第三章 戦争

動乱の兆し

 一目見てそれと解る軍服を着た若い兵士が、駆け足で設営されたテントの中に入り込む。

 中には大きな机。吊るされた魔石光に照らし出された机の上には、イスト自治領の全体地図が広げられている。その地図には幾つかのバツ印が赤く記されている。

 テントの奥、入り口から机を挟んで反対側の位置に、やはり軍服に身を包んだ女性が、険しい表情で地図を見入っている。

 若く美しい女性だ。顔の険しささえなければ、周囲の男性が放っておかない程整った顔立ちをしている。

 その美しさを際立たせる金髪は少しウェーブがかかっており、腰まで届く程に長い。

 被っている軍帽から流れる金髪を右手で後ろに流す。魔石光に反射してキラキラと輝く金髪。

 しかし彼女はそんな事、どうでも良かった。


「報告します!全ての配置が整いました!」


 入って来た連絡兵の報告を受けて、彼を一瞥し小さく頷く。

 とうとうこの時が来た。後は作戦開始の合図を言い渡すだけで全てが始まる。

 彼女の気持ちは昂ぶっていた。これから始まる長い作戦が、自分の号令で始まるのだ。軍人としてこれほどの名誉は無いだろう。

 報告を聞いた彼女は、魔通信機の元へと足を運んだ。

 魔力により言霊を飛ばし通信する事を可能とする『魔通信』。登録している人員にのみ言霊を一斉に飛ばす事が出来る通信機を手に取り、彼女は一つ息を大きく吐くと檄を飛ばした。


「全員そのままで聞け!作戦指揮官のチェニー=ピクシスである!これから行われる作戦の成否は、我が隊の結果如何に掛かっている!これは誇張ではない!各々訓練通り最善を尽くし、成功に導いてほしい!以上だ!」


 通信機を元の場所に戻し、連絡兵に向き直る。


「これより作戦を開始する!全部隊に通達!○二○○時にマウア殿を筆頭とし突入開始!各部隊、作戦通り目標地点を制圧せよ!第一目標、自治領首府!第二目標、警察庁!第三目標、消防庁!第四目標、医療庁!第五目標、魔導科学庁!これらを速やかに制圧下に置け!そして最重要目標!」


 チェニー=ピクシスは、机上に広げられた地図上の一際大きく丸印された三箇所を見て言った。


「アカツキ家、ヨイヤミ家、ミカヅキ家の速やかな制圧、もしくは殲滅!中でもミカヅキ=マサトの拉致、もしくは殺害は最優先事項だ!」


「ハッ!」


 連絡兵はビシッと敬礼をし、踵を返してテントから駆けて行った。

 チェニーはその後ろ姿を見送ると、もう一度地図に目を落とした。


「全てが計画通り進めば問題は無い…か」


 当然の事ながら、相手も抵抗して来るだろう。

 アカツキ家、ヨイヤミ家、ミカヅキ家は常にアクティブガーディアンを輩出して来た、高い魔法力を有する一族。一筋縄では行かないだろう事は明白だ。

 特にミカヅキ家にはアクティブガーディアンとなった親子が滞在する。街中で使用する事は無いはずだが、エクストラ魔法は脅威である事に変わりはない。

 また、彼等のそばにはガーディアンガードも控えている。アクティブガーディアンを守護する彼等の戦闘能力が低い訳がない。

 加えて自軍は、訓練を積んでいるとは言え初陣である。もっともこの時代に歴戦の部隊や勇者など存在しない。恐らく誰にとっても初めての試みだろう。

 だからこそ、何が起こるかわからない。それを警戒して、二重三重に包囲網を敷いているのだが…。


「私は不測の事態に備えるとするか」


 ポツリと呟くチェニー=ピクシス。

 片手で長い髪を後ろに流し、彼女自身も司令部を置いたテントから出て行った。

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