小さな娼婦編 第14話

 夕日が山の向こうに沈みかけ、ミヤビがすっかり朝の雷砂らいさとのやりとりも忘れた頃、ギルドの入り口をくぐってキラキラの金色頭が入ってきた。


 夕方の、込み合う時間だ。

 ガチムチ脳筋の男連中が多い中、小柄でほっそりとした雷砂の姿は何とも異質だった。

 雷砂は、朝と同じようにギルドの中をさっと見回し、依頼達成確認の冒険者列がはけて一息ついていたミヤビの姿を窓口の奥に見つけて、飼い主を見つけた子犬のように嬉しそうに笑った。


 その笑顔が余りに無邪気で可愛く見えて、胸がきゅんとする。

 だめだめ、あれは女の子なんだからと自分に言い聞かせつつ、それでも頬が緩むのは止められなかった。



 「うっわぁ、綺麗な子だねぇ。こんなむさ苦しい場所になんの用だろ?」



 隣の窓口で、同じく一息ついていたアトリがそんな声を上げる。

 そんなアトリに、近づいてくる雷砂を意識しつつも簡単な説明をしてあげた。

 あの子が、今朝冒険者登録をした子だと。



 「あの子がミヤビが言ってたルーキー?赤狼のガッシュに認められてて、依頼を10個くらい纏めて受けてったっていう?なんて言うか、全然強そうに見えないけど……」



 むしろ、守ってあげなきゃいけない対象にしか見えないわ……そんなことを呟いているアトリに苦笑しつつ、ミヤビは自分の窓口にやってきた雷砂を笑顔とともに迎えた。

 さっと小柄な体に目を走らせたが、どうやら怪我はなさそうだ。その事に、心底ほっとした。



 「おかえりなさい、雷砂」


 「ただいま、ミヤビ。約束通り、無事に帰ってきたよ」



 にっこり笑って雷砂が言う。

 うわ、鼻血出そうーそんな声が隣から聞こえた気がするが、そこはあえて無視して、ミヤビは再度雷砂の様子をうかがった。


 朝、雷砂が受けていった依頼は討伐が3件、素材集めが3件、採取が4件だったはず。

 雷砂の様子は朝となんら変わった様子が無く、どうみても依頼を10件片付けてきたようには見えなかった。


 ということは、だ。

 流石に今日中の依頼達成は難しかったという事だ。

 それはそうだろう。

 ふつうはそれなりに熟練した冒険者でも、雷砂の様な無茶な依頼の受け方はしないものだ。

 1日に受けたとしてもせいぜい2~3件である。


 まあ、雷砂の受けた依頼は幸いどれも期限は緩く設定されているから、もう少し時間をかけても問題ない。その事を改めて伝えてあげようと口を開きかけたミヤビの前に、雷砂の右手が突き出された。



