こいつは友人の雄介だ」


慎の後ろに居た雄介と言う男は前の方に出てきた。



「えっと……よろしくね」


雄介は苦笑いをしながら凛に挨拶をする。少し落ち着かない様子の雄介に、「緊張しているのだろか?」と思いながら、挨拶を返した。


「こんにちは……」


凛も雄介同様に、一言だけ挨拶を交わす。


「じゃあ、俺達は俺の部屋で勉強してっから」


「うん、わかった」


そう言うと、慎と雄介はリビングを後にしていった。

顔は良いけど、気が弱そう。これが凛の雄介に対する最初の印象だった。その日は最初の挨拶意外で凛は雄介と会うこと無く、雄介は自宅に帰って行った。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「どうした?妹よ」


「今日来た人ってさ、どんな人?」


時間すぎ、すでに夕食前の山本家。凛は慎になんとなく気になったので、雄介の事を聞いてみた。


「どんな人?そうだな〜、ある一部を除いては普通の中学生男子だな」


「ふぅ〜ん」


凛はあまり興味の無いようなそぶりで、スマホを見ながら返事を返す。



雄介が山本家を訪れてから一週間が過ぎたある日の放課後、凛は部活で遅くなってしまい、急いで自宅まで急いで帰路を走っていた。


「遅くなっちゃった!」


凛は暗くなった歩道を息を切らせて走る。住宅街の街灯の明かりしか無いため、凛は少し不安になってしまう。

早く帰ろう、そう思って凛は更に足を速める。


「ぎゃあ!!」


「え!??」


突然足元から人の声が聞こえてくる。凛は気になり、足元に目を向ける。


「あ!確か……雄介…さん?」


「そうだけど……とりあえず降りて……」


「え…あ!すいません!!」


凛はすぐに雄介の背中の上から降りて、雄介に声をかける。


「あの、なんでこんなところで寝てるんですか?」


若干引き気味に雄介に聞く凛。この人は少しヤバイ人なのでは無いかと思ってしまう。


「あ…あぁ、大丈夫……」


しかし、雄介の様子を見ると呼吸が荒く、顔色もすごく悪かった。凛は一気に心配になり側に駆け寄る。


「大丈夫ですか!顔色悪いじゃ無いですか!!」


凛は雄介の腕を掴み、体を起こそうとする。


「触らないで!!!」


「きゃっ!!」


雄介は近ずいてきた凛を振り払う。凛はその衝撃で尻餅をついてしまう。


「な…何するんですか!!」


凛は自分の好意を無下にされた感じがして、不快感を感じていた。


「す…すまないが……ハァハァ…俺は大丈夫だから……ほっといてくれないか……」


「でもそんな様子でほっとけなんて……」


「良いから!!」


突然雄介は声を荒げる。凛は声に驚き、一歩身を引いた。急に強い口調になった雄介に凛はどう声をかけて良いかわからず、黙ってしまう。


「俺の……ことは本当に大丈夫だから、早く帰りな……」


雄介はそう言うと、ゆらりゆらりと左右に体をフラフラさせながら立ち上がり、歩き始めた。


「本当に大丈夫ですか?」


「うん……多分君がいた方が……つらい」


雄介のその一言に、凛の怒りは更に増していく。凛がこんなに心配にしているのにも関わらず、雄介の態度は凛を邪険に扱っている。


