二人の決意
「どこ行くの?」
翌朝、早めに目が覚めた俺は誰にも気づかれないようにして玄関で靴を履きかえていたのだが……
「いや、別に。ちょっと散歩を……!?」
振り返るとそこには雪歩の姿があった。まあ声からして彼女だとは思っていたけど、それでも俺は驚くことになる。なぜなら彼女がパジャマ姿だったからだ。いやこんなこと言うと俺がパジャマフェチだとか思われそうだからあえて言っておくが俺は決してそんな特殊な性癖は持ち合わせてはいない。ただ下ろした髪とパジャマ姿に一瞬雪菜かと、思ってしまった。ただそれだけだ。
「? どうしたの?」
「い、いやなんでもない」
そのことを彼女に悟られないように慌てて誤魔化す。
「それよりも散歩って、どこ行くつもり?」
「どこも何も、適当にそこら辺ぶらつくだけだよ」
「適当にぶらつく? ……ねぇ、歩って村からほとんど出たことないって言ってたよね?」
「ああ、それが?」
「じゃあ当然この街に来るのも初めて、なんだよね?」
しまった!? そう感じた時にはもう遅かった。
「ということは歩は知らない街を土地勘も何の知識もない自分一人で適当に散歩しようとしてたわけ?」
そう言って雪歩は俺をじーっと見つめる。
「えーと、それは……ま、別に近く歩くぐらいなら迷わないかなーって。俺方向音痴ってわけでもないし」
だが俺の言葉を聞いても雪歩を俺を見つめたまま目を逸らそうとはしなかった。
「ねぇ、歩。正直に言って。本当はどこに行こうとしていたの?」
その言葉はもう疑いようのないくらい俺が散歩ではない、どこかへ行こうとしていたの見透かされた言葉だった。
「歩!」
そう言って雪歩はこちらに近づき、グッと顔を近づける。
「昨日言ったでしょ? わたしたちのこと『家族だと思っていい』って」
「あっ……」
雪歩にそう言われて俺は昨日の言葉を思い出す。
「歩。覚えてるでしょ?」
「……ああ。そう、だったな」
俺は頷き、そして誤魔化すことを諦めた。
「村に、行こうと思ったんだよ」
「村? 村って歩とお母さんの故郷の?」
「ああ、そうだよ。……やっぱり自分の目で確かめておきたいと思ってな」
そう。あくまで俺は先生から惨劇についての話を聞いただけ。まだ自分の目で何も確かめていない。昨日は話だけで動揺してしまったけれど、やはり俺自身で見てみないことには俺は認めることが出来ない……そう思った。
「だから行こうと思ったんだ」
村の現状を知る為に。
「……そんなこと考えてたんだ。でも当然よね。自分の生まれて育った場所、だもんね」
寂しげな顔で呟くようにそう言いながら雪歩は俺から顔を離した。
「でも、場所は? どうするつもりだったの?」
「ああ、それはこれをちょっと借りたから」
俺はズボンのポケットから一冊の本を取り出した。
「それって、居間にあった地図?」
「ああ、さっき拝借してきた。昨日あるのが見えたからな」
実を言うと昨日これを見かけた時からこうすることをずっと考えていた。本当はこっそり抜け出すつもりだったのに実際はこうしてあっさり雪歩に見つかってしまったわけだが。
「そっか……じゃあ本気なんだね。本当に行くつもりなんだ」
「ああ、もちろん」
雪歩に見つかってしまったけど、でも俺の決意は変わらない。村に行ってこの目でその現状を見届けてくる。
「……わかった」
そう言って雪歩は頷く。良かったわかってくれ―
「わたしも一緒に行く!」
「え……はぁ!?」
彼女の発言に朝早くにも関わらず、大きな声を出してしまった。
「だって、一応何回か行ったことあるし、わたしなら道案内出来るよ」
「いや、そういうことじゃなくて」
ここはちゃんと理由話したんだから素直に行くのを認めてくれる場面じゃないの?
「それに……なんか歩一人で行かせるの不安だし」
「不安って、なんだよそれ」
「自分でもよくわからない。けど、なにか不安なの」
そう言って顔を伏せる雪歩。こいつ一体何を考えて……
「朝っぱらから何やってんだ、お前ら?」
ビクッ!?
