第11章 目的
幸せそうな家族がいた。家はそこそこ裕福で父や母は優しく、子供が二人いた。
姉はしっかり者で、弟は少し泣き虫だった。
毎日が幸せだった。
「雄介、何を泣いてるんだ?」
父親が息子に笑顔を向けて問いかけた。息子は声を上げて泣いていた。
「う...ぅ...ひっ....ころん....で...」
息子の膝はすりむいて赤い血が出ていた。
「そうか、ころんじゃったのか。よし、お父さんに見せてごらん」
父親は息子の傷口に濡れたハンカチを当て、黴菌が入らないようにきれいに傷口を拭いた。そして、きれいになった傷口に絆創膏を貼った。
「ほぉら。これでもう大丈夫だ」
「う....う...イタいよ....」
息子はまだ泣いていた。そんな息子の頭を父親は優しく撫でる。
「いいか、雄介。今はいくら泣いても良い。でもな、男は大きくなったらあんまり泣いちゃいけないんだ」
「う....どうして?」
息子が不思議そうに父親に尋ねる。父親は優しい笑顔のまま息子に語り掛ける。
「男は、大きくなったら女性を守れるように強くならなきゃいけないんだ。女の子は男の子より強くないだろ?」
「....お姉ちゃんは強いよ?」
「あぁ....お姉ちゃんは......半分男の子みたいだからね....」
息子の言葉に父親は少し困ってしまった。
「でもな、いつかはお姉ちゃんも守れるくらい強くなって、お父さんが死んじゃった後、お母さんとお姉ちゃんを守ってほしいんだ」
「でも、僕....ケンカ弱いよ?」
「大丈夫。雄介なら強くなれるよ。みんなを守れるくらい」
そういって父親はまた息子の頭を撫でる。
幸せな記憶、父から教えてもらった大切な事だった。しかし、そんな父親も....
「子供には手を出すな!!」
いつもの家に、見知らぬ女と怖そうな男が二人。
「うるさいねぇ、ちょっと黙ってな!」
「う....」
父親の腹部に銀色に光るナイフが突き刺さられる。腹部からは赤い血が大量に出て来る。
「あなたぁ!!」
「パパ!!」
母親と姉は泣いて叫ぶ。見知らぬ女はうずくまる父に再度、銀色に光るナイフを突き刺す。今度は背中に突き刺さった。
「あぁ!!うぅ!子供...には...妻には....」
「あはは!!まだしゃべれるんだ?何回刺したら黙るかなぁ?」
女は容赦なく、父親を切り付ける。その度に父親は悲痛な叫びをあげていた。
(守らなきゃ....)
息子は父親の言葉を思い出した。
「あれ?もう終わり?つまんないなぁ~」
女は持っていた銀色のナイフを捨てる。
父親は全身血まみれで倒れている。最後まで家族の盾になり、刺され続けていたが、限界だったようだ。
妻は泣いている、姉も泣いている。
『雄介なら強くなれるよ』
息子の頭に父親の言葉が流れる。息子は女が捨てたナイフを見つけた。気づかれないように、そっとナイフに手を伸ばし、息子は手に取った。
「うぁぁあぁぁあ!!」
息子は女の方にナイフを向けて飛び掛かっていった。
「なんだ...このガキ!!イタイ!」
息子は女に飛びつき無我夢中でナイフを振り回した。ナイフは偶然にも女の額付近をかすめ傷をつけた。
「うぅ...いったいわねぇ~」
女は額を抑えながら息子の方を睨む。
「気が変わった....ガキはつれていく。女は殺しな」
女はそういうと、息子と娘を抑え込んだ。
「いいかい、よく見てな」
男二人が妻の方を向き、何かを構えていた。そして....
バーン
大きな音がした、息子はその瞬間に男たちが構えていたものが何なのか分かった。拳銃だった。テレビなどでしか見たことがなかったので、息子は最初はなんなのかわからなかった。
「ママ!!」
姉が叫ぶ。その瞬間にもっと大変なことに息子は気が付いた。
「見たかい?あんたが余計なことをしたせいでママは死んじゃったよ」
息子の目には母親が血を流して倒れている姿が映っていた。
(僕のせいで.....)
「あたしの顔を傷つけたんだ、あんたは楽に殺さないよ。行くよ!」
息子と娘はそのまま女たちに連れていかれた。家の中には、女の狂った笑い声だけがこだましていた。
(僕のせいでお父さんとお母さんが死んじゃった....僕のせいで....守れって言われたのに.....)
