第6話 声なき悲哀の交響曲

 黒を基調とした制服を着た男女が、ひとりふたりと歩いて来る。ごくふつうの高校の、ごくふつうの登校風景。

 その中に普通と違う景色を見つけ、私は影の中で立ち止まった。

 ふたりの少年が、ひとりの少年を壁際に追い詰めている。それもまた、必ずどこかにある、いつになってもなくならないもの。

 私は、ああゆうのがとても嫌いだ。特に、反抗する力がありながら従う者が。

しばらく見ていたが事態は変わらない。ただ二、三回ほど少年が殴られただけだ。

 少年は相変わらず、反抗するつもりはないらしい。

 私は気まぐれを起こして近づいた。だれにも見つからないようにこっそりと。そして殴られた少年の後ろから、その耳元に小さく囁く。

 力の正しい使い方を。






 授業の終わりを告げるチャイムが鳴りひびいた。HRが終わり、生徒たちはつぎつぎと教室を出てゆく。

 そんな中、他の生徒とともに帰ろうとするキスイを、クラス担任の教師が呼びとめた。


「キスイ、お前さぁ進路希望の紙、まだ出してないだろ」

「いやぁ俺、まだ右腕治りきってないからさ。右利きだから、左手で書いたら先生読みにくくなるだろ?」

「心配しなくてもいいぞ、読めるまで書き直しさせるからな」

「先生、アンタ鬼だ!」

「かわいい生徒のためなら、鬼にでも仏にでもなるさ。だからお前は終わるまで帰るなよ」

「……マジ鬼だ」


 3年間も顔をあわせている、教師と生徒の会話。

 キスイの反論を笑顔でかわして、教師はそのまま廊下へ出て行った。

 キスイが担任に捕まっていた丁度その時、一人の生徒が病院へ運ばれて行った。

原因は不明。

 ただ、彼は朝から顔色が悪かったらしい。事件の報告は意外な所から、キスイに告げられた。


 キスイは机の上の紙をにらんでいた。2年のうちから大学へ進学すると決めてあり、今もまだそのつもりでいる。

 だが…その先。

 大学へ行って、それから何をするのか、したいのか。それが思いつかなくて、どの大学を受験するのかがはっきりしない。

 とにかく勉強をして、有名どころを狙えばいいとも思ったが、目標がないとモチベーションが全然あがらない。

 あくびのような、叫びのような奇声を吐きながら天井を見上げたキスイの目の前に、人の顔があった。


「こんにちは」


 天井に少女が立っている。


「えーっと、その。どちらさま?」

「浄霊部に所属しています幽霊部員。岩松くるみいわまつ くるみです」


 天井の少女は、にっこりとほほえんでお辞儀をした。


 黄央高校の七不思議に『幽霊の住み憑く部室』というのがあったことを思い出し、それが浄霊部の部室なんだろうとキスイは納得する。


「真昼の幽霊か。意外とはっきり見えるもんだな」


 漆が塗られたような黒髪。乱れひとつなく着つけられている旧制服。

前髪はまゆげの上、後ろ髪は肩口で切りそろえられている。『教科書どおり』というべき姿がそこにある。


「ええ、あそこには依り代がありますので、とても助かっております」


 依り代とは、霊体をこの世にとどめるためのものだったと授業で言ってた気がする。

 肉体という依りどころのない幽霊は、とても儚い存在だ。普通なら水に垂らした血のごとく、すぐに散って消えてしまう。依り代は魂を守るための、かりそめの入れ物なのだと。


「で、何の用?」


 キスイはくるみを見上げている。

 逆さまに立っているのに、髪の毛も制服も落ち着いている。

 校則には従っているのに、重力の法則には従ってないんだな、と関係のない思いが頭をよぎった。


「用というか、ちょっと相談したいことがありまして」


 くるみは口元だけ笑った。





 キスイは一年の教室に向かっていた。

 くるみは普通に廊下に足をつけて、説明をしながら歩いている。数日前、校門付近で起こったこと。

 その日に彼女が少年にしたこと。そしてその後、なにが起こったのかを。

 くるみの説明を聞いて思ったことを、キスイはつい声にだしてしまった。


「つまり全部君のせいだな」

「ひどい!そんな言い方しなくても…」


 まるでこの答えを予測していたかのような速さで返された。

 しかし、うつむいて小さくなっている少女を見て、キスイはちょっと罪悪感を感じてしまった。


「ああ、ゴメン」


 とりあえず謝ると、くるみは涙を拭う真似をした。


「いいんです。その通りだし。でも、私が何とかしたいけど、どうにもできないんです」

「それで、そいつに能力の扱い方を教えてやってほしいと」

「そう。お願いしていいですか?」


 扱い方と言っても、能力によってかなり変わる。気楽に返事することができない。


「そいつの能力って何?」


 そう聞いた時、一年の教室から怒鳴り声が響いた。


