「継承の儀」

「ただいまー」


「たっだいま~」


 腕に絡みついたままのノイエを引き連れて、道場の門をくぐった所で帰って来た事を告げる。

 別に返事を期待しての挨拶ではない。それにいつもは、母屋へ入り互いに顔を見合わせるまで両親からも返事はない。


「おう!」


 しかし今日に限っては、道場から父ユウジの返答が聞こえた。

 普段はすぐに向かう事の無い道場を覗くと、すでにユウジと母イリスが、全身真っ白な儀式用の礼服に身を包んで待っていた。

 父ユウジは真っ白な斎服で冠は付けず、衣装もシンプルな物だ。しかし儀式に際する緊張感を醸し出す風情がある。

 母イリスも真っ白な巫女装束を身に纏い準備を済ませていた。自分の母親にこういっては何だが、異常に似合っている所が恐ろしい。


「マサト、すぐに準備しろ。ノイエもな」


 簡潔に要点だけ告げるユウジ。準備とは当然「継承の儀」の事だ。

 別に疲れている訳でもなかったが「少しはゆっくりする間をくれよ」と反論しようとした矢先、


「儀式が終わったらあなたの誕生祝いと継承祝いを行うからね~。早く終わらせちゃった方がいいでしょう~?」


 若干間延びした、緊張感を纏わないセリフがマサトの言葉を遮った。全く持って良いコンビ。もとい息ピッタリの良い夫婦だ。


「わかったよ」


「はぁ~い!」


 反論する事を諦めて道場の更衣室へそのまま向かう。


「お兄ちゃん。着替え、手伝わなくて大丈夫?」


 更衣室前でマサトから離れたノイエが問いかける。


「大丈夫だよ。それよりお前も急がないと、父さんに怒られるぞ?」


「大丈夫だよ~。父さん、私には怒らないから」


 確かに何かにつけて優秀なノイエが叱られた所を見た記憶がない。差別でも区別でもなく、純粋に優秀なノイエは怒られる要素が全く無いので妙に納得した。

 それにプラスして、母親似のノイエをユウジが若干甘やかしているのは否めない。どの家庭でも娘には甘いんだろうなと理解もしていた。


「それじゃあ、母さんが怒るかもよ?」


「うわ!それは怖いかも!」


 微笑んでいる所しか記憶にない程温厚な母イリスが怒った所を想像して、二人とも声を出して笑った。そしてそれぞれ更衣室に入り儀式用の衣装に着替える。

 マサトの衣装は父のそれと同じ斎服。儀礼用に何度も着用する機会があり、着替えるのに不都合はなかった。手際よく着替え終え更衣室を出ると、すでにノイエが待っていた。


「お、早いな」


「お兄ちゃんが遅いんだよ~」


 笑いながら答えるノイエ。彼女が大急ぎで着替えたのは想像に難くないが、それでも完璧に着つけているのは流石だとマサトは感心した。

 ノイエの衣装も、母イリスと同じく白一色の巫女装束だ。

 母と同じく恐ろしい程似合っている。ポニーテールだった髪も、今はおろして毛先の方で束ねている。母と同じ亜麻色の美しい髪は綺麗に真っ直ぐ背中に流れており、日の光を受けるとキラキラと輝いている。