..........
そこで、雄介は目を覚ました。
「いやな夢だな....」
最近はよく見るようになった昔の悪夢、今日はあの女の顔を見たせいかずいぶん長かったと雄介は思っていた。
「やっぱり、あの女だったよな....」
真っ暗な部屋の中で、雄介は今日エレベーターで見た女の顔を思い出す。父と母と姉を殺した女の顔を....
「父さん母さん、姉ちゃん....敵は打つよ」
机の上の写真立てを見て雄介は語りかけるように静かに言った。
一体どれくらい眠っていいたかを確かめるために、雄介はスマホの画面に目をやる。既に夜の八時を回っていた。
「あ、晩飯....」
雄介が帰ってきてから、既に二時間以上が経過しており、一階でご飯を待っている里奈の様子が、雄介は若干心配だった。
何を隠そう里奈は簡単なインスタントラーメンすらも作れないほど、生活力の無い人なのだ。
「さっさと作らないと、里奈さんが空腹で騒ぎ出しそうだ....」
雄介は晩飯の支度のために、急いで一階まで下りて行った。
「すいません里奈さん。今からごはん作りますんで」
「ユウく~ん。お腹すいたよ~」
「はい、すぐに作ります。少し待っててください」
「う~我慢できないからユウ君を食べてもいい?」
「人肉を食べることは犯罪だと思いますよ」
「性的にだよ~」
「はいはい、わかりました」
雄介は里奈との会話を華麗に受け流しながら、雄介はエプロンを腰に巻き、調理の準備を始める。
「ずっと寝てたの?」
「え?あぁ、はい。疲れて眠ってしまって....」
「嫌な夢みたでしょ?」
「え....」
なんでこの人はなんでもわかってしまうんだ。雄介はそう思いながら、内心では納得していた。この人には隠し事も嘘もおそらく通じない。なんでもかんでもお見通しで少し怖い気もするが、なぜだか安心もできた。
「....昔の夢を....見ました....」
「....そっか」
里奈は優しく微笑みながら雄介の話を聞いた。
「ねぇ、ユウ君」
「はい....」
「私はユウ君と血がつながってないけど、家族だよ」
「....」
里奈はさっきまで寝ころんでいたソファーから立ち上がり、雄介の居るキッチンの方に歩いていく。
「本当のお姉ちゃんじゃないけど、私はユウ君の本当のお姉ちゃんのつもりだから。なんでも相談していいし。迷惑だってかけて良いんだからね」
「ありがとうございます....大丈夫ですよ。俺は....」
雄介は里奈の方を向かずに、食事の準備をしながら答えた。
里奈の言葉は雄介にとって、すごくありがたかった。しかし、雄介は里奈の顔を見ることが出来なかった。
「ソファーで待っててください。いま直ぐに作りますから」
「わかった。ちなみに今日のおかずは?」
「豚肉の生姜焼きにしようかと」
「わかった~。楽しみに待ってるね!」
里奈はいつも通り明るく返事をすると、ソファーに戻り再度寝転がった。
(すいません....里奈さん....)
雄介は心の中で、里奈に謝罪した。里奈の言葉をすべて無視して、自分ひとりで敵を討つと、雄介が心に決めたからだ。
雄介が、罪悪感を胸に抱きながら晩飯を作っていると、突然玄関のチャイムが鳴った。
「すいません、里奈さん出てもらえますか?」
「うん!わかった~」
ソファーに寝ころぶ里奈に、来客者の対応を願い。雄介は調理を続ける。
こんな時間にいったい誰だろうか?そんな事を考えながら、雄介は晩飯の準備を進める。
「ただいま....」
ガチャン!
