第二章 再会
斬魔の太刀 紫裂
マサトが魔獣ガリナセルバンとの戦闘後、普段と同じ様に動ける様になるまで、ゆうに一昼夜を要した。
その理由は勿論、マサトが使用した「三日月流剣術奥義 斬魔の太刀」を使用したからに他ならない。
彼の想像以上に、その技を使用するのに魔力は勿論、気力を大幅に消耗したのだった。
魔獣ガリナセルバンは魔獣ランク五、しかし使える魔法のレベルは四。
結果的に言えば、今回マサトがガリナセルバンを倒す為に使用した程、魔力や気力は必要としなかった。
魔獣の防御障壁はレベル四相当であったし、「斬魔の太刀」の威力はその障壁を打ち破るには過分過ぎたのだ。もう少し、いやかなり威力を押さえても十分に通用していただろう。
だが、初めて生死を意識した実戦、そして「斬魔の太刀」の実戦使用。
何よりも彼自身が魔力に対して有する「見切りの目」と「制御する力」が圧倒的に欠けているのだ。
いつでもどこでも、全力で当たれば良いと言うのであれば事は簡単だ。だが現実問題としてそんな事は不可能である。戦場ならば尚更だ。
全力でぶつかり敵を打ち破る事が出来たとして、それで全てが結実するならば兎も角、そんな場面の方が稀であり、一撃繰り出す毎に行動不能となるのでは意味が無い。
常にすべてを絞り出すのではなく、相手に併せて適当な力で対処する。こうする事で余力を残す事が出来、当然使用回数も稼ぐ事が出来る。体への負担も軽減できるはずだ。
敵の力量を「見切る目」、そしてそれに併せて使用する魔力や気力を「制御する力」。
今のマサトにはそのどちらも欠けていたのだ。
「切り札…とするより他に手は無いの」
瞑想するかの如く目を瞑り、体の前で腕を組んで、いつもの如くユファが呟く様に話した。
しかしその姿はガイスト化しており、言葉や態度とは裏腹に威厳のような物は感じられない。彼の右肩に腰掛けて語るその声は、耳元に囁かれている様でマサトはくすぐったさを感じた。
体力の回復と夜明けを待って、マサトは森を西へと向かい行軍を再開した。
静養に丸一日当てた事により、当初のスケジュールにズレが生じてしまっていた。
マサト達は楽観できる状況に居る訳では無い。
如何に魔獣が
そして時間に余裕がある訳でも無い。
時が経てば経つほどに、警戒は厳重になりこの大陸から出国する事が困難となる。
そしてユファの立場上、可能な限り早く皇都セントレアに帰還するか連絡を取り、今後の指揮に当たらなければならない。何もせず時が過ぎれば、取り返しのつかない事態に陥るかもしれないのだ。
それらを考慮に入れ、まだ本調子とは言い難いマサトではあったが、その場からの出立を決意したのだった。
流石に消耗から回復していない状態での「飛影」を使用した移動は控えての行軍。その殆どは徒歩だったが、全く動かないよりはましと言えた。このまま無理な移動を行わなければ、明日には今まで通りの行動が可能だと考えていたのだ。
「対魔法士の戦闘に措いて、エクストラ魔法とは違う手段での攻撃方法を有したと言う事は本来歓迎すべき事なのじゃが、あれほど消耗が激しいのでは頻繁に使う事等適わぬであろう?ならば使用する時と場所を見極め、限定するより他あるまい。」
至極もっともな話に、左肩に座るアイシュも同意の意を示す。
「そうだねー…使う魔力が弱すぎて相手の防御障壁を破れなかったら意味ないし、強すぎれば非効率な上に消耗も激しいし。何より敵が複数いるのにその場で倒れ込んだら大問題だしねー」
足をプラプラと前後させながら、中空を見つめてアイシュがそう返答した。
「うむ。そもそも雑兵程度の魔法士や弱い魔獣程度ならば我等で対処すれば良い。何もマサトが全て対応する必要等無いのじゃからな」
ウンウンと
マサト達が行動を開始してから暫くの後、彼等は昨日の夜マサトが使用した「斬魔の太刀」について論議を交わしていた。
と言ってもそれは深刻な問題を話し合うと言う物では無く、どちらかと言うと和やかな雰囲気で話されていた。
それは彼の技が無ければ今後行き詰ると言う物では無い、緊急を要する事では無いと言う事もあったが、何よりも周囲の穏やかさがそうさせていた。
所々で陽の光が木々の隙間から漏れ出し、新緑の明るさも手伝って夜の森とは全く違う様相を呈している。
柔らかな風が通り抜け、木々が優しく葉を擦り鳴らし、鳥が穏やかに歌う。
手付かずの自然が織りなす美しさは、ここ数日精神的に休まる事の無かったマサト達に心地の良い安らぎを与えてくれていたのだ。
