どーでもいい知識その⑨ 口封じには写真撮影(性的な意味で)

「で、どう記憶を味付けしちゃいます?」

 改はスマホをしまい、ミケランジェロさんにお伺いを立てる。

競艇場きょうていじょう帰りにしこたま呑んで、気付いたらゴミ捨て場で寝てたっつーのは?」

「そんな雑な真似するJK、この地球上にアンタだけです」


 特別製のフラッシュを浴びた被写体は、ショックで記憶を失う。どの程度忘れるかは、光源の出力や文章量次第。スマホなら平均三、四時間と言ったところだ。

 意識を失っている間に言い聞かせれば、偽の記憶を植え付けることも可能だ。

 朦朧もうろうとしているところに暗示を掛けると言う原理は、催眠術に近い。ただし威力は段違いだ。別の証拠隠滅と併用すれば、誰かとの思い出をそっくり消すことも出来る。

 とは言え、あまりに突拍子もない記憶だと違和感を生む。何かの拍子に真実を思い出すとも限らない。小春のキャラ、日常の振る舞いを考慮し、慎重に決める必要がある。


 後々余計な波風を立たせないように、改はひとまず小春を観察してみる。

 ツっていると言うか、意図的に吊り上げている目――。

 制服にパーカーとハーフパンツを合わせた活動的な服装――。

 図書室に日参にっさんするタイプではなさそうだ――が、馬券だの舟券を紙吹雪にするレベルの荒くれものではない。絶対ない。

 改めて考えると、改は悩んでしまう。

 小春のように活発そうな女子ほど、実はウブだ。九時過ぎに家族以外と出掛けた経験がなかったりする。男絡みのネタは使えない。


「意識を取り戻す前に、近所の本屋にでも運んじゃいましょうか」

 九時過ぎでも、本屋くらいには行くはずだ。「お父さんは心配症」に没頭していれば、半日くらいすぐに経つ。意識が戻った時に時間が経っていても、不自然には思わない。

 それなりにうまい方法を見付けた改は、善は急げと小春の背後に回り込む。運び出すために脇の下へ手を差し込むと、だらしなく開いた彼女の口がうめき声を漏らし始めた。あ……あ……と途切れ気味に漏れ出す音は、事切れる寸前の老人にそっくりだ。


