互いを補って

 鶏冠の無いガリナセルバンの首が地面に落ち、その後を追う様にその巨体が崩れ落ちる。

 周囲には再び、しかし先程よりも大きな音が響き渡った。


「何と言う事を…やってのける男よ…」


 ユファは倒れた魔獣に目が釘付けとなっていた。

 三日月流剣術「隼」で攻撃を行ったマサトを目で追う事はユファには出来ない。それは先刻魔獣プレザティグレと戦った折にもそうだった。

 マサトが何をどうしてガリナセルバンをに斬って捨てたのかは解らなかった。

 しかし魔獣に取れた。

 鶏冠の無いガリナセルバンは、一度防御障壁を解こうとしていたが、驚くべき速さで再構築した。魔力の動きで彼女にはそれがすぐに解った。

 だがその直後、防御障壁を形成したまま、魔獣の首が地面へと斬り落とされたのだ。

 ユファの視界には、地面に落ちるガリナセルバンの首と、未だ防御障壁を展開したままの胴体、そしてその防御障壁に残る見慣れない一筋の魔力による紫光が映っていた。

 彼女はすぐにそれがマサトの造り出した魔力の残光だと理解した。

 そしてそれが、ガリナセルバンの防御障壁を打ち壊すでも無く、押し潰すでも無く、破り捨てるでも無い。

 魔獣本体だけでなく、防御障壁ですら斬られた事に気付かない程の剣閃だったのだと思い至った。

 咆哮を上げる事も無く崩れ落ちる魔獣同様、その壁面に残光を残したまま形成し続けていた防御障壁からもその事が伺えた。

 彼は魔法以外の方法で、魔法による防御障壁を斬り裂いた。そう認識せざるを得ない現象が目の前で起こったのだ。


「クカカカカカッ!」


 ユファが呆然とその光景に魅入っていたのは一瞬。

 しかし生き残ったもう一体の魔獣は、自身の伴侶が斬殺された事を気に留め、動きを止める様な事は無かった。

 甲高くいなないたガリナセルバンは、背伸びをする様に背筋をピンと伸ばして天を仰いだ。

 彼女にはこの仕草に見覚えがあった。倒された鶏冠の無いガリナセルバンがダンピングブレスを吐く前に取った行動そのものだ。


「いかん!」


 ユファは即座にマサトの姿を探した。「隼」を使った彼の動きを追う事が出来ない彼女は完全にマサトを見失ってしまっていたのだ。

 しかし彼はユファのそう遠くない所ですぐに見つける事が出来た。マサトは彼女の十数メートル離れた場所で立ち尽くしていた。魔獣を斬りつけた後の姿そのままで。そして動く素振りを感じる事が出来なかった。


「マサト!?」


 彼の名を呼ぶと同時に、ユファはマサトの元へと駈け出していた。明らかに様子がおかしい。

 魔獣の行動は正しく、ブレス攻撃を行う前兆だった。標的は…恐らくマサトだ。少なくとも自身に向けて攻撃する気配が彼女には感じられなかった。

 マサトの、恐らくは剣技による結果に魅入ってしまった結果、ユファは僅かに動きを止めてしまい彼の元へと駆けつけるのを遅らせる事となってしまった。

 グラリ…。

 マサトの体がよろめく。彼女の呼びかけに応じない所を見ると意識があるかも疑わしい状態だ。

 だがガリナセルバンの行動がそれで停まる事は無い。

 恐らくは体内に大きく外気を取り込んだだろう魔獣は、その頭をマサトに向けて振り下ろした。それと同時にその口腔からは有色の吐息が勢いよく吐きだされた。

 灰色のブレス。ガリナセルバンが使う、状態異常を引き起こす物の中でも危険視される「石化ブレス」だった。

 魔獣に関してはその生態や行動原理などまだまだ不明な点が多いが、幸いこの魔獣が使うブレスに関しては比較的研究が進んでいた。

 石化ブレスを一定量その身に浴びた者は、その部分が文字通り石化する。

 超速乾性の硬化物質を微粒子にして吐きだしている所までは解析が済んでいた。色は総じて「グレー」。未だどの様に体内で生成しているかまでは解析が済んでいないが、その特徴と効果範囲は彼女の周知とする処だった。勿論その対処方法も。

 魔獣の動きを見て、ユファは即座にマサトの元へは間に合わないと判断した。


「蹂躙しろ!焔華海!」


 自身の動きに急制動を掛けてその場に留まったユファは、同時に魔法を詠唱する。

 ガリナセルバンが体内に溜め込んだ空気をブレスとして吐きだした瞬間、同時に右手を横に薙いで発動したユファの魔法は、魔獣とマサトの間に燃え盛る絨毯を作り出した。作り出された炎は即座にその勢いを増し、吐きだされたグレーの吐息を上空へと高く巻き上げる。

 あの場でもし、マサトだけに防御障壁を展開したならば、ブレスの効果はユファの足元まで及んでいたかもしれない。

 もし自身に防御障壁を張ったなら、言うまでも無くマサトは石化していただろう。

 微粒子の硬化物質ならば、強い上昇気流に煽られれば上空へ舞い上がり霧散する。

 ガリナセルバンがブレスによる石化を引き起こすには、攻撃対象に一定量の纏まった硬化物質を付着させる必要がある。

 ユファは魔法の出力を続けると同時に、効果範囲を僅かに拡大した。

「焔華海」はレベル三の魔法で、魔獣に攻撃が及んでも目に見えて大きなダメージを与える事は困難だ。しかもガリナセルバンが作り出す防御障壁はレベル四相当。簡単に防がれてしまうだろう。