玄関の方に雄介は聞き耳を立てていたが、なぜか聞き覚えのある声が急に途絶え、玄関のドアがおもいっきり閉まる音が聞こえた。
雄介は何かあったのだろうかと思い、調理を一旦中断し玄関の方に向かった。
「里奈さん?どうかしましたか?」
玄関に向かうと、ドアを背にしてなぜか疲れた様子の里奈が、息を荒くしながらドアに寄りかかっていた。
「里奈さん?」
「ユウ君!どうしたの?」
「いや、お客さんは....?」
「あ、間違いみたいだったみたいで帰っていったわよ!」
絶対嘘だ。雄介はそう信じて疑わなかった。なぜかというと、今もドアの向こうでドンドンとドアを叩く音が聞こえるからだ。
「あの....すごいドアを叩く音が聞こえるんですけど....」
「え?そんな音聞こえないわよ、ユウ君疲れてるんじゃない?」
「いや、ドア壊れそうなんですけど、メッチャ抑えてるじゃないですか」
今にも開きそうな勢いのドアを里奈はなんとか抑えていた。そろそろドアを開けなければ、ドアごと里奈が吹き飛ばされそうな勢いだ。
「誰だか知りませんけど、開けてあげましょうよ。かわいそうです」
「いや!」
「即答ですか!いいから開けてあげましょうよ」
「そうよ!危うく職質されるところだったわ!」
「「え?」」
雄介でも里奈でもない第三者の声が聞こえてきて、雄介と里奈は声の方を見た。
「一体どこから入ったのよ!お母さん!!」
里奈がドアから手を放して声の主に叫ぶ。
里奈の言う通り、声の主は里奈と雄介の母である今村紗子(イマムラ サエコ)だった。
「なんだ、紗子さんだったんですか。なんでドアを開けてあげなかったんですか?」
「そうよ、仕方ないからガラス割って入ってきたわよ」
「紗子さんも何やってるんですか....」
雄介は姉と母にため息をつきながら、リビングの大きな窓を見にいった。窓は鍵の傍に直径10センチほどに丸く穴が開いており、傍のカギは開けられていた。
「泥棒みたいな事はやめてくださいよ。ガラス直すのもお金かかるんですから....」
「いや~、娘がドアを開けてくれなくて、つい....」
「里奈さんも紗子さんなら別に開けてもよかったじゃないですか」
「だって....ユウ君とせっかく二人っきりなのに....」
あからさまに不服そうな表情で里奈は雄介に言う。
里奈と雄介の母である紗子は、現在仕事で家を空けることが多く、今回も半年ぶりに自宅に帰ってきた事になる。40代にもかかわらず、肌つやが良く若々しい外見から里奈の姉と勘違いされる事も多い。髪はセミロングの綺麗な栗色で、いつもパンツルックのスーツ姿でいた。
「雄介もバカ娘も久しぶりね~。元気してた?」
「はい、おかげさまで。紗子さんもちゃんと栄養のあるもの食べてましたか?」
とりあえず、落ち着いて話そうと言うことになり、現在は三人でリビングのソファーに座って話をしている。紗子が割ったガラスについては段ボールで穴を塞ぎ、応急措置を澄ましていた。
「雄介は本当に良い男になってきたわね~。それに比べてバカ娘の方は成績が良いことくらいしか取り柄がないものね~」
「成績が良いのはいいことでしょ?お母さん」
「いくら成績良くても、年がら年中弟に発情してる困った娘じゃないの~。お母さん雄介の貞操が心配で心配で....」
「そんなの了承を得てやってるに決まってるじゃない!弟は姉のモノって法律で決まってるの!」
「里奈さん、そんな法は日本にありません。法律を勉強してください....」
「ほんとよ、一般常識がないんだから~。息子は母親の愛玩用って万国共通で決まってるのよ!」
「紗子さん、そんなのどこの国でも決まってません」
里奈と紗子が、雄介の取り合いで火花を散らしているさなか、雄介は「やっぱり親子だな....」と考えながら、ただ二人の言い争いを見ていた。
別にこの二人は仲が悪いわけでは無い、ただ雄介の事になるとケンカをしてしまうだけの親子なだけで、いつもは仲の良い親子なのだ。
「まぁ、取り合えず。お腹減っちゃったのよ~、雄介ご飯お願いできる?途中だったんでしょ?」
紗子がキッチンの調理途中のフライパンを指さした。
「そうですね、今作ります。幸い材料は多めにあるので、よかったです」
「助かるわ~。お母さんちょっと着替えてくるから、お願いね」
紗子はそういうと自室のある二階に上がっていった。雄介はキッチンに戻り、再度三人分の晩御飯の準備を始めた。
「はぁ~、ユウ君と二人っきりの夜だったのに....」
「ほぼ毎日二人っきりじゃないですか」
「昨日は一人だったもん....」
一人いじけている里奈の言葉を受け流しつつ雄介は調理を進める。雄介自身、紗子が帰って来ることは嫌ではない、むしろ嬉しいくらいだった。
雄介にとって紗子は恩人だった。両親と姉を無くし、どこにも行く場所がなく孤児院に居た雄介を当時赤の他人だった紗子が引き取ってくれたからだ。女性に対して恐怖心を抱くようになっていた、当時の雄介に優しく接し、日常生活に支障が出ないほどに回復させてくれた本人でもあった人だからだ。
「紗子さん、どうですか?」
「うん。おいしいわよ、もう私以上かもね」
「そんな事ないですよ。紗子さんには敵いませんよ」
晩飯が出来上がり、三人はテーブルについて晩飯を食べていた。紗子はスーツ姿から部屋着姿に着替えお済ませており、ついでに風呂にも入ってきていた。
「なんかユウ君、お母さん帰って来てから嬉しそう....」
仲良く話をする雄介と紗子を見て、里奈はあからさまに不機嫌な口調で二人に言った。
「はいはい、里奈はヤキモチ焼かないの。良いじゃない、たまにはお母さんに雄介貸してくれても」
「む~、なんか私と話してる時よりも楽しそうなんだけど....」
里奈がジト目で雄介を見る。
「いや、そんな事ないですよ。気のせいです」
「そうかな?最近ユウ君はお姉ちゃんに対して冷たいと思う....」
不満を漏らしながら、里奈はご飯を口に運ぶ。
「どうせ里奈が、雄介に過剰なスキンシップでもしまくってるから、雄介から距離を置かれちゃったんでしょ?」
「そんな事ないわよ。普通に兄弟やってるわよ」
(普通じゃない時の方が多いような.....)
