第5話 間章 モモヤとソウジと

 昼の図書室は、いつも満員を通り越したにぎわい方をしている。

 静かに本を読む生徒は全体の半数ほど。

 それ以外の生徒達は、クラス外の仲間と集まるために使っているのがほとんどだった。


 教室というのは思いのほか閉鎖的なので、他のクラスの生徒はなかなか入りづらい。その点、図書室ならば、学年・クラスを問わず集まることができる。

 何より、図書室ここでは、騒がしい生徒によって邪魔をされるということはなかった。

 大声を出すような者がいれば、その友人が注意をうながすし、集団でうるさくなった場合は、図書委員のお姉さんによって外へと丁寧に追い出されたからだ。

 邪魔にならない程度のにぎやかさの中、字中百夜あざなかももやも図書室の机の一つで友達と話をしていた。

 モモヤに向かい合って座っているのは、メガネをかけた男子、囃子奏司はやしそうじだ。

 モモヤは少しだけ雑談をしたあと、そういえば、と話を切り替えた。


「この間の幽霊、『騒音ロッカー』のことだけど、あれからどうなったか知ってるか?」

「あいつは確か、キスイ先輩が執着を切り取ったから、そのうち消えるとか言ってたような」

「そうそう、そういう話だったんだけどさ、こないだ退魔協会の人が来て調べてったんだけどよ……あいつ、まだ消えてなかったんよ。しかも、この先も消えることはないだろうってよ」

「消えない?ふむ。執着はなくなったのに、何か他に縛られてたりするとか」


 ソウジの疑問に、モモヤが身を乗り出して説明を始める。


「なんかさ、どうも誰かに干渉された跡があるらしいんよ。それも二回も」

「二回?それって、キスイ先輩に切られてからのことかい?」

「一回目は切られる前らしい。なんか、それのせいであいつの執着が強くなったらしいんだけど、先輩が切ったところとかぶってるらしくってよく分からないんだと」

「それで、二回目は?」

「二回目は明らかに先輩が切った後らしい。どうやってか知らないけど、それのお陰で小さな執着ができて、消えずに済んだらしいんよ」

「へえ。それで、犯人はわかったのかい?」


 真剣な顔でたずねるソウジに、モモヤはニヤリと笑って首を振る。


「全然わからないってよ。一回目と二回目の犯人は別人じゃないかとは言ってたけど、確証はないらしい。てか、すでに終わってる霊に干渉するとか、その時点でわけわからないってよ。単純に力を増やしたとかじゃないらしいし、少なくとも一回目は人間技じゃないってさ」

「単純に力を増やしたわけじゃない?それってつまり、執着だけを強くしたとかそういうこと?」

「いや、説明されてもわかんなかった。ただなんかして、ポルターガイスト達を従えるようにしたとか言ってたけど」


 首をかしげるモモヤに、ソウジはメガネを二本の指で押し上げて言った。


「この学校内で、急に力が増えるってことはありえないんだよ」

「なんかそれ、会長も言ってたぞ」

「うん。ここはさ、結界によって力の限界値が決められているんだ。学校っていうのは人の気が溜まりやすい所なんだ。気が溜まりすぎると澱んでしまって、よくないモノが沸きやすくなる。だから最近はどこの学校でも、なんらかの結界を使って気が溜まりすぎないようにしてるんだ」

「他の学校でも?」

「そうらしい。直接は見てないけどね。で、この学校は、気を一定以上は溜めこまないようにする結界があるんだ。たとえ騒音ロッカーが大量の気を溜め込んだとしても、普通ならいくらも経たないうちに外へ流れ出てしまうはずなんだ」

