どーでもいい知識その⑤ 闘牛士のマントは意外と重い
「知ってる? ウシって一回喰ったもん吐き戻すの。
返事がないのを承知で訊くと、〈ダイホーン〉は水牛の目に仕込まれたレーザーポインター〈ブルズアイ〉を本堂に向けた。
青く照らされた餓鬼は、瓦屋根を踏み砕きながら〈ダイホーン〉の目の前に飛び降り、キョンシーのように腕を伸ばす。
次の瞬間、
餓鬼の一部だったハゲモグラだ。
集中砲火に
手綱型の引き金を引いた瞬間、水牛の口から
いかなる時も金串をブッ放す鼻に対して、水牛の口は差し込んだ突剣に応じて機能を変える。
〈ダイホーン〉の右腿に刺さった〈センマインパクト〉を装填した場合は、散弾銃だ。金串より小振りな針を実体化し、前方一八〇度にまき散らす。
とぉ! とぉ!
広範囲に飛び散る
身体の一部であるハゲモグラを発射しているはずなのに、体積が減らない。それもそのはずだ。ベルト状に列を作った大群が、次から次へと餓鬼の
「ウシには四つの胃がある。センマイは三番目だったり」
こりもせずに突っ込んでくるミサイルを撃墜する傍ら、〈ダイホーン〉は餓鬼の足下に金串を叩き込む。
重く通る破砕音が奥歯に打ち付け、粉々になった石畳が
とぉ! と回転しながら器用に立ち上がった餓鬼は、石畳に爪を立て、地平線まで走破しそうなバックにブレーキを掛ける。昼と夜を行き来しているかのように、奴の足下を明滅させる火花。爪に削られ、粉塵と化した石畳が濃さを増すに従い、餓鬼のスピードが落ちていく。
半ば地面にしがみつくように停止した餓鬼は、息つく間もなく低く飛び、背後の枯れ木を蹴る。べりべり! と鈍く
冷たく光る爪を見た〈ダイホーン〉は、左手にマントを掛け、右腕を背中に回す。
闘牛士の世界では、左手で赤い布「ムレタ」を操る構えを「ナトゥラール」と呼ぶ。
ヒラヒラとした様子だけを見ると軽そうなムレタだが、実際のところ、その重さは五㌔を超える。考えてみれば当然の話で、普通の服のように軽かったら、自然に
闘牛士の世界にも
ただ餓鬼の場合、降り注がせたのは歓声ではなく鋭利な爪で、響かせたのは拍手ではなく風を裂く音だった。
頭上からの一撃をすかさずマントでスリップさせた〈ダイホーン〉は、続く餓鬼の出っ歯を水牛の角〈ダイソー〉で受けた。ピッケルのように尖ったそれを斜め上に切り払い、がら空きになった餓鬼の胴体に膝を叩き込む。
みぞおちを強打された餓鬼は
水牛の角で餓鬼の首根っこを挟み込むと、〈ダイホーン〉はくるぶしの推進器〈イカサマニューバ〉から圧縮空気を噴き出した。
ホルン型のノズルから膨れた白煙が、青くない
強すぎる推力のせいで小刻みに進路を変えられなくなった〈ダイホーン〉は、墓石の列を押し
霊園を突っ切り、境内に到達した〈ダイホーン〉は、
ゴーン! と鼓膜を重く痺れさせたのは、実に歳末な重低音。本堂の瓦屋根が一瞬浮き、激しく
「ジャマーダは済んじゃった。こっからはカンテとトケの出番だ」
「ジャマーダ」、「カンテ」、「トケ」、どれもフラメンコの用語だ。
「ジャマーダ」は「合図」。歌手や
対して「カンテ」は「歌」、「トケ」はギター演奏を指す。
一般にフラメンコと聞けば、スカートとカスタネットを駆使した舞いを連想する。だが意外なことに、その舞台には歌とギターが欠かせない。特に前者はフラメンコの起源だ。本場スペインで「フラメンコ」と言えば、まず歌を思い浮かべるほどだと言う。
フラメンコの歌い手は、女性の場合「カンタオーラ」、男性の場合は「カンタオール」と呼ばれる。地声を活かした独特の歌声は圧巻で、身体の芯を揺さ振るほどの力を持つ。
闘牛とフラメンコには類似点が多い。
例えば男の踊り子の衣装は、闘牛士の「
闘牛の所作を振り付けで再現する踊り子も少なくない。また一説によれば、闘牛士が「カポーテ」を振る動作は、スカートの裾を駆使した舞いに原形を見ると言う。
「カポーテ」とは表がピンク、裏が黄色のケープだ。闘牛の開始直後、
闘牛とフラメンコの相似は用語にも及ぶ。
決めポーズを意味する「デスプランテ」、区切りを指す「テルシオ」、喝采の掛け声「オーレ」も双方に使われる言葉だ。語源はアラビア語の「アラー」とされているが、真偽のほどは定かでない。
ちぃ!
号令を掛けると、大群は釣り鐘に激突した衝撃で破裂した餓鬼に急行し、修理を開始する。
ハゲモグラたちの蠢きに連動し、肉のドームと化した
逆関節の脚をぐぐ……っ! と縮めた餓鬼は、樹上のサルのように跳び上がり、ついでに釣り鐘を蹴っ飛ばす。
本堂をがたつかせる衝撃音、そして
天頂に大穴が空いたような風音が夜空をどよめかせ、境内の木々で就寝中だったカラスが我先に飛び立つ。
墓場は採石場状態、釣り鐘は無惨にもがれている――。
明日、和尚の血圧はどうなってしまうのだろう?
いや、悠長に他人の心配をしている場合ではない。
無難に避けるのもいいが、ビビった姿を見せるのも面白くない。ここはDQNらしく、気合の入ったところを見せてやることにしよう。
方針を定めた〈ダイホーン〉は、水牛の口から突剣を引き抜き、胸に刺さった
〝
陽気な電子音声を背にクワガタさんが回転し、
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