Annihilation 1(消滅 1)
「月下に集う光粒を散りばめし至宝。我が求めに応じてその姿を模らん。願わくば数多の英霊が祝福せん事を……」
ピエナ自治領を目指して迫り来る巨大竜巻を前に、その進行方向たる港の岩壁に立ちはだかったマサトは、掌を天へと向けた右手を高々と上げて朗々とそう唱えだした。その詠唱こそは彼のエクストラ魔法を発動させる呪文に違いなかった。
「……来いっ! 朔月華っ!」
そしてマサトは、そのまま迷う事無く詠唱を完結させた。
その呼びかけへと答えるかの様に、翳した掌には強大な魔力が集中しだした。凝縮されてゆくその魔力は、一個の塊として形成しているかと思えば即座にその形を崩し、彼の左右へとその端を延ばしてゆく。そして間もなく、その形は一振りの刀へと変貌していった。
装飾を施し、煌びやかな見た目のその剣は、刀と言うよりも祭儀用の太刀に近い。鞘に納まった姿は宝剣と言うに相応しい宝飾が煌いていた。
その姿こそ正しくマサトのエクストラ魔法「朔月華」が具現化した姿だった。完全にその姿を現した朔月華は、シャリッ……ン……と鈴の様な美しい音を発してマサトの手へと納まった。
ミカヅキ=マサトのエクストラ魔法は、他のそれとは明らかに違っていた。
魔法にはその用途用法により様々な種類が存在している。中でも異質なのは魔力により武防具を具現化して用いる、「マテリアライズ化」と言う術法だろう。
剣魔法はそのまま攻撃として用いられる。呪文を詠唱して様々な属性を持たせ、様々な手段での攻撃を仕掛ける事により対象にダメージを与えるものだ。
魔法にも依るが、その殆どは遠隔攻撃を旨としており、近距離で放つ魔法と言うのは稀有だと言って過言では無い。
それもその筈で戦闘を主目的とし、敵との距離が近ければ近い程リスクが高まる事を考えれば、大きく距離を取って使用出来る魔法の方が有用且つ実用的であるからだった。もし魔法を使用する段階で敵に近接戦闘の意志があれば、呪文を詠唱しきる前に畳み込まれて、こちらの力を発揮する前に無力化させられる可能性があるのだ。
しかしマテリアライズ化に至っては、その事を大きく逸脱する魔法だと言わざるを得ない。わざわざ多大な魔力を使用して属性効果のある武器を具現化させ、その後も自身の魔力を消費しながらその形態を維持しつつ、接近戦を仕掛けると言うものだからだ。先程述べた魔法の有用性を完全に無視していると言っても良かった。
故に……なのだろう、現在に至っては好んで「マテリアライズ化」を使用する魔法士は殆ど居ない。ともすれば皆無と言っても良い程ではと思われるのだ。
……勿論、ミカヅキ家を含む「深淵の御三家」所縁の者を除いて……だが。
過去の戦争時は兎も角として、現代ではそう言った理由でマテリアライズ化を好む者は少ない。当然それはレギュラー魔法であっても、そしてエクストラ魔法であろうと同じ事であった。
特にエクストラ魔法で術者が用いる魔力は膨大である。ただ使用するだけでも多くの魔力を消費するエクストラ魔法であるにもかかわらず、それにあえてマテリアライズ化と言う技法を用いて武防具を具現化し、魔力を供給し続ける事に意味はない。
レギュラー魔法とは大きく異なり、エクストラ魔法は「決戦兵器」。その魔法を一度使用する事で、何らかの結果が齎される程であるのだ。わざわざ具現化してからの魔法行使など、一般的に考えれば無駄な工程以外の何物でもないのだ。
エクストラ魔法自体が特殊な魔法であり、魔法を維持する為に発動後も魔力放出を維持し続けなければならないレギュラー魔法とは違い、魔法を発動する為には絶対的に必要な魔力を先に使用しなければならない事も大きな違いである。
ただし一度発動すれば、術者の意識や存在、生死すらも関係がない。これは戦時下において大きなメリットだったと思われ、そして今もそのシステムに手を加えられている事は無かった。
しかしマサトのエクストラ魔法「朔月華」はその法則すら無視して、一度起動させたにもかかわらずその後も魔力供給が必要となる。何もかもが規格外だと言わざるを得ないのだ。
「ぐっ……ぐぐっ……」
具現化した朔月華に、マサトは魔力を供給し続けていた。
「深淵の御三家」……特にミカヅキ家において得意としていた、「マテリアライズ化した武器の長時間維持」と言うノウハウがなければ、恐らくはこの朔月華が瞬く間にマサトの魔力を奪い取っていた事だろう。如何に比類なき程の魔力を有するマサトであっても、それ程に「朔月華」は維持し続けるのが困難な魔法だったのだ。
そんな朔月華を頭上から眼前へと移動させたマサトが、次の段階へと移行するべく大きく叫んだ。
「モード持国っ! 解放っ!」
―――カンッ!
