第23話
通された部屋には、すでに当時の本部の教育課部長がいらっしゃった。今のわたしのポジションよ。彼は険しい顔つきで、わたしを睨むのね。それから、分かったか、とだけ訊ねてきたの。
分かったか、ていうのは、どうして問題のない優秀な生徒をKクラスに送り、卒業を迎える前に本部へ所属させるのか、という意味だった。
もうあなたたちにも分かったかしら。つまり、戦争が起こっていたの。戦争には、アンジュが使われている。昔は違ったようだけれど、今はアンジュが主流ね。 ヤヨイ国との戦争だった。
正直、ヤヨイ国とは何度も戦争していたけれど、喧嘩っ早いわりに技術に雲泥の差があったから、ホノカはいつも快勝していたのね。負けるはずもなかった。危ないとさえ感じたこともなかったわ。だから、戦争がおこっても、ほんのわずかな痛手しか負わなかったの。
だけど、このときはそうじゃなかったみたい。
聞いた話によると、ヤヨイは今まで二つの勢力が対立していて、バラバラにホノカを攻めてきていたのだけれど、その対立していた両者が、なぜか共同してホノカを攻めてきた。その二つの勢力は、考え方も違ったし、何より代表者同士の仲も悪かったから、ホノカはその二つが手を取り合うなんて、考えもしていなかった。
完全に油断した結果だった。
ホノカの能力者は次々とやられていって、戦士が足りなくなってしまったの。だから、本部はKクラスに目をつけた。
Kクラスはさっきも言ったように、一般のクラスから完全に孤立していて、存在も知らないほどのものだったと思う。それに加えて、ほとんどの生徒が強力なアンジュを持ち、それを制御するような訓練をしている。おまけに従順な性格。戦士を補充するにはもってこいのクラスだった。
戦争は、主にアンジュの仕事。一般人を守るのがアンジュの仕事になっていたから、一般人は経済的な負担を背負う代わりに、日々の暮らしを保証されていた。アンジュはその逆ね。
そうやって成り立っているの。
だから、本部にいる能力者が戦争へ駆り出されるのは、言葉は良くないけれど、当然のこと。それを承知で本部へ就職するのだから、それについてはわたしも異論はなかった。
でも、Kクラスの生徒を、本人たちの意思とは裏腹に戦士にするのは、納得がいかなかった。
そうは言っても、これは国同士の戦いの話で、戦士が足りないと、ホノカは滅びてしまう。近隣諸国は自立しているものの、自分たちの国のことで手一杯。助けてくれやしなかった。だから、ホノカ国内でどうにかするのは、どうしても優秀な人材であるKクラスの生徒の協力が必要だ、と。それの一点張り。
わたしはもう、何も言えなくなった。アンジュ本部が滅びれば、もっと多くの犠牲を生むことになる。胸の痛い決断だったけれど、わたしはそうするしかなかったし、反対したところで、どうにもならなかったと思う。
けどね、それだけじゃなかったの。
Kクラスの十分に制御が出来る子たちは、ほとんど皆本部へ連れて行かれてしまって、残ったのは、制御がまだまだ出来ない子たちだった。
ああ、あなたがたの親は、戦争に出るには幼すぎて、制御ができていても彼らを出せ、とまではさすがの本部も言わなかった。
けれど、その制御があまり出来ない子たちを出せ、と言ってきたの。
わたしは、それは本部のためにもならない、とその生徒たちを守ろうとした。今まで送ってきた子たちのことは、百歩譲って納得できた。国のためだし、あれほど上手くアンジュを使いこなせるあの子たちなら、生存できる可能性が十分にあったから。だけど今回の子たちはそうじゃない。
その嘆願書は、読まれることなく、今も机の引き出しに眠っているのだけれど。というのもね、本部は警戒したわたしを、Kクラスの担任から降ろしたの。Kクラスというのは特別でね、担任と、ごく一部の先生しか関与出来ないことになっているから、わたしは土俵にも立てなくなってしまった。
あの子たちは結局、本部へと移籍させられたと風の噂で聞いたわ。
彼らがどのような扱いを受けたか、分かる?
