第4話 騒音ロッカー
「今日は俺のためにあヅまってくれゼありがゾう」
ノイズ混じりの声が、講堂のスピーカーから流れる。
そのあまりにも大きすぎる音量に、モモヤは思わず両手で耳を覆った。
「放課後は俺ザジの自由ザ。くザらねぇ時間からゾき放ザれザ俺ザヂが、ジんのズがザを取りもゾゼるワールゾザ」
スタンドマイクにすがりつくように立ちながら、ソレが言った。
逆立った髪は赤く染められ、顔にはおどろおどろしいフェイスペイントがなされている。肌は逆に血の気ない青白さであり、骨と皮だけのような体にテラテラ輝く安物のレザーの服をまとっている。
体の向こう側が透けて見えるが、明らかにそこに存在している。意思だけで存在をこの世につなぎとめているモノ。
アレは、まぎれもなく『幽霊』だ。
キスイは乱舞するパイプイスの下をくぐり抜けながら、幽霊に近づいていった。
「大講堂の騒音ロッカー。ここの管理者のお前に苦情が多数出ている。事情を説明してもらおうか」
宣言するキスイに向かって、チッチッチ、と騒音ロッカーは指を振る。
「俺はジんの俺に目ざめザザけザ。ゼメーらのザジズはうけねえよ!ファッッズ!」
騒音ロッカーがマイクスタンドを振り回すと、ポルターガイストの取り憑いたギター、ドラム、ベースがどこからともなく集まってきた。
「
――――――
そこから、音の暴力が始まった。
大講堂中に騒音としか言えない音が反響する。リズムもメロディも目茶苦茶で、何を言っているかさえわからない。
モモヤが耳を押さえながら周りを見回し、それから口を開いた。
「あ ……! ……! !!!」
いくつかのパイプイスの動きがおかしいコトに気づき叫んだが、騒音に掻き消されてしまう。自分の声が口から出ているのかわからないほどの音量だ
ちっ、と舌打ちしながらエアガンを構えたが、死角外から来たパイプイスがそれを弾き飛ばした。
「しまっ……!」
エアガンは床を滑っていった。
モモヤはすぐに回収しようとするが、飛び回るパイプイスに行く手を阻まれてしまった。
――――――
「静かに……れ!」
キスイが一番近いギターを蹴ろうとするが、当たる前に逃げられた。そしてお返しとばかりに、キスイに大音量の騒音を撃ちつけて来る。
「…………っ!あたまが痛くなるな」
至近距離からの大音量に、思わず頭を抱え込む。音を消さないと会話もできない。
キスイは耳を両手でふさぎながら、逃げるギターを追いかけた。
「み……で……!避……」
騒音の海の中、耳を押さえているキスイには、その声は聞こえていなかった。
「先……!うし……!」
――――――
エアガンをようやく拾ったモモヤが振り返ると、いくつものパイプイスがキスイの動きをうかがうように飛んでいるのが見えた。
あらん限りの大声で警告を飛ばすが、逃げ回るギターを追いかけるキスイは気づかない。
そして、キスイの周りを飛んでいたパイプイスたちが、一斉にキスイめがけて飛びかかった。
「…………!」
ようやく、ギターを踏みつけたキスイが、危ない気配を感じたのか顔を上げた。
しかしパイプイスはすでに目前まで来ている。
キスイは腕を交差させて頭を守りつつ、背後へ飛んだ。
そのキスイへ、パイプイス達が大きな塊となって向かっていく。
「先輩危ない!」
モモヤの目の前で、パイプイスがキスイに直撃した。キスイは一瞬だけ地面に足をつけたが、次の瞬間には大きく吹き飛ばされた。
そのまま受身も取れずに、床を転がる。
「せんぱーーーい!」
モモヤが助けようと進もうとしても、四方八方からイスが飛んで来る。
「くそっ、邪魔だ」
パイプイスの気配が音で掻き消されるため、視界の外も細かく気にしなければならない。
このままでは、うかつにキスイを助けにはいけない。モモヤの実力では、避けるのだけで手一杯だった。
騒音ロッカーはそれを見て、ザラザラと笑っている。マイクをくわえ、首をぐるぐる振り回す。
「いいぜぇ、もっゾ盛り上がろうゼェ!ジャハハハァ」
騒音ロッカーの言葉に釣られるように、まだ立ち上がれないキスイにめがけて、さらに2つのパイプイスが飛んでゆく。
「避けてくださいー!」