二人の会話を聞きながら、雄介は声には出さずにそう思っていた。こんな調子で食事は進んでいき、食事が終わったころは22時を回っていた。
「で、いつまでお母さんはここに居るの?」
食事を終えて軽くお茶を飲んでいる最中に里奈が問いかけた。まだ若干不機嫌そうだが、里奈は大人しくお茶を飲みながら、自分の母に尋ねた。
「2、3日は家に居られるわ。でも、その後はまた二か月位帰って来れないかもね」
「そうなんですか、相変わらずお忙しそうですね」
「そうね~、今の仕事が落ち着けば、後は家から通えるんだけどね~」
「それは困るわよ!」
紗子の話の途中で里奈が興奮した様子で会話に割って入ってきた。
「えっと....どうしたんですか?里奈さん....」
「だってお母さんが家から通うようになったら....」
里奈が寂しそうな目をして、雄介の方を見る。雄介はそんな里奈の顔を見て、何か困ったことでもあっただろうかと考える。
雄介がいろいろ考えている間に、里奈は黙っていた口を開いた。
「ユウ君との二人暮らしが終わっちゃうじゃない!!」
「「........」」
突然大声を上げ何を大変なことを言い出すのかと心配していた二人は、あきれて声が出なかった。
「はぁ~。娘がこんな感じじゃ、帰ってきて正解だったかもね....」
「なによ!せっかくユウ君との疑似同棲生活を楽しんでたのに!お母さんが家から通勤したら、同棲じゃなくなっちゃうわよ!」
「里奈さん。元から違います」
里奈の言い分に、雄介と紗子は呆れながら答える。それでも里奈は、紗子が自宅から通勤するのに反対らしく、いまだに興奮状態で何か色々言っている。
「まぁ、血はつながってないから異性として意識するのはわかるけど、あんたは愛情表現が過激過ぎるのよ」
「ユウ君が嫌がる事はしてないわよ!」
「してます」
胸を張って主張する里奈に、雄介が静かに言い放った。
里奈は雄介の言葉に「えっ!!」と意外そうに驚き言葉を失ってしまった。
「なんで~ユウ君むしろ喜んでたじゃない~」
「喜んでたの?雄介?」
「喜んでもせん。すべて里奈さんの妄想です」
雄介は紗子の問いに対して冷静に答える。里奈は若干涙目になりながらも、まだ主張を続ける。
「一緒にお風呂に入ったじゃない!」
「里奈さんが毎回無理矢理入って来ようとしているだけです」
「一緒に寝たじゃない!」
「里奈さんが毎回無理矢理ベットに入って来ようとするだけです。一緒に寝たことはないです」
「ちゅーしたじゃない!」
「それは完全な貴方の妄想です....」
雄介にすべての主張を覆され、里奈は一人床に手をついてショックを受けていた。
そんな二人の姿を見ていた紗子は、カバンから何かを取り出し、雄介に見せてきた。どうやら自分のスマホの画面を雄介に見せようとしているようだ。
「まぁ、こんな事だろうと思ってね。里奈には少し雄介離れをしてもらって。雄介には、その体質を何とかしてもらおうと思うのよ」
「あの、紗子さん。どういう事ですか?」
紗子は自分のスマホの画面を雄介と里奈が見えるようにテーブルに置いた。スマホの画面には長いブロンドヘアーの少女が移っていた。ウエーブのかかった髪に整った顔立ちと真っ白な肌から、どこかの国のお姫様のような美少女だった。
「あの?この女の子は?」
「知り合いの社長さんの娘さんなんだけど、酷い男性嫌いらしくてね。雄介の話をしたら、合わせてみないかって話になったのよ」
「はぁ....」
「お互い異性が苦手なわけじゃない?もしかしたら、お互いに似た体質だから良いリハビリになるんじゃないかって」
紗子はお茶をすすりながら、事のあらましを雄介に話す。
紗子の話を聞いた雄介は、内心すごく面倒臭くなりそうだと思っていた。理由は簡単で、雄介の隣で写真を見ている里奈が、今にも手にもっているスマホを壊してしまいそうな勢いだからだ。
