第3話 2087年8月2日 ローマ参画政府 ローマ州 ローマ市 島上バッティングセンター

マイ金属バットケースを抱える女子大生風情二人

花彩、殴り書きの日本語の立て看板何度も眺めては

「日本人且つ動体視力尋常じゃない人且つ二十歳未満且つしかも女子お断り、ふむ、私はお断りなんですか」

莉津りつ、目もくりりと

「そんなの関係ないよ、入ろう」


堂々と島上バッティングセンターに分け入る、花彩と莉津

島上、カウンターより

「おいおい花彩、入り口の立て看板、見てないのかよ」

花彩、毅然と

「島上さん、店長さんとは言え、表の立て看板の件、差別も程々ですよ、特にあの用件満たすのは私と思われますので、名誉毀損とか諸々言っちゃいますよ」

島上、一瞬後ずさりしては食い下がる

「いきなり飛ばすな花彩、そうだよ、調子に乗って弁護代理人なるのは止めろよ、いいか一切禁止だ、お友達の一市民の人権擁護の民事裁判がバスク地方の独立機運へ一気に傾いたじゃねえか」

花彩、笑みが溢れては

「あれは、フランス公国とスペイン公国が富裕層税率の緩和に特権を与え過ぎた故に拗れたからですよ、最低限の生活保障がどちらの国も盛り込まれていません 添付の世代別年収も見て頂けたら、若年層の税負担が如何に大きいかご納得頂ける筈ですよ」

島上、目を見張る

「読めるかあんな分厚い資料、大体花彩もさ、名前こそ消したが、呆れる論破だよ、バスク地方全新聞に法廷のやりとり全面に取り上げられたよ、いいとこ取りも何も全部か、まあいい、そりゃ感動するわバスク民族 ローマ参画政府は素通りだが、お陰でフランス公国スペイン公国両国から睨まれてるぞ、花彩」

花彩、凛と

「はい、それもですね、何か面白いおじ様から、バスク自由主義国になったら、お待ちしてますと言われましたので、さてどうしましょう、お待ちもなんですから臨時政府のお手伝いでもしましょうか」

莉津、ほんのりと

「いいな花彩、今から就職先あって」

島上、身振り手振りで

「おい、それは止めろ、絶対駄目だ、バスクに何としても行かせん、大体なそれ言った奴、おおよそ検討ついてるが、目玉閣僚に入れる気だぞ、絶対話聞くな、いいか、しつこく迫ってきたら、絶対俺を通せよ」思わず拳が固くなる

花彩、食い下がる

「そもそもこの案件、島上さんもノリノリでお食事券まで頂いたのに、何故及び腰なのですか」

島上、悶絶の極み

「ああ、俺か、、、」

花彩、尚も

「ですがバスク自由主義国、成る程、小娘を迎えなければならないとは、余程予算割けないのですね」独り合点

莉津、欠伸まじりに

「何だ貧乏国ならパス、さあ、かっ飛ばそうよ」花彩の手を携え、バッターボックスへ向う

島上、カウンターから身を乗り出し

「おい、絶対誘いに乗るな、」

渕上、奥の事務所から、和服の上にスタッフジャンパーで

「バスクのカールも大ぴらに引っこ抜きますな 抜け目無いのは今に始まった事でありませんか」

島上、尚も悶絶

「あのじじい、ローマ参画政府の参与辞してまで、バスク自由主義国に夢を馳せるか こことぞばかり普通の民事裁判にどっかり乗るかよ、あいつもよ」

渕上、悩まし気に

「ここで乗らなかったら、逸しますからね 島上さんも背中押しといて何ですの」

島上、途方に暮れ

「まあカールもバッティングセンターまでは来ないからな うっかり花彩のフォーム見たら、血気盛んになるよ、助かった、ここは祈るよ」丹念に十字を切る

渕上、頬笑む

「カールならいますよって、ほら右端の席、あの双眼鏡 店内のジェラート5個も買っては、食べ過ぎと言っておきましたわ」

島上、目を見張る

「えーーー、って、カール、何だよお前、」

カール、手を振りながら破顔

「はい島上、楽しんでるよ」



右バッターボックスに見事な構えに仕上がった花彩、左手小指でリズムを取りながら、金属バットにサイネージボールが当たっては、豪快な音が轟く 間も無く直上のホームランゾーンに吸い込まれる


渕上、ラウンジの水槽の琉金を眺めながら

「この音、相変わらず、良く飛びますね」

島上、表情改め

「ああ、景品の為に働いてると錯覚するよ、それで、ハウルに呼び出された件どうした」

渕上、水槽に軽く餌やり

「ええお察しの通り、謎の連続怪死事件でしたわ それで、花彩さんも漏れ無く招集です、ハウルも隠し芸大会と勘違いしてると違いますかね」

島上、スタッフジャンパーの襟を正し

「花彩もか、多少驚くけど、そこはでもな、実力伴ってるからな 見ての通り運動神経そこそこでも、あの動体視力だったら来年オリンピック出れるんじゃないか、野球は相変わらず無いからサッカーとかあるだろう、母国シドニー代表でも無論応援するぜ」

渕上、和服の上のスタッフジャンパーのポケットに手持ち無沙汰に手を入れる

「島上さん、いつの時代の話してますの 残念ながら、ローマオリンピックは陸上と水泳に特化してますよ 開催国ローマの受け入れ体制考えたら、それが最小ラインでしょうな」

島上、憮然と

「花彩の能力は、平和の為にあるべきだろうによ 大昔の様にガンガン施設作れよ」

渕上、嘆息

「大昔の様に、持ち回りにしては、財政破綻止まらないですよって」

島上、思いを巡らし

「ああ、2020年の幻のオリンピックか、どんな時代だったんだろうな、」

渕上、スタッフジャンパーのポケットからジュラルミンのネクタイケースを取り出す

「何を惚けてます、京都なら共に里帰り出来たら接待しますで あとこのネクタイケースどうか受け取っては、もう付けていただけますか、発令されましたので録画お願いしますよって」

島上、受け取ったジュラルミンのネクタイケースを開き、ループタイを取り出す

「へー、センスある奴、いるんだな」感嘆しては、早速首に下げる

渕上、微笑、

「勿論私の見立てにちょちょいと代えましたがな、手持ちの西陣織り込ましたよって あと硝煙の防臭コーティングもしてますが、何か気付いたら言っておくれやす、手直ししますよって」不意に襟元のブローチカメラに触れては