叫び声の先で、鈍い金属音が連続して響き、モモヤの足元まで二脚のイスが転がってきた。
キスイが、どこから取り出したのか、両手で、ひとふりの剣を握っていた。
「管理者自体、暴走か。風紀委員会、副委員長の判断で、つっ!……問題を切除する」
キスイがゆっくりと立ち上がり、剣を騒音ロッカーに向けて突き出す。
「
青い光を薄くまとった剣。
その光におびえるように、ポルターガイストたちの動きがにぶくなる。
頭をかばった時に痛めたのか、右腕に力が入らないようだ。キスイは顔をしかめて左手だけで悪心切りを構え直した。
キスイは、様子をうかがうように目の前を浮遊していたパイプイスを、一瞬で両断する。
パイプイスを覆う靄が元から存在していなかったかのように消え、パイプイスは音を立てて床に落ちた。
楽器に憑いているポルターガイストが怯えたかのように音が静かになった。
キスイが体勢を低く構える。
「モモヤ!」
「ハ、ハイ!?」
「俺が突っ込む、援護しろ!」
「り、了解」
モモヤの返事を待たず、キスイは騒音ロッカーに駆け寄る。
「客は大人ジくジてやがれェ」
騒音ロッカーがギターをつかんで掻き鳴らすと、ポルターガイスト達がパイプイスを引き連れ、一斉にキスイに向かっていった。
「させないっス!」
モモヤのエアガンが、たてつづけに浄銀弾を発砲する。
ポルターガイストを次々と撃ち落としていくが、しかしあまりにも数が多すぎる。
あっという間に空になった弾倉を振り落とし、新しいものと交換しようとする。その間にも、キスイにパイプイスがせまっていた。
「ゾまれェ!」
ギターのうねりとともに、キスイを押し包むようにパイプイスが迫る。
モモヤが狙いをつけるが、ハンドガンの連射速度では焼け石に水だ。
また先ほどと同じようにパイプイスの塊にキスイが押しつぶされてしまうのかと思われたその時、幾何学的な直線が床を縦横に走りぬけた。
「『
騒音の中、不思議とその声ははっきりと誰の耳にも届いた。
床を走りぬけた光のライン上にいたポルターガイストが、一斉に声なき悲鳴をあげる。キスイに殺到しかけていたパイプイスはコントロールを失ってぶつかり合い、それまで以上に騒がしい音を立てながら四方へ転がった。
光の元をたどったモモヤの視界に、一年生のソウジが本を掲げているのが映った。
やるじゃん、と口の中でつぶやいて、モモヤは動かなくなったポルターガイストへ向けて引き金を引いた。
―――――
騒音ロッカーを庇うように立ちふさがるポルターガイスト達を、次々と切り捨てながらキスイは走る。
「クルナ、クルナクルナグルナァ!!」
「断る!」
騒音ロッカーはマイクスタンドを掴んで振り回したが、キスイはそれをあっさりとかわした。
講壇の段差を駆け上り、キスイは悪心切りを振り上ける。
「ロッグンローッ!!!」
「遅いんだよ!自分のしでかしたことを、しっかりと
再びマイクスタンドを振り回そうとする騒音ロッカーと、悪心切りを振り下ろすキスイとが交差した。
そして、音が、止んだ。
呆然とたたずむ騒音ロッカーの額からあご先にかけて、切れ目が入る。
「オレ、ハ……タダ」
青白い切れ目から、赤黒い靄が染み出て
「
赤黒いそれだけが
「ダケナノニ」
散り消えた。
半分に切れ目の入った騒音ロッカーは、徐々にその姿が薄れていく。キスイはそれを見ながら、剣を血振りする。
キスイが腰に鞘があるかのように剣を収めると、剣は跡形もなく消えていた。
モモヤがキスイに駆け寄ってきた。
「先輩、今のは?」
「……ヤツの利己的な部分を切除した」
キスイの視線の先では、騒音ロッカーが消えかかっていた。パイプイスの群れも、ゆっくりと着地してゆく。
全部のパイプイスが床に着いたときには、すでに騒音ロッカーは影も形もなくなっていた。
キスイが手を上げると、四隅の結界手たちが詠唱をやめた。
大講堂に、外の気配が染みこんでくる。
結界は消えた。
「終わったかな。モモヤ、俺は休んでくる。お前報告しといて」
キスイが息を深く吐く。
「ええっ!?俺がっスか?」
「経過報告ってやつだよ。最終報告は後でまとめてから……」
戸惑うモモヤの右肩に手を置こうとして、キスイは突然顔をしかめた。