「それは知らなかった」

「だから何かやったとしたら、アイツが持ってる力を強化する方しか考えられないんだ」

「強化か。うるさいやつを、もっとうるさくするとかか」


 モモヤはすでにこの話に興味がなくなってきたようで、思い付きをそのまま口にする。


「違うと思う。俺は以前のアイツを見たことがないから分からないけど、そんなところはいじられてなかったと思うし……」


 ソウジはソウジで、自分の考えにはまり始めたようで、うつむいたまま動かなくなった。

 二人とも少し黙っていたが、モモヤが思い出したように声を上げた。


「そうだ、ソウジのアレ。あのポルターガイスト達に使ったアレ、なかなかすごかったよな」

「いや、そんな大したものじゃないよ。一応、教科書に書いてあったことを応用して作った術だし」

「術を自分で作った?誰かに教わったとかじゃなくて?しかも教科書って……まだ配られてから3ヶ月たってないぜ。授業も少ししか進んでないじゃんか」


 モモヤが壁にかかったカレンダーを見て言う。


「教科書だけなら、配られたその日に目を通しておいたし。この図書室にも術関連の本がいくつかあったから、参考にさせてもらったし」

「もう全部読んだって、嘘だろ?」

「俺は、本と文字が好きなんだよ。普段は週に一冊だけど、休みの日なら一日に三冊は読んでるよ」

「うわあ」


 あきれるモモヤに対して、なぜかソウジは得意どや顔で笑っている。


「ついでに聞くけど、あの術の名前ももしかして自分でつけたか?」

「有名な小説のタイトルから借りた。効果に近い意味のタイトルを選んでみたんだ。ただし、本の内容とは全然関係ないから安心して読んでくれよ」

「いや読まないから」

「読めよ、貸すから」

「読まない」


 きっぱり断るモモヤに、ソウジは面白いのになぁとつぶやく。モモヤは空気を変えるように、イスの背もたれへ体重をかけた。


「なんにしても、あの戦闘はもっと上手くできたんじゃないかなとか思っちゃうね」

「俺も。結界の防衛だけだったけど、あの術とかもっと使えたら怪我人とか出さなくて済んだかと思うよ」

「それは違うわよ」


 突然わりこんできた声に、二人は振り向く。

 机の横にはいつの間にか、図書委員の静かなるお姉さんが立っていた。

 わずかに茶色がかったセミロングの髪。ちょっとぽっちゃり気味の体形が、柔和な雰囲気をより強くしている。


「ええとあなたは……?」

「三年の根込美祢子ねこみみねこよ。二人とも、初めましてじゃないんだけどね?」


 ミネコの言葉に二人は宙を見上げ、ソウジが先に答えを出した。


「騒音ロッカーの時の、結界手やってた方ですね。俺が防衛役をやってた人」

「ピンポーン、大正解。風紀委員のお手伝いも時々やってるの。よろしくね」


 微笑みながら言うミネコに、モモヤが即立ち上がって自己紹介を始めた。


「一年の浄霊部所属、字中百夜です。よろしくおねがいします」


 続いてソウジも立ち上がり、会釈をする。


「一年の風紀委員やってます、囃子奏司です」

「ハヤシ君にアザナカ君ね。ちゃんと憶えたからね」


 ミネコは二人を座らせてから、空いてるイスを持って来て自分も座った。


「それで根込先輩。さっきの違うって、どういうことですか?」


 モモヤが机に身を乗り出して聞くと、ミネコはソウジを見た。


「違うって言ったのは、ハヤシ君の方よ。あの時のハヤシ君の仕事は、私を守ることだったんだから。キスイ君を助けるために術を使ったとき、防衛の範囲が少し小さくなったでしょ?」

「はい、確かにそうでしたけど……」

「もしあの時私になにかあって結界が維持できなくなってたら、その時点で作戦は失敗だったの。だから、君はあの時に手をだすべきではなかったのよ」

「でも、そうしたらキスイ先輩は」

「キスイ君なら、なんとかしてたわ」


 そう思うでしょ?と、ミネコはモモヤへたずねる。

 モモヤは突然のフリにもかかわらず、首を大きく縦に振った。


「はい、その通りです」

「最初に決められた役割を全うすることが一番大切なことよ。誰かを助けるために役割をこなせないのはとっても良くないことだからね」

「……はい。わかりました」

「うん、いいこいいこ」


 不承不承うなずいたソウジの頭を、ミネコがなでた。


「おい、ソウジずるいぞ」

「俺はなでられてもうれしくないし」

「じゃあそこ代われ」

「位置代わっても意味無いと思うが」

「んなこたいいんだよ」


 言い合う二人を見て、ミネコは笑った。


「仲がいいのね。二人ともまだ一年生なんだから、これから強くなれるわよ。あんまり急ぐこともないわ」

「でも、また危ないことがあった時は、俺はまた同じ事をすると思いますよ」


 机越しに掴みかかってくるモモヤの腕を押さえながら、ソウジが言う。


「オレも、先輩達が危なくならないように、もっと強くなりたいっス」

「そうね。なら二人とも、特訓とかしてみる?」

「え、特訓してくれるんですか?」

「浄霊部員なら、部長の千住さんに頼めばよろこんでやってくれるわよ」

「えー、根込先輩じゃないんですか」


 モモヤは力が抜けたように、イスに座った。


「ハヤシ君の部活は……?」

「ごく普通の卓球部です」

「なら私があとで特訓してあげるわ」


 胸の前で手を叩きながら言うミネコから目を逸らしながら、ソウジは答えた。


「いえ、けっこうです」

「ダメよ。さっき言ったでしょ?自分の仕事以上のことをするには、相応の実力が必要になるのよ。だから私が特訓してあげるわ」

「いいえ」

「遠慮しないでいいわよ。私が特訓してあげるわ」

「いいえ」

「遠慮しないでいいわよ。私が特訓してあげるわ」

「いいえ」


 そんな風に延々とRPGのお約束のような言い合いを続ける二人を、モモヤはうらやましそうな視線で見続けていた。

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