水魔の村編 第36話
戦いの後、大きな傷はロウの能力でふさぎはしたものの、失った大量の血液に関してはどうにもならず、
熱に浮かされ、うつらうつらと眠ったり、時折目を覚ましたり。
そんな事を繰り返している内に、いつの間にか体も癒え、起きあがれるようになった頃には村の中の騒動も大分落ち着きを取り戻していた。
まず村長についてだが、彼の起こした悪事の大部分は伏せて伝えられたらしい。
村人達の混乱を避けるためでもあったし、村長の悪事に手を貸していた者達も不思議とその時期の記憶が曖昧だったためだ。
恐らく、彼らの精神に悪影響を与えていた魔素が急速に抜けた影響でもあるのだろう。
いつかは思い出す事もあるのかもしれないが、それがいつになるかは分からないと、彼らを診断したイルサーダが言っていた。
村長は不慮の事故によって亡くなったーそれが村人達に知らされた情報だ。
広い視野で見るならば、結局は村長も操られていた被害者でもある。
無理に悪者に仕立て上げる事もないだろうと、当事者で相談して決めたのだという。
その命をもって守られたアスランも、もはや亡くなった村長への恨みは無いようだった。
唯一問題となったのは、村長の後任について。
村長は亡くなり、跡継ぎである息子も死んでいる。
では、だれが村長になるべきかと言うことで、色々と議論は持ち上がったようだが、結局は村長の遠縁であり、今回の騒動で他者を守るために片腕を失う事になった青年、ジルゼを押す声が多くあがった。
自分が悪事に荷担した記憶を残すジルゼは、村人達の後押しを固辞しようとしたのだが、アスランやイーリア、雷砂の代わりに会合へ顔を出していたイルサーダの言葉により、村長への就任を決めたようだ。
己の犯した罪の、せめてもの償いとして。
彼は、水魔の力を継いでしまったアスランの力になることを誓い、守り神に頼り切ったこの村の有り様を生涯かけて変えていこうと、心を決めたらしい。
真面目な、ジルゼらしい決断だった。
アスランもイーリアも、新たな守り神と巫女として、そんなジルゼと協力してがんばっていくつもりのようだ。
そんな諸々の話を、熱が下がり、やっと体を起こすことが出来るようになったベッドの上で聞いた。
何故か雷砂と同じベッドの上には、美少女姿のロウがいてぺっとり雷砂にへばりついているし、ベッドサイドにはやや憔悴した顔の双子の姉妹の姿。
体調を崩している間、さぞ迷惑をかけてしまったのだろうと、セイラとリインに謝る雷砂を、イルサーダは何ともいえない顔でなま暖かく見つめていた。
高熱で朦朧としていた雷砂は知らないだろうが、弱っていた雷砂の世話を巡って熾烈な女の争いが勃発していたのだ。
雷砂が回復し、目を覚ますその直前まで。
まあ、世の中知らなくても良いことは山ほどある。今回のことは、どちらかと言えばそっちの類の事だ。
知らない方がきっと幸せだろうと、イルサーダはうつろな笑みを浮かべてとまどう雷砂をただ見つめる。
ロウを除く女達の反応も、何ともいえない後ろめたさを含んでいて、雷砂は1人首を傾げるのだった。
事件が解決してしまえば、雷砂達一座の者が村に滞在する理由もない。
別れてからそれなりに時もたち、他の一座のメンバーの事も気にかかった。
一同は雷砂の体調の回復を待ってすっかり落ち着きを取り戻した村を後にすることにした。
旅立ちはひっそりしたものだった。
雷砂達余所者が事態を解決したことを知る村人自体少なく、知り合いも少ないのだから仕方のないことだろう。
見送りには、アスランとイーリア、それから村長という役職を押しつけられたジルゼが来ていた。
雷砂はまだ本調子でなく、リインの服を借りたロウが寄り添うようにして支えている。
普段の、巨狼の姿に戻ってその背に乗せればその方が簡単だと思うのだが、一度人型をとってからロウは人の姿で居ることが妙に気に入ってしまったようだ。
雷砂がきつく命じれば応じるのだが、他の者がなにを言おうと聞き入れる様子は無かった。
本当なら自分が雷砂を支えてあげたいのにと唇をとがらせるセイラがさんざん文句を言ったのだが、ロウはそんな彼女の言葉を聞き流し、献身的に雷砂に仕えていた。
今現在、セイラはイライラした様子で腕を組み、リインは恨みがましい眼差しを寄り添う雷砂とロウに注いでいる。
端から見ると、美少年と美少女のお似合いのカップルに見えてしまうことが、双子の心に焦りを生んでいた。
見送りの面々は、そんなわかりやすい構図にそれぞれ苦笑をこぼし、それから雷砂に別れの挨拶をする。
「雷砂。君が助けてくれたおかげで僕はこうしてまたこの村でイーリアと生きていける。本当に、ありがとう」