その声に俺も雪歩も驚きで体をビクつかせた。恐る恐る声のした方に顔を向けると、
「は、春香さん」
春香さんが壁に手を付きながらこちらを怠そうな顔でこちらを見ていた。その口にはタバコ……と思ったらなぜかスティック飴が咥えられている。
「いや、ちょっと散歩を……」
「散歩? ふーん、散歩、ねえ?」
じろーっと俺たちを見つめる春香さん。
「どうでもいいがウチは恋愛禁止だぞ」
「なっ!?」
恋愛って……いや、確かにはたから見たらそう見えるのか。朝早くから散歩とか……付き合うのを隠しているカップルが朝早くから逢引きして出掛けるみたいにみえなくもない。
「べ、別にそんなんじゃない! わたしはただ勝手に出掛けようとした歩を止めようとしてただけ!」
「そうなのか?」
「そうなの! まったく、なんで先生も春香さんもすぐそういう風に見るかな!」
顔を赤くしながら春香さんを睨み、文句を言う雪歩。勘違いされたのがそんなに嫌だったのか?
「まあいいや。それよりもお前ら朝飯まだだろ?」
そう言って頭を掻きながら怠そうに聞く春香さん。そりゃ朝一だから何も食べてはいないけど。
「別に散歩に行こうが何しようが構わねえけどよ。飯ぐらいちゃんと食ってけ。今作っから」
そう言って彼女はその怠そうな表情のまま台所の方へ歩いて行く。だがその背中には妙な暖かさがあるように俺には感じられた。
「……とりあえず靴脱いだら?」
「……そうだな」
そうして俺は靴を脱ぎ、雪歩と二人揃って台所へと向かうのだった。
「あっち~」
歩きながら思わず愚痴る俺。
結局あれから春香さんの作った朝食を食べてから、施設を出た。その頃には日はもう登りきっていて、夏の日差しが痛いくらいに地面を照らしつけている。まだ九時前だってのにこれはキツい。
「なんだってこんな暑いんだよ」
「そりゃ夏なんだから当たり前でしょ」
暑さに挫けそうな俺に隣を歩く雪歩が涼しげな顔で答える。結局どうしてもついて来ると聞かない雪歩を説得するのを諦め、俺は素直に雪歩に村まで案内してもらうことにした。ま、地図使うよりもそっちの方が確実だしな。
「それはそうなんだけどさ。なんていうか俺が知ってる暑さよりも数段増しっていうか、ちょっと異常じゃないか?」
「まあ異常と言えば異常かもね。地球温暖化だから年々平均気温も高くなってるし……あっ、そっか昔はこんな暑くなかったってことか」
「なんか俺を何十年も昔の人みたいに言わないでくれる? これでも二十年前の夏を知ってるだけなんだけど」
とは言え、その二十年前よりも確実に暑くなってるから俺はバテているわけだけど。
「ごめんごめん。別にそういうつもりはないんだけど……でも二十年前は四十度超えることなんてなかったでしょ?」
「そりゃないけど……って、もしかして今はそんな気温になるのか?」
「うん。と言ってもそんなに上がるのは一部の地域だけだけどね。ここら辺は上がってもギリギリ猛暑日ぐらいだよ」
「猛暑日? なんだそれ?」
初めて聞く用語だな。
「猛暑日って言うのは最高気温が三十五度以上になる日のことだよ。何年か前に出来たんだ」
「へーいつの間にかそんな用語が出来ていたのか」
というか三十五度以上って、それでも十分暑いんですが。
「でもそんなにへばってるのに歩いて村まで行こうとしてたなんて、無謀にも程があるよね」
「うっ……べ、別にいいだろ。たかが二十キロくらいどうってことねえよ」
含み笑いしながら俺を見る雪歩に強がっては見るが、正直その距離を歩くのは到底無理だったと言わざるを得ない。この炎天下の中そんなに歩いたら確実に熱中症で死ぬ。というかあの夜の俺はそんなにハーフマラソンに近い距離を走ってたのかと、自分のことながら驚きを隠せない。
「ま、でもバスがあるならそれに乗るにこしたことはないよな」
俺はもうすぐ目の前にあるバス停を見ながら呟いた。
「ね、だからわたしに案内させて正解だったでしょ」
……悔しいがその点に関しては認めざるを得ない。本当に雪歩がいなかったらどうなっていたことか。
「まあ、そのことに関しては感謝してるよ。ありがとな」
「どういたしまして」
そんな風に話しているうちにバス停へと到着した。
「えーと、次のバスは……九時五分。あと十分くらいね」
バス停の時刻表を覗き込みながらそう呟く雪歩。