 マサトはそれを見てノイエに向かい一人頷いた。


「な~に?お兄ちゃん」


「いや、本当に良く似合ってるなと思ってね」


「ちょ、ちょっと、何言ってるのよ、お兄ちゃん!」


 くるりと背中を向けるノイエ。

 肩越しに見える頬や、髪から覗く耳が真っ赤になっている事を考えると、かなり照れているようでモジモジとし出した。


「じゃ、行こうか」


「うん!」


 マサトがノイエに声を掛けると、再びくるりと振り向き満面の笑みで答えるノイエを伴って、マサトは道場の方へと歩き出した。






 道場に近づくと、何やら楽しそうな歓談の声が聞こえて来る。だが中に入ってその理由を理解した。


「あれ?アイシュ?お前も立ち会うの?」


 アイシュと母イリス、父ユウジも加わって和やかな雑談が繰り広げられていたのだ。


「立ち会うよ~!当たり前じゃない!」


 アイシュは心外と言わんばかりに反論して来た。


「父さん、この儀式って家族以外立ち会っても良いもんなの?」


 確認の為にユウジに問う。

「継承の儀」で行われる秘術は「継承秘呪」と呼ばれるものであり、もっと秘密性の高い儀式だと思っていたからだ。


「あん?お前何言ってるんだ?」


 しかしユウジから帰ってきた言葉は、マサトが思っていた言葉とは程遠い物だった。


「ま~ね~。マサトはほら、昔っからこ~だったから」


「はぁ~……お兄ちゃん、本気で言ってるんだよね」


 母イリスが頬に手を当てて「あらあら」と言わんばかりのセリフでユウジに答えると、ノイエは心底呆れたようにため息をついた。


(あれ?なんか俺だけ知らない事があるの?)


 不安になってアイシュの方を見ると、彼女も困った様な、照れた様な顔でマサトを見ていた。それを見て益々不安になった彼の思考を中断する様に、ユウジがマサトに声を掛ける。


「ふぅ。詳しい話は全て儀式の後だ。とにかくお前はその魔法陣に入れ」


 そう言ってユウジが指さした先、道場の中央付近には、恐らく黒檀で描かれたであろう魔法陣があった。

 直径は三メートル程の小さなものだが、緻密ちみつに呪紋が書き込まれており、高度な魔法陣だという事が一目でわかった。

 色々と聞きたい事もあったが、その魔法陣を見て緊張感を高めたマサトは、気持ちを完全に切り替える事にした。

 魔法陣の中に、更に小さい魔法陣が二つ描かれている。


「その小さい魔法陣の上に座れ」


 片方の魔法陣に正座する。対面の魔法陣にはユウジが胡坐をかいて座った。

 何の説明も無かったので、何をどうしたらいいかわからない。しかしユウジから改めて説明する様な素振りも無い。ユウジが話さないという事は、言う必要がない、そして今の所マサトが間違った事をしていないという事でもある。


(とりあえず座っていればいいのか?)


 そう判断したマサトは、何かを問う事無く姿勢を正して儀式の開始を待つ。


「じゃあイリス、宜しく頼むわ」


 ユウジは魔法陣の外に控えていた母イリスに声を掛ける。


「は~い。じゃ~始めますね~」


 ここに至っても母のペースは変わらない。儀式の荘厳さとか緊張感を全て台無しにする破壊力を持った母の物言いで儀式が開始される。

 二人の座る魔法陣の外側、一メートル程離れた位置から右手をかざして、イリスは何事か呪文を唱えている。しかし、それは何かを具現化する為の物と言うよりは、自分の内側に働きかける為の様な呟きだった。

 余程特殊な物を除いて、魔法の行使に長い詠唱は必要としない。

 極端な話、一切口を開かなくても魔法を具現化させる事は可能だ。

 しかし、魔法を行使する際には、その発現させる現象を口にするのが一般的であり効果的だ。口にする事でより具現化力を高める効果がある。所謂自分や相手に”言い聞かせる”と言う行為であり、魔法士が発する言葉には「言霊」も含まれている事から、殆どの魔法士は魔法行使時に言葉を発する。特に対人魔法の場合は相手にも認識させる効果があり、より強い具現化力が期待できる。

 だが今母イリスが行っているものは、周囲の者がほとんど聞き取れない程の呟き。呪文と言うよりは、集中力を高める祝詞のりとに近い様だった。

 正面に胡坐をかいて座り、全く緊張感が感じられない父の姿とは対照的に、集中力をどんどん高めて行く母イリスには、今まで感じた事がない鬼気迫る迫力を感じる。

 それはイリスの後ろで伺い見ているアイシュとノイエも同様らしく、二人とも心配そうにイリスを見つめている。


(結構難しい儀式なんじゃないか?)


