第22話

「K、クラス……」


 向かいにいる梓と目が合う。先ほど説明のあったKクラス。今いる生活から離れ、アンジュ本部の監視下で生きる道だ。


「Kクラス、と言っても、少し特殊なケースになる。Kクラスは本来隔離されているものだけれど、君たちは現在のクラスに留まったまま、寮もそのままにする。というのも、何しろ急にクラスメートがいなくなれば、不審に思う子たちがいるからね。それを防ぐために、留まってもらう。ただし、所属はKクラスだ」

「Kクラスは、制御を覚えるところですよね。俺たちがKクラスへ行ったとして、罰としてずっと監視下に置かれ続ける、ということですか」


 棗の言葉に、南先生がじっと考えるように下を見たかと思えば、唸るように嘆息した。


「そこまで言っておいて本当のこと、言わないのはナンセンスね。南先生」

「ですが」

「まだ初恋を忘れられないの? 執念深くてストーカー気質な困った坊だこと」


 間宮さんはわざとらしくのけぞり、南先生を非難した。


「そういうわけでは」


 さすがに好き勝手を言われ、少し声を荒げるも、間宮さんに睨まれ口をつぐむ。


「わたしたちはね、臆病なの」


 赤ん坊にでも語りかけるように、ゆっくりと穏やかに間宮さんは話し始める。


「昔あったこと、いつまでも忘れられないの。この学校は、とっても素敵でしょう? でもね、物事には裏があるの。表があれば、必ず裏があるの。それをよく、覚えていなさい」

「それって、どういう」

「あなた、自分で話す?」


 南先生は小さく笑って首を横に振る。


「……いいわ。わたしが話しましょう。渡君、的場君、座りなさい。長くなるわ」


 間宮さんはしばし瞑目してから、静かに話し始めた。



 Kクラスは、さっき南先生が話したように、アンジュの制御が出来ない生徒に向けて作られた、特別クラスだったの。幼児部から高等部までの生徒、三十名くらいね。アンジュの暴走以外は、どの子も素直で聡明だったわ。

 ああ、暴走って言っても、何か予兆があってから起こることだから、暴走が始まるまでの数分間のうちに鎮静剤を与えたり、打ったりすれば、収まるものなの。実際に大きな事故になったりはしなかった。

 つまり、Kクラスはそのためのものなのね。監視下に置くのはそのためよ。制御を覚えたら普通のクラスに戻ってもいい、ということにもなっていたけれど、大半の子たちはKクラスに残ることを選んだ。

 後輩のもしも、のときにきちんと対処したりして、面倒がみれるために。


 ね? とっても優しい子たちでしょう?


 それに、暴走するほど強いアンジュを持っているというポテンシャルの高さ。

 それを制御出来るようになる、ということは、能力者としてとても優秀になる、ということよ。だからどの子も制御を覚えようと努力をして、その目は輝きに満ちていたわ。向上心で溢れていた。Kクラス全員が一体となっていて、まるで家族のように温かい場所だったと思う。


 ちなみに、その一員に、秋沢さん、立花君の母と、及川君の父がいたの。

 ふふ、驚いたでしょう? 秋沢さんの母である志穂ちゃんは、それはそれは元気いっぱいな子だったわ。おてんばがすぎるところは、立花君の母の早苗ちゃんがよくいなしてくれていた。及川君の父の太希君は二人より三つ年上だったけれど、志穂ちゃんには手を焼いていたわね。

 みんな、面白いことに今のあなたたちと同じアンジュよ。秋沢さんだけは父親の方のアンジュも継いだようだけれど。

 三人とも、能力は申し分がなかったし、制御だって、年相応に出来ていた。当時Kクラスの担任をしていたわたしが、どうしてKクラスに? と驚いたくらい。

 アンジュ学校の入学の際にはね、アンジュ本部、というところが事前にテストを行っているの。一種の入学テストだと思ってくれて構わないわ。それで、危険だと判断された子たちはKクラスへ配属するように、アンジュ学校側へ命令が下るようになっているの。


 三人とも入って来た時期は大体同じだったし、すぐに仲良くなったわ。けど、わたしとしては一度にそんなに多くKクラスへ来るのは初めてだったし、何の問題も見当たらない生徒たちだったから、てっきり本部のミスかと思って、何度も本部に問い合わせたの。

 返ってきた味気のない紙には、三名、みなKクラスだと。ただそれだけが書かれてあった。


 わたしはまだ納得がいかなかったけれど、三人ともいい子たちだったから、ちっともKクラスであることに不満を漏らしたりしなかったの。だからわたしも、こころのどこかでまあ、いっか、という気持ちがあったのだと思うわ。内輪ではなんでKクラスなの、とか話していたのかもしれないけれど。