 「な、なんですか?」



 驚いた様な声を上げるミヤビの顔を見上げ、雷砂が苦笑する。



 「腕輪の確認、するんでしょ?討伐依頼の記録はここに残るって、今朝ミヤビが教えてくれたじゃないか」



 その言葉に再度驚いて、ミヤビは雷砂の右手首にはまった腕輪を凝視した。

 確認して欲しいと頼むという事は、討伐依頼のいずれかはもう終わっているという事だ。



 「も、もう終わったの?」


 「うん。見てもらえば分かると思うけど」



 そんな雷砂の言葉に促され、ミヤビは腕輪の情報確認の端末の操作をして、そこに浮かび上がった文字列に愕然とした。

 討伐依頼は3件あった。

 Dランクの討伐依頼なので頭数こそ少なかったが、それぞれ別の種類の、ルーキーには少々荷が重いそれなりの強さを持つ魔物達。

 それらは冒険者になりたてのルーキーが、単身で討伐するには難しく、通常2~3人でパーティーを組んで当たるレベルの依頼だった。


 朝は色々衝撃が強すぎて、あまり気にせず手続きを行ってしまったが、普段のミヤビであれば決してルーキーに受けさせないであろう難度の依頼だった。

 なのに、表示された文字は「依頼達成」を意味するもの。

 しかも1件だけではなく、3件とも。


 いったいどんな魔法を使ったのかーミヤビは少々色を失った顔で、雷砂の顔を見た。

 彼女の目に映る雷砂は、大人びてはいるものの、華奢で幼げな子供だ。

 その体のどこに、これだけの依頼をたった数時間で3件もこなす力が備わっているのか、ミヤビは心底不思議に思い、まじまじと雷砂を見つめた。



 「んと、問題なさそう?」



 小首を傾げた雷砂の言葉に、はっと我に返る。

 横から突き刺さるアトリの興味津々の視線も感じながら、ミヤビは気を取り直すようにこほんと一つ咳払い。

 そして、きりりと表情を引き締めて、



 「はい。3件とも確認しました。雷砂、依頼達成お疲れさまです」



 努めてまじめな声でそう告げた。

 それを聞いてほっとしたように緩んだ雷砂の顔を見て、何とも微笑ましい気持ちになる。



 「そっか。すごいな、この腕輪。ちゃんと記録してくれたんだ」


 「ええ。結構便利なんですよ?アイテムを収納する機能だってついてるんですから」


 「そうなの??」


 「あれ。今朝、説明しませんでした?」


 「ん~、たぶん聞いてない、かな」


 「私が説明し忘れちゃったみたいですね。ごめんなさい。じゃあ、改めてきちんと説明しておきますね?この腕輪型の冒険者証には、まず身分証明になる情報の登録機能がついてるんです。この機能に付随して冒険者ギルドに雷砂の口座が作られてて、ギルドの窓口で自由にお金を預けたり引き出したりも出来るようになってます。ちなみに冒険者ギルドと提携しているお店なら、この冒険者証を提示すれば直接口座から料金を支払うことも出来ますよ?」


 「なんか便利そうだけど、口座ってなんなの?初めて聞くんだけど」


 「そうですねぇ。ギルドに置いておける雷砂のお財布みたいなものでしょうか。冒険者も高ランクになるとそこそこの稼ぎがあるので、大金を持ち歩かずにすむこの仕組みには重宝している人も多いみたいです。依頼達成の報酬も、一端口座に振り込まれるから、使いたいときはこの窓口で引き出す必要がありますね」


 「なるほど。まあ、便利と言えば便利だな。確かに、大金を持ち歩くのは物騒だろうし」


 「そうなんです。それにまとまったお金って結構な重さになりますし。えーと、討伐依頼のカウント機能については話してるみたいなので、後はアイテムボックス機能について、ですね」


 「うん。この腕輪に物を入れるって、どうやって?入れる場所なんて見あたらないし、物が入るようには見えないけど……」


 「私も詳しい仕組みはよく分からないんですけど、確か、空間魔法が関係してるって聞いた事はあります。腕輪をはめている手でしまいたい物にさわって収納って言うと収納されて、出したいときは腕輪に触れて、出したい物を思い浮かべて取り出しって言えば取り出せるはずですよ?」


 「へぇ。すごいな」


 雷砂は素直に感心して、自分の腕にはまった腕輪をまじまじと見つめた。そんな少女を微笑ましそうに見つめ、ミヤビは更に言葉を継いでいく。



 「まあ、冒険者ランクによって入れられる重さが違ってくるんですけど。雷砂のDランクなら、収納可能重量は10キロまで。ランクが上がるに連れて、10キロずつ収納可能重量は増えていくから、Aランクなら40キロはしまえる計算ですね。で、Sランクを超える冒険者になると、重量の制限がなくなって、好きなだけ出し入れ出来るようになるらしいです」


