第2話 寝台列車
22時。
なまぬるい風が漂う札幌駅のホーム。
寝台急行は青森駅へと向かって動き出した。
開放型の寝台車両。
幸い乗客が少ないようで相席にはならなかった。
一部屋に四人分の2段ベッドが並ぶが、ひとりならば貸切状態。
個室も同然。
これで人の目を気にせず、のびのびといられる。
窓外の夜景を愉しむのもいいけど、せっかくの寝台。
早速、壁に背、窓に頭を向けて、横向きとなって寝そべった。
ガタンゴトンと規則的な振動が揺りかごのようで心地よくて、まどろんでいるうちに悦ひろは深い眠りについた。
どれくらい眠っていただろうか?
異様な喉の渇きを訴えて、ふと目が覚める。
窓際のテーブルに置いたはずのお茶に手を伸ばそうとするも手が届かない。
いや、手が動かなかった。
上体を起こそうとするもビクともしない。
金縛りにかかっていた。
コツ、コツ、コツとハイヒールのような硬い音が鳴り響いている。
こんなときに限って通路の奥の方から人が歩いてくる。
ただの足音なのに良くない想像が膨らんでくる。
早く通り過ぎて欲しい一心だった。
しかし、その願いは虚しく、足音は悦ひろの部屋の前でピタリと止んだ。
まさか、これは…。
コツ、コツ、コツ、コツ。
足音は再開し、部屋へと入ってきた。
そして悦ひろの耳元で止まった。
悪い予感が的中した。
必死にもがくが、全く力が入らない。
やはり身体が動かない。
そんな中、悦ひろは不覚にも目を開いてしまった。
あっ、いる…。
赤いハイヒールを履いた青白い女性の足がそこにはあった。
こんなこともあろうかと念仏を……暗記しているわけがない。
どうせならば夢の延長にある幻聴と幻覚であってほしい。
微動だにしない赤いハイヒールの女。
具体的になにかをされているわけじゃないけれど不気味でならない。
そんな絶望的な状況ではあったが、悦ひろはなんとなく女の顔を見たくなった。
全身全霊を傾けて、女の顔の方へと首を回転させて見上げようとする。
するとその瞬間、金縛りが嘘のように解けた。
と同時に目の前にいたはずの赤いハイヒールの女も消えていた。
「(なんかよくわからないけど)助かった…」
悦ひろが抱いた不純な好奇心に嫌気がさしたのだろうか?
とりあえず、すぐさま立ち上がり部屋と通路を見渡す。
何事もなかったような静かな車内。
カーテンロールをあげる。
窓外は明るくなっていた。
お茶を一気飲みして、落ち着かせる。
気がつけば背中が嫌な汗でびっしょりと濡れていた。
寝ぼけていたのか、心霊体験だったのかはわからない。
それにしても、足音が自分の前で止まるとか、赤いハイヒールの女だとか、既にありそうな不思議な話。
ドラマ「ほんとにあった怖い話」の一話に「赤いハイヒールの怪」ってタイトルがあっても違和感がない。
正直、恐怖心も残っていたが、我ながらよくできた怪談に遭遇したもんだと悦ひろは思った。
5時40分。
涼しい風が吹く青森駅のホーム。
今度は秋田駅へと向かう電車を待った。
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