第5話 震える人影
実習棟の一階の西側にはCG室やフォトスタジオがあった。
この二つの部屋は一階といっても半地下にある。
そのため一階の長い一直線の廊下の西端には、その半地下を行き来する小階段があった。
その建物の西側の出入り口も半地下部分にあった。
扉の外には灰皿が置かれていて、ちょっとした休憩スペースになっている。
いつも喫煙者禁煙者関係なく、学生や教員が集まる非常に賑やかな場所である。
そこで悦ひろは伊藤園のナタデココヨーグルトを片手にひとり一服していた。
西日がまぶしいけど、風が心地よい。
少しまったりできた。
ナタデココヨーグルトをグッと飲み干して、時計に目をやると16時。
キリがよかった。
さてと作業にもどるかな。
扉を開けて建物に入るも、やはり珍しく誰もいない。
そんな静まり返った廊下の先にある編集室に戻ろうと、半地下から一階へと戻る数段しかない階段をいつものようにタン!タン!タン!と一段飛ばしで上った。
そんな感じで最上段にたどり着いたときだった。
無人の廊下で何か気配を感じた。
一瞬だけ黒い人影が右側視界に入ってきた。
そのまま通り過ぎそうになるが、ん?と反射的に振り向く。
やはり誰もいない。
そこには勘違いするようなモノもなにも置かれていない。
一瞬だったが、何故かそれが三角頭巾をかぶったような頭の尖った全身黒ずくめの男が、壁際でうなだれてぶるぶると震えていたと認識しているのが不思議でならない。
はて?
小階段を数回行き来して検証を試みるも同じような錯覚は現象として確認することができなかった。
気のせいだといいな。
いや気のせいだとしても何か嫌なモノを見てしまった。
まぁいっか。見てしまったモノはしょうがない。
気のせい気のせい。
と思うことにして、スタスタと編集室に向かった。
編集室の席について、作業をはじめて間もなくだった。
茶髪、柄シャツ姿のヤンキーっぽい風貌であるタツが悦ひろのところに駆け込んできた。
「エツさん!!!今、俺変なの見たんですよ!!!」
「えっ?なになに?」
「あのCG室のところの階段で…」
「もしかして黒い人影でもみた?」
「そうです!っていうか、なんで知ってるんですか?」
「いや、さっき俺も一瞬みえたような気がしてたんだよね。気のせいかと思ってた」
「俺も一瞬だったんですけど、振り返るともういなくて、ネズミ男みたいに頭尖ってて…」
「そうそうKKKみたいに尖ってた!しかも頭もたげてブルブル震えてたよね?」
「震えてました…。なんだったんだろうあれは…」
「俺たちふたりが見たってことは、やっぱりなんかいたんだなぁ」
深刻な面持ちで話していると、間もなく金髪、ミニスカ姿のギャルっぽい風貌であるマナミが2人の元に走り寄ってきた。
「エツさ~ん!タツさ~ん!あの今取り込み中ですか?」
「なんか用?大丈夫だけど、俺たち心霊体験の話してて」
「えー!どういう話ですかソレ?」
「ついさっきなんだけど、黒い人影を目撃したっていう」
「ヤバいヤバいヤバい!それをたった今私が見たヤツだー!それを報告しにきたんですよー!!!」
「マジで?どこで?どんなのだった?」
「階段のところで、頭のない黒い影が、フルフルしてるのが見えて、振り返るとなにもなくて!!」
「!!!」
「………」
時計を確認すると16時10分。
10分間の出来事だった。
5分おきに、同じ場所で、表現の仕方は人それぞれだけど、ほぼ同じモノを見ていた。
悦ひろは背筋に悪寒が走った。
マナミはどうかわからないが、タツもおそらく同じ心境だろう。
顔を見合わせて相槌を打つと、3人は編集室を後にして現場に向かうことにした。
しかしながら、ひとり一回しかみることのできないシステムなのか、誰もその人影を再確認することができなかった。
なので3人で現場検証を試みる。
まず
「この辺にいたよね?」
と悦ひろは最上段を指さした。
すると
「いや、俺はここで」
とタツは中段付近を、
「わたしは一番下でみました~!」
とマナミは階段下を指す。
「あれ?ということは少しずつ移動してるってこと?」
「エツさん、マジだ…」
「こわ~ふるふる!!」
「それにしてもスピード遅いよね。その進み具合からすると、今16時15分だから、まだこの辺にいてもおかしくはないよね?」
「あっ………」
「ふるふる………」
悦ひろは余計なことを言ってしまったようだ。
こんなことがあり得るのだろうか?
しかし完全に3人の目撃情報は合致していた。
仮にもし3人の何かを見間違えていたという同時多発の偶然だったとしても気味が悪い。
何か得体の知れない震える人影。
一体なんだったのだろうか?
幽霊か?妖怪か?死神か?
何かの暗示か?
ただひとつ言えることがある。
黒い影にはあまりいい噂がないことだ。
なにも起こらなければいいが。と悦ひろはそこはかとなく思った。
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