「わかりました!!そこまで言うなら私はもう行きます!」


凛は雄介の態度に我慢が出来なくなり、フラフラの雄介を置いて歩いて行ってしまった。


「なんなのよ、人が心配してるのに!」


イライラしながら凛は帰り道を歩き、自宅へと帰って行った。


「ただいま!!」


「お…おかえり…。どうした?」


凛が興奮気味に自宅に帰宅すると、慎が先に帰ってきており、ソファーに座りながらテレビを見ていた。

いつもと違う凛の態度に気づき、慎は凛に対して若干の恐怖心を覚えた。


「なんなのよ!あの人!人がせっかく心配してあげてるのに!あの態度は!」


凛は溜まっていた鬱憤を吐き出すように、慎に先ほどあった事を話した。


「あぁ、凛。あいつはな女性恐怖症なんだよ」


「なにそれ?」


慎は凛の話を聞いて少し考え込み、雄介の体質の事や過去の事などを少しだけ、凛に話をした。


「……大体の理由はわかったけど、そんなに酷いの?昨日の態度は異常だと思うけど?」


「俺も最初はそう思ったけど、一緒にいるうちに段々納得していったよ。」


「ふぅ〜ん。でもいくらなんでもあの態度は酷いでしょ」


「まぁ、あいつにも色々あったんだろ…。少しは機嫌直せよ」


凛は眉間にシワを寄せながら、慎の話を聞いていた。凛は兄の話を聞いた後であっても、雄介のあの反応には異常さと苛立ちを感じずにはいられなかった。

凛はイライラしたまま自室に戻り、着替えもせずにベットの上に寝転んだ。


「なにが女性恐怖症よ、ただの臆病者じゃないの!」


ベットの上で一人雄介に対する不満を呟く、凛の雄介に対する印象はどんどん悪くなっていった

月日は流れ、倒れていた雄介を凛が見かけてから一ヶ月近くが経過していた。あの事件以降、凛は雄介のことがすっかり嫌いになっていた。

廊下で雄介を見かける度に、凛は雄介を睨みつけるようになっていた。


「そんなに雄介の事が嫌いか?」


慎は学校の廊下で凛に問いかける。現在は昼休みで、凛はトイレから出てきたところを慎から捕まってしまった。


「嫌い!ハッキリしてないし、失礼だし」


「逆にお前はハッキリ言いすぎだよ」


「本当の事でしょ?お兄ちゃんは、良くあんなのと仲良く出来てるわよね」


「お前なぁ……」


慎は、眉間にシワを寄せながら話す凛の言葉にため息まじりに答える。


「まぁ、お前の気持ちも分かる。でもな、人にはそれぞれ色々抱えてるもんがあるんだよ、お前にもあるだろ?」


「………まぁ」


凛は何かを考えるように答えた。慎の言った事が凛には引っかかっていた。「人にはそれぞれ抱えているものがある」それは凛も一緒だった。


「まだあの野郎にしつこく迫られてんのか?」


「………お兄ちゃんには関ないから、気にしなくて大丈夫だよ」


「あ、おい!凛!!」


凛はうつむきながら、逃げるようにその場から離れた。

凛には悩みがあった、それは部活の元先輩から交際を迫られていると言うものだった。その先輩は現在、高校に進学しているため、学校では平和に過ごしていられるのだが、放課後や休みの日などはしつこくつきまとわれたりしていた。


