ブランコ

 サークル仲間との思い出


 サークル合宿の最終日、私たちは余興として、夜に怪談大会を開催しました。百物語に倣って、各々一本のローソクを持って、話が終わるたびに吹き消すという趣向です。メンバーは11人。真っ暗になった部屋で、何が起きるか? お決まりの盛り上がりを私たちは楽しみにしていました。

 しかし、こういうとき、必ず一人は参加を渋って嫌がる人物がいるものです。サークルの副部長がその人でした。

「おれ知ってる怪談なんてないよ」

「あんま好きじゃないんだよね」

「いいだろ、一人ぐらいいなくても」

 などと、散々渋った挙句、部長がなだめてようやく参加してくれることになったのです。

 夕食後私たちは借りていた練習場に集まり、飲み物や菓子類を用意して、(不謹慎なので酒はNG) 各自にローソクを持たせてスタンバイ完了。

「じゃあはじめようか。火の扱いには気をつけてくれよ」と部長が言った後、皆のローソクに火が灯されたのを確認してから、明かりが消されました。

(オー)と雰囲気に思わず誰からともなく声が漏れました。10本のローソクはそこそこ明るく照らすのですが、普段照明に慣れている私たちにとってその光景は十分神秘的だったのです。

 この時、例の副部長はというと、終始うつむいて、つまらなそうにしていました。これから話の順番が回っても、適当に誰でも知っている話でごまかすか、最悪パスするかもしれない、と思いました。まあ、怒って途中で帰るよりいいか、とあまり深く考えませんでした。

 話が始まって次々とローソクが消されてゆきます。みんなそれぞれ工夫の利いた怖い話をするので、私たち女子部員は結構本気で怖がったり、悲鳴が上がったりして、その場を大いに盛り上げました。中には何の意味もないし、怖くもない話をする後輩もいましたが、それはそれで突っ込みどころで、いいアクセントになりました。

 そして、話は副部長に回ります。部長に何やら耳打ちされて、軽く背中をたたかれた副部長は頭をかきながら話し始めました。

「まあ、これは怪談と呼べるかなんだけど・・・俺が子供の頃の思い出なんだ。実は俺は二親を失っていてね。4歳からずっと祖父母に育てられてきた。でも小さかったし、祖父母も良くしてくれたから、そのことで気に病んだりはしなかった。ただ、ずっと気にかかっていた、両親に関わる記憶があったんだ。

 みんな小さい頃やってもらったブランコ遊びがあるだろう? 父親と母親が両サイドに立って片方ずつ子供の手を取り、宙ぶらりんにさせるあれさ。ある日、俺は部屋でそれをやってもらっていた。俺は両親の手を握って宙に浮き、足で漕いで人間ブランコを楽しんでいた。漕ぐ度にギシギシと音が立っていたのを記憶している。いつもより揺れが大きくて、若干興奮していた。俺は夢中になって繰り返していた。

 その時、突然祖母が入ってきて、大声を上げると、俺を両親から引き離し、俺をひっぱたいたんだ。後から祖父も入ってきた。俺は怖くなって泣いた。

 この記憶がなんなのか、夢を見たのだろうか、時々この光景が脳裏によぎると、自分なりに解釈を試みたりしていた。しかし、わかるはずもなく月日が過ぎていった。

 そんなある日、俺は小学校高学年になって、親戚の家に泊まりに行った。叔父さんたちはよくしてくれた。従兄弟ともすぐ打ち解けた。彼らは海に連れて行ってくれたり、ソフトクリームを食べさせてくれたりして、可愛がってくれた。何日目かの夜、俺はトイレに起き、用をすませると、居間の明かりがついていて、そっと近づいてみると、まだ叔父さん達が酒を飲みながら話していた。

「兄さんたちもあんなことするなんてな。子供がかわいそうと思わなかったのかな」

「子供って残酷よね。無邪気というけれどあれは・・・」

 俺のことを話している。そう思って聞き耳を立てた。そうして、俺は全てを知った。身内は身内に恥を積極的にさらすものさ。俺はショックを受けた。

 つまりこういうことだ。小さくて何にも知らない俺は、両親が自殺した部屋に入り、並んでぶら下がっているのを何かの遊びかと思って、その間に入り、だらりと下がった二人の手をそれぞれ握ってブランコ遊びを始めたというわけさ」

 ここまで話して、副部長は黙ってしまいました。やや間が空いてから絞り出すように再び話し出しました。

「みんな、ごめん。こんな話をするべきじゃなかった…ほんとごめん、どうかしてた」

 副部長はこれ以上何も言えなくなり、鼻のすする音を立てています。部長がみんなに向かって小さくバッテンを作って見せて、副部長を連れて部屋に戻りました。会はそこでお開きになったのです。

 副部長はそれっきりサークルに顔を見せないようになりました。見かけて挨拶しても知らんぷりされました。部長は副部長が、退会届を出したことだけを私たちに告げて、それ以上、その話題を口にすることはありませんでした。


 それからしばらく経ったある夜のこと、私は夢を見ていました。私は子供で、公園のブランコで両親と一緒に遊んでいました。私はまだうまく漕ぐことができないので、両親に揺らすのを手伝ってもらっていました。微笑ましい、楽しい光景です。

 でも、私は彼らの顔を知りませんでした。私の傍らで一緒に遊んでくれていた人物は私の両親ではなかったのです。それに気づいた私は急に怖くなって目を覚ましました。

 キィー、キィーと、夢の中で聞いたブランコのきしむ音がまだ続いていました。

 キィー、キィー

 キィー、キィー キィー、キィー

 目だけ開けて身動き取れない私は、ベッドの両側に人がぶら下がっているのを見ました。そして、私に向かって手をだらりと差し伸べたのです。

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