水魔の村編 第14話
その後、セアを背中に背負ったまま必要な薬草を手早く採取し、村へと戻った。
セアの案内で彼女の家へおしかけ、寝込んでいる彼女の母親に調合した薬を飲ませた後、何日か分を作り置いてセアに預けて一旦拠点へ戻ることにした。
どのみち薬が効いてくるまでは時間がかかる。
それまでぼーっとしていても仕方ないと思ったからだ。
何かあったら来るようにと、セアに拠点としている家の場所を伝えたら、きょとんと首を傾げ、
「そこってアスランお兄ちゃんのお家じゃないの?」
心底不思議そうにそんな言葉。
「アスランって奴の家かどうかは分からないが、持ち主は1月ほど前から行方がしれないらしいな?案内してくれた奴がそう言ってた」
「そういえば、最近アスランお兄ちゃんとあってないや。お家にいないの?」
「ああ。いないな」
「そっかぁ。じゃあ、イーリアお姉ちゃんの所か、森のお父さんの所かも」
「イーリア?」
「アスランお兄ちゃんの幼なじみで、次の巫女だよ。きれいでかっこいいの」
「ふうん?じゃあ、森のお父さんってのは、アスランの父親なのか?」
「うん。アスランお兄ちゃんのお父さんは森の泉にずっといるの。守り神なんだって」
「森の泉?」
そのキーワードに、今朝聞いたばかりのイルサーダの言葉が脳裏に浮かぶ。
確かイルサーダは言っていた。
森の奥の泉に住み着いた水魔という化け物を退治して欲しいと、村長から依頼を受けたと。
だが、セアは今、泉に住むのは守り神だと言った。そしてそれはアスランという人物の父親だと。
アスランは、どうやら
水魔という響きから考えれば、かの存在は水と関係する生き物なのだろう。
もし、セアのいう守り神と、村長のいう水魔という化け物がイコールで結ばれるとすると、それを父親に持つアスランは水に関する力があるのかもしれない。
そう考えると、あの家から感じた水の匂いにも一応の理由がつく。
「なあ、村長は泉にいるのは水魔って言う悪い化け物だって言ってたぞ?」
「えー?水魔様は村を守る神様だって、お母さんは言ってたよ?変なの」
そう言ってセアは可愛らしく唇をとがらせる。
雷砂はその頭をそっと撫でながら、
「そうだな。なにか変だよな」
そう呟きながら、遠目に見える村長の、他の家より大きな家をじっと見つめた。
拠点へ戻ると、入り口の脇に銀色の獣の姿。
だが、その姿はいつもよりずっと小さくて、まるで子狼のよう。
そのあまりの愛らしさに、雷砂は思わず抱き上げて頬をすり寄せた。
ロウもうれしそうにわふっと鳴いて雷砂の顔をなめ回す。
しばらくそうやってじゃれ合った後、
「目立たないように身体を小さくしたのか?そうか、ロウはこんなことも出来るんだなぁ」
本当に感心したようにまじまじと長年の相棒を見つめた。
ついこの間まではただの狼だと思っていた。
だが、そうじゃない事が分かり、ロウが剣になれることは分かっていたが、他の姿にもなれるとは思っていなかった。
きっと雷砂が知らないだけで、ロウの身体はかなりの自由が利くのだろう。
そのすべてを知るためには、イルサーダからもっと色々な事を学ぶ必要があるのだとは思う。
そう思いはするものの中々思った様に時間が取れず、伸ばし伸ばしになってしまっているのだが。
雷砂はロウを抱き上げたまま、扉を開けて家の中へと滑り込む。
入る瞬間、やはり清らかな清流の様な匂いがした。
もしアスランが本当に泉の水魔の子供だとして、これほど清らかな残り香を残すような存在が悪であるとは、どうしても思えなかった。
リビングではちょうどイルサーダがくつろいでいて、他のメンバーの姿は見えなかった。
雷砂が戻ったことで結界を張る準備が整ったことを悟ったのだろう。
