第20話 春の世
この頃には七人衆の議論というものは存在せず、続宗が口を開くのを他の七人衆が聞き、裁可を下すというものになっていた。続宗には紹春ほどの器量がないことは皆分かっていたが、しかし誰しもが続宗の背後に紹春の影を見、その存在に恐れおののいているのであった。
最早、能登畠山家は温井一族に乗っ取られたと見てもよかった。七人衆として新たに加わった畠山義綱の側近「飯川光誠」もこの惨状に唖然とする他なかった。
(これは最早畠山家ではない、能登全体が温井家のようなものではないか)
かといって誰に止められるわけでもなかった、軍事、政治で抜きに出た実力を持つ温井家に挑戦しようという者など現れないのである。光誠自身も下手な行動はとれない、一歩判断を間違えば即座に潰されるかもしれないのだ。
この第二次七人衆の会議には時々紹春も参加した。議論に加わるわけではなく、遠巻きに見てるだけなのだが、それでも他の七人衆にとってはプレッシャー以外の何物でもなく、下手な発言一つできないのである。それどころか積極的に畠山家よりも温井家に忠誠を誓っているところを見せなければどうなるか分からないのだ。
当の温井紹春はというと、笑っていた。無論「心の中で」ではあるが。
可笑しくて仕方が無いのである。
ずっと忠義面をして畠山家を支えてきた面々が、温井家が力をもつと途端に擦り寄ってきて子犬みたいに靴を舐め尻尾を振るのである。
温井家は元々が能登の国人であり、畠山の先祖代々の家来というわけではなかった。そのため家格は低かった、しかし紹春の父と紹春により温井家は大いに繁栄し現在にいたるのである。その時代の苦労を思えば夢のようある今の状況を確認しに無駄に会議に参加しこの様を眺めていたいのである。
この日も紹春はそんな七人衆の寄り合いを眺めようと会議に参加し、遠巻きに眺めていたのであったが==
「して、伊丹殿の件でござるが」
(ん?何のことじゃ?)
「ああ、あれならば御自身のみであたうという話でしたので、良きようにと話ておきました」
「そうでありましたか、では次の議題に入りまする」
この頃になると家の仕事の半分は嫡男の続宗にまかせており紹春も知らない話が多かった
「待て」
一同ビクッとなった、七人衆の寄り合いで普段喋らない紹春が喋った為である
「なんじゃ今のは」
「はっ・・・今のとは?」
「ほれ、伊丹殿がどうしたとか」
「ああ、加賀の一向宗と富樫殿の件でしてな、父上に以前お話したことがあったと思うのですが・・・」
(何の話であったかのう?)
「一向門徒が守護の富樫の傍流のなにがしとかいうのを伊丹殿がかくまったとして訴状が届いていた件です」
「おうおう、思い出した、確かにそんな話があったのう」
「して結局伊丹殿が一向宗に富樫殿を引き渡すことに決まったとのこと、それだけの話にござる」
(なんじゃ、何でもない話じゃったな)
「うむ、御一同、話の腰を折って悪かった、寄り合いの続きをなされよ」
「はっ」
続宗がここで一同をリラックスさせようと、少し笑いをとった
「しかし伊丹殿も何も兵を引き連れにいかなくても良かったのにのぉ、まるで小鹿の如き肝の小ささよ」
「ははははは」
「なに?」
また紹春が口をはさむ
「父上、まだ何か?」
「今の話で伊丹殿がなぜ兵をひきいる事になる?」
「はぁ、何でも“ただ富樫殿を引き渡すのでは伊丹家が一向宗を恐れていると映り武士の面目に関わる”というので“強大な軍でもって伊丹家を大きくみせ引き渡しを行いたい”と申しておりました」
(ん??ん??なんじゃこの違和感・・・)
「して…伊丹殿はいずこに?」
「そろそろ加賀に富樫殿をつれて到着するのではないかと」
「・・・兵の数はいかほどじゃ?」
「は?」
「兵の数はいかほどじゃと聞いておる!!」
「物見の話では700ほどと」
パチーーーン!!!!
その瞬間、七尾城内に紹春が続宗の頬を平手で打つ音が鳴り響いた、続宗はわけがわからず父の方を見ると、紹春の顔は真っ赤に膨れ上がっていた。
「其の方気は確かか!!700といえば伊丹家の全軍ではないか!!全軍で引き渡しに行く阿呆がどこにおる!!!!!」
ここで七人衆の一同が「ハッ」となった。
確かに、たかが少し大きく見せたい程度で自家の総動員できる兵全てを連れていくなど尋常の沙汰ではない。全軍動かすのは戦の時のみ・・・。
そこにタイミングよく伝令が割って入ってくる。
「一大事にございます!加賀より雲のような大軍が能登を目指し進軍中!!」
七人衆の緊張が極限まで上がるのがわかった、その中、温井紹春はゆっくりと口をあける。
「して総大将は誰ぞ?」
伝令はしばし考え込んで、そして気づいたように言う・・・。
「あれは・・・遊佐の旗、遊佐の旗にございました!!」
「・・・阿呆せがれか」
これが後に「大槻・一宮の合戦」と言われる戦のはじまりだった。
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