二番目のぼく

 会社からの帰宅時、一番目の僕が乗る車に、トラックが正面衝突した。

 押しつぶされた僕は、人としての原形をとどめていなかったらしく、脳も一部が損壊した。


 二両の車は、お互いに自動運転で、トラックは無人だった。

 特殊な交通状況の中で、トラックのAIがその判断をまちがえた結果、発生した事故であった。

 発生の確率は、生身の人間が、2コース連続でホールインワンを達成するくらいの、稀なレベルであったらしい。


 いまのぼくには、事故の前後の記憶がない。

 忘れているわけではなく、家族の判断で、一番目の僕から、その記憶を移し替えなかった。

 だから、思い出しようがない。



 トラック・メーカーからの提案を家族が受け入れ、僕は、脳を人工のものに変えられた。

 一番目の僕の脳にあった記憶は電子化され、新しい脳に移し替えられた。


 人に送ったメールの文面や音声記録、果ては好きだった本の内容などもデータ化され、頭の中に収められている。

 脳の人工化は、ようやく安全性が確保できた段階であったので、よほどの金持ちでなければ、脳の交換などはできなかった。

 メーカーが、できる限りの誠意を見せてくれた証である。


 使い物にならない四股は切断され、義手義足がつけられた。

 内臓も使えるものは残し、そうでないものは人工物に換えられた。



 事故から三年がち、ぼくは勤めていた会社に復帰して、働いていた。


 AIの発達により、ほとんどの仕事が人間の手から離れていた。

 そのような中、最後に残ったと言えるのが、人と接する仕事であった。


 老人や子供の話し相手・遊び相手は、アンドロイドよりも、生身の人間のほうが高い効果を示していた。

 飲食店も、アンドロイドに声をかけられ、配膳されるよりも、人の手によるほうが好まれた。

 スポーツでも、アンドロイド同士の戦いよりも、やはり人間同士のほうが盛り上がる。



 二番目のぼくを、人間とするか、アンドロイドとするかは、人によって判断の分かれる問題であった。

 法律の話をすれば、僕は納税の義務があり、健康保険が適用される人間であったが。



 僕は、大きな画廊に勤めている。

 仕事の内容は、店内を案内したり、お客様の会社やご自宅を訪問して、その空間に合う絵画を提案したりするものであった。


 困ったことに、二番目のぼくになってから、その仕事が上手くいかなくなっている。

 ぼくの事情を知らなくても、お客様には、ぼくの話が機械的に、空々しく聞こえるようで、営業がうまくいかなくなったのだ。

 いまのぼくには、お客様と話していると、その目の動きや声のトーンで、一番目の僕では気がつかなかった、お客様の出しているサインがわかる。


 ぼくの説明にうなづいているが、実際は納得していない。

 興味がなさそうだが、もう一押しすれば売れる、など。


 そういう先回りをする動きが、お客様の感情を損ねているようであった。

 また、脳を人工に取り換えた結果、記憶力が増しており、前回のお客様の言動を細かいところまで記憶しており、これを気味悪がるお客様もいた。

 これらの問題点を踏まえて接客をしても、余裕のある社会に生まれた今のお客様の多くには、何かしらの微細な違和感が残るようであった。

 ぼくは何かがちがうのである。


 僕は、自分から上司に願い出て、接客の業務から外してもらった。

 代わりに、AIを管理する業務につけてもらった。

 こちらは、普通の人よりも問題なくできた。

 人とAIをつなぐのに、ぼくほど打ってつけの存在はないだろう。



 一時期は、自分の存在に悩んだぼくだが、いまは結婚もして、満足感をおぼえながら生活を送っている。


 一番目の僕が付き合っていた女性とは、すぐに別れた。

 どうも、言動やしぐさから、相手が何を考えているのかわかりすぎると、恋というのは冷めてしまう場合があるようだ。


 そんなぼくがプロポーズをしたのは、ぼくと同じく、脳を入れ換えた女性であった。

 普通の人に比べて、人工頭脳の彼女は、何を考え、何を求めているのかが読み取りづらく、とても気になった。

 わからないから、かえって惹かれた。

 そのブラックボックスの中に、何が入っているのかが気になったのだ。

 一番目の僕が心に抱いた恋心とはちがうものかもしれないが、二番目のぼくにとって、それはまちがいなく、恋心と呼べるものであった。

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