「そういえば。バスだとどれくらいなんだ、村まで?」
「うーん、だいたい四十分くらいだったかな。でも近くのバス停から結局三十分くらいは歩かないとだけど」
「え? そうなのか?」
「そうだよ。あんな山の中の村に行くバスなんてないよ。今は誰も住んでないし」
そりゃそうか。確かにバスなんて見たことないな、近所のおっさんが運転する軽トラならしょっちゅう見たことあるけど。村の中にいると気づかないことって案外あるんだな。
ま、それ以前にそんな悲劇の起きた村なんて薄気味悪くて誰も近づきたがらないのかもだけど。
「とりあえず座って待ちましょ」
「そうだな」
バス停の小さなベンチに俺たちは隣り合って座った。木で出来た小さなバス停ではあるけれども一応屋根はあるし、日陰になったことで多少は暑さをしのげる。
「でも日陰ですらこの暑さか。本当に嫌になるぜ」
「そうよね。わたしもここまで歩いただけなのにかなり汗掻いちゃった」
そう言って服を扇ぐ雪歩。
「おい、いくら人がいないからって女の子がそういうことするのははしたないぞ」
「そう? 別にいいんじゃない?」
「よくないんだよ!」
主に俺の精神的にな。雪菜と同じ顔でそんなことされると雪菜じゃないとわかっていてもどうしてもドギマギしてしまう。
「そこまで言うこと? ……なんかお父さんみたい」
「お父さんって……まあ、でもそうなるのかな」
雪歩は雪菜の娘のわけだし、本来の年齢差からしたら娘みたいなものだ。
「……そういえば父親の記憶ってあるのか? 母親の記憶はないって言ってたけど」
彼女の父親は苗字からして凪沢先輩なのだろうとは思う。ただ今のところ父親について彼女の口から何も聞いていない。ふとそのことが気になって聞いてみた。
「……ないよ。むしろお母さんよりないって言った方がいいかも。だってお父さんはあの事件よりももっと前に死んでるから」
「え?」
あの事件よりもっと前? 俺はてっきり先輩もあの事件で死んだものとばかり思っていたけど、そうじゃなかったのか?
「わたしのお父さんはわたしが産まれてすぐ事故で亡くなったの。詳しいことは知らないんだけど……」
つまり雪歩には両親の記憶がない。そういうことになる。父を事故で失い、母を凄惨な事件で亡くし……雪歩は家族との思い出を何一つ共有することなく、ここまで生きてきた。過程は違えど早くに両親を失っている俺にはその胸の内にある寂しさが少しわかるような気がした。
「お前は……」
雪歩に問い掛けようとした瞬間、ファーンという音共にバスがやって来た。
「さっ、行きましょ」
「お、おう」
俺は言いかけた言葉を飲み込んで、雪歩と共にバスに乗り込んだ。そして俺と雪歩を乗せたバスはゆっくりと村へ向かって走り出した。
それから約一時間。近くのバス停でバスを降りた俺たちは村に向かって歩いていた。だが……
「なぜにこんな山道?」
今俺たちの歩いている道は舗装された道路ではなく、山の中に出来た砂利道だった。
「仕方ないよ。村への道路は崖崩れで封鎖されていて通ることが出来ないから」
「そうなのか?」
「うん。何年か前に起きて、誰もいない村への道路に利用者もいないから修復する必要もないだろうって、そのままにされているの」
誰もいない、か。村に近いこともあってかそんなことを聞くと事件のことがだんだんと現実身を帯びてきたような……そんな感じがした。
「……そういえばここら辺って小さい頃に遊んだかも」
「そうなの?」
「ああ。村の中じゃ遊ぶとこほとんどないからな。近くの森で鬼ごっことかかくれんぼとか、秘密基地なんかも作ったりしたな」
「へー。なんか楽しそうだね」
「まあな。ゲームなんかない俺たちにとって森は最高の遊び場だったよ。まあでもどんなことするにしても大体雪菜が勝ってたけどな」
「え? お母さん?」
「ああ、あいつって勝負ごとに滅法強くてさ。遊びだってのにいっつも本気なんだよ。それで、たまにこっちが勝ったりなんかするとまたムキになってその次は倍返しかってくらいボロ負けにされるんだよ」
「お母さんが……へぇ」
雪歩はどこか複雑そうな顔で頷く。それは知らない母の一面を知った嬉しさなのか、それとも……
「あっ、もうすぐだよ」
そう言って見上げた先に村の入口らしき看板が見えた。古びてはいるがそれは確かに俺もよく知る村の入口に立てられた看板だ。
