フィギュア④レッグロック

「俺たちはそのカミサマを、〈黄金律おうごんりつ〉って呼んじゃってる」

「で、そのカミサマが実在するとして……」

「お、信じてくれちゃう?」

 愉快そうに訊き、梅宮改は身を乗り出す。

「あくまで実在するとして、だ!」

 怒鳴るように強調すると、小春はメニュー表を盾にし、目と鼻の先まで来ていた奴の顔を押し返した。


「そのカミサマと石ノ森いしのもり先生ライクな世界観がどう結び付くの?」

「まあまあ慌てなさんな」

 小春をなだめた梅宮改は、テーブルからポテチをつまみ取り、ひらひら振る。

「カミサマって言っても、全知全能の超越者じゃない。賽銭ドロしてもバチは当てないし、二四時間お祈りしても、年末ジャンボで億万長者になったりはしない」

 この一言には、小春も無条件に頷けた。

 仏罰ぶつばつやら神罰しんばつがあるなら、御神木をたきぎにしたミケランジェロさんが五体満足でいるわけがない。それにいい加減、どっかのスケコマシに隕石の一発くらいお見舞いされているはずだ。


「〈黄金律おうごんりつ〉は単なる世界の進行役で、結果を算出するだけの計算機。人やものが行動を起こす度に、物理法則通りの結果を導き出しちゃってる」

 梅宮改は親指を立て、アンパイアのように見せ付ける。

「万物は〈黄金律おうごんりつ〉のジャッジ通りに動いてる。こうしてミケランジェロさんのすっばらしい歌声が響いちゃうのも、振動とか声帯の仕組みとかを〈黄金律おうごんりつ〉が審議して、『音が鳴る』って判定を下してるからなんだ」


「世界を動かしてる、か。確かに『カミサマ』だね」

「や~っと信じてくれたんだ」

 感慨深げに漏らし、梅宮改は額の汗を拭う。

「その話がホントなら、だけど」

 最大までぬか喜びさせてやったところで、小春は素っ気なく言い放ち、奴をどん底に突き落としてやる。

「もう最近の子って疑り深くてやんなっちゃう」

 まんまと普通に否定される以上の落胆を味わった奴は、力なく首を左右に振った。


「ともかく俺たちはその偉大なカミサマを騙して、望む現象を引き起こしちゃってる」

「カミサマを騙すと、願いが叶えられる?」

「言ったっしょ、この世界じゃカミサマが審判だって。誰も裁定には逆らえない。命令されたら従うしかないんだ。明らかにビデオ判定が必要な状況だったりしちゃってもね」

「カラカラに乾いた砂漠でも、カミサマがゴーサインを出せば雨が降るってこと?」

「よく出来ました」

 保父さんのように包容力溢れる微笑みで誉めると、梅宮改は小皿の落花生を小春の前に積み上げた。保父の正体が猿回しなのは小春にも判った。


「俺たちの業界じゃ、この技術を〈詐術さじゅつ〉って呼んでる」

「はいはい、判った、判りましたよ」

 ヨタ話に呆れ果てた小春は、投げやりに手を叩く。

 カミサマを騙せば、思い通りの現象を引き起こせる?