「確かに今は、『斬魔の太刀』についてユックリ練習したり検証する時間はないからな…」
マサトも彼女達の意見に概ね同意の意を示した。
三人の中で唯一の男子としては、女性にばかり頼ると言う事はプライドが許さない事ではある。だが現状、そんな個人的な見解を押し通す事が有益であるとは彼にも思えなかった。一般の高校生では有り得ない数多の経験を経て、この数日で彼は精神的に随分と成長したのだ。
「ほう。あの技にはその様な名称があったのか」
ユファはマサトの呟いた言葉の一つに反応した。
彼やアイシュには既存の事実だったかもしれないが、三日月流剣術の門を叩いた事のないユファが知らないのは、考えてみれば当然の事だ。もっともただ門弟になっただけでは、三日月流剣術奥義であり極意である「斬魔の太刀」の存在を知り得たかどうかは別の話であるが。
「そうだよーそう言えばユファは知らなかったんだねー」
マサトの顔を飛び越える様に覗き込んだ姿勢でアイシュがユファに返答する。
「なんじゃ、そなたは知っておったのか?」
同じ様にしてユファが右肩からアイシュに聞き返した。
(もういっそのこと、どっちかの肩で並んで話せばいいのに…)
割と本気でそんな事を考えていたマサトは、彼女達が行っている会話のキャッチボールを視線だけで追いかけた。
「まーねー…私も三日月流剣術の教えを受けていたから。まー概念だけで実際に見たのはアレが初めてだったけどね」
アイシュが高校に入学するまで、彼女はミカヅキ=ユウジの元、マサト達兄妹と共に三日月流剣術を修練していた。その技量はマサトやノイエに次いで高く、他の門弟を大きく上回っていた。
彼女の力量と明確な身元、そして当時のマサトには知り得なかったが彼女の出自から、三日月流剣術奥義である「斬魔の太刀」の指南を受けていたのだ。
本来ならば門外不出の極意とも言える「斬魔の太刀」について、それが例え概念だけとは言え部外者に話す等あってはならない事だろう。
だが今はそれを咎める者等、もういない。
ユファはアイシュの説明を興味深く聞き入り熱心に頷いている。
「ところでマー君、技の名前はもう決めたの?」
その講義の最中、不意に気付いたのであろうアイシュが話を切り上げてマサトへと話題を振った。
「なんじゃ?『斬魔の太刀』が正式な名称では無いのか?」
しかしその声にまず反応したのはユファだった。確かにそうと知らない者ならば彼女の言う通り「斬魔の太刀」が技の名称と思うだろう。
「それは概念の呼称…かな?もしくはそれら全体を統合する技の名称…とか?とにかくマー君が使った剣技は今までに存在しなかった物なんだから、新たな技として命名する必要があるの。そしてそれは当然、その技を編み出した人が付けるんだよ」
アイシュの説明に、ユファは「奥が深いのだな」と感心し呟いている。こう言った決まりやしきたりは、武道や武術の流派それぞれに存在しており、一概に決まっている物では無い。
「とりあえずは…決めてるんだけどな…」
前方上空に視線をやり、思い出す様にマサトが呟く。
「ほう。して、それはどの様な名じゃ?」
「え!?何々?どんな名前?」
アイシュとユファがほぼ同時に反応した。二人とも興味津々だが、どこか違う方向で期待している感がある。
だが、今回のマサトは一味違った。いつもはアイシュに哀れな程
自身が目にした魔力の放つ紫光。そして明確に感じたその威力。
その時
「刀身と斬撃が紫色に光っていただろ?そして防御障壁を斬り裂く様な切り口。紫に裂くと書いて…」
「なる程!紫に裂くと書いて
マサトが言い切る前に、ユファがやや興奮気味に彼の言葉へ被せて続けた。
「へー!マー君にしてはカッコいいネーミングじゃない!」
ユファの解説にアイシュも異論が無い様で、感心した様にマサトを見つめている。
彼の口は、言葉にしてやる事が出来なかった「ムラサキ」と言う言葉がパクパクと声を発する事無く動かされている。しかしそれを彼女達が気にした様子は無い。
「ん?どうしたの、マー君?」
「何か問題でもあるのか?」
「…いや…なんでも…」
同時に発せられた彼女達の言葉に、半ば諦めにも似た声音で彼は答えた。
もはや、真実を語ると言う事をマサトは出来そうにないと感じていた。
そしてあの技の名称は「三日月流剣術奥義 斬魔の太刀 紫裂」と、今この時に決定した様だった…。
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