「あれ?痛い?いってー、痛、いたたっつぁー」
右腕を押さえて痛がるキスイにモモヤが慌てふためく。
「先輩!?ちょっ、誰か来て下さい!」
「おい、モモヤ!右腕に触るな!いたい、痛い、イタイ!」
気が抜けて痛みを意識したのだろう。
キスイは右腕を押さえて変なステップを踏んでいる。
モモヤはキスイを助けようと手を伸ばす、ソウジを含めた、結界手と守り手の八人が、二人の周りに集まってゆく。
「動かないで下さいっス!ケガを確認しないと」
「触るな!マジで!触るな!」
「触らないから、じっとしてて下さいッス!動かれたら固定もなにもできないッスよ!」
「絶対だな!マジでこれ以上ないくらい痛いんだからな!てかオマエラ人ごとだと思って笑ってんなよ」
日が暮れて、すでに薄暗くなった大講堂に、明るい笑い声が響いた。
――――――
「で、原因は何だ?」
生徒会室、会長のイスに座り、軽く腕を組んだミレイが聞いた。
「それはさっぱり分からない。ただアイツは、前に見たときよりも明らかに力が増していた」
キスイが考えながら答えた。
右腕は包帯が巻かれて、肩から吊り下げられている。どうやら骨折はしていなかったが、ヒビが入っていたらしい。
「力が増していた?それはおかしいな。この学校には、ちゃんとした結界が張られている。それは外から力を入り込ませず、内に溜まった不要な力を外へ出すものだ。アイツが、その力をどうにかして吸収したとでも言うのか?」
「だからそれがわからない。わかるのは、以前のアイツは、大量のポルターガイストを使役することなんてできなかったってことだけだ」
ミレイはふむ、と頷くと、キスイの横に目を向けた。
そこには敬礼でもしそうなほど直立したモモヤがいた。
「モモヤ、お前はどう思うか?」
「ハイ!自分には……わかりません!」
モモヤのはっきりした返答に、ミレイはそうだなとつぶやいた。
「確かに、分からないものをいくら考えても分からないままだ。この件は専門家を呼んで調査をしてもらおう。他にはなにかあるか?」
「一件ある。大講堂のアイツだけど、もう役に立たないと思う」
「成仏させたのか?」
「それはまだだが、そのうち消えるはずだ。執着を切り取ったからな」
騒音ロッカーは、この世に対して強い執着を持つことでその意思を保っていた。そしてその執着が喪失してしまえば、
「ここの結界は、自縛霊たちを
「わかった。ではそちらも専門家に頼むとしよう」
そう言って耳にかかった髪をかきあげると、表情を一変させ、微笑んだ。
「お前達、ご苦労だったな。今日はよく休んでくれ」
――――――
モモヤが下駄箱へ向かう途中、曲がり角の先から教室のドアが開く音が聞こえた。
モモヤが思いつく限りでは、その先には図書室しかないはずだ。覗いてみると、ちょうどソウジがこちらに歩いて来るところだった。
ソウジはモモヤを見ると、ちょっとおどろいた後に笑って歩み寄ってきた。
「あれ?まだいた?」
「そっちこそ。オレは会長室に報告に行ってたんよ」
二人は並んで廊下を歩く。話題はお互いのクラスのこと、勉強のこと。そして今日のこと。
「そういやさ、いくら先輩に言われたっつっても、なんでソウジ君が来たん?」
何気ない質問に、ソウジは苦笑いしながら答えた。
「俺、風紀委員なんだよ。楽だと思ったから立候補したんだけどさ、まさかあんなことをやるとはね」
思い通りにはいかないねぇ。などと言って、二人して肩をすくめる。
脇道にそれた話題は、そのままもとに戻ることはなく、二人は笑いながら校舎を出た。
――――――
どこかで、さよならの声がする。校庭の人影もすでにまばらだ。
キスイが部室についた時。もうみんな帰りの着替えを終えていた。
「わりぃ」
その一言だけでみんなが笑う。
キスイがなぜ面倒事に付き合うのか、理由を聞く者はいない。
別に、キスイも気にしてはいない。
例え聞かれても、風紀委員だからだと答えている。本当の理由など、自分一人がわかっていればいい、とキスイは思う。
自分の本当の気持ちなど、自分だってわからないのだから。
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