「ただでさえイライラしてるのに……」


放課後になり、凛は自宅までの道を歩いていた。今日は久しぶりに部活も無く、真っ直ぐ家に帰るだけだった。

しかし、そんな日は決まって凛の目の前にあの男がやってきた。


「凛ちゃん」


後ろから凛は呼び止められた。聞きなれた嫌な男の声に、凛はビクッと反応した。


「……西島さん………」


凛が振り向くと、近くの高校の夏服を着崩して着ている男子生徒の姿があった。

凛はこの男の事をよく知っていた。西島高貴(ニシジマ コウキ)、元テニス部の先輩で、中学時代から凛に交際を求めてしつこくつきまとっていた男だった。


「凛ちゃん、最近俺のこと避けるんだもん。探しちゃったよ〜」


西島は少しづつ凛の方に近づいてくる、凛は西島から逃げるように、少しづつ後ろに後ずさっていった。


「西島さんはどうしてここに?」


凛はこの男に恐怖心を抱いていた。足は震えてうまく動かない、背中からは嫌な汗が噴き出しているのが、自分でもわかっていた。


「どうしてって、凛ちゃんに会いに来たんだよ〜」


「そ…そういうのはやめて下さいって、何回も言ったはずです!」


以前にも学校の校門前で出待ちをされたり、部活のランニングコースで待ち伏せされたことなどがあったが、自宅近くで待ち伏せをされたのは初めてだった。


「すいませんけど、私急いでるんで……」


「まぁまぁ、少し話すくらいはいいじゃん」


横を通って帰ろうとすると凛の腕を西島は強引に掴んできた。


「離してください!」


凛は西島の手を振り切ろうと、必死に腕を振るが、やはり男と女では力に差があり、なかなか解けない。


「そんなに嫌がんなくても良いじゃん、少し話すくらい……」


「急いでるんです!良い加減にして下さい!」


次第に西島の掴む力は強くなっていく。「誰か助けて!」そう心の中で叫ぶ、しかしこの道はあまり人の通らない通りで、全く人が通らない。


「ちょっと、あっちで話そうよ」


西島は強引に凛を引っ張って行こうとする。


「だから…わたしは……」


「まぁまぁ、良いじゃん良いじゃん」


凛が西島に連れて行かれそになるその時、凛と西島の方に向かっていく人の影が一つあった。


「あの…その子嫌がってますけど」


「はぁ?誰だよ、お前」


凛と西島の前に現れたのは、雄介だった。学校の制服を着て、鞄を持っているところを見ると学校からの帰り道なのだろう。


「その子の知り合いです」


「知り合い?さては、お前凛ちゃんのストーカーだな!」


「それはお前だろ!!」


いきなりペースを乱され、少し調子を狂わされた雄介だったが、直ぐに話を元の方向に戻す。


「なんでも良いですけど、その子も嫌がってるみたいなんで、離してやってもらえませんか?」


「お前には関係ねーだろ!さっさとどっか行け!」


「一応知り合いなので、この状況で見て見ぬ振りはできないんですよ……」


苦笑いをしながら西島を説得しようとする雄介。しかし、西島は一向に聞く耳を持たない。


「ちっ!なんなんだよお前、しつけーな!」


西島は拳を振り上げ、雄介にその拳を振り下ろしてくる。しかし、雄介は西島の拳をひらりと避け、何食わぬ顔でまた説得する。


「いや、暴力とかはちょっと……」


「嫌ならさっさと消えろ!」


西島は再度雄介に襲いかかる。しかし、西島の攻撃が当たることは無く、雄介は余裕のある動きで、すべての攻撃を避ける。


「だから…危な!いですって……」


「ハァ……ハァ…猿かお前は……」


西島も段々と疲労が溜まり、息が上がってくる。とうとう膝に手をついてしまい、そこで攻撃は終わった。


「クソ!今日はこれくらいにしておいてやる……」


「別に何もされてないんですが……」


西島はとうとう諦め、凛と雄介の元を後にした。凛は今起こった出来事に納得が出来ないでいた。前にあった時は、今にも死にそうな表情で倒れていた男が、軽い身のこなしで西島の攻撃を避け、息一つ上がっていなかったのだ。凛には本当に同一人物か疑問を抱いてしまった。


「あの……大丈夫?」


雄介が一定の距離を空けながら、凛に話しかけてくる。


「……はい」


掴まれた腕をさすりながら、不安そうな表情で応える凛。雄介はそんな凛の表情に戸惑ってしまい、オドオドしていた。


「えっと……一人で帰れる?」


「そこまで、心配されるほどじゃ無いので……」


凛は冷たく言い放つと、そのまま自宅の方向に歩き始めた。

嫌っていた相手から助けられてしまった。凛の中では敗北感のような感情が渦巻いていた。


「え!本当に大丈夫?!」


「大丈夫です!別に一人でも!!」


凛はそう言うと、早足で歩き始めた。自分の醜態を雄介にさらしてしまった事や、嫌っていた人に助けられてしまった、そんな自分が情けなくなってしまい。凛は逃げるようにその場を去った。


