F⑤
「これを使えば、私も変身出来ちゃうの?」
素朴な疑問を口にしながら、小春は喉を掻き切るように
何も起きない。
忠実に梅宮改の真似をしたはずなのに。
「小春ちゃんにも〈
「はつげんりょく……? コズミックエナジーとか魔力とかじゃないの?」
「〈
梅宮改は
「全ての生き物は『生きてるって証明』を内包しちゃってる。んで、俺たちはその証明を〈
「〈
小春は胸を押さえ、手の平に意識を集中させてみる。
肋骨の硬さとハイテンポの心音、それだけしか感じない。
「〈
「聞き入れてもらえなかったら?」
「生きちゃってられない」
即座に答えると、梅宮改は自分の首を絞め、目を閉じた。
声高に訴え掛けなければ命をも奪われるとは、この世界は本当にカミサマの支配下にあるらしい。
得体の知れない存在に命を握られている……。
そう思うと、どこからともなく影のような寒気が現れて、小春の背筋に取り
「この『生きてるって声』が〈
タイミングを見計らっていたのか、解説が終わると同時に「魅せられて」が最高潮に達する。ミケランジェロさんが盛大にストールを広げると、すかさず梅宮改が合いの手を入れた。
「待ってました!」
宇宙を
間違いない。
小春は今までの人生の中で、一番スペクタクルな会話をしている。
ではなぜ室内のムードがTOKYO MXのキラーコンテンツ、「おママ対抗歌合戦」なのか。
玉の汗を散らしに散らすパフォーマンスを見る限り、ミケランジェロさんはマジでガチで本気だ。小春の緊張を
何かだんだん、小春は
「で、結局、私に
「ああ、ムリムリ。人間は〈
「人間に〈
引っ掛かった部分をそのまま口に出しながら、小春は梅宮改を点検してみる。
尾、
角、
ない。
股間の作りに違いはあるが、胴体+四肢+頭と言う基本構造は自分と一緒だ。この造型で人間じゃないと言い張るのは無理がある。
「何でお前は使えんだよ」
「俺はここにドラゴン飼ってるの」
セクハラ親父のようにほくそ笑むと、奴は指輪をはめた手を下腹部にかざした。そこが自分で言う通りのドラゴンかはともかく、神聖な
「他に質問は、探偵さん?」
質問を促す発言とは裏腹、奴はタイミングを外すように卓上へ視線を移す。用心深い奴は更にグラスを取り、答えを返す口にトマトジュースを含んだ。
出端を
もう少し〈
「お前たちは結局何者なの? 何が目的?」
乱暴に言ってしまえば、〈
「
「『人間さん』ねえ……」
外野席から眺めているような物言いは気になるが、ひとまず佳世の安全に付いては心配要らないだろう。
奴が高価な服を買えるのにも、納得が行った。
怪獣退治は命懸けの仕事だ。「ウルトラマンレオ」に登場した
「じゃあ、ミケランジェロさんと繁華街を歩いてたのは?」
「事件の調査」
「視聴覚室で抱き合ってた、ってのは?」
「スープレックスの一秒前。あの後、テーブルが新品に替わったの気付かなかった?」
ミケランジェロさんとの不純異性交遊→まじめに怪事件を調べてた。
未亡人のツバメ→命懸けの仕事で正当に賃金を得ている。
佳世に突き付けるはずだった青写真が、二枚とも幻になってしまった小春は、徒労感のあまり深く
「……せめて付き合っててくれてたらなあ」
「アタイが誰の女だって♪」
ならず者らしく地獄耳なのか、小春が小声でボヤいた瞬間、熱唱を終えたばかりのミケランジェロさんがマイクを床に叩き付ける。一分前まで妖艶なジュディ・オングだったお人が、すっかり血に飢えたレスラーになってしまった。
今思えば、ストールを広げるために両腕を伸ばした姿が、一九九九年一.四.東京ドーム大会、
「ミケランジェロさん、目を覚まして下さい。所詮は発情した小娘のざれ言ですよ」
やんわりと
「おうっ♪ あら
心の友よ! とばかりに賞賛すると、リサイタル終わりで汗だくになっていた暴走王は、一息にビールを飲み干す。彼女の額に浮いていた青筋が引っ込み、入れ替わりにご機嫌なゲップが出た。
「……梅宮、これがお前のやり方か」
低い声で怒りと不満を表明し、小春は奴を睨み付ける。
発情期呼ばわりは話をはぐらかし、暴走王が失礼な発言に対して、STOで応えるのを防ぐためだったのかも知れない。だが今はむしろ彼女に頼んで、自分ごと梅宮改を刈ってもらいたい気分だ。
世界を守っている方々にとっては、佳世の初恋なんて取るに足らない話だろう。だが小春にしてみれば、世界が崩壊するかどうかの瀬戸際なのだ。
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