 ただ座っているだけで何もしていないマサトにとっては、正に手持無沙汰。それが一層不安を駆り立てる。

 しかし目の前の父は、胡坐をかいてその膝に肘をつき、掌で顎を支え、まるで居眠りでもしているかのようだ。いや、寝ているのだろう。


(何?このギャップ。真面目なのか冗談なのか解らなくなって来た)


 たまらずマサトは、ユウジに質問を投げかける。


「父さん、俺達は何もしなくていいのか?」


「んあ?ああ……必要ない」


 やはり本当に寝ていた様だ。その父からは気怠そうな返答が返って来た。

 一方、祝詞のような呪紋を唱える母は益々集中力を高めている様で、額には汗が浮かんでいた。


(そんなに複雑で高度な術式なのか?これから何が起こるんだろう?)


 マサトの中にだんだん不安が募って来た矢先、変化が訪れた。

 イリスの突き出した右手に、淡い緑色の光が宿りだす。それに呼応する様に魔法陣全体も同じ色に光りだし、その光が魔法陣を半円形に包み込む。そして中に座る二人の体も、その淡い光を発し始めた。


「お、いよいよだな」


 目を瞑り待機していた(寝ていた)ユウジが目を開きそう呟く。ようやく光が安定したのを確信したのか、大きく息をついてイリスは右手を下す。


「おばさん、お疲れさまでした」


「お母さん、お疲れ~」


 イリスの後ろに控えていた二人も、安堵の様子で彼女に声を掛ける。


「ふぅ~。緊張したわ~」


 先程とは打って変わって和やかな笑顔に戻ったイリスが二人に答える。そのままその場で三人の雑談が始まった。


「え?終わり?」


 マサトがユウジに声を掛ける。だが返って来た声音は先程までと打って変わっていた。


「気を抜くな。ここからが俺達には本番だ。集中しろ」


 剣術家でもある父ユウジの言霊には、こちらを切りつける様な鋭さが含まれている。

 殊更ことさら気を緩めていた訳では無いが、母達の和やかさに気が抜けた感があったのだろう。

 父の言葉は、緩んだマサトの気持ちを強制的に引き締めた。


「と言っても、さっきと同じで特にやる事は無い。ただこの中でじっとしているだけで良い。楽な姿勢で良いが、気持ちだけは切らさない様にしておけ」


 先程より若干優し気なユウジの言葉に、マサトも程よく緊張を保つ事が出来た。余分な緊張感が取れた事で、ユウジに質問する余裕も生まれだした。


「なあ。これって今どういう状況なんだ?」


 魔法陣の中と外、先程と今のギャップに、マサトは状況を理解出来ずにいた。


「この魔法陣が俺の封印を解いている鍵を抜き取り、お前に移し替える。一度発動したら後は全て自動で行われるから、その術が阻害されない様な精神状態を保っていれば問題ない」


 つまり普段通りにしていれば勝手に終わっているという事だろう。


「母さんは外から術を起動させてくれたが、その後はもうやる事も無いからな。本来ならこの場に居る必要もない」


「この魔法陣を起動させる事がガーディアンガードの仕事でもあるのか?」


「それも含まれるが、術式を知っていれば一族の誰が行っても問題なく起動出来る。もっとも、自力でこの儀式を行おうと思っても、俺達『エクストラ』には魔法が使えないからな」