「ユウ君?」
「は....はい!」
里奈は笑顔で雄介に尋ねるが、その笑顔が逆に怖かった。表情は笑顔なのにも関わらず、目が笑っていなかったからだ。
「合わないわよね?こんな女と?」
言葉の一言一言が、雄介には重たく感じた。
「里奈、雄介を脅すのはやめなさい。それにもう会う約束しちゃったし」
「なんで、そんな余計な話持って帰って来るのよ!!」
雄介が里奈に怯えていると、紗子が割って入ってきた。しかし、もう会うことは確定している様で雄介には最初から拒否権がなかったようだ。
「余計じゃないわ、雄介の体がこのままだったらこの先大変よ。社会に出たらそんなワガママ言ってられないし、結婚だってしなくちゃいけないのよ」
「だからって、なんでこんないきなりなのよ!」
「仕方ないでしょう。なかなか連絡出来ないし、雄介がスマホ変えてたなんて知らないし」
「でも、家に電話するとかあるでしょ?!ユウ君だって、まだ会うなんて言ってないのに!」
当人である雄介をほおっておいて、里奈と紗子は言い争いを続ける。そんな中雄介はもう一度、紗子のスマホを手に取り、相手の女の子を見る。
やはり何回見ても可愛い。雄介は素直にそう思ったが、その可愛いは決して恋愛感情ではない。雄介にとっての可愛いは、猫や人形を見た時の可愛いと同じなのだ。
「あの、紗子さん」
雄介の言葉に、紗子と里奈は言い争いをやめて雄介の方を見た。
「俺、別に会う位ならいいですよ」
「えぇ!!なんでよ!ユウ君!!」
雄介の言葉に一番に反応したのは里奈だった。
「いや、別にあって話すぐらいどうって事無いですし....」
「駄目よ!その写真の子までユウ君に惚れたらどうするのよ!!」
「そんな事ある訳無いじゃないですか、里奈さん一体何....」
何を言っているのか、雄介はそう聞こうとしたが聞けなかった。その理由は里奈がジト目で雄介の事をにらんできたからだ。
「あの....里奈さん。なにか?」
「そんな訳ない?よく言うよね~、最近優子ちゃんと仲良くしてるみたいだし~。山本君の妹さんとも随分親密そうだけど~?」
嫌味ったらしく雄介に話す里奈。雄介はなぜそんなことを言うのか、理解できなかった。
「いや、ただ友達と仲良くしてるだけじゃないですか!」
「友達?あんなに密着させておいて、友達?随分仲がいいのね?」
里奈は頬を膨らませて、そっぽを向いてしまった。雄介は、紗子さんが帰って来て気がっ立っているのだろうと思い、紗子と話の続きを始めた。
「まぁ。今の話の流れから色々聞きたい事はあるけど、あってくれるって事でいいのかしら?」
「はい、そんなのお安い御用ですよ」
雄介は涼しい顔で紗子の提案に了承した。
雄介にとって紗子は恩人であり、雄介自身が今普通に生活できているのも紗子のおかげだ。雄介はそんな紗子の頼みをできるだけ断りたくはなかったのだ。
「ありがとう。じゃあ今度の土曜日にお願いね。迎えが来るらしいから、雄介は家で待ってれば大丈夫よ」
「はい、わかりました。」
「納得いかないわよ~」
雄介と紗子の間で話が進んでいた間に、里奈はなぜか死人が着る白い着物のような格好でリビングの入り口に立っていた。
「里奈さん、そんなん何時買ったんですか....」
「里奈....お母さんと精神科に行きましょう。大丈夫よまだ間に合うわ....」
かわいそうな人を見るような目で、雄介と紗子は里奈を見る。よく見ると、里奈の手には藁人形が握られていた。
「ユウ君がその女と会う前に、この藁人形でその子を呪殺してやる~」
「落ち着いてくださいよ。ただ会って話をするだけじゃないですか」
「ユウ君は黙ってて!最近ユウ君は女の子を寄せ付けすぎなのよ!どうせこの先の展開だって、またユウ君がその女の子をたぶらかしてくるに決まってるわ!!」
