どーでもいい知識その⑥ 秋ナスを嫁に食わさないのは優しさ
「シラタキって肉の近くに置いちゃいけないんだよ。お肉、硬くなっちゃうの」
すき焼きの掟を語ると、〈ダイホーン〉は空中に狙いを合わせた。月を指したレーザーポインターを追い、水牛の口から半透明のワイヤー〈アリアドネット〉が伸びる。
一本に
すかさず〈ダイホーン〉はハンマー投げのように回転し、空中の釣り鐘を三塁方向にブン投げる。ウリャァ! と
犠牲フライ調の放物線が向かった先は、本堂の真上。
慌てて「ファー!」と叫んだところで、建物がすたこら逃げ出すわけもない。
青銅製のコロニーに殴り込まれた屋根から、噴煙のごとく土埃が溢れ出し、粉々になった瓦が乱れ飛ぶ。べりべりと鈍い音を立てながら柱や
「……どうか心臓病とか
願いを口に出し、〈ダイホーン〉は潰れた本堂に祈りを捧げた。
合掌した拍子に、右手の水牛と網で繋がった釣り鐘が転がる。青銅のローラーがゴロゴロ前進すると、ただでさえ潰れていた本堂が真っ平らになった。もうヤンキーの上履きみたい。
惨状から目を背けると、〈ダイホーン〉は一本背負いのように網の根元を担ぎ上げた。
両腕に渾身の力を込め、踏ん張るために深く腰を落とす。準備が完了したところで早速釣り鐘を吊り上げていくと、突然目の前が真っ赤に染まった。
仮面の中に警報が鳴り響き、
力一杯歯を食いしばり、首に血管を浮かせ、〈ダイホーン〉は餓鬼に釣り鐘を投げ返す。
慌てて両腕を広げ、予想外の返球を受け止めようとする餓鬼だったが、ハエ対隕石だった。
釣り鐘が墜落した瞬間、ぷちっ! とクセになりそうな快音。
三〇〇人は入れるだろう境内をクレーターが横断し、震度七とも八とも付かない縦揺れが世界を震う。石畳の破片が
土埃が晴れるに従って警報が
「いい加減、いたちごっこはやめにしよっか」
吐き捨てた〈ダイホーン〉は、甲斐甲斐しく鐘の下に向かう大群を見据える。
ケリを着けると言えば必殺技だが、
物足りなさを押し殺しながら、右肩に刺さった突剣を抜き、水牛のそれと換える。
〝
電子音声を合図にクワガタさんがターバンを巻き、マハラジャ的に踊りだす。
「今日はファルセータでお開きだったり」
「ファルセータ」もまたフラメンコの用語で、ギタリストの独奏部分を指す。弦をかき鳴らす「ラスゲアード」に、薬指でギター表面の薄板を叩く「ゴルベ」――卓越した数々の技法が、熱情の漂う舞台にどこか詩的な切なさを加えていく場面だ。
とぉ……!
〈ダイホーン〉はバイオハザードな光景に狙いを合わせ、レーザーポインターで餓鬼の眉間を照らした。引き金を引いた瞬間、水牛の喉がぐびりと波打ち、口から突き出た突剣がミサイルを吐き出す。
紫の弾体はヘタ型のブースターから白煙を噴いているが、飛んではいない。
割りばしに酷似した四本足で、とことこ地面を蹴っている。
ミリタリーの「ミ」も蓋もない言い方をすれば、割りばしで四足歩行にしたナスだ。
「『秋ナス』は嫁に食わすな」って言うでしょ? あれ、色々解釈があるんだけど、その中に『秋のナスは身体を冷やしちゃうから、子供が出来にくくなる』って説がある」
先ほどまで賽銭箱だった残骸から、ナスのウシさんが跳躍し、釣り鐘に頭突きを見舞う。
閃光が〈ダイホーン〉の視界を塗るや、星々をローストせんばかりの爆炎。
激烈な突風が本堂を
「たっちゃん
お茶目に首を傾げながら、餓鬼、大群と銃口を往復させ、ナスを放ちまくる。
境内を舞台に始まったのは、ヌーを彷彿とさせる大移動。
四方八方から飛び交う衝撃波が石庭の砂利を巻き上げ、黒煙と共に空を濁らせていく。連続する爆音が軽快に身体を叩くと、日々のハッスルのせいで痛みの常駐している腰が少し軽くなった。マッサージ椅子に座ったみたい。
ちなみに「秋ナス……」には、「秋のナスって超うめぇ。嫁になんかぜってぇ食わさねぇぞ」と言う解釈もある。
そんな世の姑さん方も、水牛産直のナスなら是が非にでも食らわせたいだろう。たぶん、「嫁」がジョーズのクライマックスっぽく吹っ飛ぶ。
ある程度いたいけな小動物を火葬した〈ダイホーン〉は、バイザーのズーム機能、カブトガニを参考に開発された暗視能力を作動させ、状況を確認してみる。
〈ダイホーン〉のバイザーは中の人の瞳と合わせた位置に、カメラを内蔵している。その性能は人間の目と同程度で、視野も生身の時と変わらず一八〇度前後。人間の目にはないズームや暗視などの機能は、必要に応じて装着者が作動させなければならない。これは性能より仮面の自然な装着感を優先した結果で、他の五感にも同じことが言える。
肉色の絨毯を焼き払われた地面は、土の焦げ茶、石畳の灰色を取り戻していた。
参道の木々や境内を囲む藪は、小規模な山火事と言った有様。ハゲモグラが鋼のメンタルを持っていたとしても、心頭滅却で潜んでいられるレベルではない。
炎に包囲されてのぼせたか、夏場の農作業っぽく首にタオルを巻いたクワガタさんが、視界の端から扇風機を引っ張り出す。
モニター右上を見てみれば、スーツ内の状態を示す温度計が適温より五度近く高い。寒さに弱いはずの昆虫が涼を得ようとするわけだ。
仮面を着けているのも忘れて額を拭うと、〈ダイホーン〉はモニター左下、ウィンドウズのパチモンっぽいマークに視線を合わせた。
操作用のアイコンがデスクトップのように並ぶと同時に、イルカのそれを選択する。途端にクワガタさんがヘッドホンを装着し、背中からパラボラアンテナを引っ張り出した。
マントの表面がぼう……っと幽霊のように揺らめき、薄明かり――嘘で実体化した水面が浮かぶ。
何層にも折り畳まれ、マントを守っていたそれが展開を始めると、大胆に地面を透かす光が広がっていく。さながら湖を形成するがごとく、円状に地表を
優雅に
進路上の木や瓦礫にそれが当たると、対象物の大きさ、形に準じた逆波が〈ダイホーン〉に返る。その都度、ヘッドホンで波音を聞くクワガタさんがペンを動かし、モニター上に周辺の三次元図を描いていく。
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