「違う!僕じゃありません!!」


 まるで内側から馬が蹴飛ばしたかのように、腹にひびく音をたててドアが壁に叩きつけられた。

 ドアが外れたところから、小柄な少年が飛び出して来た。


「あの子よ。緒形斗祈おがた ときっていうの」


 トキは自分が出て来た教室を振り返りながら、キスイの方へ走って来る。正面にまったく注意がとどいていない。


「廊下を走ると危ないぞ」


 キスイは止めるつもりで声をかけた。

 しかし正面を向いたトキの顔には、単なる障害物としか見えてないようだった。


「どいて下さい!」


 トキの言葉とともにキスイは見えない何かに強く押されて、教室側の壁に押し付けられた。


「うわっ!」

「あっ!ごめんなさい!」


 トキは、キスイの横を走り抜けて行ってしまった。

 トキが曲がり角に消えた後、くるみはキスイの背後から言った。


「今のがあの子の能力よ」


 キスイは自分の右腕にさわった。

 トキとは距離があり、触れられてもいないのに真横に強く押された。


「キスイか?大丈夫か?」


 トキのいた教室から、知り合いが顔を出した。





「彼の能力はサイコキネシスらしい」


 先ほどトキが飛び出していった1年生の教室。ドアをはめ直したキスイは、手近なイスに腰をかけた。


「情報が遅いよ、イヅル風紀委員長」


 キスイは不機嫌に返したが、すぐに笑む。


「ま、しかたないか。今日はいるだけマシだな」

志島井弦しじま いづる、風紀委員長であり、キスイの親友。

 さわやかな見た目と裏表のない人柄で、『恋人にしたい生徒・男子部門』の1位に選ばれている。


「毎日いないわけじゃないよ。クランクインもしたし、あとは映像の仕事だからね、もう普通に来れるよ」


 イヅルは、大手の芸能事務所に所属している。

 イヅルの家系は、昔から演劇や歌謡を仕事としてきた。両親や親戚について歩くうち、当然のように彼は芸能の技術を自分のものにしてきた。

 学校生活も、芸能生活も、イヅルにとってはどちらも大切な日常なのだ。


「雑談はそれくらいにして、本題に入りません?」


 2人の横から、くるみが口をはさんだ。


「イヅルさんはあの子にどういう用があったのですか?」

「部室のほうにタレコミが来たんだ。下級生が能力を使って、他の生徒を病院送りにしたってね」

「その生徒は?」

「2年の、いわゆる不良って言われてる生徒だよ。タレコんできたのもやっぱり同じ。次は自分の番だって思ったんじゃないかな?」

「恨まれてる自覚はあったのですね」


 くるみは1人でなにかを納得していた。


「それで、病院送りになったヤツは骨でも折られたのか?」


 物騒なことを笑って言うキスイだが、本気ではないことはイヅルにも分かっていた。


「それがどうやら、呪いの類いらしいんだ。病院の検査では、体の外にも中にも疵はなかったらしい」

「…あいつは数日前に、いきなり能力に目覚めたらしいな」


 くるみをチラリと見ながら言う。


「そう聞いてるよ」

「二年の生徒に囲まれていた時に、ってのもか?」

「さっき言った二年からも詳しく聞いてる」

「なら……」

「彼はあの力を悪いことには使ってない」

「信じるのか?」


 キスイの問いかけに、イヅルはさわやかに微笑んで質問を返した。


「君もわかってるんだろ」


 まあな、とキスイはうなずく。


「被害は呪い系、あいつは直接物理系。サイコキネシスだけなら理屈に合わない」

「なら、呪いはどこからきたんだろうな?」

「それは私が知ってますわ」


 妙な流し目で、くるみはイヅルを見ながら言った。


「今朝、その人たちが話しているのを聞きましたの。それによるとその人たち、どうやら音楽室で噂の人を見つけたらしいですわ」


 なぜかとても楽しそうにくるみは話した。






 問題の呪いの話を聞いたあと、キスイとイヅルは音楽室へと向かっていた。くるみは浄霊部の部室に戻ると言って消えてしまった。


「目が光るベートーベンの絵。目が合うと三日以内に死ぬ、だな」

「肝試しに行って、本物にあってしまったパターンだね」

「3月の定期調査じゃ、なにもなかったってのに。最近、この学校おかしいよな」


 学校側も管理責任があるため、専門家に定期的な調査を依頼している。本来はキスイ達のような、生徒自らが問題解決に当たるほうが珍しい。


「そういやキスイ、腕は平気なの?ヒビが入ったって聞いたけど」

「ああ、包帯は取れた。絶対に無理するなと言われたけどな」

「じゃあ、気をつけなよ」


 キスイはニヤリと笑って、大丈夫だとうけあった。

 そして2人は白い扉の前に立った。

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