マサトが大きくそう宣言すると、彼の持つ宝剣の鍔元で異様を放つ大きな宝玉、その周辺4カ所にまるで衛星の如く散りばめられた小さな宝珠の1つが強い光を放った。
「くおっ……くぅ……」
次の瞬間、マサトは今よりも更に急激な魔力の消費を感じて、それを堪える為に思わず声を上げていた。それは今までの供給と言った感じではなく、朔月華から魔力を吸い上げられる……もっと言えば喰われている感覚だった。
(これは……ヤバい……っ!)
手にした太刀が貪欲に魔力を喰らってゆくと感じたマサトは、一層その手綱を引き絞るべく集中してゆく。「モード持国」を解放してまだ数秒しか経っていないにも拘らず、マサトの額にはすでに大粒の汗が浮き出し始めていた。
手にした朔月華の鍔元で光る小さな宝珠は、まるで見開く瞳の様な模様を浮かび上がらせて、持ち主であるマサトに襲い掛かっていたのだった。
「何とも……不気味な感覚じゃの……」
マサトが朔月華のコントロールに四苦八苦している様を、その後方より見守っていたユファは率直にそう感想を漏らしていた。千年を生きる彼女を以てしても、「朔月華」と言うエクストラ魔法は今までになかった魔法であり、前回の使用と併せて目の当たりにするのはこれで二度目である。しかも前回は4段階目である「モード増長」を一気に解放した事と、それを目撃したのがマサトの中からだったと言う事もあって、彼女は朔月華の異様とその発動経過に興味を持った目を向けていた。
だがその興味も今は不安に取って代わろうとしている。1つ目の「瞳」が開いたと同時に朔月華より発せられた「気配」が、悠久の刻を生きる彼女を以てしてその様な感想を持たせていたのだ。
「……今回は5人だからね……」
ユファの言葉に隣でそれを聞いたリョーマはボソリとそう小さく呟き、その漏れ出た言葉をユファが聞き取る事は無かった。
もしもユファがリョーマの言葉を聞き取っていたならば、彼女はその意味をリョーマに求めていただろう。それ程にリョーマの漏らした言葉は意味深なものだったのだ。
しかしそのやり取りが行われる様な事も無く、マサトは更に次の段階へと進んでゆく。
「モ、モード広目っ! 解放っ!」
先に開放した「モード持国」の感触を確かめる様な余裕もなく、マサトはすぐさま次の行程へと移行していた。モタモタしていれば、如何なマサトと言えども魔力が尽きてしまい、目の前に迫るエクストラ魔法を食い止めると言う話ではなくなってしまうからだった。
―――カンッ!
朔月華の鍔元に埋め込まれている宝珠の2つ目が、輝きと共にその「瞳」を見開いた。
「ぐ……ぐぅ……」
その直後に、マサトへと訪れる倦怠感。
……いや、そんな単純なものでは無い。
マサトの体力が急激に奪われ、ただ立っているのも辛くなりつつあったのだ。明らかに何らかの理由で体力が急激に失われているのだった。そしてその理由は改めて考えるまでも無い事でもあった。
「モード多門っ! 解放っ!」
マサトは即座に次のモードを解放した。
魔力を急激に奪われ、体力を根こそぎ奪われつつある。このままでは然程時間を置く事も無く、マサトはその場に立っている事も儘ならなくなるだろう。そして彼もそれを察して、早々にモードの開放を行ったのだった。
―――ゾワッ……。
3つ目のモードを解放したその時、マサトは今までに感じた事のない「悪寒」を感じて、その場に腰を付けてしまいそうになった。勿論迫る脅威を目視している現状、尻餅などついている場合でもないとマサトは四肢に力を込めてその様な事は回避していたのだが。
だが平時であったなら、間違いなく腰を抜かしていたであろう、そんな気持ちの悪い感覚がマサトを襲っていた。
(な……マ……マジか……っ!?)
