お化け屋敷

20才 美容師見習い


 私が小学校高学年の頃の話です。いつも忙しい父が珍しく私と妹を遊園地に遊びに連れて行ってくれました。しかし、途中父に仕事の連絡が入り、一旦父は遊園地を出ることになりました。小一時間で戻るつもりだが、遅れるようならお母さんを迎えによこす、と言って、大丈夫だよな、と私にすまなそうに何度も確認しながら、その場を後にしました。

 そういうわけで、私と妹は別に寂しがるわけもなく、いろいろアトラクションを楽しんだり、渡された小遣いで飲み食いしたり、とうまくやっていました。途中、妹が私に言いました。

「お姉ちゃん。あれ入りたい」

 妹が指差したのはお化け屋敷でした。私は妹が怖がるだろう、と思って避けていたので、本人のリクエストに意外な気持ちでいました。

「お化け屋敷? あんた怖くないの?」

「うん、入ろう、お姉ちゃん」

 正直言って私は少し怖かったのです。暗闇が苦手だったのです。でも、妹の手前それを知られるわけにもいかず、つまんないよ、どうせ、という態度で入ることにしたのです。

 嫌だな、と思いながらも私たちはお化け屋敷を目指しました。妹はどこまでも楽しそうです。私は、こいつ、私が暗いところ苦手なの知ってわざとやっているんじゃないか、と訝ったりしましたが、妹の無邪気な笑顔にそれは認められませんでした。(今になればそれも疑わしい)

 その遊園地のお化け屋敷は、いま主流の体験型ではなく、昔ながらのタイプのものでした。私は、どうせ、暗い中から突然人が出て、さんざん脅かすんだ。マンネリなんだよ、と入口に立った時、そう思うことで自分に勇気を付けました。

 パスの確認を入り口でしてから、分厚い生地の、嫌な感覚のする暖簾みたいのをくぐり抜けました。すると、そこに、若い髪の長い女の人が立っていて、私たちに微笑みかけました。私と妹は手を振ってそれに応え、先に進んでいきました。

 クラッシクな晒し首や提灯が薄暗い中陳列していました。私は思ったより怖くないので安心しました。途中、大きな鏡が架けられており、妹が思わず覗くと、急に化け物の姿に切り替わって、大声で脅されました。この仕掛けにびっくりした妹はパニックになり、泣き叫びながら、走りだしました。私ははぐれるわけにはいかないので、必死に追いかけました。内心では、危なかった、私があれをされたら、どんな醜態をさらしたんだろう、と冷や汗をかいていました。

 妹が当てもなく走り回ったおかげで、私たちはすっかり迷ってしまいました。何度も同じ部屋に入ったり出たりで、前に進めません。途方に暮れかけ、少し心細くなりました。出れなくなったらどうしよう、私は少し泣きたくなりました。その時、私は入口で会った案内担当であろう若い女の人のことを思い出しました。戻ることならできる!

「お姉さんのところに行こう。案内してもらおうか?」私は疲れてしゃがみこんでいる妹に言いました。妹がうなずいたので、私たちは入口に向かって歩いて行きました。

 入り口付近まで来ると、さっきと同じ姿勢でお姉さんが佇んでいるのが見えて、私たちはホッとしました。駆け寄って言いました。

「お姉さあん。出られなくなっちゃった。出口まで案内して」

 私はこのお姉さんの役割がそうであると思い込んでいたのです。妹と共に手を引っ張りおねだりするように頼みました。すると、お姉さんは微笑ながら私たちと一緒に行ってくれたのでした。

 お姉さんの足取りは意外に遅く、私たちがいつの間にか引っ張っていく形になっていました。そして、例の鏡の仕掛けにたどり着きました。私は少し意地悪になって、お姉さんを驚かしてやろう、と思い、

「これ、おもしろいんだよ! 見てみて!」とお姉さんに覗き込むように促しました。

 当然さっきと同じことが再現されたのです。

「キヤーッ!」と悲鳴を上げてお姉さんは腰を抜かしたようにその場にへたり込んでしました。それからは全く動けなくなりいくら手を引っ張ってもびくともしません。弱った私は、結局元来た道を引き返し、他の係員を呼びに行くことにしました。

 入り口から逆に出てきた私たちを見て、係員の人は面食らった感じで見ていました。私は、事情を説明しました。迷った事、そして助けを求めたお姉さんが途中で動けなくなってしまった事。

「案内のお姉さん?」そう言って係員は首をかしげました。係員はとにかく救護が必要と判断し、私たちにここで待つように言ってお化け屋敷の中に入っていきました。

 私と妹はしばらくそこで待っていました。お化け屋敷全体が少しざわつく感じがしました。そこへ、用事を済ました父が来ました。私と妹は一緒になって、面白おかしく、案内のお姉さんがお化けに脅かされて悲鳴を上げたことを説明して、しょうがないから、他の係員を呼びに戻ったんだ、と少し誇らしげに言いました。

「保護者の方ですか?」と出てきたあの係員が父をみつけていいました。

「はいそうです」そういうと父は係員に呼ばれて私たちから少し離れたところで何やら話し合っていました。やがて二三度父がその係員に頭を下げてから、私たちの元へ戻ってきました。

「さあ、帰ろう」そういうと父は私たちを連れて足早に遊園地を後にしました。私と妹は帰りの道中、あの案内人のくせに怖がりのお姉さんのことを父に話しましたが、父は一向に取り合わずにいました。


 後年、私は美容室で休暇をもらって、久しぶりに実家に帰りました。団欒していると、私は父に言われました。

「お前、あの時お父さん恥ずかしかったんだぞ。お前たちのウソのせいで大騒ぎになっちゃって」と、父はあの遊園地の出来事を話し始めたのです。

「ウソ? ウソじゃないよ。案内のお姉さんが私と妹を連れて行こうとして、自分で腰抜かしたんだから」

「若い女の係員なんてお化け屋敷にはいないそうだ。結局、出口から出てきたお前たちが、恥ずかしいのをごまかすためのウソ、ということで決着がついたんだ」

「そんな……」

 私と妹は確かに案内のお姉さんと一緒に途中までお化け屋敷を進んだのです。腰を抜かしたお姉さんをその場に残して、人を呼ぶため入り口に戻る際、私たちに言ったお姉さんの悲痛な叫びを私は忘れることができません。

「私、怖いの苦手なんですう!」

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