第2話 2087年7月28日 ローマ参画政府 ローマ州 ヴァチカン市 グリーンウッドカフェ

確立されたヴァチカン市 旧施設を改装したグリーンウッドカフェ内 長い廊下を漸く抜けた見晴らしの良い個室

壮年間近のハウル・ヘリングローマ参画政府首相と、艶やかな着物姿の渕上ふちがみみなと 密度の高いティータイムが始まる


渕上、ティーカップを精巧なテーブルに置き

「大層なことですね、個室に呼び出すなんて、私如きは庁舎で結構ですよ」

ハウル、嘆息

「世界中から、優秀すぎる人材が多く集まってますからね、庁舎全部の壁なんて無いも同然ですよ」

渕上、戯ける素振りで

「障子で出来ているんですかローマ参画政府の庁舎、ハウルも声が大きいのも程々ですよ」

ハウル、苦笑しては

「まさか、ご存知の通り、皆の完全驚異の能力にただ敬服ですよ」

渕上、深い溜め息ついては

「まあ今更ですか もし大事件なら、上家衆の人手が足りてませんよ、あちこちから引っ張ってこないと、そうなると担当地域の微妙な均衡が崩れますから」

ハウル、身を乗り出しては

「引っ張るも何も、2055年の悪夢再びですが、敵う人がいるかしら」

渕上、手で仰ぎ

「それは溝端みぞはたですか、ふー」

ハウル、渋い顔をしては

「スィ、溝端」

渕上、焦れては机を小突く

「溝端もあの事件以来羽振りが良い筈ですが、今更、仕事を受けるのですかね」

ハウル、渕上に視線逸らさず

「大方、衰えたと知れ渡ると、我こそはとタコ殴りですからね 自らの張りの頃合いでしょう」見据える

渕上、前のめりに

「ハウル、決して看過していた訳では有りませんよ ただ、こちらの上家衆も全盛期も過ぎましたから、万が一があっては、後の対処出来ません、全てはローマの為にですよって」

ハウル、密封された試験管を差し出す

「それなら、話が早いです 渕上、これは何に見えますか」

渕上、試験管を凝視

「えらく細いですな、蟯虫ですか、けったいな物持ってますね」

ハウル、従容と

「イングランドの他殺現場で見つけました、これでもナノマシーンなんですよ」

渕上、ハウルに試験管を返す

「所詮蟯虫ですよね、持ち歩いてどうしますよって」

ハウル、試験管を完全容器に入れ、鞄に仕舞う

「プログラムを解析したら、効能はあのハリガネムシそのもの、神経毒で直接脳支配服従、その後は機能不全で死亡率98%、唯一の救いは生殖機能が無いので増殖しない事、有ったらバイオテロ一発で拡散し人類滅亡ですね」

渕上、嘆息

「詳細知っているなら対処も出来ましょう そして、それが溝端と何か関係でも まあ溝端絡みなら第六次インドパキスタン戦争のきっかけ作りもしましたが、そこまでは大仰な まさかこの蟯虫さんで人類滅亡までは無理でしょう」

ハウル、凛と

「渕上、くれぐれも言っておきます 蟯虫ではなくナノマシーンよ、呼称は“ドミネーター”、これで人類選別など容易い事、人類への恐喝も容易く、ハーレムも夢では無いわね」

渕上、深い溜め息

「ハーレムでうはうはって、胴元はどこのどいつですか、そんな悪辣な連中、」

ハウル、脱力気味に書状を開く

「さあ、溝端がフロントなのは、この挑戦状で明白です 大事の為に粛正に入ると、ローマ参画政府は介入するなですって」

渕上、ハウルから書状を奪う

「何々、日付は3ヶ月前じゃありませんか、宣戦布告なら、早い方が効果的なのに今日迄噂も聞かないとは、溝端もどこか懐疑的なのですね」

ハウル、頬杖を付いては

「いいえ、ただ、あちらこちらで証明はされましたね 遺伝子分野の厄介な関係者が消されました」

渕上、興味津々に

「なんですのハウル、何か下手こかれましたか、厄介でも死なれるのは心が痛みますな」

ハウル、頬笑む

「ふっつ、やはり渕上は慈悲深いわね」

渕上、苦虫を潰す

「詳細が何か気になりますけど、まあ受けざるえないでしょうな さて、溝端も厄介な仕事を受けますよって ですがハウル、この大雑把な手口、本当に胴元誰なんですか、はぐらかしは無しですよって」

ハウル、改めて姿勢を正し

「渕上、胴元が誰それかを調べるのが、今回のあなたの役目 推理は幾らでも出来ますが、まだまだこの世界には逸れた輩は多いのですよ 渕上、荷が重いの承知していますが、人類救済の為です」

渕上、視線も整い

「えらい重い台詞ですね ですけど今迄なおざりにしておいて、何処かの悪党さんが本気出したら、この瞬間にでもバーっと、実際に散蒔かれたらお仕舞いですよね ここに至って人類救済なんて、何を悠長な事言いますの」

