第8章 妹の悩み

「たく…。お前のせいで散々だったぜ」


「まぁ、そう言うなよ。元を辿ればお前が蒔いた種だろ?」


「むしろ俺は被害者だろ……」


リビングでの加山と凛の一件の後、もう夜も遅いという事もあり、それぞれの部屋で就寝する事になった。現在雄介は慎の部屋で、慎と二人で話をしていた。


「結局お前は加山の事をどう思ってるんだ?」


「は?いきなりなんだよ」


慎が唐突に雄介に尋ねる。いきなりの質問に雄介は困惑するが、同時に自分が加山の事をどう思っているのかを考えて見る。


「いや、なんか最近随分仲が良いからな、好きになったのかと思って」


「そんな事ある訳ないだろ!友達としてだったら見られるようになっただけだ!」


雄介にとって、今の加山のポジションは、「最近仲良くなったただの友達」と言う認識だった。どんなに考えても現時点では恋愛的な対象には絶対にならない存在だった。


「まぁ、お前が決める事だ、俺はなにも言うつもりはないよ」


「あぁ、そうしてくれ。俺はもう眠いから寝るぞ」


「はいはい、おやすみ〜」


二人はそのまま深い眠りの中に落ちていった。特に雄介は疲れが溜まっていたのか特にぐっすりと眠ってしまった。

雄介はその夜夢をみた。明るい笑い声美味しそうな料理の数々、テーブルの中央にはケーキが置いてある。この日は誕生日だった。思えば幸せな時間だった。しかし、その幸せは一瞬で地獄に変わった。

あたり一面は血の海、先ほどまで笑っていた家族は血の海に倒れている。その中で一人、女が気持ちの悪い笑顔を浮かべながら立っている。その女を小さな子供が怯えながら見ている。女は子供に気がつき子供の方にゆっくり歩いてやってくる。


「うわぁぁぁぁっぁ!!!」


雄介の目覚めは最悪だった。見たくもない光景を見てしまった、最近はよく見るあの女の夢。気のせいか体も重たい、朝から最悪の気分で雄介は上半身を起こそうとする。しかし、どうしたことだろう体がなかなか持ち上がらない、まるで体重が2倍になったかのようだった。

雄介はまさかと思い、かけていた布団を避けてみる。


「うっ!なんでこいつが……」


布団をとると、加山が雄介のお腹の上で吐息を立てながら寝ていた。思わず体が反応し気分が悪くなるが、不思議とその感覚はすぐに消え、なぜかわずかに安堵感さえ感じるようになっていた。


「おい、加山!」


「…ん?……あぁ、雄介……おはよ……」


「おはようじゃねぇ!!さっさとどけ!」


雄介は加山を布団の脇に無理やり退かし、起き上がった。加山はそのまま布団から転がり落ち、フローリングに頭をぶつけた。


「きゃっ!いったーい!!」


「俺の布団でなにしてんだよ、慎も居ただろう?」


「山本くんは、空気を読んで出てってくれたよ」


「あいつ……」


「まぁまぁ、まだ朝の5時だし、もう一眠りしましょう」


加山はそう言うと、雄介の布団の中に戻っていく。


「お・ま・え・は……出て行けぇ!!!!」


雄介はそう叫ぶと、加山の首根っこを掴んで部屋の外に放り出した。雄介は勢いよくドアを閉め鍵をかけて布団に戻った。妙な夢を見た後だったせいか、雄介は少し気が立っていた。


「む〜、雄介のバカ……」


加山は放り出された後で、部屋のドアを見つめながら不満を漏らし、おとなしく自分の寝ていた部屋に戻っていった。


それから二時間が経った頃、雄介は起き上がりリビングに向かった。


「おはよ……」


「おう、ゆっくり眠れたか?」


リビングにはすでに慎がいた、ソファーに座りながらスマートフォンを操作していた。まだ寝巻き姿なところを見ると、起きてまだ間もない様子がうかがえる。


「お前……一体どこで寝てたんだよ。」


「ここだけど?」


「何で自分の部屋をわざわざ離れんだよ!」


「いや、だってお前と加山の邪魔はできないだろ?」


「お前、なんで俺がここに泊まりに来たか覚えてる?」


「加山やお前のお姉さんから距離を置くためだろ?」


「ならなんで、部屋に加山を入れて、しかも気を使って自分はリビングで寝てんだよ!」


「いっそ加山とくっ付けば良いと俺が思ってるから」


「おい!!お前は俺の味方じゃないのかよ!!」


「なに言ってんだよ?俺はいつだってお前の味方だぜ」


慎は親指を立てながら、雄介にドヤ顔で言うが、雄介は納得がいかないような顔で慎のことを目を細めて見ていた。


「だったら、少しは助けてくれよ……」


「助けてやってるだろ?こうして家にまで泊めてやってるし」


「なら、少し加山と距離を置かせてくれ……」


そう言うと慎はスマホから目を離し、雄介の方に体を向けて話を始めた。


「お前の体の事もよくわかるが、ただ突き放すだけってのは、どうかと思うぞ」


慎は真面目な顔で雄介に言う。雄介は慎の返答が重たく感じた。慎の言う通りだと、雄介は思ったからだ。確かに雄介は、今まで加山に対して少し冷たく接してきてしまっていた。


「まぁ……そうだが……」


「少しさ、厳しい事言うけどよ。お前ってその体質直す気ある?