「なにやってんだろ……私…」


先ほどの自分の態度に凛は後悔していた。これでは前に雄介と会った時の雄介の態度と同じだからだ。

薄暗くなった歩道をうつむき気味に歩く、本当はお礼を言うべきだった。そんな事を考えながら、トボトボと自宅への道のりを歩いていた。

気がつくと、凛は自宅の目の前まで来ていた。


「ただいま……」


「遅かったな。おかえり」


玄関の戸を開けると、慎がすでに帰って来ていた。部屋着に着替えを済ませており、片手に洗濯物らしき物を持っているところから、帰って来たばかりのようだった。


「どうした?何かあったか?」


「え……ううん、なんでも無いよ……」


凛はそう言うと真っ直ぐ自分の部屋まで戻り、ベッドの上に倒れこんだ。


「…………」


雄介はあの後どうしたのだろう。この前会った時とは別人の様に落ち着いていたし、何よりも冷静な態度で西島と対峙していた。

あの人は本当に今村雄介だったのだろうか、あのオドオドした態度や頼りない感じはどこにいってしまったのだろう。


「本当……わけわかんない……」


凛は疲れていた事もあり、そのまま眠りに落ちていった。

翌日の凛の体調は最悪だった。体がだるく、軽く頭痛もあった。昨日の一件もあり、体調も気分も最悪のまま学校に向かった。


「最悪……」


頭を押さえながら、いつもの通学路を歩く凛の足取りはフラフラとしていた。


「やっぱり休めばよかったかな……」


慎には、「無理せずに休め」と強く言われたが、熱もなく学校に用事もあったため、凛は無理をして学校に向かっていた。


「用事終わったら早退すれば良いか……」


凛はフラついた足で学校まで向かっていった。


学校に着いた後も体調が回復することが無く、時間が経つごとに体調は悪化していった。


「凛、大丈夫?顔色悪いし、保健室行く?」


凛の友人が、凛を心配して声をかける。


「大丈夫だよ。後一時間で放課後だし……もう少し頑張るから」


「そう……無理はしちゃダメだよ!」


「うん、大丈夫だよ……」


凛はそう言いつつも、実際はかなり辛かった。机に突っ伏し、少しでも苦しさを緩和しようとしてみたりと、色々試して見るが、一向に体の状態は良くならなかった。


「やっと…終った……」


ようやく授業が終わり放課後になった。凛は直ぐに家に帰ろうと、準備をして教室を出た。


「凛、送っていこうか?」


同じ部活の友達が凛の体を心配して声をかけてくる。しかし、凛は心配をかけたくなく、無理をして笑顔で答えた。


「ありがとう、大丈夫だから部活に行って」


「そう……念のためお兄さんには連絡しておくから!」


「うん、じゃあね……」


凛はフラフラと体を左右に揺らしながら帰路についた。


帰り道がいつもより長く感じた。凛はフラフラと体を揺らしながら帰り道を歩いていた。


「結構きついなぁ……」


早く家に着かないかと考えながら、凛は帰り道を急ぐ。視界の先がユラユラと揺れて見えた。


「り〜んちゃん〜」


後ろから嫌な声が聞こえてくる。こんな時に会いたく無い奴に会ってしまったと凛は思った。

後ろを振り向くと予想通り、そこには西島が立っていた。昨日と同じ学ラン姿で嫌な笑みを浮かべながら立っていた。


「なんですか……気分悪いので今日は帰りたいんですけど……」


「え、そうなの〜?大変じゃん!そこまで送ってあげるよ〜」


西島はそう言うと、凛の側まで寄ってきて、肩に手をかけて歩き始めた。

凛は頭がボーッとしており、抵抗する事なく言われるがまま西島と歩いて行った。


「あの、家の方向こっちじゃないんですけど……」


「大丈夫だって、休憩できるところに行くだけだから」


そう言うと西島は凛と共に、住宅街から離れた路地の方に向かって行く。


「休憩出来るところって……どこなんですか……」


「ん?あぁ、もう少しだよ」


二人はどんどん路地の奥の方に入って行く、凛は熱のせいで正常な判断が出来ずにいた。


「ここなら、ゆっくり休めるよ」


路地に入って少し歩いたところで、西島は建物の前で立ち止まった。


「なんの……建物…なんですか……」


「ん?休憩出来るところってだよ。さ、中に入ろうか」


西島は凛の肩を抱き、その建物中に入って行こうとする。凛は何か嫌な予感がした。拒まなければいけない、そう思っても体が重くて言うことを聞かない。


「こんなところで何をしてるんですか?」


後ろの方から声が聞こえてきた。凛にとっては最近一番聞き覚えのある声であり、本来ならば聞きたくなかった相手の声だった。


「おまえ……昨日の……」


西島は後ろを振り向き、声の主の顔を見る。そこには雄介が立っていた、制服姿で学校指定のバックを持っている。

なぜ雄介がここに居るのか凛には疑問だったが、頭がボーッとしてそれ以上考える気にはなれなかった。


「先輩、ここってホテルですよね?こんなところにその子連れ込んでどうするつもりですか?」


「何って、凛ちゃんが具合悪いらしいから、ここで休ませようと思ってな」


「わざわざホテルに来る理由ありますか?それに、隠れてこそこそついてきてるあの人達はなんなんですかね」


雄介の更に後ろには、西島と同じ制服の男が三人ほど電柱の影から顔を出していた。


「どうせ、その子を連れ込んでいかがわしい事でもするつもりだったんでしょ」


「はぁ?何言ってんだよバーカ、そんな訳ねーだろ」


「それなら、その子は自分が送っていきます。その子の兄とは友達なので、電話して迎えに来てもらいます」


「すぐそこで休めるって言ってんだろ?頭悪いのかよお前」


「そんないかがわしい場所に入るより100倍マシだと思いますが?」


雄介は西島を睨み少しづつ近づいて行く。西島は強気の雄介に怯むことなく、雄介を睨み返す。


「お前やっぱりうざいわ、昨日の事もあるからなぁ。少し社会ってもんを教えてやるよ」


西島はそう言うと、後ろの男たちに何やら合図をする。すると男たちは雄介を取り囲み指を鳴らし始める。


「この生意気な中坊に、少し社会ってもんを教えてやってくれよ、お前ら」


西島は凛を連れ雄介たちから少し離れる。


「なに…する気ですか……」


今まで静かだった凛がようやく口を開いた。熱で頭がボーッとしていても、今の状況が相当ヤバいと言う事は凛にもわかった。


「大丈夫だよ、少し痛い目を見てもらうだけだって」


ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら応える西島。凛はその顔を見て、心配そうに雄介の方を見つめる。

