Puissance réelle(真なる力)

 ピエナの街の最西端、外海を望む波止場へとマサト、ユファ、リョーマは降り立った。

 本来ならばここには多くの就労者が忙しなく働いており、今の様に人っ子一人いないと言う状況は有り得ないのだ。世界随一の港町でありこの大陸の玄関口ともなれば、毎日多くの荷物が出入荷しているのだから。

 それにそれを除いても、雄大な海に面し広がる世界を感じさせるこの港は密かな観光スポットとしても知られている。これから出国する人々や観光客たちがいても不思議ではない場所なのだ。

 だが今はそれどころではない。

 目の前には突如出現した巨大な竜巻が、海水を巻き上げながら成長を続けこの街へと近づいているのだ。その速度は速く、後十数分でこの港へと上陸を果たすだろう。その規模から考えれば近づいただけで影響があり、上陸した暁にはこの街を中心として周囲十数キロは呑み込まれるだろうと見て取れた。今マサト達の眼前には風光明媚な光景では無く一面を竜巻の姿が覆っていたのだった。

 

「……マー坊……あれを止める事が出来るのかい?」


 接近した事により、より竜巻の威容を目の当たりにして息を呑んでいた三人の中で、最初に口を開いたのはリョーマだった。

 リョーマ自身も先程、テディオ=コゼロークのエクストラ魔法を直接食らっている。しかしその規模は随分と抑えられ、どちらかと言えば「強力な竜巻を受けた」程度にしか感じていなかったのだろう。エクストラ魔法本来の姿を目の当たりにして、さしものリョーマもその美しい顔を僅かに蒼ざめさせていた。


「……うむ……今ここから見る限りでも、あの魔法にはレベル9以上の威力を感じるの……。それに只の竜巻では無くエクストラ魔法じゃ。単純に災害規模の威力だとは思わない方が良いの……」


 ユファも接近し、改めて見た竜巻を見てそう感想を漏らした。海水を巻き上げた竜巻だけでも天災レベルの脅威だが、攻撃殲滅を目的として編み出されたエクストラ魔法においては更に攻撃力が増していると考えられるのだ。恐らくあの竜巻が通った跡には、その原型を留める事の出来る建造物など存在しないだろう。そしてそれは人であっても違いはない。


「……俺の魔法士ランクは……で10……らしい……」


 二人の言葉を聞いて、迫り来る竜巻から目を逸らす事無くマサトはそう呟いた。


「何じゃとっ!?」


「凄いじゃないかっ!」


 彼の呟きに、ユファとリョーマは殆ど同時に驚きの声を上げた。魔法士ランク10ともなれば、世界で何人も存在するものではない。稀有な存在であり、それだけで圧倒的な力を有すると言えた。

 如何にテディオの造り出した竜巻がレベル9以上だと言っても、元々の魔法がそれ以下ならばランク10のマサトが繰り出すレベル10以上のエクストラ魔法に太刀打ち出来る筈はないのだ。


「……ん……? らしい……だって?」


「最大で……じゃと……?」


 しかしその直後、リョーマとユファは殆ど同時にマサトが口にした言葉の違和を感じとっており、やはり殆ど同時にその事を口に出していた。魔法士ランクは不変であり、そしてあやふやな物ではない。意図的に能力を封印にて抑え込んでいたアイシュ等は解放後に魔法士ランクが上がる事もあるし、その後にハッキリと測定した訳ではないので「らしい」と言う言葉も当て嵌まるが、基本的には一度測定した魔法士ランクが変動する事など無いのだ。それは術者がどれ程努力しようとも変わる事が無く、使える魔法レベルが上がる事などあってもその者のランクが上がる事は無い。

 だが今マサトが口にした事はそのどれにも当てはまらない。どうにもあやふやで変動を示唆しているものだったのだ。


「……魔法士ランクは父さんが教えてくれたけど、それを測定した訳じゃないんだ。エクストラは魔法を封印されるから測定しても意味ないからな……。それに受け継がれた『朔月華』のレベルが『最大で10』らしいからな。結局俺の魔法士ランクは、朔月華の発動する魔法に依るんだよ」


 そう話すマサトだが、彼自身も確信を持ってそう話している訳では無かった。

 通常ならば自身の魔法力によって決定される魔法士ランクも、マサトに限って言えば「朔月華」を受け継いだことにより決定付けられた事もそうなら、使用するエクストラ魔法のレベルも「朔月華」が発動する能力に比例するのだ。何もかもが通常とは異なるエクストラ魔法に、それを受け継いだマサト自身も困惑していたのだった。


「しかし……確かにあのマテリアライズ化した武器そのものがエクストラ魔法だと言う事も奇妙と言えば奇妙な話じゃな……」


 マサトの戸惑った感じで語った内容を聞いて、ユファもそれに同調する意見を漏らした。

 エクストラ魔法とは言わば戦略兵器であり、局所集中よりも広範囲に多大な影響を与える方が効果的なのだ。そしてそれは今まさに目の前で顕現していた。テディオの竜巻は間違いなくエクストラ魔法と言えるものであり、目標を根こそぎ破壊するのは火を見るよりも明らかだった。