「あるに決まってるだろ……」


「そうか?俺には全く直す気がないように見えるがな」


「どう言う意味だよ?」


「そのままの意味だよ。お前は今のまんま、成長しようとしてないって事」


「そんなわけないだろ!俺はこの体質のせいで、どれだけ苦労していることか、お前だって知ってるだろ?」


「知ってるよ、知った上で言ってるんだよ」


慎は若干の笑みを浮かべてはいるものの、言葉は真剣だった。いつもの雄介をからかう感じとは違う。


「その体質、治したいんだったらもっと加山に協力して貰えよ。加山だったら喜んで協力してくれるだろ?それをお前は加山から離れようと必死になってる」


「それはあいつが強引だからだろ……」


「あぁ、確かに強引かもしれないな。でも、それはお前が逃げてばっかだからだろ?」


「それは……」


「雄介、俺はお前が心配なんだよ。また発作が起きて倒れたらどうする?いつものように、俺かお前のお姉さんが助けてやれる訳じゃ無いんだよ」


「それは……わかってるよ……」


慎の言葉に雄介は押されてしまう。慎の言葉が言っている事が間違いでは無い事は雄介自身わかっていた。わかっているからこそ、雄介は反論もなにもできなかった。


「別に加山と付き合えって言ってる訳じゃ無いんだしさ、話くらいは付き合ってやれよ。そうで無いと加山が可哀想に見えてくるぞ」


雄介は今までの自分の加山に対する態度を考えてみる。確かに慎の言う事も一理ある、雄介はそう思いながら今までの自分の加山に対する態度を改めるべきではないかと思いながら慎の話を聞いていた。こういう時の慎は案外しっかり考えているものなんだと、雄介は感心もしていた。


「確かに、すこし冷たかったかもな……。でも、布団に潜り込んでくるのを見逃すのは違うだろ?」


「それは確かにそうだな」


「じゃあなんで、お前は出て行ったんだ?」


雄介は聞かなくても本当は気づいていた。山本慎と言う男がどう言う男なのか多少は知っているからだ。


「面白そうだったから」


「……」


さっきのあの力説はなんだったのか、雄介は言葉を出すことも出来ずに呆れていた。これが山本慎と言う男だと雄介は知っていたが、あそこまで偉そうなことを言った後で、こんな返答が返ってくるとは雄介も予想はしていなかった。


「おい、俺の感心を返せ」


✳︎


雄介たちがリビングで話をしている頃、凛の部屋では凛と加山が起床し、それぞれ着替えをしていた。


「そういえば、夜中起きてどこかに行ってましてよね?どこに行ってたんですか?」


「どこって、雄介のところに決まってるでしょ?」


「あぁ、雄介さんのところですか……って、え!!」


凛は加山の返答に驚き、目を見開いて加山の方を見る。加山は加山で着替え中を見られて恥ずかしいのか、サッと前を軽く隠す。


「なによ、私の体に興味でもあるの?」


「違います!夜中に雄介さんのところに行って、お兄ちゃんの部屋って事ですか!?」


「そうよ、雄介と一緒に寝たかったしね」


加山は笑みを浮かべ頬を赤らめながら凛の返答に答える。凛は加山の言葉に顔を真っ赤にしてしまう。


「お兄ちゃんも居た筈じゃ……」


「山本君?空気を読んで出て行ってくれたけど?」


「えぇ!じゃあ二人っきりで……」


凛は加山と雄介が二人っきりで寝ているところを想像してしまい、赤くなっていた顔が更に赤くなる。恥ずかしいような感情と好意を持っている相手が他の女の子と一夜を共にした事実に凛は顔を俯かせて固まってしまう。


「まぁ、起きた雄介に追い出されちゃったけど……」


「え、起きたって?雄介さんも同意だったんじゃ……」


「寝てるんだから同意もなにもできなでしょ?もしかして凛ちゃんなにかやらしい事考えてた〜?」


「ち…ちがいます!!」


凛は自分の想像していた事が加山にバレてしまい、顔をまた更に赤くしながら否定する。しかし、凛は心の中で何も無くて良かったと安心していた。


「あーあぁ、どうやったら雄介の気持ちを振り向かせられるんだろう?」


加山はため息混じりにそう呟く。

そんな姿を見ていた凛は、気になっていた質問を加山にぶつける事にした。


「あの、聞いてもいいですか?」


「スリーサイズ以外なら良いわよ」


「そんな事聞きません。真顔でなに言ってるんですか……」


この人はなんなんだろうか。そんな事を考えながら、凛は気をとりなおして加山に話始めた。


「加山さんはなんで雄介さんの事が好きなんですか?」


「そんなの好きだからよ。それが答えじゃダメ?」


加山は軽く流すように、凛の質問に答える。

凛は真面目に答えてもらえなかった事に苛立ちを感じる。


「真面目に答えてもらえますか?!」


「真面目に答えてるよ?別に良いじゃん、理由なんかどうでも」


「どうでも良く無いから聞いてるんです!」


「それは貴方が雄介を好きだから?」


凛はその質問に対して言葉を詰まらせてしまった。恥ずかしさというのもあったが、凛はそんな事よりも加山の曇りの無い、先ほどまでのふざけた感じとは違う真剣な眼差しに押されてしまった方が大きかった。


「……そうです。あの人の事が一年前から好きなんです!!」


「そうなの……なんで?」


「その質問さっき私が貴方にした時ははぐらかしましたよね!!!」


「う〜ん。やっぱり気になるじゃ無い?」


「貴方、さっき自分がなんて言ったか覚えてますか……」


あの真剣な眼差しは一体なんだったんだろうか、凛はそんな事を考えながら着替えを済ませてベッドに座った。


「わかりました。私から話すので、その次に加山さんも話してください……」


「仕方ないわね〜」


「なんで常時上から目線なんだろう、この人は……」


加山も着替えを終えてクッションの上に座り、凛の話を聞き始めた。

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