 「ふうん。いいこと教えてもらったな。出来れば朝に教えてもらいたかったけど」


 「ごめんなさい!ついうっかりと言うか、なんだか朝は呆然としていたものだから」


 「いいよ。オレがミヤビに色々無茶を言って驚かせちゃったせいでもあるだろうし。それより、ちょっと一緒に外に来て確認してもらいたいんだけど、いい?」


 「確認、って、何を??」



 きょとんとした顔をする年上の女性を見上げて、雷砂は仕方ないなぁと微笑む。

 妙に大人なその笑みを見て、うわっ、あれは女殺しになるわ~、と隣の窓口のアトリがやや鼻息荒く、そんなコメントを飛ばす。

 そのコメントに内心苦笑しつつ、雷砂は小首を傾げ、



 「オレの受けた依頼、討伐じゃないのもあるでしょ?忘れちゃった??」



 問われたミヤビは、今朝雷砂が受けていった他の依頼の事を思い出しながら冷や汗を流す。

 残りの依頼は、素材集めと採集が併せて7個だったはず。

 まさかねと思いつつ、ミヤビはややひきつった笑みを浮かべて雷砂に問う。



 「もしかして、残りも終わっちゃってるなんてことは流石にない、ですよね?」


 「ん?終わってるけど」



 さらりと答える雷砂に、ミヤビは撃沈した。

 笑顔のまま固まったミヤビに雷砂が声をかけるが反応は薄い。

 再び稼働するまでには少々時間がかかりそうだった。


 困ったなと思いつつ、視線を巡らせると隣の窓口の女性と目があった。

 金色毛皮の大きな獣耳を持った、少しつり目の美人さんだ。


 彼女はにこっと笑い、自分の窓口に「席を外してます」の札を出すと、素早い動きで表に出てきて雷砂の側へ。

 目をぱちくりする雷砂にもう一度微笑みかけ、



 「さ、行こうか!」



 と雷砂の手を取る。

 ん?と首を傾げる雷砂の手を引いて歩きながら、



 「ミヤビはねぇ、ああなると復活に時間がかかるから、依頼の確認は私が代行するわ。いい子なんだけど、ちょっと真面目すぎるのと打たれ弱いのが玉にきずなのよね~」



 いいながらにぱっと笑う。

 その人懐こい笑顔につられたように笑うと、アトリはまじまじと雷砂の顔を見つめ、



 「近くで見ると、更に破壊力抜群よね。君、もてるでしょ~?」



 そんな問いかけ。



 「ん~、別にもてないと思うけど」


 「またまた~」


 「や、ほんとに」



 どこまでも自分のモテに無自覚な雷砂は、どこまでも真面目に答える。

 アトリはそんな雷砂を見ながらにまりと笑い、



 「ま、そういう事にしておいてあげる。私はアトリ。君は?」



 そう自己紹介した。



 「オレは雷砂。よろしく、アトリ」


 「うん、よろしくね。で、依頼の品はどこなの?適当に置いといて取られたりしてない?」


 「ん?ああ。大丈夫。ちゃんと見張りを頼んどいたから。ほら、あそこに置いてあるよ。本当は持って入ろうと思ったんだけど、流石に量が多くてさ」



 いいながら雷砂が指さす先を見て、アトリは目を見張った。

 小さな山のように積みあがった依頼の品の量にも驚いたが、その前で膝を抱えるように座っている銀色の髪の少女の美しさにも目を奪われた。

 少女の頭にあるのは髪と同じ銀色の毛皮の獣耳だ。

 その耳の形を見て、アトリは思わず呟いた。



 「狼系獣人種の子供?」


 「ロウの事?ん~、正確には違うかもしれないけど、似たようなものかな。ロウ、お疲れさま」



 アトリの呟きに答えを返し、それからロウに声をかける。

 大好きな主の声を聞いたロウは耳をぴんとたて、ふさふさした尻尾を千切れんばかりに降りながら立ち上がった。



 「マスタ!ロウ、ちゃんと見張ってた!!」



 駆け寄ってきたロウの頭を撫でて、



 「ありがとな。助かったよ、ロウ」



 そう言って褒めてやると、ロウは目をきらきらさせて雷砂を見つめた。

 そんなロウの頭を撫でながら、雷砂はアトリを見上げる。



 「えっと、餓狼の牙と毛皮それぞれ10ずつと、キラーバードの羽が20枚、それから初級回復薬の素材が4種類でそれぞれ10ずつ……多分、間違いなくあるとは思うんだけど、確認してもらえるかな?」


