第4章:電撃戦(後)

[1] 遭遇

 プリピャチ沼沢地帯の北方では、ドイツ軍の突破が最初の緒戦から急速な成功を収めていた。北方軍集団は第4装甲集団を先鋒にして、東プロイセンからニーメン河を渡って早くもリトアニア・ラトヴィアに侵攻した。

 北方軍集団と対峙する北西部正面軍(バルト特別軍管区より改組)司令官クズネツォーフ大将は西部正面軍のパヴロフとは異なり、対独戦は間近に迫ってきているという認識を持っていた。すでに6月18日には第11軍(モロゾフ中将)の狙撃師団に対し、国境付近に布陣するよう命令していた。

 だが、北方軍集団の侵攻が開始されると、戦況は南翼の西部正面軍とさして変わらなかった。通信網は各地で寸断され、指揮系統を完全に乱された各軍司令部(北から第8軍・第27軍・第11軍)は無線や電話で断片的に伝えられる情報を基に前線の状況を把握しなければならなくなった。

 6月22日夕刻、第56装甲軍団(マンシュタイン大将)はアリョーガラ付近で、ソ連第8軍(ソベンニコフ少将)の防御陣地を突破し、最初の障壁であるドゥビサ河を渡った。その後は小規模な反撃に遭遇しながらも、第56装甲軍団は1日に約70キロという驚異的な速さで進撃した。マンシュタイン自身が、この「猛烈な進撃は装甲部隊指揮官としての夢の実現だった」と記すほどであった。

 時を同じくして、クレムリンが発令した「指令第3号」が北西部正面軍司令部に伝達された。クズネツォーフは第11軍の第3機械化軍団(クルキン少将)と第8軍の第12機械化軍団(シェストパロフ少将)に反撃を命じた。しかし、これらの部隊は国境から50キロ離れた陣地に散開した状態にあり、兵力を分散させて攻撃せざるを得なかった。

 6月23日、第12機械化軍団の第28戦車師団(チェルニャホフスキー大佐)がシャウリャイ街道上のケルメで、第18軍の2個歩兵師団に襲いかかった。しかし、北方軍集団の対戦車砲によって装甲の薄い旧式戦車を次々と撃破され、大半の戦車を喪失した第28戦車師団は北へと敗走した。

 6月24日、第41装甲軍団(ラインハルト大将)はロッシェニエ付近で、ソ連第3機械化軍団の第2戦車師団(ソリャンキン少将)と第48狙撃師団(ボグダーノフ少将)の残存兵による大規模な反撃に遭遇した。

 このとき、第2戦車師団に所属するKV1、KV2やT34が少数ながら初めてドイツ軍の前に登場した。T34やKV1はドイツ軍の主力戦車の装備砲や歩兵部隊に配備されている対戦車砲の砲弾をことごとく跳ね返して、第41装甲軍団を一時的にパニックに陥れた。

 第41装甲軍団の装甲部隊は機動力を生かした接近戦で対抗した。稚拙な協同運用しかできない第2戦車師団は燃料や弾薬の欠乏も重なり、同月26日の早朝には壊滅してしまった。時を同じくして、第56装甲軍団が作戦の第1目標であるドヴィンスクに到達していたのである。

 レニングラードの占領を最終目標とする北方軍集団にとって、最大の障壁となるのが国境から約250キロの周辺を流れる西ドヴィナ河であった。大規模な軍隊の補給路として使用できる橋梁がリガとドヴィンスクの2か所にあり、特にドヴィンスクはレニングラードを最短距離で狙える位置にあった。ドヴィンスクにおける橋頭堡の奪取は至上命令とされたため、「ブランデンブルク」特殊連隊から工作隊が編成された。工作隊は四両のソ連製トラックに分乗し、ドヴィンスクに向かった。

 6月26日、ドヴィンスクの西ドヴィナ河を渡る道路橋に「ブランデンブルク」特殊連隊の工作隊が迫った。ソ連軍の制服を着た工作隊の隊員たちは友軍だと思って油断したソ連軍の兵士を機銃でなぎ倒し、橋に仕掛けられた爆薬を取り外した。その後、第56装甲軍団の第8装甲師団が砲撃を加えながら橋を渡って対岸に進出し、最初の橋頭堡を築くことに成功した。

 6月28日、モスクワの「総司令部」は戦略予備から第21機械化軍団(レリュウシェンコ少将)を前線に投入し、ドヴィンスクのドイツ軍橋頭堡を排除するよう命じた。この反撃に対し、第56装甲軍団は必死に応戦して第21機械化軍団の波状攻勢を何度も押し返した。燃料と弾薬を使い果たした第21機械化軍団は大きな損害を被って退却に転じた。

 このように北方軍集団はわずか4日にして、レニングラードまでの約750キロの道のりのうち約3分の1を踏破することに成功した。装甲部隊はドヴィンスクの橋頭堡からさらなる東進を続けようとしたが、後続の補給部隊が装甲部隊の目覚しい速さに付いて行けず、先鋒部隊は7月2日まで攻撃の停止を余儀なくされた。この間にもソ連空軍は果敢な反撃を繰り返したが、ドヴィンスクの橋頭堡は無傷のまま残された。

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