 しかしここで魔獣本来の本能が目覚めてしまい、ガリナセルバンはブレスを中断して防御障壁を展開した。

 つまり野生動物が本能的に火を警戒する習性を利用したのだ。

 ガリナセルバンの行動を確認したユファは、即座に行動を開始しマサトと合流を果たした。


「マサト!お主、大丈夫か!?」


 倒れたマサトの元へひざまずき、彼の頭を抱き起す。


「…ああ…ユファか…だい…じょうぶだ…」


 彼女の見た限りでは外傷が全く見られなかった所から、恐らく精神的な物か体力、魔力的な物だと即座に判断した。そしてそれは概ね的を射ていた。


「全く…無茶をするの。技を繰り出した直後に動けぬのでは意味があるまい」


 ユファは安堵の溜息と共にそう零した。


「は…はは…全くだ」


 それに力なく答えるマサト。

 彼の返答を聞いたユファは、スッと視線を魔獣の方へと向けた。

 既に彼女の魔法は効果を失しており、ガリナセルバンも防御障壁を解いている。今にも次の行動を起こしそうな勢いだ。


「しかし驚かされたのも事実。よもや魔法の発動無く魔法を斬り裂くとはな」


 魔獣から氷塊が打ち出される。ユファは防御障壁を作りそれをことごとく防いだ。


「じゃがこれで打つ手は無くなったの。どうするのじゃ?逃げるか?」


 ユファの魔法力は未だ回復していない。マサトもすぐに動ける状態では無い。

 例えこの場からの撤退を試みても逃げ切れる保証はないが、今はそれしか手段が無い様に思えた。


「…いや、倒す」


 だがマサトから返ってきた言葉は、ユファが考えていたどの言葉とも違っていた。


「じゃが打つ手がない」


 苦笑交じりに彼の提案を否定するユファ。現状では打つ手が無く、このまま戦闘を継続してもジリ貧なのは明らかだった。


「…任せろ…いや、任せた!」


 マサトがそう叫んだと同時に、彼を挟んで反対側、ユファの正面に光粒が出現した。無数に現れた光に粒は密度を増し、一つの形を作り出していく。人の形へと。


(そうか…そうであったな…我らは二人では無かったの…)


 人型はアイシュとなり、フワリと彼等の隣へ着地する。同時に魔法の詠唱を開始した。


「任せて!凍てつく氷原に咲き誇る美冷花!フローラルアイシクル!」


 バッと右手をガリナセルバンへと向けるアイシュ。同時に魔獣の足元で蒼い魔法陣が展開する。

 動きを見せていたガリナセルバンだったが、足元で起こる魔力の活性化にすかさず防御障壁を展開した。

 だが次の瞬間、魔法陣から出現した巨大な氷柱がガリナセルバンを足元から頭頂へと貫いた。


「グガ…」


 魔獣の構築した防御障壁をまるで無かったかの様に突き破った巨大な氷柱から、無数のが突き出しガリナセルバンの体を余す所なく貫いた。

 倒れる事も許されず立ったまま絶命したガリナセルバンだったが、アイシュの魔法が効力を失い消え去ると同時に、大きな地響きを上げて倒れ込んだ。





「アイシュ、目覚めておったのか」


 戦闘が終わり、周囲に脅威が無い事を確認したユファが口を開いた。

 アイシュは気を失っているマサトに膝枕をし、優しく髪を撫でていた。


「とっくに起きてましたよーだ。でもマー君が合図するまで待てって言って聞かないんだもん。見てるだけのこっちはハラハラしたわよ。」


 そう文句を告げるアイシュだが、その目は優しい物でユファやマサトを責める様な物は感じられない。


「事実、お主が居なければ打つ手がない状態であった。感謝する。ありがとう」


 改まってユファから謝礼を受けるとは思っていなかったのか、アイシュの顔はみるみる赤くなった。


「や、やめてよー。わ、私はマー君のガ、ガーディアンガードなんだから、こんなの当然よ、当然!それに…」


 慌ててそう答えたアイシュは、そこまで話して更に顔を赤くした。


「わ、私達、友達じゃない。お礼なんてそんなの、必要ないよ」


 余程その言葉を口にするのが恥ずかしかったのか、そう言った彼女は俯いて表情を隠してしまった。

 じんわりと温かい物を感じたユファだったが、アイシュのそんな姿を見ていると小さな嗜虐心しぎゃくしんが頭をもたげた。


「ほう…皇女たる我と友誼ゆうぎとな?中々に豪儀な話であるな」


 意地悪めいた彼女の言葉に、アイシュはバッと顔を上げて抗議の声を上げる。


「ええー!?私は随分前から友達だと思ってたのにー!」


 そう言った彼女は唇を尖らせ、頬を膨らませてそっぽを向いた。


「ふふふ…友達…か。良い響きじゃ。これからも宜しく頼むぞ。友達としてな」


 やや照れた様な悪戯っぽい笑顔でユファはアイシュにそう言った。


「うん!宜しくね!」


 即座にユファの方へと向き直り、満面の笑みで答えるアイシュ。





 再び静けさを取り戻した夜の森に、月灯りで照らされた二人の少女によって奏でられた笑い声が溶け込んでいく。




 

 そして既に目を覚ましていたマサトであったが、なんとなーく起きるタイミングを逸してしまい、ひたすらに眠っているフリをし続ける他なかったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る