立ち上がり、こちらに向かってくるイルサーダを迎え、雷砂は再び外へ出た。
「雷砂、お疲れさまでした」
微笑んだイルサーダは、これを幸いとばかりに雷砂の頭を嬉しそうに撫でる。
「オレが半分で、後はロウがやってくれたんだ」
そう報告すると、イルサーダは雷砂の腕の中のロウの頭も撫でくり回した。
「そうですか。さすが我らが王の化身です。賢いですね。サイズの調整も出来るようになったんですねぇ。すごいですよ、ロウ。褒めてあげましょう」
そんな風に盛大に褒めながら、いつもより多めに撫でまくられたロウは、ほんの少し迷惑そうだった。
雷砂はそんな友人を見つめて微笑み、イルサーダが好き勝手に乱したロウの毛並みを、優しく撫でて整えてやる。
それに応えるようにパタパタと可愛いしっぽを振り、ロウは再び雷砂の顔を舐め回すのだった。
「さて、じゃあ準備も整いましたし、ちゃっちゃと結界を張っちゃいましょうか」
「うん。頑張って、イルサーダ」
「はい。頑張ります。雷砂は少し離れていてくださいね?」
「わかった」
雷砂がイルサーダから少し距離を取ると、イルサーダは雷砂ににこりと微笑みかけてから、おもむろに目を閉じた。
むむむっと眉間にしわを寄せ、人の身体には分不相応な力を練り上げる。
丁寧に丁寧にそれを広げて雷砂とロウが埋めてくれた基点へと慎重につなげていく。
力の配分を間違えて、うっかり穴を開けてしまわないように気をつけながら、それなりの時間をかけてイルサーダは納得できる結界を張り終えた。
ふーっと額の汗を拭い、いい笑顔で雷砂の方を見た。
それは、さあっ、褒めてもいいんですよ!?ーとそんな声が聞こえてきそうなそんな笑顔だった。
雷砂はイルサーダの頭に手を伸ばし掛けて、ふと動きを止めた。
それから少し考え込み、腕の中のロウをそっと地面に降ろす。
「イルサーダ、両腕をちょっと開いてみて?」
「えっと、こうですか?」
腕を広げ、首を傾げるイルサーダ。
雷砂はにこりと微笑んで、勢いよくその腕の中へ飛び込んだ。
ぱふっとイルサーダの胸の下あたりに顔を押しつけ、ぎゅーっと抱きつく。
「ら、ららら、雷砂?」
「ご褒美は確か、ハグがいいんだったよな?」
「お、覚えててくれたんですかっ」
つい先日、同じようにイルサーダが結界をはった際の他愛ないやりとりを雷砂はしっかり覚えていた。
そのことに感動したイルサーダが雷砂を抱きしめ返そうとした瞬間、その後頭部を衝撃が襲った。
「座長、ハレンチですよ」
涙目のイルサーダが振り向くと、そこにはフライパンを振り抜いた姿勢のセイラが、底冷えのするような笑顔を浮かべて立っていた。
「セ、セイラ。あなたにだけはそのセリフを言われたくありませんよ……」
「まったく、お昼ご飯を作ろうかと思って準備してたら急にイヤな予感がしたから、慌てて来てみれば……」
きょとんとした顔でまだイルサーダの腰に手を回している雷砂を、セイラは自分の胸へ優しく抱き寄せる。
そしてそのままぎゅっと抱きしめてから、イルサーダをきっと見上げた。
「とにかく、雷砂は私のですから、座長には抱っこさせてあげません!!」
「え~、ちょっとくらい良いじゃないですか」
「ダメ、です!!」
唇をとがらせたイルサーダの主張を、きっぱりしっかりお断りして、セイラは雷砂のほっぺにお帰りなさいのチューをかます。
ちょっぴりイルサーダが可哀想な気がするものの、やっぱり抱きつくならセイラの方がいい気持ちだなぁなどと思いつつ、そんな彼女の独占欲をほんのり嬉しく感じる雷砂なのだった。
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