第3話 喋り声
ボソボソッ、ボソボソッ…。
人の喋り声。
喋り声とわかっても内容は聞き取れないほどのボリューム。
今日は珍しく隣が騒がしい。
いや、小声だから騒がしいわけではないか。
このはっきりしない篭った話声。
いずいというか、なんというか。
でも、気にも止めるまでもない。
隣の部屋がヤンキーの溜まり場となって、毎日騒音に悩まされたあの日々を思い出せば、悦ひろにとってはたかがしれていた。
しかし、それが早朝から夕方まで延々と一定のトーンで続くと別な意味で異常な感じがした。
隣、大丈夫か?
失礼ながら気になって、壁に耳を当ててみる。
…なにも聞こえない…。
壁の向こうではない…。
では、いったいこの喋り声は?
耳を澄ます、神経を研ぎ澄ます。
ヒソヒソヒソヒソヒソ…。
すぐ近くから聞こえる…。
部屋の中だ…。
壁際の床に置かれた一台のラジカセからだった。
もともと音質は良くなかったが、アンテナが折れてしまって以降はラジオの電波受信もままならなかったので使わなくなったラジカセ。
ただカセットテープの機能があったので捨てるのをためらっていたラジカセ。
それからラジオが流れている。
なんだ!朝からの声の正体はこれだったか!
きっと足かなんかが当たった弾みで押ささったのだろう。
カチッ!
ラジオの電源ボタンを押すと、朝から隣人の会話だと思っていた喋り声はピタリと止まった。
あっけなく解決した。
こんなことなら、もっと早く探しておけばよかった。
騒音としてはたかが知れていたが、不快は不快だったから。
気を取り直してテレビをみながら、夕飯を食べる。
ボソボソッ、ボソボソッ…。
テレビの音に紛れて再び喋り声がかすかに聴こえた気がした。
テレビを消してみる。
壁際の床からだ。
あのラジカセからだ。
ラジカセに歩み寄る。
ヒソヒソヒソヒソヒソ…。
やはりラジオの電源ボタンが押されていて、聞き取れないほどの話声が流れていた。
おかしいな。
さっき押したときは確かにオフだった。
それからは近寄ってすらいない。
それに手動タイプのラジカセだから遠隔操作はできない。
そもそもリモコンなど存在しない。
いつ、ついた?
ボタンが、壊れているのかな?
ラジオの電源ボタンを押してみる。
勝手に動くことはなさそうな確かな弾力。
カチッ!
そしてやはり音は止んだ。
どうやって、ついた?
その瞬間を拝見したい。
としばらく様子を伺うが、眺めていても一向にラジオはつかなかった。
やっぱり故障かな?
では、いったいどこが壊れてるんだ?
と確認のためにラジカセ本体をよいしょと持ち上げる。
その瞬間、だらんと垂れる電源コード。
あれ?
そもそもコンセント入ってないじゃん…。
嫌な予感がして裏面の蓋を開けてみる。
電池も入ってない…。
原因は不明。
怪異に認定。
悦ひろは気味が悪くなって反射的にアパートのゴミ捨て場へと向かった。
翌日。
ちゃんと業者が、持って行ってくれたかどうかが、気になってゴミ捨て場を覗いてみる。
ちょうど電化製品ゴミの収集日だったようで、ラジカセは既に無かった。
よかった。
…いや、ちょっと待てよ。
ほっとしたのもつかの間、ひとつの疑問が浮かんだ。
あの喋り声をよく聞いてみるべきだったかもしれない。
固定概念でラジオ番組だと勝手に思っていたけれど、その確認はしていない。
ほんとはいったいなにが流れていたんだろか?
あれは死者…霊界からの喋り声だったかもしれない。
だとするとエジソン、丹波哲郎が開発しようとした霊界通信機的なレアアイテムだぞあれは…。
非常に惜しいことをしてしまったかもしれない。
と確証のない憶測だけで何故かこみ上げる後悔の念。
今となっては、真実は藪の中。
それにしてもまたまた不思議な体験をしたもんだ。
悦ひろの不思議体験アンビリバボーはまだまだ続くのであった。
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