 最後はやや自嘲気味に答えるユウジ。


「それに昔は、この術式を取り行っている最中に襲われたというケースもあったそうだ。エクストラガードは儀式途中のエクストラを守る役目もあった」


「でもそんな事があったのって千年前の大戦中くらいだろ?今じゃ、非現実的だよな」


 確かに継承中で動けないエクストラを襲う事は、エクストラからの反撃を受けず敵の高い戦力を奪うという一点を見ても効果的で、それを守る為にガードが付く事も考えられる。

 しかしそれも、大昔の大戦時にあった話で、現代には当てはまらない。襲われるも何も、世界統一国家にあっては襲って来る敵が存在しないのだ。


「そうだな。非現実的で非効率だ。ついでに言うと、この『継承秘呪』の儀式その物が不要な物だ。俺の鍵を受け継がせるだけなら、もっと簡単な方法もある」


「え!?そうなの?」


 それは意外な話だった。さっきの話では、襲われる可能性があるにも拘らず儀式を行っていたと言うのに、実際はその儀式すら不要と言うのだ。


「もっとも、その方法は戦後に発見されたから、戦中に行われる事は無かったがな。それから『継承秘呪』と言っても、引き継がれるのは俺の中にあるお前のエクストラ魔法を解放する鍵と、『アクティブガーディアン』と言う名称だけだからな。改まった儀式も本来は不要だ。世の中不要な事だらけだな」


 くくっとやはり自嘲気味に笑うユウジ。


「でもな、母さんが自分の仕事を終えてもここに残り俺を守る事も、この魔法陣を使って継承を行う事も、それにより正式にアクティブガーディアンを譲り渡す事も、今まで先人から引き継がれて来た『伝統』だ。引き継がれる事には何か意味があると俺は思っている。想い、思想、伝統、色々あるだろうが、それをどう受け止めて自分で理解し、子孫に語り継ぐか。それはお前次第だという事だな」


「想い……引き継ぐ……」


「ああ。本来はこの時間を利用して、心得だとか魔法の使い方だとか、その他必要事項を口頭で伝えていたと言う話だが、今では何を口伝していたのか調べる方法もない。俺は普段からお前達に言っている事が、伝えるべき事だと考えているから、今この時に改まって伝える事は無い。この儀式でお前に伝える事があるとすれば、それはこういう儀式を昔から受け継いでいるという事実を知ってもらうだけだな」


「伝統を引き継ぐっていうのは面倒な事なんだな」


「ははは。そうだな。お前が次の者に引き継ぐまで、まだまだ時間はある。それまで考え続ける事もお前に引き継がれた伝統かもしれんな」


 これからマサトも歳を取って、自分の子供か、次代のアクティブガーディアンに選ばれた者へ『継承秘呪』を行うのだろう。その時こんな時間が間違いなく存在して、目の前の後継者に何かを言い聞かせる事になるかもしれない。

 今のマサトには何か気の利いた事は言えそうにない。しかしユウジの言う通り、何か伝える事が見つけられれば良いとマサトは思った。


「お。ようやく終わりそうだな」


 ユウジの言葉に周囲を見ると、自分や魔法陣から発していた淡い緑の光が徐々に薄れて行く。

 その光が完全に消えたのを見計らって、ユウジが立ち上がりそれにマサトが習う。

 魔法陣を出たユウジは、大きく伸びをする。そのユウジにイリスか近づき、その後をアイシュとノイエが続いてきた。

 マサトもユウジに続いて魔法陣を出る。それを見て取ったノイエがパタパタと近づいてきた。


「お兄ちゃん。お疲れさまでした~」


 マサトの腕に、自分の腕を絡めてノイエがじゃれて来る。


「マー君、お疲れさま。アクティブガーディアン継承おめでとう」


 続いてアイシュが近づいて来る。


「何がめでたいのか今の俺には解らないけどな。とりあえずサンキュ」


 アイシュにそう答えて、頭を掻き苦笑いするマサト。


「さて、俺と母さんはこの後少しやる事がある。マサトとノイエは夕飯の用意を頼むわ。あ、アイシュちゃんにもお願いしていいかな?」


「ごめんね~。アイシュちゃん。お願いするわ~」


「はい。おじさん、おばさん。勿論です」


 ユウジの指示とイリスの懇願に笑顔で答えるアイシュは道場の入口へと小走りで向かっていく。恐らく自宅へ着替えに行ったのだろう。

 マサトとノイエも着替える為に、更衣室へと歩き出した。






 食卓にはいつもより豪華な食事が次々と並べられる。

 イリスが作り置きしていた食事を温め直し、アイシュがそれを皿に盛り、ノイエは冷蔵庫の野菜を利用してサラダを作り、マサトが出来上がったものを次々とテーブルに並べる。

 いつもという訳では無いが、アイシュがミカヅキ家の食卓を共にすることは今までによくあったので、準備の分業も特に揉める事無くスムーズに行われた。結果的に効率よく行われる事になり、あっという間に食卓には多数の料理が並んだ。

