斬魔の太刀

 何度かの攻撃を仕掛け、幾度かの攻撃を凌ぎ、マサトは一旦ガリナセルバンから大きく距離を取った。


「ユファ、大丈夫か!?」


 そして向かった先はユファの元だった。


「うむ。仔細しさい無い」


 マサトの問いに、ユファは短く答えた。

 彼等が合流したのと同時に、ガリナセルバンの方も身を寄せ合いこちらを窺っている。図らずも仕切り直しの為に対峙する形となった。


「して、解っておるのじゃろう?このままでは我らが不利じゃと言う事は」


 大きく息を吐いて、眼を半眼にしマサトの方を見やるユファ。限界にはまだほど遠いのだろうが、多少疲れが見て取れる。


「ああ、そうだな」


 彼女の問いにそう肯定するマサトだが、その顔に諦めの色や絶望の色は無い。当然この場からの逃走を選択する様な目の輝きも湛えていなかった。


「ふん…まだ何か隠し持っておるのか?」


 視線を魔獣の方に戻したユファが、さも楽しそうに問う。


「ああ」


 短く、しかし力強く頷くマサト。その仕草はユファにハッキリと伝わった。


「気付いた事がある。奴らは番井つがいだが、行動は個々別々で連携攻撃は極端に少ない。防御も同じだ。そこに付け入るスキがある」


 続けて話すマサトに、ユファは小さく頷いて更に先を促す。その事にはユファも気付いていた。だから先程までの戦闘も、二匹対一組と言う図式で取り組む事でこちらが優位に展開していた節もあるのだ。こちらが連携を取り対応する事で、個々に強力な魔獣を翻弄しその力を抑え込む。それが可能だったのだ。


「奴らの防御障壁は此方の攻撃が有効なうちだけ展開されている。だからユファ、効果時間に差を付けて二体同時に攻撃してくれ。防御障壁を展開している間は奴らも他の行動は取れないからな」


 此方の攻撃に際して、魔獣は個々の防御障壁で対応している。そしてその効果は攻撃が途切れたと同時に解除してすぐに別の行動を開始する習性があった。時間差で魔法が途切れれば、防御障壁を解除するタイミングにも差が出る。そこを付いて各個撃破を敢行するのだ。


「しかし好機は一瞬じゃぞ?いけるのか?」


 正確にマサトのプランを汲み取って、ユファは念を押す。

 彼の作戦に異を唱える物では無い。ただマサトの身を案じての言葉だった。

 作戦の成否にかかわらず、彼の身は魔獣の最も近い所に晒される。マサトが何を試すのか見当のつかないユファだが、確証を持てないでいる事は理解出来たのだ。


「ああ、多分大丈夫。何となくコツが掴めて来たんだ」


 それを肯定するかのように、マサトの返答もハッキリとした物では無い。だが言葉には迷いが感じられなかった。


「ならば試して見よ!して、狙いは!?」


 だからユファも、それ以上の追求や異論は唱えなかった。


「鶏冠の無い方だ!」


その言葉を残して、マサトは魔獣の待ち受ける方へと大きく跳躍する。それを見止めたのか二体のガリナセルバンも動き出す。

 だが今回は完全に彼等が先手となった。


「炎の華片かへん、乱れ舞え!乱華炎!」


 ユファが詠唱を終え右手を突き出すと、二匹の魔獣を取り囲む様に真っ赤な花弁はなびらが無数に出現する。まるで舞っているかの様に魔獣の周囲を踊り回る花片。

 しかし次の瞬間。鶏冠の無い魔獣の顔前で突如一枚の花弁が爆発した。その爆発は連鎖し、瞬く間に鶏冠の無い魔獣の周囲からもう一方の魔獣周辺へと及んだ。

 すかさず防御障壁で身を守った二匹のガリナセルバン。この辺りの反応は流石と言うしかなかった。恐らくは野生の本能とでもいうのだろう。

 連鎖して爆発を続ける炎の花弁。そしてこの爆発には時差が生じる。

 鶏冠の無いガリナセルバンから始まった連鎖は、もう一匹のガリナセルバンへ。一方への爆発が止んでも、もう一方は爆発に晒されているのだ。

 二匹同時に覆う様な防御障壁を展開されていたならこのプランは潰えてしまうのだが、目論み通り二匹はそれぞれで防御障壁を展開しており、爆発から解放されたガリナセルバンからその効果を解除していく。


 その僅かな瞬間を突いて「隼」で加速したマサトが急襲する。


 解いた防御障壁を再展開する間も与える事無く、マサトは速く、鋭く、強烈な一撃を鶏冠の無いガリナセルバンへと見舞った。

 魔獣の首に放たれた一撃は、僅かな抵抗を彼の太刀に与えつつ、深い斬撃を刻みつけていく。強固な鱗に守られた魔獣の首の中程まで、その刃は達していた。

 だが首を切断する所まではいかなかった。

 恐らくは致命傷、の筈だ。人間の尺度で考えるならば。しかし今のマサトに油断は無かった。


 三日月流剣術「隼返し」


 「隼」にて斬りつけ通り過ぎた後、着地の反動で再び「隼」を用いて斬りかかる、彼の説明通りの二連撃だ。ただしこの技はそれ程単純で容易な物では無い。

 人間の筋力と反応速度を大きく凌駕し、その動きに対応出来る認識力を持ち合わせていなければ成立しない大技である。

 魔獣への追撃を敢行する最中、マサトは首を半分切り裂かれた魔獣が防御障壁を展開する様を見た。恐らくは本能。痛みよりも怒りよりも、野生の本能が魔獣に防御障壁を展開させたのだろう。

 刹那にマサトは何も聞こえない、自身も含めて全てが停止した暗い世界へとした。

 極限の集中に達した世界。その中で彼は再び父ユウジの教えを反芻する。

 細く、強く、魔力を凝縮し抽出する。

 途切れることなく紡ぎ出した魔力を、握る柄より刃へと這わせていく。

 自身の中に眠る膨大な魔力を可能な限り凝縮し、蜘蛛の糸よりも細く、鋼よりも強靭に精製していくイメージ。

 ひたすらに強く、細く、強靭に。

 一瞬で剣先から鍔元にかけて、マサトの造り出した魔力の光糸が刃に宿る。紫光を放つ刃の宿ったその太刀は、さながら魔法剣の様だ。

 そして全ての時間が動き出す。

 マサトは着地して残心を残す構えのまま動かない。

 ユファには魔獣の首に浮かぶ紫の残像しか捉える事が出来なかった。

 そして最後の爆発が、鶏冠を持つガリナセルバンの周囲で起こった時。


 ズルッ…。


 鶏冠を持たないガリナセルバンの首がユックリと崩れ落ちる。


 ズ…ズーン…。


 そしてそれは、周囲に一際大きな音を響かせて地面へと落下した。

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