そして彼はかつてない焦燥感と、そして恐怖を感じてもいた。
それは今までにない感覚。マサトはまるで生命力が奪われる様に感じられたのだ。
先程彼が感じた気持ち悪さ……忌避感……。それはまるで魂を弄ばれたような感触から来ているに他ならなかった。
本来ならば触れられない、触れてはいけない物である。そして到底触れ得ないからこそ無防備にあったそれを、ソレは何の躊躇もなく接触し、それどころかそこから禁断とも言えるエネルギーを吸い出しているのだ。
魂とは莫大なエネルギーの集合体である。人一人の生命活動を大よそ80年以上に亘って支え、しかもそれが最後まで尽きる事は無い。人が生命活動を停止させる理由として、先に肉体が老朽化してしまうと言うのが現在の主な考え方である。
それ程の熱量を有した、そして人間の根幹に関わる最も秘匿されている物を殆ど抵抗できずに触れられ、更にはそこからエネルギーを吸い取られているのだ。マサトがどれ程の、そして未だかつてない忌避感に襲われたのは筆舌に尽くしがたかった。
そしてこれは万人が共有する認識であり、検証されておらずとも事実なのであるが、魂のエネルギーが尽きればその保有者は……死ぬ。
体力や魔力ならば休息を取り、時間を掛ければいずれは回復する。肉体の損傷でさえ度合いにも依るが、ある程度ならば修復されてゆくのだ。
しかし、魂のエネルギーはその限りでは無い。
事実としては膨大なエネルギー許容量を誇る魂であっても無限では無い。人の一生を尽くしても使い切れないエネルギーを有してはいるが、どれだけ使用しても減らないと言う事は無いのだ。
更には回復する事が無い。
人間が活動する毎に、それがどれ程些細な行動であっても徐々に擦り減らしてゆき、消耗した分が時間と共に回復する事は無いのだ。
勿論そんな事を検証した人類は皆無であり、マサトであってもそんな事を知っている訳では無い。
だがそんな事とは関係なく、実際魂の浸食を受けているマサトにしてみればそう感じたに過ぎなかった。そしてそう感じた事に間違いはなかった。
そんなマサトの恐怖と焦りは、周囲にいる者達へと伝播していった。
「……のう、リョーマ殿……。マサトの様子じゃが、何かおかしいとは思わぬか?」
真っ先にそう感じたのは、マサトの後方より彼の様子を不安な表情で見つめていたユファであった。
マサトからはエクストラ魔法「朔月華」を行使した直後から……いや、その前から不安や蟠りと言った感情は感じ取れていた。それらもユファにとっては懸案事項ではあったが、今彼女がマサトから感じているのはそれらを覆いつくす程のものであった。
「うん……。何だか焦りとか畏れ? って言うのかな……? マー坊が感じてる負の感情が強くなった感じだねー……」
そしてリョーマもまた、ユファと同じ様な感想を持っていたのだった。しかしその表情には、彼女と同じ様に不安を感じている様子はなかった。ただ冷静に、そして淡々と事の成り行きを見守っている……そう言った佇まいだ。
だがマサトの様子に注視しているユファが、そんなリョーマの表情に気付いた様子はなかった。
「しかし今は術式行使の最中じゃ……。本人が何も言わず、何も異変が確認出来ぬ以上、我らの方からマサトの奴を止めると言う訳にはいかぬ」
どれ程不穏な雰囲気を感じ取ろうとも、そしてユファがマサトを止めたいと思おうが、彼女がそれを実行する訳にはいかなかった。
この魔法の行使を決め、最大まで能力を使用すると決めたのは誰でもないマサト本人だった。ユファにはその心意気に水を差す様な事は出来なかったのだ。
「そうだね。今はマー坊の様子を見守るしかないね」
そしてそう答えたリョーマは、ユファとは少し違う眼差しでマサトを見守っていたのだった。
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