 粗方準備を終えた頃、道場からユウジとイリスが戻って来た。


「お、用意は済んでいるな」


「ごめんなさいね~。任せちゃって~」


 ユウジはさっさと自分の席につく。イリスはアイシュとノイエに声を掛けて、残りの準備を手伝いだした。殆ど準備が終わっている事とイリスが合流した事で、手持無沙汰になったマサトも自分の席についた。

 程なくして「マサトの誕生会」と「継承の儀祝い」を兼ねた食事会が行われる。

 ここ数年、誕生会は行われなかった。もっとも男の子が誕生会を喜ぶのはだいたい小学生位まで。それ以降は思春期を迎え気恥ずかしさも手伝って、誕生会自体をしなくなるのが一般的な家庭の流れではないだろうか。少なくともマサトもその様な経緯で、自然としなくなっていった。

 しかし、久しぶりの改まった食事会と言うのも悪くないとマサトは思った。特に先ほど行われた、曲がりなりにもマサトの人生において割と重要なイベントを終えた直後に来る安堵感。今日の食事はマサトにとって、心より楽しい時間だと感じる事が出来た。

 食事を終え、今は皆で食後の団欒を楽しんでいるところだ。


「さて……」


 ユウジの改まった物言いに場の雰囲気が変わる。その場に居る全員の視線がユウジに集まった。


「今日晴れて『継承の儀』を終え、マサトも正式にアクティブガーディアンとなった。知っていると思うが、アクティブガーディアンには守護者としてガーディアンガードが一人就く事になっている。それは知っているな?」


 そう。確かに異性で同年代の魔法士が一族より選ばれ、ガードとして就く決まりになっていた。

 だが今日の今までマサトはそのガードに会った事は無い。本人も必要性を感じた事がなく、特に気にした事がなかったが、そう言われると緊張する。

 異性……と言う事は当然女性だ。どんな女性かは解らないが、着任すればその人と四六時中行動を共にする事になる。緊張した面持ちのマサトが周りを見渡す。

 ノイエは何故か不機嫌丸出しだ。頬を膨らまして唇を尖らしている。

 対してアイシュは何故か頬を赤らめて照れているようだ。マサトとも意図的に視線を合わせない様にしている。

 母イリスは、やっぱり頬に手を当て「あらあら」と言った感じでノイエとアイシュを見ている。

 そして驚愕の発言がユウジの口から紡がれる。


「そのガーディアンガードには、正式にアイシュちゃんが決定している。これからもマサトをよろしく頼む。アイシュちゃん」


「アイシュちゃん~。マサトの事お願いね~」


「む~……」


 ユウジがアイシュに軽く頭を下げる。

 イリスがにこやかにアイシュを見る。

 ノイエはどうにも納得していない様で唸っている。


「はい!頑張ります!こちらこそよろしくお願いします!」


 そして頬を一層赤らめ小さくガッツポーズをした後、アイシュが気合を入れて答え頭を下げる。しかしその中で、マサトだけが状況を把握できなかった。


(あれ?なんでアイシュが俺のガーディアンガード?確か一族から選任される決まりじゃなかったっけ?)


