水魔の村編 第13話
奴らの気配が一所に集まって止まった。ロウが、上手に誘い入れたのだろう。
早く追いつかないとなーそう思った時、斜め前を同じように走るなり損ないの姿を見つけた。
他の連中から出遅れたのか、前だけに集中している異形は、背後から近づく
そのままスピードを落とさず、赤茶けた毛皮の異形に近付いた。
並ぶほどに近付くとさすがに気づかれてしまったが、向こうが反応するより早くその首の後ろに持っていたナイフを突き刺してその背に飛び乗った。
いきなり与えられた痛みに、狂ったように走り出したなり損ないの進む方向を調整しながら、さっきよりも余程早いスピードで森の木々の間を駆け抜ける。
そうやってしばらく駆けると、木々がとぎれ少し開けた場所で争う銀の獣と異形の獣の姿が見えてきた。
その頃には、乗ってきたなり損ないの勢いも流石に落ちてきていた。
雷砂はそれ以上苦しめないように腕を前に回して喉をかき切ると、その背中から軽やかに飛び降りる。
首を切られた異形はそのまましばらく前に進み、やがて大きな音を立てて地面へ倒れた。
着地した雷砂も足を止めずに走り、その音に反応して向かってきた異形をまず迎え撃つ。
だが、正面から迎え撃つにはやはりリーチが短く、相手の突撃を上に交わし、木の枝を利用してくるりと回るとそのまま異形の背中に再びまたがった。
暴れる異形の縮れたたてがみをつかんで体を安定させ、今度は横からナイフを首へ突き立てた。
筋肉が固く、やはり普通の刃物は効きにくいようだが、力任せに何度か押し込むと、やがて大きな不格好な体は力を失い、地面へ倒れ込んだ。
雷砂はそれに巻き込まれないように飛びおりて、すぐさまロウのいる方へと走り出す。
なり損ないの無駄に頑丈な体への攻撃にナイフを使うのは余りに効率が悪かった。
そのささやかな広場へ駆け込むと、岩壁を背にしたロウとにらみ合っている異形が後3匹残っていた。
そのうちの2匹が雷砂に気づき向かってきたが、雷砂は敢えて戦闘を避けた。
2匹の攻撃を紙一重でかわしながら、その間をすり抜けてロウの隣に立つ。
頭をすり寄せてきたロウの毛皮をそっと撫で、
「良くやったな、ロウ。さあ、オレに力を貸してくれ」
そう囁くと、銀色の体は1振りの剣となり雷砂の手の中に収まった。
3匹の異形は、再び合流してこちらを睨んでいる。
雷砂はちらりと背後を確認し、小さな洞穴を背に隠して剣を構え、
「待たせたな。さあ、相手をしてやる。オレを喰いたいなら、遠慮せずにかかってこい」
そう言って、艶やかに微笑んだ。
気がつけば、自分の体を押し込めた洞穴の外の騒がしい音が途絶えていた。
耳をふさいでいた手を外して目を開けると、さっきまでそこにあったはずの銀色の毛皮が消えていた。
不安になって穴の外へ身を乗り出そうとした時、外からこちらをのぞき込んだ人と目があった。
金色と黒にも見える深い青の瞳がきょとんとしてこちらを見ていた。
だが、その瞳はすぐに優しく細められ、にこりと微笑んだ顔が余りに綺麗だったので思わず顔が赤くなるのが分かった。
「けがはないか?」
問いかけられ、こくこくと頷く。
「もう大丈夫だから出ておいで」
言いながら差し出してくれた手をおずおずと握って、洞穴の外へ体を押し出す。
外にでると、むわっとする様な不快な臭いに顔をしかめる。
それに気づいたその人は、少女の体をそっと抱き寄せてくれた。
「ごめん。気持ち悪いよな?すぐに見えないところまで連れて行くから、もう少し我慢してくれ」
そう言って少女を抱き上げると、風のように走り始めた。
少女はびっくりしてその人の首にしがみつく。
そうすると、驚くくらいに整った美しい顔が余りに間近にあって、胸が自然とドキドキして何とも落ち着かない思いだった。
しばらく走るとその人は足を止め、少女を地面に降ろし、ちょうど近くにあった切り株へと座らせてくれた。
今までに見たことがないくらい、余りに綺麗な人だったので、
「あ、あの、神様か妖精様ですか?」
思わずそう尋ねると、きょとんとした顔をされ、それからものすごい勢いで笑われた。
そうやって笑うと、神々しい感じが少し薄れ、普通の人の様にも見えた。
「オレはただの人間だよ。昨日、外から村に来て滞在してるんだ」
「ただの、人間?あたしと、同じ?」
「そうだよ。お前と一緒だ。オレは雷砂。お前の名前は?」
「セア」
「セアか。可愛い名前だな。それで、セアはどうしてこんなところに?外は危ないって言われなかったか?」
優しく問われ、セアは手に握ったままの薬草を雷砂に見せた。
雷砂はそれを手に取り、観察する。
雷砂も使ったことのある、熱病に強い効果のある薬草だ。
雷砂はセアの頭を撫で、
「誰かが病気なんだな?誰の具合が悪いんだ?」
「お、お母さん」
「いつから?」
「3日前から」
「3日前か。ならまだ間に合うな。セアは、この薬草の事を知ってたんだな」
「うん。前にお母さんと取りに来たことがあったから。お母さん、すごく苦しそうだったから、外は危ないって分かってたけど、あたし……」
「そうか。お母さんの為に頑張ったんだな」
「で、でも、逃げる途中で落としちゃって……こ、これじゃあ、足りないのに」
ぽろぽろと涙をこぼす少女を雷砂はそっと抱き寄せる。
そしてその頭を撫でてやりながら、
「泣くな。大丈夫だから。これからオレと一緒に採りに行こう。そうしたら一緒に戻ってお前の母さんの薬を調合してやるから」
「お兄ちゃん、お薬、作れるの?」
お兄ちゃんと呼ばれ、思わず苦笑する。
だが、わざわざ訂正するのも面倒だったので、そのまま誤解をさせておくことにした。
薬を作れるのかという問いに頷き、雷砂はセアの小さな細い体を抱き上げる。
「ああ。凄腕だぞ?オレの作った薬を飲めば、お前の母さんなんてすぐに元気になるさ」
「ほんと?」
「ああ。本当だ」
そう言って微笑むと、セアはやっと可愛らしく微笑んでくれた。
「よし、じゃあ早速行くか。セア、道案内頼むな?」
言いながら歩きだし、すぐに何かを思いついたように足を止める。
そう言えば、仕事が残っていた事を思い出したのだ。
「ロウ、おいで」
相棒の名前を呼ぶと、すぐに銀色の大きな体が現れる。
「あ、銀色のわんちゃん」
セアがうれしそうに声を上げた。
銀色のわんちゃんという可愛らしい呼び方に微笑みながら、
「ロウって言うんだ。撫でてみるか?」
「うん!」
にこにこして頷いたセアに、ひとしきりロウを撫でさせた後、雷砂は服の中にしまっておいたイルサーダの髪の毛を布で包んでロウにくわえさせた。
「ロウ、オレがさっきまでしていた様に、残りの髪の毛を5カ所に分けて地面へ埋めて欲しいんだけど、出来るか?」
その問いに、ロウがゆったりとしっぽを振る。
金の目が出来ると訴えている事を感じて、雷砂は微笑みを深めた。
「よし。じゃあ、ロウに任せるな?出来たらオレの所へ戻っておいで。一緒にイルサーダの所へ報告に行こう」
大丈夫だからさっさと行けと、ロウにぐいぐいと鼻で押されて、雷砂は少女を抱き上げたまま歩き出す。
「じゃあな。また後で」
「ばいばい、わんちゃん」
2人の姿が木々の向こうへ消えるまで見送って、ロウもまた走り出した。
主に与えられた仕事を、少しでも早く正確にこなすために。
銀色の毛皮はまるで風のように、木々の合間を駆け抜けていった。
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