やられる、絶対に怪我をさせられる。凛は雄介がこの後どうなるのか、考えたくはなかった。


「先輩……やめさせて……ください」


凛は苦しい中で西島にやめるように訴える。しかし、西島は凛の言葉を無視して男たちに指示を出す。


「お前ら!」


西島の掛け声で、男たちは雄介に迫って行く。雄介は動じることなく、ただジッと立っていた。


「いや、出来たら穏便にお願いしたいんですけど……」


「なんだ、急に怖気づいたのか?さっきの威勢はどこに行ったんだろうなぁ〜」


西島は雄介の発言に対して嬉しそうに答えた。前回のリベンジが出来ると西島は確信していた為、余裕の表情を浮かべながら西島は高みの見物をしている。


「いや、そうじゃなくて。早く帰らないと姉からお仕置きと称して添い寝されるんです……」


「どんな理由だ!そんな姉居るかボケ!!!バカにしてんのか!」


雄介の言葉に西島はバカにされたと思い、声をあげる。まだ余裕そうな顔で突っ立ている雄介が西島は気に食わなかった。


「さっさとやっちまえ!!」


西島の掛け声で雄介を囲んでいた男たちは一斉に雄介に襲い掛かった。


「だから!話を……聞けって!!」


男たちの攻撃を雄介はギリギリのところでかわしていく。


「なんだこいつ!」


「すばしっこいぞ!!」


「一斉に掛かれば逃げられねぇ……行けぇ!!」


一人の男の掛け声と共に男たちは雄介に一斉に飛びかかった。


「雄介さん!!」

その様子を見ていた凛が、声をあげる。男たちは雄介の上に覆いかぶさっていく。


「いくらすばしっこくても、押え込んじまえばこっちのもんだろ!」


西島はその様子を見ながら、笑みを浮かべる。

凛はその様子に、罪悪感を感じていた。自分を助けようとして、雄介はひどい目にあわされてしまっている。自分がもっとしっかりしていれば—


「うぁ!!」


「いってぇ!!」


先ほどまで雄介を押さえつけて拘束していた男たちが倒れている。凛は一体何があったんだろうと、雄介がいた方を見る。


「だから、話聞いてくださいって、先輩」


先ほどまで押さえつけられていた雄介が、立ち上がっている。


「お前……なんで……」


西島はあっけにとられ、ただただ間抜けな顔で雄介の方を見ていた。


「これで、正当防衛って通用しますよね?」


「な……くっ!!」


ようやく西島は状況を理解したらしく、顔に表情が戻った。先ほどまでの笑み

とは違い、くやしそうな顔で雄介を見ている。


「その子を離してもらえれば、もう自分は何もしません。でも、さっきみたいに実力行使してくるのなら、今度は容赦しません」


雄介は攻撃の構えをとり、西島を睨みつけながら静かに言い放った。

その様子を見た西島は、雄介の視線に圧倒され、少し後ろにたじろいだ。


「お前ら!さっさと立て!!相手は一人だぞ!」


西島は倒れていた仲間の男たちにそう言うと、自分は後ろの方に下がっていった。

男たちは立ち上がり、雄介の方に再度向かっていった。


「言ったはずですよ先輩—」


雄介は向かってくる男達を次々とかわし、腹部に一撃を決めて撃退していく。一人、また一人と倒れていき、遂には西島一人になってしまった。


「容赦しないって……」


静かに言葉を発した後、雄介はゆっくりと西島の方に歩いて寄っていく。


「早くその子を離してもらえますか?もう相当辛そうなので」


「わ……わかったよ。ほらよ……」


凛を掴んでいた手が離れる。凛は意識が朦朧とする中で、西島から離れようと、雄介の方に向かって歩いていく。


「大丈夫?」


雄介の優しい声が聞こえてくる。しかし、凛は雄介の問いに答える事も出来ないほどに体調が悪化していた。