一種の時限爆弾のような使われ方をしたのよ。強力なために制御しきれないアンジュを利用したの。彼らに興奮剤を飲ませて戦場に連れて行き、そこでアンジュを暴走させる。
もちろん、暴走したらもう自身では止められない。どうなったか、分かるわね。
「まだ聞きたい?」
今にも吐きそうだった。だが、ためらった末にようやく頷く。
「無理はしなくていいのよ。ここまで話しただけでも、Kクラスに所属する、ということを十分に理解してもらえたと思うから。それでも、聞きたい?」
「今のKクラスも、同じなのですか?」
「いいえ。今、現時点ではかろうじて昔の、わたしが担任していた家族のようなKクラスと同じにしている。その部分については、南先生のおかげね」
「でも……」
梓が何を言いたいか、わたしにも分かった。今日の出来事を見れば予想はつく。
また、いつ戦争が起きてもおかしくない、ということを。そして、そのとき、人員が不足すれば、またKクラスが犠牲になる、ということも。そこに所属する道を選んだ場合、どうなるかも。
だから千秋たちは、必死でわたしたちを守ろうとしてきたのだ。きっとそう。
銀が突然姿を消したのも、わたしたちを守ろうとしたからだ。能力の高いわたしたちは、戦争にでもなれば必ずかつてのKクラスの生徒たちのように、戦場へ引っ張り出される。それなら、そうなる前に、自分たちの代だけで処理しようとしていたのだろう。
「そうね。それなら、あと少しだけ話しましょう。Kクラスがもとに戻れた理由は、さっき南先生のおかげ、と言ったけれど、実はそれだけじゃないの」
戦争が思ったよりも長引いていたせいで、あなた方の親が本部へ移籍するように、という通達が来るのも時間の問題だったのね。そのとき、志穂ちゃんだったかしらね、言いだしたのは。
家族を守るには、Kクラスに残る必要がある、と言ったのよ。
本部へ移籍して、任務……ああ、戦場へ行くことや、関与することを任務と呼ぶの。移籍をしてから任務をする場合、普通クラスからKクラスに移籍しないといけない子たちが増える、ということに気が付いたのね。だから、彼女は、Kクラスがこなす任務と、本部の人たちがこなす任務を、完全に分けてくれ、と本部へ乗り込んでいった。つまり、Kクラスの全てを自分が担う代わりに、学校の他の生徒に手を出すな、という交渉したの。
彼女の能力は評判だったし、役割を全て果たすと啖呵を切ったわけだから、本部の人たちはそれなら、ということで承認した。出来るはずもない小娘の、一時的な気休めくらいの余裕はあったみたい。けど、本部は彼女を見くびっていたようね。
志穂ちゃん一人では厳しい、と判断して、信頼と能力が比例する早苗ちゃんと太希君に頼み、その三人でKクラスが担うはずの任務を一切引き受けた。おかげでKクラスに人数が補充されることも、抜けることもなかった。
任務平均生存率五十パーセントにも満たないものを、次々とこなしていった。危ない場面も多かったようだけれど、機転の利く頭と、野生の勘、そして能力の実力を使って乗り越えていた。だから、南先生は生徒時代に任務を行うことはなく育ってきた。
まあ、傷つく三人の背中を見て育っていたから、任務の惨さは十二分に理解していたでしょう。だから彼女らと同じ道を選んだ。
初恋の志穂ちゃんを追いかけただけなのかもしれないけれど……その話はまあ置いておきましょう。
そして今、南先生はかつてのわたしの役割を果たそうとしている。
わたしは果たせなかった、Kクラスを守る、ということをね。事実、あのときは志穂ちゃんたちに守ってもらったようなものだから、今度こそ、という思いが強いの。
二度と同じ悲劇を繰り返さないように。
そして、何の運命のいたずらか、あの子たちの子どもが、同じような目に合おうとしている。
渡君や的場君は、少しだけれど、幼い頃にKクラスに所属していてね。志穂ちゃんも早苗ちゃんも太希君も、二人をとっても可愛がっていたの。
三人が正式にこの学校を卒業するときに、この二人だけは普通のクラスへ編入させてほしい、とあらゆる危険な条件を呑んで、普通のクラスへ入れたくらい。
自分たちの就職は本部だと決まっていて、今後Kクラスに関与することは難しいと思ったからのことでしょうね。だから渡君も的場君も、三人にはとても思い入れがあるの。志穂ちゃんたちに自分たちは守ってもらったのだから、次の世代を守るのは自分たちの役目だと思ってる。ましてや恩ある三人の子どもだもの。
彼らがどれだけあなたたちを思うか、ほんの少しは理解できたかしら?
Kクラスに所属する、ということは、そういうことよ。本部に移籍させられないとしても、今のように国家間が不安定だと、もしあなたたちがKクラスへ身を置いた場合、任務を強制させられる日は遠くないと思いなさい。
「選ぶのは自由よ。あなたたちのね。渡君たちの意思も含めて、Kクラスに籍を置くことがどういうことか説明したつもりだけれど、何か足りないところはあったかしら?」
「いえ……十分すぎるほどです」
そう、ならよかった。間宮さんの口元が緩む。
「この場で決めなさいとは言わないけれど、今日中に決めてちょうだい。三人、いえ、四人だったわね。四人同じ道を歩んでも構わないし、それぞれの道を選んでも構わない。あなたたちの未来よ。渡君たちも一切口出しはしないこと。いいわね」
間宮さんは席を立ち、いたわるようにわたしの頭を撫でた。
「いいこと? あなたの母は勇敢だったけれど、その選択が必ずしも正解だったとは限らないわ。さっきも言ったけれど、物事には必ず表と裏があるの」
「わたし、どうしたら……」
「ごめんなさい。わたしが言ってあげられることは、もうないわ」
間宮さんが、悲しげに微笑む。
どこからか一枚の紙を取り出してくると、監禁、記憶の消去、Kクラス、という枠を設けペンを置いた。
「どの道を選ぼうと、先は真っ暗よ。全てがあなた次第。考えなさい。悔いが残っても、それでよかった、と思える道はどれか」
梓と棗にも一言ずつ声をかけると、千秋と渡さん、銀に目配せをし、ともに部屋を出て行った。
決まり次第、その紙に名前を書き、終われば隣の部屋に声をかけるように、とだけ言い残して。
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