 アイシュの実力は折り紙付きとは言え、彼女はただのお隣さんで幼馴染みと言う間柄なだけだ。一族から選ばれるガードになれるとは思えなかった。

 だが父ユウジからでた名前は目の前のアイシュを指している。この場の雰囲気を考えると、ドッキリでも冗談でもない様だった。グルグルと答えの出ない問いかけがマサトの頭を駆け巡り、フリーズしてしまった。


「あの……マー君、これからも宜しくね?」


「え?あ、あぁ……え?」


 アイシュの言葉に返事すらままならない。とりあえず何とか情報を整理しようとするマサト。


「あ―!やっぱりお兄ちゃん知らなかったんだ―!」


「やっぱりか。マサト、いくら幼馴染とは言えあれほど一緒に居れば少しは気付くという物だろう」


「マサトの事だから、きっと家系図も見てないのよ~」


「えー!?普通は目を通すよね!?私でも見てるんだから、お兄ちゃんの立場なら見てるのが普通だと思ってた~」


「うむ……思った以上に俺達が迂闊だったかもしれんな。流石にこの歳になっていちいちいう事ではないと思ったんだが……」


「そうね~。中学に進学する時、ちゃんと目を通す様に言っておいたんだけど~。まさか今まで全く目を通してなかったなんて思いもよらなかったわ~」


「私もお兄ちゃんが言われてるの聞いて目を通したんだよ?は~……さすがお兄ちゃん」


 フリーズしたままのマサトをよそに、緊急の家族会議が繰り広げられていた。どうやら本当にマサトだけが知らなかった様だ。しかも、知っていて当たり前と言うのが前提の話。


「私も……なんとなく見てないんじゃないかなって思ってたんですけど……その……」


「そうよね~。アイシュちゃんの立場でそんなアピール染みた事言えないわよね~」


 状況を整理してみた。

 父→見ていないなんて論外。

 母→ちゃんと見る様に言いました。

 妹→信じられない。

 アイシュ→言える訳ない。


(なるほど、これでは俺に注意を促す者が出て来る筈もないな)


 そう状況を理解して、マサトはガックリと肩を落とした。確かに彼は家系図を見なかった。正直興味がなく、イリスに言われた時も、後で目を通そうとは思っていたが結局忘れていたのだ。


「ううむ……まさかここから説明する事になるとは思わなかったが。いいか、マサト。アイシュちゃんの家、ノーマン家は、アカツキ家直系の分家筆頭。そしてアイシュちゃんの御両親はノーマン家現当主の次男に当たる方で、お前と同時期に生まれたアイシュちゃんの高い潜在能力を見込まれて、当初よりガーディアンガード候補としてお前をフォローするべく、わざわざ隣に引っ越してくれたんだ。将来的にお前とアイシュちゃんの連携がよりスムーズに行われるよう、幼い頃から接し易い様にな」


 凄まじいトンデモ設定に、再び思考がフリーズする。

 ミカヅキ家は古くより『エクストラ』つまり『アクティブガーディアン』を排出する一族に属している。

 ミカヅキ家、アカツキ家、ヨイヤミ家がそれに当たり、それらは一部の者から『深淵の御三家』と呼ばれている。三家は古くからの血縁関係にあり、対等な立場で協力関係を取り、情報と人材の共有を旨としている。

 その三家にはそれぞれ分家がいくつか存在している。

 宗家に当たる家系に嫡子が生まれ、当代のアクティブガーディアンが相応の年齢に達している場合、一族会議により時期候補の選任が行われる。それと共に、ガードの選任も進められるのだ。


「つまり、アイシュちゃんはミカヅキ家の遠縁に当たる。当然、ガーディアンガードとなる資格もあるし、その能力も申し分ない」


(アイシュが遠縁……?一族に連なる者だった……?)


 ギギギッ……と音が鳴りそうな首を動かし、マサトはアイシュを見た。彼女は恥ずかしそうに下を向いてモジモジしている。


「それからこれが本題だが、アクティブガーディアンとガーディアンガードは四六時中行動を共にする一心同体の仲だ。当家とノーマン家了承の元、アイシュちゃんはお前の許嫁となる。これからもアイシュちゃんと仲良くするんだぞ」


 その言葉で、完全にマサトの意識は遠方へ飛んで行った。

そして下を向くアイシュの顔は、頭から煙が出る程赤らんでいた。

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