「もう、彼女には関わらないであげてください。それじゃあ……」


雄介はそう言うと、凛の手を引いてその場から去っていく。

西島はその様子をジッと見ていただけだった。何が起きたのか、何があったのかもよくわからないまま、西島は凛を連れて去って行く雄介の姿をただ眺めていた。


「直ぐお兄さんが来るから、ここで座って待ってようか」


少し歩いたところで、凛は公園のベンチに座らされていた。

凛が疲れているだろうと雄介が心配をして一休みに座らせているが、理由はそれだけでは無い、兄である慎を呼んで迎えに来てもらうと言う理由もあった。


「大丈夫?寒く無い?辛く無い?」


先ほどまでの頼もしい姿はどこに行ってしまったのか、アタフタしながら凛の心配をしている。


「あの……」


「ど、どうしたの?!吐きたい?それとも苦しい!!???」


凛が声をかけただけにもかかわらず、雄介はオーバーリアクションで凛の心配をする。


「いえ、あの……ありがとうございました……」


「あ、えっと……別に大した事してないから……」


「前回も助けてもらったのに、私何も言わなかったから……」


「仕方無いよ。怖かったよね?もう少し早く見つけるべきだったのに、ごめん」


頭をさげる雄介に、凛は疑問を浮かべる。助けてもらったのはこっちなのに、なぜ雄介が頭を下げる必要があるのだろうか。今まで見ていた雄介の弱々しい感じとも似ていた。なのに何故、今は一緒にいると安心してしまうのだろうかと。


「いえ、本当に感謝してます。雄介さんに見つけてもらわなかったら、私は今頃………」


考えただけでも怖くなってきてしまう。


考えただけで気持ちが悪くなってくる。

怖かった、物凄く怖かった。捕まっていた時は、熱のせいもあって自覚はしていなかったが、こうして落ち着いてみると、さっきまでの状況が恐ろしくなってくる。


「だ……大丈夫?」


「え……」


気がついたら凛は泣き出していた。今まで出て来なかった怖いという感情が一気に出てきてしまった。


「ごめんなさい……」


「え?どうした……の?」


凛は雄介の胸に抱きついて泣いていた。怖かった場所から、救ってくれた雄介の胸の中が安心できた。


「ごめんなさい、少し……こうさせて下さい」


「う……うん………い………良いよ……」


いきなり凛が抱きついて来た事によって、雄介は大変まずい状況になっていた。

元より雄介は女性に触られたり、触る事ですら雄介の体は拒否反応を起こしてしまう。

そんな雄介が、女の子に抱きつかれ様ものならば—


「ごめん……もう……無理………」


「え…ちょっと、えぇ!!?」


雄介は凛の方向に抱きつかれたまま倒れてしまった。凛はベンチに座ったままだったので、雄介に乗っかられている状態になってしまった。


「う……頭いてぇぇ……」


「いきなりどうしたんですか!」


雄介のいきなりの言動に凛は戸惑ってしまう。凛は雄介がここまで女性に対して拒否反応を起こすとは思っていなかったからだ。


「もう……げん……かい……」


そう言うと雄介は意識を失ってしまった。


「私も……限界なんだけど……」


凛もそう言うと、気を失ってしまった。疲れと安心感から凛と雄介はお互いに気絶してしまった。

丁度そんな時、連絡を受けた慎が今まさに到着するところであった。


「おーい、お二人さんだいじょう……」


慎の目の前にはベンチに重なって倒れている妹と友人の姿が写っていた。


「何やってんだ、お前ら………」


その後、慎は二人を運んで家に帰った。

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