「あの先に村が……」
脳裏に浮かぶのは住み慣れた平和な村の光景。だけど今この上にあるのは……正直わからない。考えたくいない。一体どんなこうけが待ち構えているのか……
「行こう」
そんな拭いきれない不安を抱えつつも俺たちは残りの山道を距離を一気に駆け上る。
「着いたよ」
彼女はそう言って前を向いた。その言葉と一緒に俺も視線を下から前に移す。
「っ!? ……」
ある程度のことは覚悟をしていた。だがその前にある光景を目にした瞬間、俺は絶句した。
目の前にあるもの、それは規則的に並べられた石の柱の数々。それらには一つ一つ名前のようなものが彫られていて……つまりそこは墓場だった。
「どっ、な……」
言葉にならない声を出して俺は一歩後ずさる。
「あれから、ね。全て壊されたの」
そんな困惑する俺の横で雪歩は独り言のように語り出す。
「殺された村の人たちの引き取り手はどこにもなかった。そもそも村の外に親戚を持つ人が少ないってのもあるけど、何よりそんな風に悲劇見舞われた人たちの亡骸なんて不気味だから……そんな理由で親戚どころかどこの寺も引き取ろうとしなかった」
だから、村自体を墓場にした。
「血で染まった不気味な家屋も壊せるしちょうどいい。そんな風に思ったみたい。だから今ここにあるのは行く宛てもない村の人たちが眠る場所、それだけ」
悲しそうな顔をしながら雪歩は語り終える。それはそうだろう。記憶はなくとも彼女の母と父が育ち、そして彼女自身が生まれた場所だ。その場所が忌み嫌われ、墓場になっている……そんなの苦痛以外の何物でもない。
俺だってそうだ。俺の中ではつい二日前までここにはみんながいて、そして楽しく暮らしていた。なのに……
「ぐっ!」
これではもう認めざるを得ない。村の人が全て殺された、それが夢、幻ではなく現実であると。
「……ついてきて」
そう言って歩き始める雪歩。
一体どこへ?
そんなことを思いながら俺は震える足を奮い立たせて、その後に続いて歩き出す。
そして雪歩は一番後ろにある墓の前で止まった。
「ここよ。たぶん歩が一番来たいとこだと思って」
雪歩の前にある墓。そこに彫られてあるのは、
「っ!? ゆき、な……」
それは俺がここで一番見たくない名前だった。
「そう。ここにお母さんは眠ってる」
そう口に紡ぐ雪歩の顔に先ほどのような悲しさはなかった。ただ無表情で雪菜の墓を見つめていた。
「……何度目なんだ? ここに来るのは?」
俺は自然とその言葉を雪歩に向けていた。
「……三度目、かな。ここに来るのは二年ぶり」
「三度目……」
事件が起きたのは十四年前と言っていた。その間に彼女がここに、母の墓前に来たのはたったの三回。
「なんかね、全然実感湧かないの。だってわたしお母さんのこと、何も知らないから」
そう言ってこちらに笑いかける雪歩。それは誰の目から見てもわかる苦笑いだった。
「そうか……」
だけどもそれを見て俺は悟った。
最初は表情も無くしてしまうぐらいに悲しみに尽くした……そんな風に思った。
でも違う。自らが言ったように雪歩は実感がないのだ。自分の母がここに眠っているという実感が。幼くして両親を亡くした彼女にとってここに母が眠っているというのはあくまで伝え聞かされたことであり、自ら体験したことではない。確かに彼女自身が被害者でもある。だが彼女は母の声も、温もりも、何一つ覚えていない。それは村についても同様だ。だから村に着いて見せた彼女の表情は家族を、自分の生まれた村を無茶苦茶にされた悲しさではなく、客観的にここで起きた悲劇に対する悲しみ。
「凪沢雪菜……平成十二年十二月三十一日 没」
享年二十歳。
墓に刻まれた文字をそーっと指でなぞりながら俺は呟く。
六年。俺が眠り、事件が起きるまでの間に雪菜は一体どんなことを経験したのだろう? 幸せだったのだろうか? 先輩に恋して、結婚して、子どもを産んで……
「ははっ、やっぱ無理だわ」
俺は墓から手を離し、立ち上がる。
「やっぱり俺にはお前が母親やってる姿なんて想像出来ねえよ」
墓を見下ろしながら俺はその下に眠っているという雪菜に向かって言葉を放つ。
「だいたいお前が子育てとか出来るの? 料理どころか家事すらまともに出来ないお前が妻? 母親? わりぃけどどうあがいたって無理だって」
