小さな娼婦編 第34話
薄暗い坑道を、大小二つの影が歩いていた。
雷砂とアリオスである。
Aランク昇級を賭けた戦いもとい試験の後、無事にAランクの銀色に輝く腕輪を手に入れた雷砂は早速立て看板の依頼を受けることにした。
時間は夕方と言うにはもう遅く、外は少しずつ暗くなり始めている頃。
遅い時間に出発するのは危ないと心配するミヤビを何とか説き伏せ、不安そうなアレサに必ず戻ると約束をし、冒険者ギルドを飛び出したのは数時間前のこと。
邪魔はしないから連れて行けというアリオスの強引な申し出を断りきれずに、二人での道中となった。
アレサに関しての事情はもうすべて話してある。
雷砂に金が必要な事を知ったアリオスが、いたずらにこの依頼に介入することはないだろう。
自分の少し後ろを歩くアリオスをちらりと見ると、彼女は妙にまじめなシリアス顔で黙々とついてくる。
アレサに関する話をもっとつつかれると思っていたのにそうはならず、本当ならほっとすべき所なんだろうが、妙に大人しい様子が逆に不安をあおった。
だが、そんな風に雷砂が考えているとはつゆ知らず、アリオスはアリオスで色々と考え込んでいた。
一度関わり合ったからには助けたいと、常人では決して出来ないような無茶を重ねる雷砂への、呆れるような感心するような思い。
そんな雷砂を中々やるなと思いつつ、雷砂への恋心を募らせているに違いないアレサへの複雑な心境。
そして、そんなアレサの気持ちにちっとも気づいていなそうな雷砂の鈍感さに苦笑しつつ、そんな雷砂に想いを寄せる幼なじみのこれからの苦労を思う気持ち。
雷砂と戦い、アレサという少女を救おうとする姿勢を見て、いつまでも子供だと思いこんでいた相手の器の大きさを知った。
正直言えば、まだまだ甘いし、子供だとは思う。
だが、大切な幼なじみが惚れるに値するだけのものはある、と感じた。
今のアリオスはもう、雷砂に添おうとするシンファを止めるつもりはなかった。
むしろ、頑張れと応援したい気持ちすらある。
ただ、問題は雷砂の器の広すぎる所、というか、率直に言うと女性の気を惹きすぎる所、というか、更に率直に言えば無自覚天然の女ったらしの所にある、とアリオスは真剣に思い悩んでいた。
正確に言えば、別に悩んでいるわけではない。
自分が惚れた相手ではないし、雷砂がモテるからといって実害があるわけでもないのだから。
だが、雷砂に惚れた相手は大変だろう、と思う。
その大変な想いをしている人物を、アリオスは少なくとももう3人知っている。
1人目は言わずとしれた彼女の幼なじみのシンファ。
もう1人はさっき闘技場で初めて会った少女、アレサ。
そして、最後の1人は今日、雷砂に会いに行った宿屋で応対をしてくれた女性。
確か、セイラ、だったか。
雷砂が同行する旅芸人の一座の舞姫だという彼女はとても美しく魅力的で、性格も良さそうな人物だった。
ただ、彼女はアリオスが雷砂の名前を出した瞬間に、何とも言えない表情をしたのだ。
ああ、またか、と。諦めに少々開き直りも混じった、そんな表情を。
まあ、彼女の誤解はすぐに解けたのだが。
彼女の表情から察するに、アリオスはセイラという女こそ、現在の雷砂の恋人という立場に一番近い女であると感じていた。
そんな女が、雷砂に関係あると思われる別の女に向けた表情が、嫉妬ではなく諦め。
それは、これまでに雷砂がどれだけの女の心を掴んできたかという事の現れであると、アリオスは察していた。
セイラという女性は、無自覚にモテる雷砂の傍らでさぞ苦労していることだろうと、アリオスは内心同情しつつ、
(シン、アンタの進もうとしてる道は、結構大変だぞ?)
故郷の地で、今も雷砂を想っているであろう幼なじみに心の中で話しかけた。
まあ、苦労するのも恋愛の醍醐味ではあるし、世間的には恋愛ごとに関する許容範囲も結構広い。
一夫多妻などよく見る光景だし、中には妻1人に夫が複数人ということだって少なくはない。
1人の人間を多数の相手が共有することなど、珍しいことではないのだ。
問題は、雷砂の恋人が最終的に何人になるかということだが、そんなことはアリオスが知ったことではない。
今回のことで、アリオスは雷砂の事を認めた。シンファが惚れ、シンファを預けるに値する相手として。
これから先の二人の関係がどうなっていこうと、それは雷砂とシンファ、二人の問題である。二人が考え、二人が好きにすればいいのだ。
色々見極めた事だし、アリオスももうお役御免とばかりに帰ってしまっても良かったのだが、雷砂が危険な依頼を受けるというので、取りあえず見守っておこうと思い、今に至る。
余程の事がなければ大丈夫だろうとは思うが、一応雷砂の試験官を勤めた身だ。
危ないことになったら助けてやるくらいの事はしてやるつもりだった。
「アリ姉?」
「なんだい、ライ坊」
様子を伺うような雷砂の声に、反射的に答える。
そうしてから、アリ姉と、今より少し小さかった頃の雷砂がそうしていたように呼ばれたことに気がついて、思わず口元に笑みが浮かんだ。
「ん~、ちょっとぼーっとして見えたから。平気?無理してない?」
あの戦いの後、何も考えずにすぐ出発してしまったが、もしかしたらアリオスは疲れていたかもしれない。
あまりに普段と様子の違うアリオスを見ているうちに、そんなことに思い当たったのだ。
少しだけ不安そうに自分を見上げてくる雷砂の頭を、アリオスはわしわしと乱暴に撫で、
「なんだい?心配してくれたのかい?中身は相変わらず、ちっちゃい頃のまんまだ。いい子だね」
にかっと笑いかける。雷砂を安心させるように。
いい子だね、と、子供に言うようなそのセリフがイヤだったのだろう。
雷砂は少しだけ唇を尖らせた。
そんな表情が、なんとも可愛い。
「ったく。そんな可愛い顔をすると喰っちまうよ?」
思わずからかうと、びっくりしたように雷砂がアリオスを見上げた。
まんまるの、色違いの瞳が愛おしいと感じてしまう。
まずいなぁ、可愛いなぁ、これはシンのなのになぁ、と思いつつ、アリオスはしばし足を止め、同じように足を止めた雷砂の柔らかな唇を指先でなぞった。
そのまま唇の割れ目を指先で味わい、
(ん~、ちょっとだけ、味見、してみるか)
なんて事を思った瞬間、その指先がなま暖かい何かに包まれたのを感じて我に返る。
アリオスは、自分の指が消えた先をぽかんと見つめていた。
細く長い指を桜色の唇がくわえ、その舌がやわやわと愛撫を加えてくる。
そうやってアリオスの指を舌でなぶりながら、雷砂は上目遣いでアリオスを見上げ、うろたえる彼女をからかうように口の端をかすかにつり上げた。
そして存分に彼女の指先をもてあそんでから解放すると、
「残念だったな。オレの好みは、喰われるより喰う方、なんだ」
いっそオレに喰われてみる?そう言って、子供と言うには妙に艶っぽく鮮やかに微笑んで見せた。
そんな雷砂を半ば唖然とした表情で見つめ、
(子供ってあっという間に大人になっちまうもんなんだなぁ)
と遠い目をしつつ、雷砂に惚れている幼なじみの今後をしみじみと憂うアリオスなのであった。
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