 だがマサトの具現化する朔月華はあくまでもマテリアライズ化であり、その姿は一振りの刀剣である。勿論彼の繰り出す剣撃が強力な威力の魔法を打ち出す事は以前にユファも見ている。しかしそれだけならばわざわざ剣の形をとる必要等無く、それだけに奇妙と口にしたのだった。


「俺の朔月華は本当の力を行使する為に、具現化してから更に魔力のチャージが必要なんだ。チャージは最大5段階で、チャージする毎に朔月華の威力も上がるんだ」


 ただ単に魔力を溜めてそれを放出するのではなく、一度形成した魔法に更なる魔力を注入するならば確かにマテリアライズ化した武器は打って付けだった。しかしただ具現化するだけでも多大な魔力を必要とするマテリアライズ化に更なる魔力を注入するとはどれ程の魔力を必要とする魔法なのだろうか。ユファはそう思わずにはいられなかった。


「ユーちゃん、深淵の一族は戦後に特異な道を歩んだ一族なんだ。どういった使命を帯びてそんな道を歩き出したかなんて知らないけど、今ある魔法の考え方と大きく違ってても仕方ないんだよ」


 困惑を浮かべるユファに、リョーマが優しくそう付け加えた。深淵の一族に指示を出したのは外でもないユファだったのだが、彼女も知らない道を進んでいる事実をユファは初めて知ったのだった。


「朔月華のチャージは最大で5段階。1つ段階が上がる毎にその威力は増していくんだ」


「……イストでお主が見せた魔法。あれは……?」


「あれで4段階目だった」


「なんとっ!? アレにまだ上が存在すると言うのかっ!?」


 マサトの返答に、ユファは更に息を呑んで絶句したのだった。イストでマサトが放った攻撃魔法も十分にレベル9を凌駕していた。しかし彼の話ではそれすらも凌ぐ威力が朔月華には内包されていると言うのだ。もし最大までチャージされた攻撃が放たれれば一体どれほどの威力となるのか、「スペルマスター」たるユファにも想像がつかなかったのだった。


を止めるのに、恐らく前回と同じ威力で十分だと思う。でも俺は今回、この朔月華を最大限まで上げて放とうと思うんだ」


 そしてマサトからは、更に驚愕の考えが口に出されたのだった。一口にレベル10の魔法ならばユファもいくつか知っており、本来の力を取り戻した彼女ならば自身で使用可能だった。だがマサトの朔月華はユファの持つ今までの認識を大きく覆す代物だった。そんな魔法が全力で使用されれば、どれ程の威力を発揮するかなど彼女でさえ算定不能だったのだ。


「マー坊っ!? でもそれは……!」


 しかしその事に異を唱えたのはユファでは無くリョーマであった。その慌てぶりからリョーマもある程度朔月華の事を知っていると伺わせていた。リョーマも「深淵の御三家」に連なるアカツキ家の次期当主だったのだ。同じ御三家のミカヅキ家が所有する朔月華に造詣が深くともおかしくはないのだ。


「やはり相応の負荷なり負担がマサトに掛かるのじゃな?」


 リョーマの言葉で、ユファはその考えを口にしたのだった。強力過ぎる力にはそれ相応のリスクが発生する。通常のレギュラー魔法やエクストラ魔法には「魔力」と言うリスクが存在するが、朔月華は何もかもが規格外だった。術者自身にある種のペナルティーが発生してもおかしくない威力を有しているのだ。


「……実は……その事について想像は付いてるけどまだ何も分かってないんだ……。父さんもその事については何も教えてくれなかった……。多分父さんもその事は知らなかったと思う。朔月華を使用した例もないし、その記述も残されていないからね。このまま何も知らずに過ごす事が出来るかもしれないけれど……俺はの真価を知っておきたいんだ」


 マサトの言った事は当然であった。ただ更に付け加えるならば、この力を使わずにいる事は恐らく不可能だろう事だ。戦争はまだ始まったばかりだが、それだけに激化の一途をたどる事が想像される。そうなれば幾度、朔月華を使うシーンが訪れるのか知れたものではないのだ。早い段階で朔月華の全てと言わず、可能な限り知っておくことは必須事項でもあった。

 その事を理解出来るリョーマとユファは、マサトの案に反論する術を持たなかった。いや、出来なかったのだろう。彼等とてマサトの力を当てにする機会がないとは言い切れないのだ。


「だから……もしもの時は……俺を頼む」


 果たして倒れるのか。もしくは暴走を起こすのか。それとも消滅が訪れるのかは誰にも分からない。それらを内包したマサトの言葉だった。


「分かったよ……マー坊……」


「うむ……以後は任せよ」


 リョーマとユファは笑顔を浮かべてハッキリとそう答えたが、その表情には不安を含んでいた。その事に気付いていたマサトだったが、彼は逆に迷いのない笑顔を浮かべて力強く頷いたのだった。


 ―――そしてマサトは朔月華を具現化したのだった……!

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