尚も響く、サイネージボールの豪快な音


カウンターに近付いて来る壮年の男、灰屋

「おお、来てるのか花彩さん」

渕上、どんとカウンター席に座っては

「灰屋さん、仕事中にバッティングセンターって、お仕事順調やらですな」

島上、脚立に上がり景品棚のほこり払いながら

「ここも草狩り場だよ、軽く3人引き抜いてるよ」

灰屋、丁寧に指を数えては

「いや5人かな、師匠筋が中々手放さないから、皆姓名変えたよ」

渕上、剥れながら

「もう、姓名変えは呪詛封じですから、相談して下さいよ」

灰屋、慇懃に

「これは失礼、渕上嬢」軽くお辞儀

渕上、自らの万年筆と紙を差し出す

「まあいいです、今からでも誰か教えて下さいよ」

灰屋、頬笑みながら

「それは保守義務だよ、今は内緒」

渕上、照れては視線を逸らす

「仕方無いですな、その笑顔は祇園に取っておくれやす」

島上、道化ながら

「男の色気は、とことん深いね、渕上もまだまだか」

渕上、舌打ち

「小うるさい」島上の脚立を思いっきり蹴り上げる

ドン、為す術無く脚立から落ちる島上、寸でで受け身

「渕上な、」

灰屋、満面の笑み

「おやおや、うっかり、惚れられても構わないがね」

渕上、赤らみながら

「ここで言いますか、この場でそれを言いますか、まあ定年受けたら考えてもええどすよ、今の仕事なら3年も命が持ちませんで」

灰屋、尚も笑みをたたえ

「それは無理かな」バットケースからバットを抜き、バットケースを渕上に預けては、バッターボックスへ向う

島上、距離を置きながら

「渕上、これ振られたのか、今言っちゃって良いのか」

渕上、物憂げに

「ふん、戯言どす 分かっていても、ぐさり来ますな」



次第に人が集まり出す3番のバッターボックス、花彩の精一杯しなるスイング、ジャストミート

サイネージボールが直上のホームランの的に当たり、スピーカーからファンファーレ

2番バッターコースの莉津、手でひさしを作ってはホームランの的を見やる

「その不思議なリズム感で、何故当たるやら」

花彩、尚もバットを掲げる

「来た球を打つだけですよ」

莉津、戦慄

「ここで長園かー、懐かしいよ」

花彩、またもジャストミート、ホームラン

「そう、記録より記憶に残る偉人ですね、」

莉津、頻りに頷く

「いやいや、イッチも真っ青だよ」

花彩、莉津に振り浮いては

「そうですね、イッチさんまだ存命ですから、お金貯まったらアメリカのメソッドツアーに行きましょうか」

莉津、呆れ顔で

「花彩も、何処目指してるのよ」



花彩と莉津、小休憩も

“カキーン” 清々しい音がバッティングセンターに響き渡る


花彩、7番バッターコースに近付き

「おじ様、良くお見かけしますね、そのキレの有るセンター前の流し打ち、お見事ですよ」

灰屋、花彩をちらり見やるも、適打流し打ち

「フォアザチームか、常々肝に命じてるよ」

莉津、物憂げに

「うーん、どこかで会った様な、」

灰屋、耳聡く

「御一緒は莉ちゃんだね、莉ちゃんのお母さんは良く知ってるよ」

莉津、頭を抱える

「はー、逆に知らない方を探したいですよ」

灰屋のバッターコース、終りの20球を告げる電子音が鳴る 灰屋振り向いては

「まあまあ、莉ちゃんのお母さんも本来ならね、断らなければ何れの国の総務大臣なんだから毛嫌いしない事だね ここはねセレブレーションの席で真っ先に顔に出るよ」

花彩、両頬を撫でながら

「天上さん、まさかの大臣候補、ほー」

莉津、逡巡しては

「もう、今に始まった事じゃないわよ 大臣始め、役員になって下さいとか、顧問になって下さい等々、素直に受ければ八方丸く収まるのに 今のお仕事、出張が呆れる程長いわよ」

灰屋、真摯に

「まあまあ、未だ世界は混沌だよ、ローマのお役目は大切だよ」

莉津、慄然と

「まあ、だからお父さんもついお仕事頑張っちゃうんだよね、ふう」

花彩、思いを巡らしては

「なんで、男子はアフリカ目指しちゃうでしょうね」

莉津、一喝

「そりゃ、鉄を求めて一攫千金よ」

灰屋、淡々と

「製鉄の需要問題はどの国も悩ましいね FRPは繊維の関係で再利用の資源に回せないからね」

莉津、憮然と

「とか言って、どこの父親も娘を放ったらかす傾向って、どうなのかな」

花彩、首を傾げては

「そうですね、私も殆ど会ってませんよ この前の父の手紙は、アウクスブルクだったのに会えませんでしたね」

灰屋、意を得た様に

「今の時代はどこの家族も多かれ少なかれ、それだよ 多少は目を瞑らないと、これも社会の為さ」

花彩、従容と

「それが恒久和平に繋がるのですか」

灰屋、新たに新ローマコインをコインボックスに投じる

「ああ、きっとね」



悽然とするカウンター

島上、悩まし気に

「つーか、花彩、またパンダ持ってくのかよ、5個もどこに置くんだよ」

花彩、満面の笑みで、渕上から風呂敷に包まれたパンダを受け取る

「ホームランなら当然の権利ですけど、私だけルールが変わったのでしょうか」

島上、身を乗り出そうも渕上に引っ張られる

「いやな、花彩、絶対おかしいだろ、何で女子で新幹線コース打てるんだよ」

莉津、独り合点

「それもそうだね、新幹線コースの球なんて義体でも投げれないよ、凄い事だよ、最高だよ、花彩」

花彩、尚も頬笑む

「ふう、サイネージボールでなければ掌木っ端みじんですね、グリップでタイミング取る私には死活問題です」

島上、たじろぐ

「改めて痛々しいな、それ絶対硬球でやるなよ」

渕上、割って入っては

「もう長いですがな、そんなのはもうよろしいですよ 島上さんもぐだぐだ言うとらんと素直に景品を渡しなさいな、工房さんの社長さん、人形が仕入れ減りますと嘆きますよって」

花彩、カウンターの商品棚を覗き込んでは

「そうですそうです、この勢いで1000本本塁打の景品の長園さんのサインボール頂きませんとね」

島上、諦め棚に向う

「ファンかよ、しかも生粋かよ」

花彩、尚も昂る

「ふふ、堂上どうじょうさんという人の997本の記録が有る限り、何としても挑戦しますよ」

島上、不意に棚への視線が止まる

「堂上な」

渕上、いじらしくも髪に触れ

「客寄せパンダも頑張りますな」

島上、改めては

「寸止めって、あいつも挑戦者がいないと燃えないタイプだからな」

花彩、凛と

「2000本は長園さんのサインバットお願いしますね、父がファンですから」

莉津、目を剥く

「目標高っつ、」

島上、途方に暮れては

「仕方無い、家宝出すか」

花彩、身を乗り出す

「えっつ、持ってるんですか、」

渕上、呆れ顔で

「呆れた、報酬そこにつぎ込んでるですか」島上の甲を軽く叩く

島上、頬笑んでは

「いつの間にか慈善だよ、ああ、またフェンウェイ・パーク行きたいよ」苦笑

花彩、満面の笑みで

「私も島上バッティングセンターでアルバイトして、貢献しましょうか」ついファイティングポーズ

島上、とくとくと

「看板娘なら、渕上で十分だよ」

渕上、照れまじりに

「あら、娘なんて照れますな」

島上、真顔で

「魔除けには十分すぎる」

渕上、島上の鬢掴んでは捻る

「もう、一言多いですな、」

島上、今にも泣きそうに

「痛いだろう」

島上バッティングセンターは笑いは絶えず

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る