ハウル、首を振り

「ノ、こんな精巧な物、目的も無くタダで作るわけないでしょう、当然見返りを要求してくる筈よ、それが今日迄の時間の訳です」

渕上、まんじりともせず

「さて、今日迄その動き無しと、事件になる前に何とか破棄しろとでも、いや、そんなちっこいのが相手では敵いませんよ」

ハウル、真摯に

「何も困ったから渕上に全部任せる訳では無いの こちらにも対策はあるわ、“ドミネーター”に対抗するナノマシーンカウンターは用意したわ、低温治療の産物ね、1ヶ月は効果があるから、その間に胴元を探し出し”ドミネーター”を破棄する事ね」

渕上、持て余しては襟元を撫でる仕草

「そのナノマシーンカウンターって、製造の一手に仕切る全米がバックにいるんと違います、そっちに任せたらいいでしょう そう、製造追いつかないなら、いい工場さん紹介しましょうか」

ハウル、頑として

「ノ、全米が一致団結して全人類のナノマシーンカウンターを用意出来るとでも 早々から全米が慌てて協力を申し出て来ましたよ」

渕上、困り顔で

「静かに人類が滅んでいくものですね」

ハウル、頬笑んでは

「渕上、あなた今迄どれだけ困った人救ってきたの、自信を持ちなさい」

渕上、溜息

「何を言いますか、これは結構な大仕事ですよ それで、どこに向えば良いんですか、それ位教えて頂けますよね」

ハウル、思いを巡らしては

「そうね、強いて上げれば全米サンパウロ州全域 溝端、一攫千金望もうとこことぞばかり、チンピラ相手に威勢を張ってるらしいわ」

渕上、目を剥いては

「うわ、商圏として全米全域ではありませんの、地域広過ぎですよ 全く、ああ、全米、次いでにFBIは何してるんですか」

ハウル、尚も笑みで

「むしろペンタゴン管轄ね、Bー52で絨毯爆撃すれば、あっと言う間なのだけど 都市部に隠れているのは、恐らくデコイのつもりね まずはアイコンたる溝端を潰さないと」

渕上、むずがゆくも

「どうしても溝端あてますか ただこちらはメンバー集めが、いやーアンダー40の若い衆も頼っても玉交混石、困りましたね」

ハウル、鞄から勅書を差し出す

「そうかしら、これなら問題無いでしょう」

渕上、勅書の裏表横を丹念に眺めては開く

「仰々しいですな、というか全く準備万端ですか さて、私渕上、島上しまがみ、欧州から敢えて隠密行動ですか、ふむふむ無難ですね それでもう一人は松本花彩まつもとかあや、誰?いや花彩、いや、いや、いや!これは駄目です」勅書を身震いしながら閉じる

ハウル、口元が微かに上向く

「ノ、でも凄い人なのでしょう松本花彩さん、人選はローマ参画政府直属スカウトの灰屋はいおくさんにも相談したのよ」

渕上、不意に視線が動く

「もうあの閑職部署、いい加減定年無いのですか、灰屋さんもこことぞばかり試しますな まあ花彩さん、あの凄い学力で、何故ラテラノ大学に通ってるか不思議ですけどね」

ハウル、笑いを耐えるのも堪える

「渕上もラテラノ大学の日本学科の講師なら、花彩さん知ってるでしょう ついでに“モテモテ”らしいわね」

渕上、口を尖らせては

「ハウル、神学校ですよ、猥雑な表現するところじゃないですよ」

ハウル、笑みが漏れる

「事実でしょう、近寄る人が少なくないって事よ、」

渕上、左眉が上がる

「さて、何か浮ついてますな、花彩さんの同行はやはり遠慮しておきます」

ハウル、尚も迫る

「あら、宗家そうけの承認も得ていますよ」

渕上、嘆息

「仲睦まじいどすな、ほんま照れますわ」

ハウル、苦笑しては

「京都弁は難しいですね」くすりと「それとこれです、今日から身につけて下さい」渕上宛と島上宛の飾り箱2つを差し出す

渕上「五カ国語流暢なくせに、何を言われますの」渕上宛のジュラルミンの飾り箱を開きブローチを掬う「ブローチ、ぬ、これブローチカメラですか、えらいくどいですな」

ハウル、見定めては

「決して首輪じゃないですよ、日本のテレビ局の『あなたの向こうで』以来、何れはと思っていましたが、職務とプライベート関わらず欠かさず付けて下さいね、一定のブランクと或る程度のプライバシーは録画がオフになるから鯱張らずにね」

渕上、口が真一文字に

「ハウル、私の悲惨な結末映ったら、どうするんです」

ハウル、噴き出そうになるも

「そうね、きっと泣くわね、寝るのを惜しんでもね」肩が震える

渕上、目を細める

「はあ、私が泣きたいどすよ」

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