「ちょ、ちょっと歩!」
俺の言葉を聞いて戸惑いの顔をした雪歩が俺を止めようと詰め寄る。
「……でも、それでも必死になってなんとかしようとするのがお前だよな。そしてそれでなんとかなっちまうのもお前だ」
生まれてから十五年間一緒だった俺だからこそわかる。あいつならきっとそうするだろう、と。
「でも、それでもやっぱり想像出来ねえよ」
雪菜が結婚した姿、母親になった姿、そして……死んだ姿。
誰よりも一緒に、長い時間を過ごしてきたはずの俺でもそれは想像出来ない。
「結局は俺も同じなんだよ」
俺はそう言って雪歩の方を見る。
「実際に雪菜の墓場を見ても実感が湧かない。あいつが死んだなんて信じれてないのさ」
雪菜の記憶がほとんどない雪歩と雪菜のことを知っている俺。
全く正反対の二人だけども、それでも抱いている思いの根本は同じ。俺たちは何一つとしてこの目の前の現実を受け入れられていない。いや、受け入れるような確証がないのだ。
どこの誰ともわからない人に大事な人をどんな理由で奪われたのかわからない今のままでは……
「歩……」
そんな俺のことを近くまで寄ってきていた雪歩が見上げるように見つめる。大好きだった彼女の娘が、彼女とそっくりな瑠璃色の瞳で。
「……決めた」
俺は視線を墓の方に移しながら自分の決意を固めた。
「俺は捜すよ。犯人を」
俺は墓に向かって宣言するかのように言い放つ。
「犯人って……本気なの?」
横の雪歩が少し戸惑いの顔をしながら聞いてくる。
「ああ、もちろん。結局のところそうしないと終わらないと思うんだ」
俺のこの気持ちも、雪歩の思いも。全てを決着させるには根本であるこの事件、その犯人を捜し出す、それしかない。
「どうしてこんなことが起こったのか。どうしてこんなことをしたのか。それを全てぶちまけさせて、そして謝罪させるんだ。なんだったら二、三発殴っちまってもいい。……それでも足りないくらいだけどな」
そんなことしても雪菜は帰ってこない。雪菜が殺されたという事実が変わらない。でも、そうすれば何かが変わる気がする。
「俺たちがこれから前に進む為にこれは避けては通れない道なんだよ」
だからこそ、俺は犯人を捜す。この気持ちに決着をつける為に。そして雪菜を好きなこの思いに決着をつける為にも。
そう俺は雪菜の墓の前で力強く宣言した。
「……わかった」
小さく呟くように言った雪歩は体を俺と同じように墓の方に向け、そして、
「わたしも犯人を捜す」
俺と同じように雪菜に向かって宣言した。
「いや、別にお前はいいんだぞ。俺が勝手に捜すって言ってるだけなんだから」
「ううん、わたしも探す。わたしずっと逃げてきたんだと思う。わたしはお母さんのこと何も知らない。だからここに来ても悲しくない、事件のこと聞いても恨んだりしなかった。でもそれでいいと思った。わたしじゃどうにも出来ないことなんだからって」
胸に手を当て、心の中の思いを一つ一つ言葉にしていく雪歩。
「でも、それじゃダメなんだよね。ちゃんと悲しまないとダメなんだよ。だって、それがお母さんを知ることになるんだから」
「雪歩……」
「だから、わたしも犯人を捜す! ちゃんと悲しむ為に……」
決意を秘めた瞳で言い切る雪歩。でもそれは痛みを伴うということだ。彼女が今までで感じてこなかった悲しみ、母親を失ったという痛みを……
「そういうわけだから。お母さんのこといっぱい教えてね」
「え?」
「え? じゃないよ。言ったでしょ、お母さんのことちゃんと知りたいって。歩はお母さんの幼馴染なんでしょ?」
「あ、そういうことか」
「うん。だからわたしの知らないお母さんのこと、たくさん教えて。そして犯人を捕まえる!」
それでわたしはようやくわたしの人生を生きることが出来る。
そう彼女は言う。
「……わかった。これは俺たちの問題、だもんな」
そう言うと彼女は小さく頷いた。
「じゃあ改めて言うぞ」
「うん。今度は二人一緒に」
そうして並び立った俺たちは大事な人が眠る前で誓う。
「「絶対に犯人捜し出す!」」
二十年ぶりに目覚めた俺と大事な幼馴染の忘れ形見である彼女。二人の人生を賭けた犯人捜しがこうして幕を開けた。
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