第3話 悪霊のダンスパーティー

 黄央高校大講堂。

 体育館と並んで位置するそこに、九人の学生が集まっていた。

 全員服装はバラバラ。体操着のままだったり、ジャージを着ていたりしているが、中途半端なままなのは、キスイだけだった。

 体育館用のシューズに、三年生を示す赤いラインの引かれているのが、キスイを含めて三人。青のラインの二年生は五人。

 一年生である緑色のシューズはモモヤひとりだ。


「あと一人、足りないな」


 キスイが、集まった顔を見ながら来てないヤツの顔を思い出そうとしていると、大講堂の入り口から声がした。


「すいません。部活の先輩に、代わりに行けって言われて来たんですけど……」


 ジャージの上下に、緑のラインの体育館用シューズ。部活から直行してきたのだろう、額には薄く汗が光っている。

 キスイは資料を持った手で手招きしながら言った。


「ちょうど今から説明するところだ。名前は?」

「はい、一年の囃子 奏詞ハヤシ ソウジです」


 キスイはメガネをかけなおすソウジを見て、少し考えた。


「林は二人いるから、ソウジでいいな。ソウジ、お前は『結界』は無理だよな」

「まだ習ってません。でも、魔よけの『』でいいなら、できます」

「それで十分だ。じゃ、さっき決めた四人は隅に行ってくれ。目標を出しやすくするための結界を張る。残りはそれぞれ結界の守護に付くんだ。ソウジ、お前も守護につけ。結界を張っている間は無防備になるから、結界手を守るだけでいいからな。無理に落とす必要はないぞ」


 キスイの指示に全員がうなずき、大講堂の四隅へと散っていった。


――――――


 ソウジは二年生の三人と一緒に、自分持ち場を確認した。少し緊張した様子で歩きだそうとするソウジの横に、モモヤが並んだ。


「ソウジ君だったよな。オレ、モモヤ。よろしくな」

「ソウジでいいよ、よろしく。モモヤ君も誰かの代わりに?」

「いんや、オレは浄霊部だからね。場数を踏んで慣れて来いって言われてさ。でも、大変だったら部長とかが自分から出張るし、今回はそこまで大変じゃないっスよ」


 モモヤが口の端を上げる。それを見て、ソウジは息を長く吐いた。


「そっか。なら、大丈夫かな。ありがと」


 大丈夫、なんとかなる。一人うなずきながら、ソウジは自分の持ち場に向かって歩き出した。


――――――


 位置についた。

 キスイは戻ってきたモモヤを見る。


「俺とお前は中央で待機だ。俺が目標から話を聞くから、お前はサポートしてくれ」

「了解っス。説得を邪魔させなければいいんスよね」

「基本的に人の話を聞かないヤツだからな、説得に時間がかかると思う。頼んだぞ」


 キスイが頷いたちょうどその時、外から『ふるさと』の曲が流れて来た。

 5時30分になったようだ。


 中央のキスイが片手を上げる。

 数珠を持った結界手の学生たちが印を結び始め、残りの四人もそれぞれ印を結ぶ。四人の囁きが唱和し、別の四人はバラバラに呟く。


 外から聞こえる音が少し小さくなった。大講堂の中に『結界』が張られたからだ。


 『結界けっかい』とは、指定した範囲で内と外を区切るものだ。個人が全世界の常識をくつがえすのはとても難しいが、指定された狭い範囲内であればそれほど難しいことではなくなる。

 切りはなされた範囲内での、世界の常識の改変。それが『結界』の重要な役割だ。

 範囲を明確に指定する必要があるので、今回はそれぞれ四隅に人が立つことで、大講堂の内を結界の範囲と決定していた。

 結界手でない四人はそれぞれ、自分の『』を広げる。

 『結界』と違い、『場』は範囲を示す必要がない。しかし一人で張るため、効力も範囲も完全に使用者の能力次第だ。使用者が集中を乱せば、すぐにでも消えてしまうほど脆いものでもある。


 結界が張られた講堂内は、とても静かだった。

 講壇と入り口を結ぶ直線を通路にして、その両脇にパイプイスの列が並ぶ。

 急いで並べられたため、パイプイスはたいした行数もない。後半の列のほとんどが、三つ以上重なったまま置かれている。


「準備はいいな?」


 講壇と入り口のほぼ中間にキスイが立ち、講壇の方を向いて言う。


「ハイ、オーケーッス」


 モモヤは懐から、ハンドガンタイプのエアガンを取り出して、答えた。

 輪唱のような余韻を残し、『ふるさと』の曲が終わった。


「………何も……起こらないっスね」


 だれともなしに呟くモモヤに、キスイは指で静かにしろと合図する。 


 どこからか、金属音が鳴った。そしてそれは、すぐに大講堂中に広がってゆく。

 講堂に整然と並べられたパイプイスが、小刻みに動いている。

 ぶつかり合い、耳障りな音を立てる。こすれあい、弾きあい、音を立てて迷走し始める。

 ガタガタと講堂を走り回って、お互いに衝突し合う。

 不意に、全てのパイプイスが止まったかと思うと、それはら唐突に宙に浮かび上がった。 


「うわっ、いったい何が起こってるんスか?」


 宙に浮かんだパイプイスの周囲に白い靄がまとわり付いているのが見える。

その靄の中に、うつろな表情を浮かべた顔が表れた。


「騒がしいのが好きなヤツだからな。類友ってことで騒がしいのが集まったんだろ」

「は?ターゲットって一体だけじゃないんスか?」

「ターゲットは、いっぱしのミュージシャン気取りのヤツだ。温まったステージじゃないと出たくないんだよ」


 キスイはすぐに動ける体勢で、周囲を警戒している。

 パイプイスは全て浮き上がり、隣どうしで軽くぶつかり、甲高い音を鳴らし始めた。


「にしても、こいつら何なんスか?うわぃ笑った!気持ち悪ぃ」

「ポルターガイスト。簡単に訳すと『騒がしい霊』。明確な意識を保てず、軽度の悪意の塊となった霊体が、家具に取り憑いて暴れ狂う現象、だ」

「悪意の塊って…数多すぎ。こんなのと踊れって言うんスか」

「生身の客だから歓迎してくれてるんだろ?」


 パイプイス達はキスイに答えるように揺れる。そして無秩序に飛び回り始めたかと思うと、あらゆる角度から中央の2人に向かって襲いかかってきた。


「そんなら、やってやるっスよ!」


 モモヤは素早くハンドガンを構えると、正面から来るものだけを撃ち落とした。そうやって作った隙間を、まっすぐに走り抜ける。

 たった今までモモヤが立っていた場所にパイプイスが殺到し、ぶつかり合って騒がしい音をたてた。


 キスイは一歩右に動いただけだった。しかしそれだけでパイプイスの狙いは外れてキスイにかすりもせずに通り過ぎていく。

 一部が引き返して背後から襲ってきたが、それも見えているかのように一歩動いただけで躱した。


 一方、結界を張っている四隅でも攻防が始まっていた。

 もし結界手が傷つき、ひとりでも集中が乱れれば結界の維持ができなくなり、ポルターガイストも現界しつづけるのは難しいだろう。だがそんなことは勝手気ままな悪霊には関係ない。

 縦横無尽、勝手気ままにポルターガイストは結界の中を飛び回っている。

 ただし、結界の守り手の『場』のせいで、結界手には近づけていない。


 一年のソウジもまた、結界手を自身の『場』の内側で守り、ポルターガイストを寄せ付けていなかった。





 自由に飛び回るポルターガイストが、勢い余って結界の外飛び出ることがある。外に出たポルターガイストはその存在を示すことができなくなり、パイプイスだけが壁にぶつかる。

 壁にぶつかった反動で、少しでも結界の内側に入ったパイプイスには、再びポルターガイストが取り憑く。

 それを繰り返しながら移動して、その悪意を振り降ろす相手を探していた。


 モモヤはパイプイスを一発一発確実に当てている。

 銃弾は彼お手製の『浄銀弾』。

 本物の銀ほどではないが、通常の銀玉よりは、物理的にも霊的にも有効だ。しかし実体が薄いせいか、数発当ててやっと落とせている状況た。


「モモヤ、パイプイスじゃなく、ポルターガイストを狙え」

「ヘンなわらわらした感じのヤツっスね、了解っス!」


 結界により、悪意の存在は意識できるようになっている。それでも形の無い悪意を撃ち抜くのは相当の集中力がいるだろう。モモヤ本人が言ったとおり、見えてはいてもはっきりとした形をとっていないのだ。

 だが、


「真上と右から三つ」

「ハイ!」


「伏せろ!」

「問題ないッス」


 キスイは最少の動きでパイプイスを避けながら、次々と指示を出す。モモヤはその指示についていくだけでなく、それ以上をやってのけていた。

 モモヤの銀弾は形のない悪意を打ち抜き、わずか二発でパイプイスを撃墜した。


「うわっ、こんなに簡単ならもっと早くポルポルねらっときゃよかったッス」

「気をぬくな。まだまだ来るぞ」

「了解ッス」


 宙を舞うパイプイスの数は、モモヤ達の攻撃でいったんは減る。

 しかし、撃ち落とされても、また新たなポルターガイストが憑いて浮かび上がることを繰り返していた。

 モモヤが弾倉を入れ替えた時、ブチンと、電源がつながった音がした。直後、耳をつんざくような甲高いハヴリングが大音量で響く。


 全員が視線をむけると、講段の机の上に、うっすらと人の輪郭が浮かび上がった。

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