「あにすんだ!」


 火の粉のぜる音を掻き消したのは、絶対に聞くはずのない金切り声だった。

 力なく垂れていた小春の手足が、急転直下、水揚げされた魚のように暴れ狂う。

「うえっ!?」

 予想外の事態に瀕した改は、世にも奇妙なガラモンソングを聞いたような悲鳴を上げ、大きく飛び退く。


「な、なに普通に喋っちゃってんの!?」

 驚愕のあまり声を上擦らせ、改は意味もなく小春の顔を指す。スマホのフラッシュを浴びたなら、最低一〇分は脳のブレーカーが上がらないはずだ。

「喋れるに決まってんだろ! いきなりフラッシュ焚きやがって! しょーぞーけんのしんがいだ! びーぴーおーに訴えてやる!」

 眩しそうに目を擦った小春は、改に掴み掛かる。


 ま・さ・か……。


 嫌な予感に駆られた改は、恐る恐る小春に質問してみる。

「小春ちゃん、さっき何見ちゃった?」

「アンタがレインボー造型企画的なスーツ着て、怪人と戦ってた」

「最近はブレンドマスターさんだったり……」

 最悪な予想が的中した落胆に脱力が加勢し、改を項垂うなだれさせていく。


「テメェ、何しくじってんだ♪」

 改を叱責し、ミケランジェロさんは首のない仏像をバットのように構える。返答には細心の注意を払わなければならない。目付きがガルベスだ。

「違っちゃいます! この子耐性があるんです、『ピカッ!』に」

「耐性だァ?」

 弁明を聞いたガルベスは怪訝そうに返し、逆さまの仏像を地面に叩き付けた。悪鬼もおののく毘沙門天びしゃもんてんに、ツームストーンパイルドライバーだ。


まれにそういう人がいちゃうらしいんです。いや~、本当に実在しちゃうとはなあ~」

 解説と言う名の保身を終えると、改は小春の頭を両手で挟み込み、鼻先まで引き寄せた。右、左と整体師のように彼女の首を動かし、肌つやから耳たぶのほくろまで観察する。

「じ、じろじろ見るな!」

 息を乱しながら叫ぶと、小春は改を突き飛ばした。男に接近されただけで酸素が薄くなるとは、やっぱり九時には帰る女子だ。

「……『ピカッ!』が効かねぇ、か♪」

 甘酸っぱい反応を見せる小春とは裏腹、ミケランジェロさんは釣り鐘の破片を拾い、すぐ捨てる。流石さすがに青銅で素人を殴るほどハードコアではない。記憶の前に脳味噌が飛んでしまう。


「ちっ、しょーがねーな♪」

 ――とか何とか口では面倒そうに言いながら、少女の精神を蹂躙する快感にほくそ笑んだミケランジェロさんは、慣れた様子で小春の両手首を引き絞る。状況を理解出来ずにきょとんとした小春が、足の浮く高さまで釣り上げられていく。

「ほら、さっさと済ませちまいな、アタイが押さえとくから♪ 写真の一枚でも撮っときゃ、金輪際こんりんざい話そうなんて気は起こさないはずだぜ♪」

 ハードコアどころか前科者の発想を聞いた小春は、声帯がどこかの誰かと混信したように、文脈の繋がらない悲鳴を上げ始めた。コサックダンスばりに空を蹴り、オークのように笑う前科者を振り払おうとしている。


「静かにしろ♪ 何も獲って喰おうってんじゃねぇんだ♪ 少し楽しませてもらうだけだよ♪ ほら、お前も早くシャバドゥビタッチして、このお嬢ちゃんをヒーヒー言わせちまいな♪」

 共犯者をチラ見したミケランジェロさんは、小春の太ももから足の付け根までをルパッチマジックタッチゴーする。

 恐怖が限界に達したのか、小春はぞわっとうなじを震わせたのを最後に、一切の抵抗をやめる。ぎゅっと目をつぶり、唇を噛み締める様子が痛々しい。


「割と取り返しの付かないことを勧める」

「今さらいい子ぶるなよ♪ 同じようなことをしてるじゃねぇか、常習的に♪」

 意味ありげに笑うミケランジェロさんを目にした小春は、慌ててがに股っぽく開いていた足を閉じる。過呼吸気味に白い息を乱射しながら、改を凝視する彼女の目は、今にも泣き出さんばかりに怯えきっていた。


「イヤっ! そんな目で見ないで!」

 いわれのない嫌疑を掛けられた改は、裏声で叫び、右手で胸を左手で股間を隠す。

「何らかの誤解があっちゃうみたいだけど、ちゃんと同意があったからね? 人妻の時も女教師の時も声優さんの時も。XVideosとか知らないよ」

 正当な釈明を行うほど、今までとは別のベクトルで小春の表情が歪んでいく。

 思春期の娘が、お父さんの入った後のお風呂を見る感じ――気のせいだと思いたい。


「脱がせ方が判らないとでも言うつもりか♪」

 ぎゃはは♪ と夜のお寺に轟いたのは、飯場はんばのオッサン的な爆笑。

 口を開いているのは、現役女子高生のミケランジェロさんだ。

「そりゃ片手でボタン外せちゃいますけどね。着付けも出来ちゃいますけどね、成人の日とか夏祭り対策に」

 清潔感一二〇㌫の自慢話で更に小春の顔を険しくしながら、改はミケランジェロさんに歩み寄る。囚われの小春を解放すると、彼女は迅速にウェットティッシュを出し、改の触れた手首を気が狂ったように拭き始めた。

「わあ懐かしい。バイ菌扱いされるのなんて、中学の時以来だったり」


「乙女のてーそーを奪おうとしやがって……!」

 羞恥からか興奮からか、小春は顔面を真っ赤にし、肩を震わせる。

「決めた! 月曜日、みんなに話してやる!」

 やっぱり不幸になる道を選んだ。

 頭に血が上るあまり、客観を見失っている。

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