「別に寄せ付けてないんですが....」
涙目で主張を続ける白装束の里奈と、そんな姉を呆れながらなだめる雄介。紗子は優雅にお茶を楽しみながら、スマホでニュースを見ている。
「里奈、あんたもそろそろ弟離れしなさい。雄介だって健全な高校性なのよ。いくら体質の問題で彼女を作らないにしても、普通に性に対する興味は無限大なんだから。兄弟でそんな事になられたら、色々と問題でしょ?」
「紗子さん、大丈夫です。俺はそんな事しないんで」
「そうよ!ユウ君はお姉ちゃんがわざとお風呂のカギを開けっぱなしにしてお風呂に入っても、ユウ君の部屋に忍び込んで一緒に寝てても何もしないのよ!たまにホモなんじゃないかって疑う事もあったくらいよ!」
紗子はスマホを机に置き、若干悲しそうな目で雄介と里奈を見た。
「とりあえず、私の娘を早急に何とかしなくちゃいけないことがわかったわ。あと、雄介も女の子が駄目だからって男の子に手を出しちゃだめよ....」
「紗子さん!そんな冷めた目で俺を見ないでください!!俺はノーマルです!」
紗子は頭を押さえながら、涙を浮かべ始めた。
「ごめんなさい....私やお父さんが中々帰ってこないから....。里奈はブラコンの変態になるし、雄介はそっちの方向に目覚めて....」
涙を流しながら、紗子は我が子を見る。
紗子が完全に何か勘違いをしてしまった。雄介は、また面倒な事になってしまったと思いながら、紗子の誤解を解くことにした。
「なんか、高校に入学してからというもの里奈さんの俺に対するスキンシップが過激というか....なんかボディタッチも多いし....。そんなばっかりなんで、最近は軽くあしらっているだけですよ」
「まぁ、この子は昔っから雄介にベッタリだったけど、ここまでくるともう病気ね....」
「まぁ、病気かもね....恋の病ってやつかもね....」
「黙りなさい変態」
何とか紗子の誤解を解きつつ、現状の里奈と雄介の生活を話していたのだが、ほとんど雄介の愚痴のようになってしまっている。
「あんたも高2でしょ?彼氏とか好きな人とかいないの?」
「いるわよ。ユウ君」
「弟を恋愛対象にしないでもらえませんか....」
いつも以上に雄介にベッタリと絡む里奈に、雄介な内心疲れていた。ただでさえ最近はスキンシップが多いにも関わらず、今日はやけに雄介の体に抱き着いたり、触ってきたりと距離が近い。
いくら里奈に触られても体質による症状が出ないにしても、あんまりベタベタされると、少し気分が悪くなってしまう。雄介はそんな姿を里奈に見せたくなかった。
「そろそろ寝ませんか?もう夜中の11時ですよ」
「あら?本当だわ。二人は明日も学校でしょ?お母さんは明日昼まで寝てるから、起こしちゃだめよ」
「自分で言うんですか....」
「さ!ユウ君寝よ」
「一緒には寝ませんよ」
「ちっ....」
「里奈さん!舌打ちしました?!ねぇ、里奈さん!」
里奈の今までにない行動に若干驚きつつ、雄介と里奈は自分の部屋に戻っていった。
紗子は一人になったリビングで、アルバムを広げながらお酒を飲んでいた。
「....大きくなったわね」
アルバムには、小学生の時の雄介や里奈の姿。家族で撮った記念写真が綺麗に保存されていた。
紗子は我が子の成長を振り返りながら、一人物思いに更けていた。
「あの雄介がこんなに明るく....」
紗子はアルバムの一番最後のページにある雄介の写真を見てそうつぶやいた。そこに写っている雄介の顔は無表情でどこか悲し気で遠くを見つめていた。
「幸せになるのよ....」
写真をなぞりながら優しい目で写真を見つめる。里奈と雄介が二人で並んで立っている幼いころの写真を見ながら。
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