支配
よくある光景
男
「では、ご家族でいらっしゃるんですね?」
中年の女、傍らにはペット用キャリーバッグ
「ええ、そうでございます。主人を亡くしてからというもの、この子が唯一の家族ですの」
男、カバンからパンフレットを取り出しテーブルの上に広げる。
「それではご説明に入らせて頂きます。弊社のお勧めする新築マンションですが、ペット共生が可能な物件となっておりまして…」
「ペット? あなた! さっき私が家族と言ったでしょう?」
「は? いや、しかし…いえ、すみません配慮が足りませんでした」
「配慮って…気に障る方ね。まあいいわお続けなさい」
男、それから懸命に物件の説明に没頭する。しかし、しばらくしてから、相手の女が上の空で、話が耳に入っていない様子に気づく。
「あの、失礼ですが、お聞きになっておられました?」
女、目をつぶったまま大きくうなずき、手で続けるよう促す。
男、一瞬、懐疑的なまなざしを女に向けるも、さらに物件の説明を続ける。
しばらく後、女、目を開ける。
「いいわ、買うことに決めました」
「え…」
「この子がね、いたく気に入ったみたいなの。そう、あなたもよ」
「あ、ありがとうございます」
男、呆気にとられるが、すぐに自分の商売を思い出す。
「どうもありがとうございます。ご家族にもお礼を」
と、男、キャリーバッグに近づいて、隙間から中を窺う。犬かな? 猫かな?
「あなたもようやくこの子のことがわかってきたみたいね。合格よ。話を進めてちょうだい」
女、満足そうに男を見る。男、キャリーバッグから離れ、元の位置に戻るが、うわの空である。
「どうしたの、幸運に気が抜けちゃったのかしら?」
「それ、なんです?」
「それって?」
男、目をそむけながらキャリーバッグを指さす。
「あなた、さっきからこの子は私の家族と言っているでしょう。何です、今しがた心を入れ替えたと思っていたのに、また無礼に戻るなんて!」
女、ヒステリックに声を荒げる。
「私は…」
「は? 私は?」
「その…」
「は? 言いたいことがあるならはっきりおっしゃい!」
男、息を吸い込んでまっすぐ女を見る。顔面蒼白である。
「私は、あんたが持ってきている、その、毛むくじゃらの全身に無数の目玉が張り付いていて、奇怪な音と共に悪臭を放っているその怪物はなんだ、と聞いているんだ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます