第5話 遊佐の相続

「隠居せよ・・・じゃと?」


「某の方からは何とも・・・全てその書状の通りにござる」


続光は声をひそめて隣室でのやりとりを聞いている。

上座に座るのは畠山義続の名代の「飯川光誠いいかわみつまさ」、下座に座るのは続光の父遊佐総光である。この日、飯川光誠は守護畠山義続の書状をたずさえて遊佐宗家の居城に訪れていた。


「某が聞いていたのは義総様から義続様に畠山が代替わりしたゆえ、義総様に大恩ある遊佐殿も嫡男殿に全てをまかせ仏門に入り心穏やかに過ごされるのがよいのではないか・・・という話のみにござる」


総光が鬼の形相で光誠を睨みつけると、光誠がその表情をまったく意に介せず言葉を続ける。


「我が飯川家もこの命により代替わりしたばかりにござる」


「だからおぬしのようなヒヨッコが守護殿の名代などといいこの城まできたわけか」


「して返答やいかに」


「返答いたしかねる!!」


隣室で聞き耳をたてていた続光は怒りに震えた


(何が心穏やかにじゃ!!、これは遊佐宗家の権威を削り取るための策ではないか!!)


続光は襖を思いきりあけ光誠を斬りつけたい衝動に駆られた


「今日、返事をもらえぬのであれば、またの機会にいたします、ただあまり長くはなられぬようお願い致します」


そう言うと光誠は上座から立ち上がり退出しようと襖に手をかけた、そして思い出すように総光に言った。



「実はここだけの話、先日の駿河殿の乱にて遊佐殿に逆心の嫌疑がかけられております」



(?????なんじゃと???)


「身辺の証たてられるのがよろしいかと存ずる。では、良い返答を期待していますぞ」


そう言い残すと飯川はそそくさと七尾城に帰ってしまった。



「続光、おるか」


「はっ、ここに」


「・・・」


「・・・」


「どう思った?」


「守護様か温井殿、どちらかの策かと」


「うむ、恐らく温井の方であろうな」


「父上はどうするおつもりで・・・」


「・・・」


「・・・」


「隠居する」


「父上!!」


「他にどうすればよい!!ワシが隠居せなんだら温井に遊佐討伐の絶好の機会を与えることになろう」


「守護様に弁明すれば良いではありませんか!!駿河殿の乱に当家は一切関わっていないと」


「よいか続光・・・仮にこれが温井の策であるとする、ならば書状が畠山から来たのはなにゆえじゃ?温井は既に義続殿を抱き込んでいるという証ではないか?」


「ぐつ!」


「それに畠山の代替わりのついでに遊佐も代替わりせよ、との命に対し、逆心の弁明に行くのは甚だおかしい、それこそ逆心を抱いていた証拠と扱われるやもしれぬ・・・この策・・・恐ろしい程に巧妙な策じゃ・・・恐らく駿河殿の挙兵を直前まで誰も知らなかったのも温井の策なのであろう」


「どういう事にございます?」


「対外的な窓口として温井は長年義総様の為に働いておった、つまりその時に培った隣国との縁があるゆえ諸国の情勢を最も手にしやすかったのは温井なのじゃ、義総様の外交はその情報に支えられておった、ゆえに我が能登は30年外交で火の粉をかぶってこなかったのじゃ、その温井が此度の乱だけは関知できなかったのは如何にも奇怪じゃ」


「・・・」


「分からぬか?直前まで情報を伏せる事で当家は軍を出す間が無かったではないか、恐らく当家に逆心の嫌疑をかける為の策だったのであろう」


「それをそのまま温井の武威を見せつける場にもしたと」


「うむ、そういう事じゃ」


「・・・」


「・・・」



結局総光は隠居し名を早雲と改め、仏門に入ることになる。こうして遊佐家はまだ21歳の続光へ家督を継がせ代替わりすることになった。



能登を駆け抜ける風雲児「遊佐続光」がついに歴史の表舞台に登場した瞬間であった。

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