最初に歩み出たのはアスランだった。
雷砂は彼の手を握り返し、
「オレは大したことはしてないさ。お前が頑張ったから、お前は自分の居場所を手に入れられた。これからも、イーリアと仲良くな」
にやりと笑う。
アスランは、自分の隣に立つイーリアをそっと見つめ、それから幸せそうに微笑んでしっかりと頷いた。
次に雷砂の前に立ったのはイーリアだった。
アスランに夢中の気の強い少女は、
「色々ありがと。あんたのおかげで、その、助かったわ。……そ、それから、色々悪かったわね」
「ん?オレ、イーリアに謝って貰うようなことあったっけ?」
イーリアの謝罪に、雷砂は素直に首を傾げた。
とぼけているわけではない。本気で思い当たらなかったのだ。
「い、いろいろあったでしょう!?そ、その、矢をいかけた事とか、変態呼ばわりしたこととか」
どこかばつが悪そうに、イーリアは自分が雷砂にしたことを列挙していく。
そう言われてみればそう言うこともあったなぁと思いながら、雷砂は小さく微笑む。
イーリアと初めてあったのが、もう随分前の事のように感じられた。
それだけ色々な事があったし、雷砂はイーリアにされたことなど、まるで気にしていなかった。
だが、まあ、きっと謝って許して貰った方が、イーリアの気も晴れるのだろう。
そう察した雷砂は、
「いいよ。許す。その代わり、イーリアはこれからアスランをしっかり支えてあげて。2人が一緒なら、大変なことも乗り越えていけるよ、きっと」
そう言って、背伸びをしてイーリアの頭をそっと撫でた。
イーリアは撫でられた頭を手で押さえ、
「年下のくせにいちいち生意気なんだから。でも、その、分かったわ。アスランのことは、私に任せなさい」
そう言って、顔をほんのり赤くして、隣にいる少年の顔を見上げた。
その様子は初々しくて、何ともいえずに可愛かった。
思わず微笑んだ雷砂の前に、最後の1人が進み出る。
雷砂は彼の顔を見上げ、それから彼が失った腕にそっと手を伸ばした。
「腕、すまなかったな。オレがへまをしなかったら、この腕も無くすことは無かったのに」
心底申し訳なさそうな雷砂の様子に、ジルゼは小さな苦笑を漏らす。
本当に謝るべきは自分の方なのに、謝るべき相手に先に謝られてしまっては立つ瀬がない。
ジルゼは地面にひざを着き、無事な方の手を伸ばし雷砂の手を取った。
「謝らなければならないのはこちらの方だよ。君には本当に助けられてばかりだったね。最初はなり損ないの化け物から助けて貰って、取り返しのつかない罪を償う機会をくれた。本当なら村長のように命を失ってもおかしくなかったんだ。もしかしたらその方が楽だったのかもしれないけど、死ななかったと言うことは、まだこんな自分にもやらなければならない何かがあるって事なんだろうと思う」
「ジルゼ……」
「俺にきちんと務まるか不安はあるけど、これからはこの村の村長として、自分の罪をしっかり償っていくつもりだ。命の恩人の、君に恥じない生き方が出来るように、努力するよ」
真摯な瞳で雷砂を見つめ、それからかすかに微笑んだ。
雷砂も彼をしっかりと見つめ返し、頷く。
これからのジルゼの人生はきっと楽なものではないだろう。
これまでの村の方針を少しずつ方向転換し、守り神である水魔に依存する事を少しずつ減らしていずれ、守り神が無くてもやっていける状態にしなければならない。
今まで、守り神が与えてくれる恩恵になれきっていた村人達は反発する事だろう。
だが、それでもやり遂げなくてはならないのだ。それがジルゼが己に課した償いなのだから。
「ああ。頑張れよ。でも、1人で頑張るな。困ったら周りを頼れ。アスランも居るし、イーリアもいる。そして、意地を張らずに少しでも味方を増やす努力をしろ。大丈夫だ。お前に賛同してくれる奴だってきっといる」
雷砂はジルゼの頭を柔らかく抱きしめた。青年は驚いたように目を見開き、それから目を閉じて口元をかすかにほころばせた。
「ありがとう、雷砂。いつかまた、ここを訪ねてくれ。その時までにみんなで協力して、君が驚くようないい村にしてみせるから」
「ああ。楽しみにしてる。じゃあな、ジルゼ。アスランも、イーリアも、元気でな」
そんなあっさりとした別れの言葉を告げ、一行は村に背を向けて去っていった。
3人は、彼らの姿が見えなくなるまで、見送った。
正確には、美しく煌めく金色の髪が、見えなくなってしまうその瞬間まで。
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