 「す、すごい量ね。これ、1人で運んだの?」 


 「ちょっと大変だったけど、まあ、もてない重さでも無かったし」



 事も無げに言う雷砂を、アトリは驚愕のまなざしで見つめた。

 確かに、持てない重さではないだろう。

 この冒険者ギルドにたむろしている筋肉ムキムキの大男達であれば。


 だが、目の前にいるのは、アトリよりも背が低く、肉付きも薄い華奢な子供でしかない。

 その子供がどうやってと思った瞬間、ぽろりと疑問が口をついて出た。



 「雷砂って、本当に人間?」



 言ってからやばいと思った。これは相当に失礼な質問だと。

 少なくとも、初めてあった相手に向けるものではない。

 怒ったかなと、そろりと雷砂の顔を見ると、その顔に浮かんだのは怒りではなく苦笑。



 「……人間だよ。ちょっと規格外かもしれないけど。アトリは、オレの事が怖い?」



 そう問われて首を傾げる。

 ちょっと得体が知れないところはあるかもしれないが、目の前にいる存在は決して怖いと感じるものではなかった。

 むしろ側にいると安心する。まるでとても大きな力に包み込まれているようで。

 怖いというのならむしろ、欲望バリバリのまなざしでこちらを見てくるその辺りの男の方がよほど怖いと言うものだ。



 「んーん。ちっとも怖くない。ごめんね。なんか変な質問しちゃった」



 ぺろりと舌を見せて謝れば、雷砂も少しほっとしたような笑顔を見せてくれた。

 その笑顔を見た瞬間に気づく。

 この子に嫌われなくて良かったと思っている自分に。

 さっき初めて会って、ほんの少し言葉を交わしただけだと言うのに、気がつけばすっかり雷砂を好きになっていた。



 (雷砂は女殺しというよりは、人たらし、よね)



 女殺しと言い切るには、雷砂には欲望の色が薄すぎた。

 この妙に魅力的な子供は老若男女問わず虜にするだけの何かがある。見た目の美しさだけでは無い、なにかが。



 (まあ、このまま大人になったら、それこそ色気ダダ漏れの女殺しになりそうだけどねぇ)



 そんなことを考えながら、依頼の品を確認していく。

 7つの依頼それぞれ品目も数も問題なく揃っていた。

 状態もまずまずだ。特に、初級回復薬の素材となる薬草は処理もばっちりだった。

 アトリは一つ頷いて立ち上がる。



 「うん。依頼の品は問題ないわ。依頼完了処理をするから、一回窓口に戻りましょ?後は、この依頼品の山だけど……そだ、雷砂、腕輪に収納して持ってきてくれる?」


 「ん?ああ、そうか。えーと、確か、収納、でいいんだよな?」



 言いながら雷砂が依頼品の山に触れると、それは腕輪に吸い込まれるように消えてしまった。

 雷砂は目をぱちくりしながら自分の腕にはまった腕輪を見つめ、



 「へぇ~、便利なモンだなぁ。明日からの依頼が楽になりそうだ」



 雷砂は嬉しそうに笑う。そんな雷砂の手を取って、



 「さ、じゃあさっさと完了処理しちゃお」



 言いながら手を引く。そうして一緒に歩き始めて気がついた。

 さっきまで一緒に居たはずの銀色狼の少女が居ないのだ。



 「あれ?銀色の子は??」


 「ロウの事?先に返したよ。今日の夜は長くなりそうだから」



 そんな雷砂の言葉にアトリは首を傾げる。



 「夜が長くなりそうって、どういう事??」


 「多分、すぐ分かるよ」



 不思議そうに尋ねるアトリに、雷砂が笑いながら答えた。



 「ん~、後のお楽しみって感じ?」


 「別にそう言うつもりでもないけど、ま、そんな感じかもな」



 手をつないだままそんな会話を交わしつつ、二人はゆっくりギルドへ戻っていく。

 夕日はすっかり山の背に沈み、周囲は少しずつ、闇に包まれてきていた。


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