小さな娼婦編 第2話

 時は少し前へと遡る。

 雷砂らいさ達、旅の一座の一行が鉱山の町・アルレービオに入る少し前まで。


 街道を行く馬車の旅は、思いの外順調だった。

 夜盗の類も姿を見せず、獣や魔物の類の影も見えない。その旅は順調だったが、何とも言えない不気味な静けさがあった。


 その理由の一つに、自分たち以外の旅人の姿がまるで見えないと言うのもあっただろう。

 旅人どころか、商人の扱う荷馬車の商隊や近隣の村や町の者らしい人影もまるでなかった。

 安全だからいいじゃないかとは思うのだが、それはほのかに不安を誘うものでもあった。


 そんな中、やっと体調が落ち着いてきた雷砂は、馬車の窓からなんとはなしに外を眺めていた。

 周囲を取り巻く微妙な緊張感は、もちろん雷砂も感じていた。

 だが、すぐに動かねばならぬような危機感は感じていなかった。

 何となく遠くから見つめられている、遠巻きに囲まれている、そんなような印象を受けてはいたけれども。


 旅の行程を順調に消化して高い塀に囲まれた町の入り口にたどり着くと、門番をしていた警備兵から向けられたのは何とも微妙な表情。

 それは歓迎とも拒絶とも違う、どうして旅人がここにいるのだというような、不思議そうな顔だった。


 彼らと会話をしたイルサーダに話を聞けば、道中なにも問題なかったかしきりに聞かれたのだという。

 何事もなく安全な道中でしたと答えると、これまた微妙な顔をされてしまったとイルサーダも首を傾げていた。


 まあ、気になることは色々あるが、ともあれ無事に町に着いた事は有り難いことであった。

 一座の面々の疲れも溜まってきていたし、色々と足りないものも出始めていたから。


 一行はこの町に1週間ほど滞在する。

 不足した食糧などを買い込みつつ、小さな興業をいくつかはる予定だという。


 雷砂の出番があるかどうかは分からない。

 イルサーダの話では恐らく金持ち相手の個人向け興業になるだろうという話だった。

 そういう席ではあまり大仰な出し物は好まれず、主に活躍するのは歌姫と舞姫であるリインとセイラになる。

 雷砂の出番はあまりないでしょうから安心して下さいと微笑まれ、人前で派手なことをするのを苦手に思っているのを見透かされた気分だった。


 雷砂は口元に苦笑いを浮かべ、それからセイラもリインも忙しいなら、この町で自分はどう過ごそうかと考える。

 この時の雷砂は、自分がこの町でどれだけ忙しく過ごすことになるか、まだ何も分からずにいた。





 そんな雷砂を、上空から見つめる目があった。赤い目をした小さな小鳥。

 だが、実際に雷砂を見ているのはその小鳥ではなかった。

 その小さな生き物の目を通して雷砂に視線を注ぐ人物ーそれは雷砂も良く見知った顔をしていた。


 だが、もし直接会う機会があれば、雷砂は即座に首を傾げた事だろう。

 彼は今まで会ったどの彼とも違う印象をしていた。本物とも、偽物とも。

 老練した、というか、実際に年を取っている。本物の彼と並べたら父親と息子とも言えそうな程に。


 彼は、鳥の目を介して初めて見た雷砂の姿に苦笑混じりの笑みを浮かべる。

 それはどこか疲れ果てたような笑みだった。



 「ずいぶんとのんびりした到着だな、雷砂。兄弟が頑張ったのか、それとも俺が逸りすぎたのか。まあ、どちらにしても俺に時間が無いことだけは確かだな」



 男は、決して本人に届かないだろう言葉を、雷砂に向かって語りかける。

 男がいるのはどこか薄暗い場所。

 その閉じられた空間で、彼は暗闇の奥へと手を伸ばす。その指先に触れたものを愛おしげに撫で、そして目を閉じる。



 「さて、俺の仕掛けは思った通りに作動するかな。上手く行けば、雷砂の力を殺ぐ一手にはなるはずだが。ま、上手くいったところで俺の体はそれを見届けるまで持ちそうにないがな」



 口元に再び苦笑を浮かべ、



 「万が一、思うように事が運んだら、回収は最後の兄弟に任せるか」



 言いながら、彼は自分の目として使っていた鳥を最後の兄弟の元へと飛ばせた。己の最後の言葉を、伝言として宿させて。

 そうしてやるべき事をやって、彼は小さく息をつく。

 もう呼吸をすることすら苦しい。

 己の体を維持するために与えられた魔力が、もうほとんど残ってないのだ。



 「さあ、俺の可愛いちび助。さっき俺が見てた顔をお前も一緒に見てただろう?あれが雷砂だ。お前の遊び相手だよ」


 「アソビ、アイテ?」



 暗闇の中から、いびつな声がした。

 だが、その声はどこか無垢な無邪気さを含んでいた。


 男が笑う。愛おしそうに。

 それは彼の子供だった。

 彼の魔力の大半をそそぎ込んだ、彼の分身とも言える異形。雷砂と相対するために作った兵器。

 だが、力を注ぎすぎたせいで、彼自身は雷砂とそれの対決を見ることなく消えていくことになりそうだった。



 「そうだ。雷砂は強いぞ?さあ、もう少し俺の魔力を食え。俺がいなくなったら、周りにいる奴らを食らいつくして力を貯めろ。雷砂と、思いっきり遊ぶために、な」


 「オトサン、イナクナル?」



 異形は彼を、父と呼んだ。

 男は困ったように笑い、出来ればこのいびつな我が子を雷砂と戦わせたくないと思っている自分に気がついた。

 雷砂と戦えば、彼の作り出した命は恐らく負けて滅ぼされる。

 力を注ぎ作り出したモノではあったが、それでも雷砂に及ぶとは思ってはいなかった。



 「そうだな、もういなくなる。だけど、お前には雷砂がいるぞ。雷砂がいっぱい遊んでくれる」


 「ライサ……」


 「そうだ。いっぱい遊んで、どうしても勝てなかったら、その時は」


 「ソノトキハ?」



 異形の無邪気な問いに、男は小さな声で答える。それが、男の最後の言葉となった。


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