 それでも、他の生徒から隔離されている、ということを除くと、居心地は良かったんじゃないかしら。毎日笑顔が絶えなかった。


 そのころからね。やけにKクラスへ配属される子が多くなった。


 初めのうちは、波が偶然高くなっただけだと思っていたの。多いときは一度に入るし、少ないときは少ないかったから。けれど、気が付けばKクラスの生徒は五十名にもなっていた。そのときに南先生も入学してきたの。Kクラスとしてね。まだあどけなくて、可愛らしい子だった。


 五十名も手に負えない、と判断したわたしは、もうとっくに制御を覚えている主に高等部の子、十人の、普通クラスへの移籍願いを本部に提出したの。返ってきた答えに腰を抜かしたわ。


 普通クラスを飛び級させ、アンジュ本部へ移籍、と書かれていたのだから。それも、本人たちの意思は関係なく、一週間以内に移籍するように、と。

 当時はまだ、Kクラスは普通クラスに移籍、という選択肢もあったし、将来の道も今みたいにアンジュ本部だけじゃなかったの。


 そのときに、どうしてそのようなことをするのか、突き止めなかったわたしもいけなかった。変だな、とは思ったけれど、それ以上何か詮索するでもなく、十人を説得し、本部へ移籍させた。するとまた、今度は普通クラスから十名、Kクラスへ移籍させるように、と書かれた命令書が届いたの。


 わたしはそのとき、やっと本部へ出向いて、直接事情を聴くことにした。

 通された部屋へ向かう途中、たくさんの人のうめき声が耳に届いた。何事だろう、と扉が少し開いていたから、わたしはそのすき間から覗いてみた。驚いたわ。血にまみれた包帯を巻いている人が目に飛び込んできたのだから。それも、一人じゃない。その部屋にいた人のほとんどよ。まるで死の館みたいだったのを覚えてる。

 よく見ると、その中に知った顔を見つけた。その顔は、青白くて、健康とは言い難い血色だった。その時点で、わたしはもう手も足も震えていた。


 だってそうでしょう?


 一か月ほど前にアンジュ本部へ移籍させた、わたしの生徒だったのだから。


 でも驚くにはまだ早かったのね。

 案内されていると、今度はおかしな臭いがしてくるの。かすかだったけれど。鼻をツン、とさすような、異様な臭いよ。ふと窓の外を見ると、レンガ造りの焼却炉があってね、ちょうど扉を開いて、中から何かを取り出しているところだった。

 わたしの知人で過去に、一人だけ亡くなった人がいたから、お葬式には出たことがあったの。だからすぐに分かったわ。人を火葬したものだって。鼻に入り込んできたのは、死の臭いだって。

 普通は、骨壺というものに丁寧に、部分的に骨を入れていくのだけれど、そんな壺は見当たらないし、死人を見送っている人もいなかった。軍手をした男性が二人ほどで、機械的にその骨を取り出していた。遠くだったからはっきりとは見えなかったけれど、恐らくあれは喉ぼとけね。それだけを選別したかと思うと、次の瞬間には板の上の骨を、まるでタンスの上の埃をざっと払うかのようにして、下に敷いてあった青いビニールシートの上に、無造作に流し落とした。

 それからまた、新しい遺体を乗せて、焼却炉に突っ込み、扉を閉めた。

 衝撃的だった。パン屋でももっと大切に扱うわ。

 わたしは言葉を無くしたけれど、何が起こっているのか知らなくてはならない、という心が働いて、案内してくれていた女性に訊いてみた。


 昨日はここ最近で最も大きな任務で、かなりの人数を送った。けれど、自力で返ってきたのは、午前中に見送った半分程度で、残りは行方不明か捕虜となった。遺体を回収出来たものは少なく、腕一本でも回収してもらえた人は幸せだって言っていた。それと、ここでとして火葬されているのは、自力で帰ってきたけれど、怪我が酷く、救えなかった命だと。そんな答えが、返ってきた。



 間宮さんはそこで一度言葉を切った。

 冷や汗が、こめかみを伝っていった。

 薄々、そのような予感はしていた。アンジュ本部というものが、あまりいいところではない、ということを。それから、能力者同士が戦っている、ということも、今日の出来事から予想はついていた。

 だが、決して受け止めるのが簡単ではないものだ。死というものを考えなかったことがないわけではない。しかし、どこかおぼろげで、今の自分にはあまり関係のない、何十年も未来の話だと思っていた。

 しかし、そうではないのだ。

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