 馬鹿馬鹿しい。

 デタラメ吐くだけで願いが叶うなら、年間三万人も自殺者は出ない。


「お前がなかなかのストーリーテラーだってのは認めてやる。でもね、私が聞きたいのは現実のお話。中学生レベルの妄想じゃない」

「そりゃ改ちゃん、二枚舌だったりしちゃうけど」

 ぬけぬけと言ってのけた奴は、ポテチを二枚くわえてアヒルのようにする。

「いい加減、まじめにやれ!」

 我慢も限界に達した小春は、梅宮改に突進し、鼻の頭に噛み付いてやろうとする。

「顔はやめてっ!」

 ファルセットな悲鳴が上がり、ポテチの二枚舌が奴の口に引っ込んだ。


「んじゃ、証拠を見せちゃう。じゃじゃーん!」

 昭和のテレビっぽい効果音を発すると、奴はポケットから何かを引っこ抜く。

 テーブルに置かれたのは、あのリモコン大の卒塔婆そとばだった。

「このDXデラックス的なおもちゃのどこが証拠なんだよ」

 安っぽい光沢に狙いを付け、小春は毒の混じった唾を吐く。

「いやぁ! ママンのくれたお誕生日プレゼントが!」

 慌てて卒塔婆そとばに飛び付いた梅宮改は、ハンカチで小春の唾を拭き始める。息を吹き掛け、丁寧に磨く姿を眺めていると、次第にコレジャナイ卒塔婆そとばが国宝の壷に見えて来た。本革のライダースを着こなし、JKはべらす梅宮改が、対象年齢三歳以上の品をこうも大切に扱うとは……。


「小春ちゃん、見なかった? 何もない場所から突然、骸骨の闘牛士さんが出て来たの」

「見た、けど……」

 現場を目撃した瞬間の絶句を再現するように、小春は言葉を詰まらせる。

 首輪に卒塔婆そとばを装填し、藤岡ふじおかひろし、なポーズを取った途端、ヒーローが実体化する?

 日曜の朝にしか許されない現象だ。

 金曜の夜にはあり得ない。

 目撃した時は見る目と認識する脳の間に、CGの関与を疑った。


「あれはね、この卒塔婆そとば〈ブックドレッダー〉の仕業。カミサマに『ある』って嘘を信じ込ませることで、本当は『ない』ものを実体化させちゃってる」

 嘘だ!

 一七年はぐくんできた常識が、小春の脳内でヒステリックにわめく。すんでのところで唇をすぼめ、小春は歯の裏側まで来ていた声を口の中に閉じ込めた。

 気持ちは判るが、小春は我が目で現場を見た。そして現実はリアルタイムだ。CGによる加工は追い付かない。

 では催眠術ならどうだ?

 何もかも幻だったとすれば、摩訶不思議な現象にも納得出来る。梅宮改が名うての催淫術師さいいんじゅつし――もとい催眠術師さいみんじゅつしなら、モテモテの実を食ったような色男ぶりにも説明が付く。

 いや、炎は肌をあぶり、土埃は喉をシクシク痛ませた。

 このレベルの催眠術が存在するなら、ヨタ話に匹敵する超常現象だ。


「持ってもいい?」

 許可をもらい、小春は手に卒塔婆そとばを乗せてみる。

 受話器以下の軽さ――中に闘牛士が収納されているとしたら、バーベル以上の重さになっているはずだ。第一、リモコン大の物体に着ぐるみを詰め込むなんて、これまた嘘=本当に比肩するサイエンスフィクションだ。

 悔しいが、小春の学歴では常識的な説明が思い浮かばない。

 しかし実体化しているとは言え、実際には「ない」物体で怪物をミンチに出来るのだろうか?

 いや、実在の真贋しんがんはどうあれ、カミサマは「ある」ものとして結果を算出する。本当に森羅万象がカミサマのジャッジ通りに動くなら、本物の銃と何ら変わらない現象を引き起こせるはずだ。


「要はアストロ卒塔婆そとばってこと?」

 既知の価値観への未練が、確認する声を濁らせる。

「あ~、や~っと信じてくれた~」

 心底疲れ切った様子で返し、梅宮改は深くソファにもたれ掛かる。いい機会だ。普段のオオカミ少年ぶりを存分に反省してもらいたい。


 理路整然と説明付けてみたものの、どうもすっきりしない小春は、もう一度卒塔婆そとばを観察してみる。

 田楽でんがくっぽく串刺しになった髑髏と野菜のレリーフ――。

 どっからどう見ても、クリスマス商戦の問題児だ。

 これが魔法の杖だと言うのだから、世の中判らない。

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